
~ シビック開発担当 木澤博司氏 ロング・インタビュー
第13回 初代シビックで、足らなかったところ……
----静粛性というのは、当時、あまり問題にならなかったのですか?
木澤 静粛性は問題になったのですけれども、これは、クルージング・スピードが100キロの高速で静かならいいじゃないか、と……。制限(時速)100キロの高速道路で、120キロ出しているのはたくさんいるけれども、それは、これ以上いい、と。それで(開発の)要件を(時速)「100キロ快適クルーズ」にしたんです。決して、いまのレベルでいえば快適じゃないですけれどもね。でも(そもそも)100キロという要件だった。
もちろん(快適巡航速度を)120(キロ)にするために、もっと遮音をやったり、いろいろなことをやればよくなるのだろうけれども、技術的な力もそこまでしか……。エンジンの回転数とボディとのマッチングでも、その解析がまだ、技術的レベルがいまみたい(なレベル)に行ってないものですから。
「100キロ快適クルーズ」は、これも比較でいえば、「アコード」(の開発段階)になって、「これではやっぱり低いね、『120(キロ)快適クルーズ』にしよう」と。
それと反省として、いろいろ……。いま、結果として思えば、国内はそんなに問題はなかったのですけど。たとえばアメリカ輸出を考えたときに、まだ技術的に「シビック」の時代で劣っていたなというのは、紫外線によるシートの色の変化とか、そういうものです。
アメリカのアリゾナとかネバダとか、ああいう紫外線の強い地域で(国内と)同じ材料だと、色が褪せて、シートの色が変わってしまうんですね。もっとシートに、いい材料を使えばいいけれども、そんなにおカネかけられなくて……。
----初代「シビック」では、乗り心地だけでなく、ボディの全体の“きしみ”とか、そこから発するような“音”といった問題もありました。今日でいうボディ剛性は当時は?
木澤 ハッキリ言ってボディ剛性は、いまのクルマに比べれば高くはないです。それよりもっと(現象として)あるのは、ボディはギシギシしたとしても、インパネだとか内装がガシャガシャいっちゃイカンのですね(笑)。
いまでこそ、音がするようなところはキチッとテープで止めるとか、クリップで止めるとか、やっているのですけれども。でも当時はそういう艤装の、たとえばワイヤーハーネスの通し方とか、メーターそのものから音が出たりとか。そうした艤装として付いているものから音が出るというのは、正直言って、あまり構わなかった。
----“音・振動”の要求レベルが、当時はそのくらい?
木澤 ボディ剛性の問題で、車体がギシギシして音が出る。そういうこと以前に、早い話が、ワイヤーハーネスにしても、キチッと止めるのでなくて、平気で。もう、通っていればいいみたいな(笑)そのレベルだった、ややオーバーに言えば。
必要なところに、たとえばワイヤーハーネスをウレタンで包んでやるとか。そこまでの商品のレベルは、求めてはいたのですけれども、手が回らなかった。
----基準が今日とは違っていて?
木澤 そうですね。そんなの、少々悪路走って(艤装が)ガタガタいうのはしようがないよ、と。言ってみれば、そのレベルだったので。
----でもその点では、他社製品も大同小異だったのでは?
木澤 いや、ホンダのクルマは、最初ひどかった(笑)。
----他社の話が出ましたが、FF特有のタックイン(注1)は、「シビック」のほうがむしろ少なかった感も?
木澤 タック(イン)は、「チェリー」のほうが悪かった(強かった)かもしれないですね。でも、「チェリー」から学ぶところはけっこうありました。「チェリー」は何台か買いましたよ。それでバラしたり……。
それと、昼間に(走行)テストやるのに、「チェリー」に「シビック」のエンジンを積んで、もちろん若干改造してですけど。そして、たとえば、エンジンの温度を見たりしてました。これは、何回もやりましたね。要するに、カムフラージュです。荒川は、昼間、みんな見えてしまうところですから。「チェリー」は何やかんやで、10台ぐらい買ったのではないかな。
(つづく) (収録:1998年春l
注1:タックイン
これも「トルクステア」と同じく、言葉(用語)だけが残っていて、しかし「現象」はもう消えていることのひとつだと思う。60~70年代のFF車は、ステアリングを切り込んでいて、そこでアクセルをオフにすると、ステアリングを切っている(ドライバーがイメージしている)角度以上に、ノーズが内側(イン)を向いた。しかもそれが「キュッ!」という感じで、しばしば急激でもあり、トルクステアと並んで、好ましくないFF車の癖とされていた。
その「キュッ!」という挙動の変化は、あくまでノーズがインを向く(感じがする)のであり、アクセル・オフによって荷重の変化が起き、クルマのテールが流れる(スライドする)のとは異なるものだった。
仮に「オーバー/アンダー」という言葉を使えば、初期のFF車は、アクセル・オンではトルクステアで、コーナーの外にはらんで行くアンダーステア傾向。一方、曲がりながらアクセルをオフにすると、ノーズが過剰反応してオーバーステア風になる。そういう“ジャジャ馬”的な部分があった。これはハイパワーのFF車ほど顕著で、ここで話題に出ているチェリーでも、そのスポーティ仕様である「X1-R」の方がタックインは強烈だった。
ただし、各メーカーがFF車を作り慣れていくうちに、そして、リヤ・サスペンションのスタビリティを重要視する設定&セッティングが織り込まれるようになって以後、この「タックイン」現象も消失へと向かうことになる。今日のFF車では、コーナリング中にどうアクセルを操作しても、もはやノーズが余計な動きをすることはない。