
その間、着々と開発されていたマシンが、この「NP35」である。エンジンは3.5リッターのV型12気筒。「なぜ、V12なのか」という問いに、エンジン設計の林義正工学博士は即答した。「パワーは、V8でもV10でも、みな同じくらい出せます。V12にしたのは、振動の少なさです。これはV10に較べると、もう圧倒的に少ない。クルマにとっても、また24時間を走るドライバーにとっても、振動は少なければ少ないほど楽ですから」
このクルマ、テーマはあくまでも「ル・マン」なのである。林氏によれば、「ル・マン」をテストから予選、本番レースまで走ると、エンジンは「1700万回転」回らなければならないという。そして、そのことを考えると、振動(の少なさ)はとても重要になる。さらに、このことと関連するが、良好なバランスから来る「吹き上がり」の良さ。これも12気筒の長所だ。
一方デメリットとしては、やはりエンジンの全長が長くなること、重量が重くなること。これに対しては、小ボア径と、マグネシウムなどの軽量材料、それと応力を減らすような強度計算法。これらを採用し計算も駆使して、パーツと構成のそれぞれで極限近くまでツメる。エンジンの公称出力は、630馬力以上/1万2000回転。ただ、あとプラス1000回転くらいの許容範囲はありそう……。というのは、エンジンの耐久テストのモードには、ドライバーのシフトミスまで入っているからだ。
また24時間レースといっても、ルーティンのピットワークがあり、何らかの事情で止まっている時間もあるので、ル・マン用のエンジンなら23時間半くらいの走行を前提に作ればいい。こういう意見を聞いたことがあるが、NP35に積まれる「VRT-35」の場合は、レーシングスピードで30時間走行することをベースに設計されているという。そして、サルテ・サーキット(ル・マン)を一周するのに、四回のシフト・ミス(オーバーレブ)があることを盛り込んでエンジンを作ろう。こういうコンセプトでもある。
そこから始まって、あらゆる「細部」をひとつずつツメた。そうした地味な作業の繰り返しでまとめられたのが、この自然吸気「V12」であり、ここには、あの強くて速いニッサンCカーのターボ・エンジンを仕上げた林氏のノウハウのすべてが注がれているのだろう。
では、その「VRT-35」を積んだNP35というクルマは、ターボカーと較べて速いのか? 「速いです」……林氏はあっさり断言する。そして、あくまでも机上の計算だと前置きした上で、ル・マン24時間レースのシミュレーションを、そっと語ってくれた。
ニッサンのターボCカーなら、24時間でサルテ・サーキットを375周できる。そして、このNP35なら、何と380周するというのだ。最新のル・マンのリザルトで、1993年のウイニングマシンは何周したか? 1-2-3フィニッシュしたプジョー905、その中で最速だった1位のブラバム/ブシュー/エラリー組でも、その周回数は375周なのだ。
このNP35は、1992年に、日本のMINEサーキットで、たった一度のテスト的な実戦をこなしただけで、その後は人の目に触れることはなく、ただ時間だけが過ぎた。そして、1994年の「ル・マン」はどんなカテゴリーのクルマが走るのか、まだ不透明である。
レギュレーションの改変、レース・カテゴリー自体の消滅、メーカーのワークス参戦の縮小、そして活動の休止。時代の波にミートできなかった、史上最強!……であるかもしれない、このグループCレーサーが、サーキットという戦場で「V12」のエキゾーストノートを響かせる時は来るのだろうか?
(了) ── data by dr. shinji hayashi
(「スコラ」誌 1993年 コンペティションカー・シリーズより加筆修整)
○2016年のための注釈的メモ
1990年代のル・マン24時間の結果を「周回数」だけで比較すれば、もし「380周」すると、90年代はすべての年で優勝できる。日本車唯一の優勝車マツダ787、その1991年の周回数は「362」だった。ちなみに2015年は驚速のポルシェが「395周」で優勝し、2014年に勝ったアウディはサルテ・サーキットを「379周」した。
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モータースポーツ | 日記
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2016/02/25 08:06:10