
寝台特急の車内に、少女のタエ子をはじめとする(幻の)「小学5年生」たちがいる。彼らを見ている27歳のタエ子。そして彼女に、あの頃の出来事がよみがえる。
岡島タエ子を「好きだ」という他クラスの少年がいたこと。それが知れ渡って「♪好きなんだけど 離れてるのさ」という『星のフラメンコ』(西郷輝彦)で、男子生徒たちがタエ子を冷やかしたこと。さらに、そのタエ子を好きな広田君は、野球ではピッチャーで、クラス対抗の試合でその本領を発揮したこと。
学校からの帰り道。図らずも街角で出会ってしまった広田少年とタエ子。いきなりタエ子と二人だけという状態で、何も喋れなくなった少年がようやく絞り出したのは、こんな質問だった。
「あ、雨の日と……」
「え?」
「くもりの日と晴れと、どれが一番好き?」
タエ子が「……く、くもり」と答え、ストライク!とボールがキャッチャー・ミットに収まるシーンになるのが愉しい。「あっ、おんなじだ」と応じた広田少年は、持っていたボールを高く投げ上げて、それをキャッチした。そして少女タエ子は、『ET』のように空を飛んだ。
寝台車のベッドで、タエ子が横になっている。
「私は今度の旅行に、『小学校5年生の私』を連れてくるつもりはなかった」
「でも、一度よみがえった『10歳の私』は、そう簡単に離れていってはくれないのだった」
電車の中を「5年生の子どもたち」が駆け回り、タエ子は自問する。
「でも、どうして、小学校5年生なんだろう?」
タエ子は、女子だけが体育館に集められて、保健の女の先生から「大切な授業」を受けた時のことを思い起こす。
「えー、みなさんはこれから小学校を卒業して、中学、高校へと進み、大きくなって赤ちゃんを産むんですけれども……」
これ以後のタエ子は、“それ”であると思われるのを恐れて、ひどい風邪をひいているのに、体育の授業を見学しないと言い張ったりした。
夜の鉄道、駅を通過していく寝台特急。タエ子のナレーションが続く。
「アオムシは、サナギにならなければ、蝶々にはなれない」
「サナギになんか、ちっともなりたいと思ってないのに……」
「あの頃をしきりに思い出すのは、私にサナギの季節がふたたび巡って来たからなのだろうか」
「『5年生の私』がつきまとうのは、自分を振り返って、もう一度はばたき直してごらん。そう私に教えるためなのだろうか」
「ともかく私は、残り少なくなった山形までの時間を眠ることにした」
駅に寝台特急が着いた。まだ、夜は明けていない。旅行ケースを手にしたタエ子が列車から降りる。駅では、ひとりの青年がタエ子を待っていた。
「あっ! 岡島タエ子さん……ですね」
「あっ、そうですが」
「あー、えがった」
「クルマ、こっちです」
「あ……。でも、すみませんが、どなたですか?」
「あっ、覚えてませんか。……覚えてるわけないですよね(笑)。俺、トシオです。あの、カズオさんの又従兄弟」
改札を出ると路面が濡れていたのか、タエ子が訊いた。
「雨だったんですか?」「うん。だけど、今日は晴れますよ」
青年トシオは、駅前の駐車スペースにタエ子を導く。そこには、二台のクルマが並んで駐まっていた。左側の一台は、おそらくランサーEX(1979年のデビュー)。そして、その右側に佇んでいるのは、何とスバルの「R-2」である。(このシーンに初めて触れた時には、思わず、おおー!と声が出てしまった)
この時、トシオはクルマについて、余計なことは言わない。「オヤジのクルマ、借りて来ればよかったんだけど」と言った後に、「俺、このクルマ、気に入ってるんです」と付け加えただけだ。スバルに乗り込んだトシオは、手にしていたタエ子の荷物を後席に置くと、車内から助手席側のドアを開け、タエ子に言った。「ちょっと狭いけど、どうぞ」
こうして(今日とはサイズが異なる)小さな軽自動車の中に、トシオとタエ子の二人が収まった。そしてここから、山形の「田舎」を舞台に「二人」と「過去」と「スバルR-2」が織りなす、繊細にしてハート・ウォーミングな物語が動きはじめる。
(つづく)
◆今回の名セリフ
* 「雨の日と……くもりの日と晴れと、どれが一番好き?」(広田)
* 「でも、どうして、小学校5年生なんだろう?」(タエ子)
* 「アオムシは、サナギにならなければ、蝶々にはなれない」(タエ子)
* 「俺、このクルマ、気に入ってるんです」「ちょっと狭いけど、どうぞ」(トシオ)
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クルマから映画を見る | 日記
Posted at
2016/08/26 14:35:18