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家村浩明のブログ一覧

2016年09月05日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《9》

東京のOL岡島タエ子の、農業体験付き山形旅行。その最終日に、事件は起きた。
ホームステイ先の本家の茶の間。座卓の上で、何かを混ぜているタエ子。ホイップクリームか。もう食事は済んでいて、何かデザートを作ろうとしているのかもしれない。そんなタエ子に、本家のばあちゃんが声をかけた。

「帰ってしまうのか、明日」
「はい。長い間、ほんとにお世話になりました。おばあちゃんもお達者にね」
「ありがとうさま。タエ子さん、あんた、ここが好ぎか?」
「ええ、とっても。もう、すっかり、自分のふるさとみたい」

そして本家のばあちゃんは、本当に東京よりここがいいと思っているのかと何度か確認した後に、タエ子に言った。
「タエ子さん。あんた、来てくれねえべか、トシオのとこさ」
「え?」
本家の息子とその妻が、ハッとして振り向く。
「ミツオが東京の人になってしまったから、ここが気に入っているあんたが、代わりにトシオの嫁に来てくれるっていうのは、どうだべ」

慌てる息子とその妻。
「ばあちゃん!」「ヤブから棒にほだな。タエ子さんがびっくりしてるでねえかや」
しかし、ばあちゃんは動じない。
「考えておいてけろ。な、タエ子さん」

あまりにも想定外のことが起きたのだろう、タエ子は声が出せない。そんなタエ子を気遣いつつも、本家の人々は彼らだけでやり合う。
「気にしないで下さい、冗談ですよ。な、冗談だべ、ばあちゃん」
「いいや、オレはマジメだ。お前たちだって、そうなってもらいたいんだべ」
「そりゃ、そうなってもらいたいよ。でもよ、タエ子さんは東京の人だって、アタマから決めてたからよぉ……」

「でもよ、タエ子さん、ここば気に入ってるんだし、野良仕事もがんばるし。見ててとっても気持いいもんなあ」
こう言った息子の妻が続けた。
「そりゃあ、トシオさんとこさ来てくれたら、こんないいことないけんど」
「何いうんだ、お前まで。タエ子さんに失礼でねえがや。タエ子さんは東京に、れっきとした勤め口があるんだし、トシオは年下でねえか」
「あら、勤め口なら山形にもあるでねえの」

そして彼女は、ばあちゃんの隣に座り込む。タエ子は、クリームを混ぜる手を休めないが、しかし、相変わらず、何も言えないでいる。
「タエ子さん、怒らないで聞いて。いまの農家の若い嫁さん、みんな勤めに出てんの。だから……」
「何で、急にこんな話はじめるんだ。タエ子さんは、休暇を楽しみに来てるんでねえか。それもたったの二回だぞ」
「んだら、あんたは反対?」
「現実的に考えろっていってるんだ。第一、トシオの気持ば、聞いでもみねえうぢに。ばあちゃんは」

息子に言われたばあちゃんは、間髪を入れずに断言した。
「ほだなこと、トシオば、ひと目見ればわかる」
わが意を得たりと、妻も言う。
「んだよ。あんたみたいに先回りして、ダメだって言ってねえで、タエ子さんの気持ば、聞いてみ……」

──ここで、タエ子は立ち上がった。そして、呼び止める声を振り切り、外に向かって走っていく。
残された息子は、「ほれみろ、ものにはな、順序ってものがあるんだ」と母(ばあちゃん)を責めるが、ばあちゃんは落ち着いている。
「オレは、悪かったと思ってねえよ」

食卓には、タエ子が調理しかけたボウルの中の白いクリーム、泡たての器具、缶詰のみかんを開けたものなどが残された。氷水の上では、白いクリームがいっぱいのボウルが揺れている。

夜の道を歩くタエ子、ナレーション。
「農家の嫁になる。思ってもみないことだった。そういう生き方が私にもあり得るのだというだけで、ふしぎな感動があった」
「“あたしでよかったら……”、いつか見た映画のように、素直にそう言えたらどんなにいいだろう」

