
いま、私たちがクルマに乗りながら、スイッチやボタンあるいはツマミなどの操作を何気なく執り行なう。そして、その操作によって得られる環境──。それはちょっと時を(たとえば100年でも200年でもいいが)さかのぼれば、当時のどんな権力者や王侯貴族であっても不可能な贅沢の享受である……という説を聞いたことがある。なるほど、そうかもしれない。
今日のクルマは、まず、雨や風から人を守ってくれる。そして望むなら、まったく外の風に当たらずに長距離を移動することもできる。寒いぞ!……と思えばヒーターを入れればよく、また、暑くてたまらん!と叫び出す前に、クーラーを作動させることもできる。さらに、こうした単なる冷暖房だけでなく、クルマの「室内」は総合的なエア・コンディショニングが可能で、温度だけでなく湿度もまたそのコントロール下にある。
さらには、もし音曲がほしいなら室内の複数の箇所からサウンドが鳴り響き、それに映像を加えることも近年では容易だ。また、情報の獲得という点でもクルマはスゴ腕で、最新のニュースとその解説に始まって、詳細な地理と、それを活かすための最新データ(ナビゲーション)も、いまやクルマに乗っているだけで簡単に手に入れられる。
栄耀栄華を極めたであろうかつてのキングやクイーンたちは、駕籠や輿、あるいは馬車や牛車などに乗って移動したと思われるが、その際の移動空間、つまり「室内」には、果たしてどのくらいの快適装備があっただろうか。ヨーロッパ大陸で、自身は平民であったが、王侯貴族に音楽を提供するために各地を巡っていた“楽聖”モーツァルトは、しばしば、馬車によるその移動の辛さを手紙や日記に記しているという。
それは、貴族ではないモーツァルトが乗っていたのが、街の乗合馬車や安手の馬車だったからではないか? そういう見方はもちろん可能だが、しかし、彼よりもリッチな階級が用いていた同時代の馬車に、乗合馬車とは次元の異なる懸架装置(サスペンション)や有効なエアコンディショナーが装備されていたとは思えない。
馬車が「馬なし」になって“原動機”が馬から内燃機関になり、その走行速度が上がって懸架装置が急速に進化し、さらには、そのビークルにおける室内の密閉度も上がった。馬車の時代にはさして進化しなかったであろう「快適性能」が、なぜ「馬なし」の状態になったら、いきなり著しく向上したのか。それはおそらく、産業革命とその結果である工業化によって、原動機以外のハードウェアも同時にかつ劇的に進化したからであろう。
さて、そろそろ話を現代に戻すが、今日の自動車における、そんな「車室内環境」や「居住空間」はどのような状況にあるか。それを考察するのが本稿に与えられたテーマである。そして、インテリアとか内装とかいろいろな言い方があるが、ここではそのへんを総合的に示す語として「室内」という語を用いることにする。また日本において、クルマという製品もしくは商品の「大衆化」が成ったのは1960年代以降と思われるので、話はそれ以後に限定することをお許しいただく。
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そんなクルマにおける「室内史」で、まず想起するのは「色」の問題である。1960~70年代の黒色から、1980~90年代の淡色志向へ。そして今日ではふたたび、ダークな色味が重用されているというのが、大雑把なその歴史ではないか。
かつて、クルマの室内の色は、圧倒的に黒だった。この記憶と印象は間違ってはいないはずで、この理由のひとつにスポーツカーへの志向があったと思う。つまり、クルマ(=乗用車)のあるべき理想像としてスポーツカーやスポーティカーがあり、一般乗用車(セダン)であっても、スポーツカーに近いものほどよろしいという時代風潮である。ただ、黒い室内はメーターを際立たせるという意味では機能的と思われ、ドライバーが無用な視線を「室内」細部に向けないという点では実用的でもあった。
しかし、1980年代の半ば頃だろうか、クルマがそれまでよりもさらに「一般化」して、「クルマ好き」と分類される層以外によっても積極的に使われる状況が到来する。そのときに起こったのが、いわばクルマの「ファッション化」で、同時にクルマとその「室内」はデザインがさらに重視されて、服やアクセサリーと同じように、その色味も評価されるようになった。黒だけじゃダサいでしょ!……ということである。
こうして、たとえばベージュの一色といった「室内」も登場するのだが、ただ、同時に「映り込み」の問題も浮上したはずだ。明るすぎるインテリア・カラーは、晴天時、つまり陽光が強い時など、クルマのウインドーにそれが鮮やかに映ってしまう。これを避けようと、「室内」の上半分というべき部分だけを黒っぽいカラーにするという作戦も採られたが、こうするとインテリアは意図に反して(?)常にツートーン・カラーになってしまう。
こうした実験を重ねていくうちに、とくに2000年代になってからは、一部の例外を除いて、明るすぎるインテリアは消滅の方向に向かったのではないか。ただ、そうであっても、さすがに“真っ黒”が用いられることは今日では少なくなり、ダークなトーンで全体をまとめるという手法が多いようである。
(つづく)
( JA MAGAZINE 自動車工業 2008年10月号「車室内環境として──役に立つ、安らぐ“居住空間”を考察する」より加筆修整)
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Car エッセイ | 日記
Posted at
2016/05/02 07:46:08