「でも、言えなかった。自分の浮ついた“田舎好き”や、真似事の農作業が、いっぺんに後ろめたいものになった」
「厳しい冬も農業の現実も知らずに、“いいところですね”を連発した自分が恥ずかしかった」
「私には何の覚悟もできていない。それをみんなに見透かされていた。いたたまれなかった」

空でカミナリが光り、雨が降って来た。その時、タエ子は、ある声を聞く。
「お前とは、握手してやんねえよ!」

ハッとして振り向いたタエ子の前には、10歳くらいの少年がいた。少年は鼻くそをほじりながら、お前の顔なんか見たくないとばかりに、憎々しげに顔を背ける。さらにタエ子は、同級生、つまり小学5年生の女の子たちのヒソヒソ声を聞いた。

「ねえねえ、今日、アベ君が着てたシャツ、4年の時、田中君が着てたやつよ」「アベ君てね、アヒル当番の時、エサのパン、おうちへ持って帰るのよ」「アベ君の手のひら見た? すごいわよ」「よかった、隣の席じゃなくて」「先生に言って、席替えしてもらいなさいよ」「ねっ、タエ子ちゃん」

「私……、私は平気よ。そんなこと言うの、アベ君に悪いわよ」
「平気なの? なによ、いい子ぶってさ!」

……現在、つまり27歳のタエ子の額に汗が浮いていた。目の前に突如現われた少年は、「ぶっとばされんなよ!」と、もう一度悪態をついてタエ子に背を向け、肩を揺すりながら去って行く。

(つづく)

◆今回の名セリフ

* 「タエ子さん。あんた、来てくれねえべか、トシオのとこさ」(本家のばあちゃん)

* 「ほだなこと、トシオば、ひと目見ればわかる」(本家のばあちゃん)

* 「私には何の覚悟もできていない。それをみんなに見透かされていた。いたたまれなかった」(タエ子)
Posted at 2016/09/05 16:12:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年09月04日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《8》

エナメルのバッグ、そしてお出かけ時の“ダダこね”で、思いがけず父に頬を張られたこと。また、分数の割り算ができなかったこと。山形にやってきたタエ子は、ナオコやトシオに、こうした自分の「過去」を語っていくが、そういえば、これらのことをタエ子はこれまで、自分以外の誰かに言ったことはあったのか?

東京駅で寝台特急に乗った時から、タエ子には「小学生の時の自分」がまとわりついていた。そして山形という環境で、彼女のそんな「おもひで濃度」は、さらに濃くなったようだ。トシオとナオコと三人で、夕焼け空にカラスが飛んでいくシーンを見ていたタエ子に、またしてもそんな記憶のひとつが浮上する。

それは小学5年生の学芸会。そこでのタエ子の役が「こぶとり爺さん」のその他大勢、「村の子1」であったことだ。セリフがひとつしかない端役ながら、演技に独自の工夫をしたタエ子の努力は実り、それが校内で評価されただけでなく、大学生を中心とする劇団から子役として来てほしいという要請まで受けた。

学芸会じゃなくて、オトナの人たちと一緒に演技ができる! そこから願望(妄想か)は果てしなく拡がり、10歳のタエ子は子役スターになって芸能雑誌の表紙を飾っていることまで夢想した。

岡島家の夕食でも、タエ子へのオファーの件が話題になる。
「タエ子、学芸会で光ってたものねえ」
「お母さんよろしくお願いしますって、頭下げられちゃったわ」
「へえ、すごいじゃない」
「ひとつぐらい、取り柄はあるもんね」
「あら、タエ子は作文だってうまいのよ」

姉たちと母の会話、それに祖母も加わって、話はエスカレートした。
「タエ子は算数よか、そっちの方に才能があるのかもしれないねえ」
「あたしなんか、舌切りスズメのお爺さん役やったけど、お誘いなんか来なかったもんねえ」
「で、出るの?」
「これがキッカケで、本職の子役になったりして」
「わあ、宝塚、入りなさいよ」
「そうよ。いまからでも練習すれば、入れるかもよ」

……というところで、それまで黙っていた父が言った。
「演劇なんてダメだ。芸能界なんかダメだ」
「そんなあ! 芸能界なんてオーバーよ」「そうよ、そんな。ねえ」
「ダメだ。メシ!」

食後、食器洗いをしている母と姉ナナ子を、タエ子は詰(なじ)る。
「ねえねえ、どうして本職の子役なんて言ったのよ」「宝塚とかさあ、芸能界とか言うからさあ……」「ねえねえ、何であんなこと言ったのよ。ナナ子姉ちゃんたらぁ」

結局、母は学生劇団員からの申し出を断わった。
「本人が、恥ずかしがって」「内気なもので……。何度も足を運んで下さったのに、本当にどうもすみません」
この時タエ子は茶の間にいて、独りでテレビの『ひょっこりひょうたん島』を見ていた。だみ声による歌は、「♪プアボーイ プアボーイ」「♪うちから遠くはなれて プアボーイ」……。

後日か、タエ子は商店街へ。母の買い物に一緒に行ったタエ子は、母に言う。
「私の代わりに、1組の青木さんが出ることになったのよ」「青木さん、みんなに触れまわってるんだよ」「今日なんか、お母さんが学校に迎えに来てさ。ヒラヒラの服、着て……」

ここで母は、タエ子にしっかり“ダメ出し”した。
「タエ子、大学のお兄さんが 最初にタエ子のところに来たってこと、学校で言っちゃダメよ」「そんなことわかったら、青木さん、いやな気持ちになるでしょ。わかった?」

商店街を歩く母。その後ろを、しょんぼり肩を落としたタエ子がついていく。夕方の商店街には、テレビの音が響いていた。「子どもニュースでした」というアナウンスの後に、始まる主題歌──。
♪波をチャプチャプ チャプチャプ かきわけて
♪雲をスイスイ スイスイ 追い抜いて

番組は、ミュージカル仕立ての人形劇『ひょっこりひょうたん島』。商店街で、テレビに合わせて主題歌を一緒に歌う、10歳のタエ子。
♪苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ
♪だけどぼくらはくじけない 泣くのはいやだ 笑っちゃお
♪すすめー ひょっこりひょうたんじーま

……話を聞いていたナオコが呟いた。
「かわいそう、タエ子さん」。
しかし、タエ子は冷静だ。
「私、高校に上がったら、すぐ演劇部に入ったの。あの時のこと、忘れられなかったのよね、やっぱり」「楽しかったわよ。役者もやってみたの、でも、向いてなかった」
「だから、スターになり損ねたっていうのは、残念ながら冗談。ウフフッ(笑)」

聞いていたトシオは、「オヤジっていうのは、東京も田舎もおんなじようなもんだったんだなあ」と言った。高校の頃に東京に出たかったが、その時は父が許してくれなかった、と。

そしてトシオは、同じ番組を山形で見ていたことをタエ子に告げた。さらに、『ひょうたん島』に登場した歌についてトシオなりの解釈をして、タエ子を微笑ませる。
「そういえば、あの頃の歌って、励ましの歌、多かったと思いませんか」「『ひょうたん島』にも、まだあったなあ。ほら、“今日がダメなら明日があるさ、明日がダメなら、あさってがあるさ”──」

そして、この歌のその後を、タエ子とトシオは一緒に歌った。
♪あさってがダメなら しあさってがあるさ
♪どこまでいっても 明日がある

(ナレーション)
「トシオさんは、今日がダメなら明日にしましょという“一日延ばし”の歌を、“明日があるさ”と前向きにして、憶えていた」
「そんなトシオさんの生き方が、ステキに思えた」

(つづく)

◆今回の名セリフ

* 「演劇なんてダメだ。芸能界なんかダメだ」(岡島家の父)

* 「そういえば、あの頃の歌って、励ましの歌、多かったと思いませんか」(トシオ)

* 「トシオさんは、今日がダメなら明日にしましょという“一日延ばし”の歌を、“明日があるさ”と前向きにして、憶えていた」(タエ子)
Posted at 2016/09/04 02:43:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年09月02日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《7》

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《7》次姉から、分数の割り算とその答えを教えられた後か。おそらく何も納得しなかったであろうタエ子は、茶の間で、切り分けられたリンゴを食べ、なおもそのリンゴを「分けて」みたりしながら、おばあちゃんと一緒にテレビを見ていた。画面から聞こえてきたのは、「♪何も言わないで ちょうだい」という倍賞千恵子の歌。(「さよならはダンスの後に」)この時、タエ子はおばあちゃんに「この人の妹、宝塚?」と訊いている。すると、祖母はすかさず「SKD」と答えた。この一家、実は芸能界にはけっこう詳しいようだ。(妹とは倍賞美津子、そして彼女はSKD=松竹歌劇団の出身)

ここで思い出すのは、映画冒頭の休暇届を出すシーンである。上司から、旅行の理由として「失恋?」と、セクハラまがいのひと言を振られた際でも、“世慣れたOL”であれば、「そうなんですよぅ、課長。いい人いませんかぁ」などとウケてやるのかもしれないが、タエ子にはそれができない。旅行の行き先にしても、「今回はパリなんですぅ」とでも言えば無難なのだろうが、その種のウソもつけない。

タエ子は上司に、事実ではあるものの、実はとても伝わりにくい「田舎に憧れているんです」という答えを返してしまう。彼女は、自分でも気づかないまま、この時、ほとんど会話を拒んでいる。タエ子の言う「分数の割り算がスンナリできた人は、その後の人生もスンナリいく」(でも、私はそうじゃなかった)とは、たとえば、こういうことなのかもしれない。

……時制が現在に戻って、蔵王で並んで歩きながら、タエ子はトシオに言った。
「いま考えてみても、やっぱり難しいのよね。分数の割り算」

その後、スキーのリフトに乗っているタエ子とトシオ。二人は山を下りているようだ。そのリフト上で、トシオはタエ子に話しかけた。
「タエ子さん、スキーやるんでしょ」
「うん、会社の人に連れられて二~三回」
「じゃあ今度、冬に来ませんか。俺、教えますよ」
「スキー得意なの? トシオさん」
「いやあ、大したことないけど。冬はここで、指導員のバイトやってるから」

この時のトシオには、おそらく何の“下心”もない。半年先の予定が決まっていると、ちょっと嬉しいな! そんな程度の気持ちで、タエ子の「冬」を確認してみたのではないか。そういえばトシオの言葉には、ウケ狙いとか半分ジョークとか、そうした“ウラ”を探らなければならないような要素がほとんどない。オモテもウラもヨコもない、ただの一枚板。野球でいえば、直球しか投げない投手。タエ子はここまでの彼との接触で、このことは感じていたはずである。

山道を駆け下りて、二人を乗せたスバルは平地に戻った。トシオは、目の前に田んぼなどの田園風景が広がる路側にクルマを停めた。“田舎好き”のタエ子は、この景色にさっそく反応する。
「あー、やっぱり、これが田舎なのね」「本物の田舎、(リゾートの)蔵王は違う」
しかしトシオは、簡単には同意しない。
「うーん、田舎かあ……」
そしてさり気なく、しかし根源的なことをタエ子に語っていく。

「都会の人は、森や林や水の流れなんか見で、すぐ自然だ自然だって、ありがたがるでしょう」「でも、山奥はともかく、田舎の景色ってやつは、みんな人間がつくったもんなんですよ」
「人間が?」
「そう、百姓が」
「あの森も? あの林も? この小川も?」
「そう。田んぼや畑だけじゃないです。みんな、ちゃーんと歴史があってね。どこそこのヒイ爺さんが植えたとか拓いたとか、大昔からタキギや落葉やキノコを採っていたとか」

「人間が自然と闘ったり、自然からいろんなものをもらったりして暮らしているうぢに、うまいことでき上がってきた景色なんですよ、これは」
「じゃ、人間がいなかったら、こんな景色にならなかった?」
「うん」

スバルの車内に戻った二人は、さらに話し続ける。
「百姓は、たえず自然からもらい続けなきゃ、生きていかれないでしょう? だから自然にもね、ずーっと生きててもらえるように、百姓の方もいろいろやって来たんです」
車内には例のハンガリーの音、トシオの言う“百姓の音楽”が流れていた。
「まあ、自然と人間の共同作業っていうかな。そんなのが、たぶん田舎なんですよ」

日が変わって、水田で草取りをしていたタエ子は、一緒に作業をしているトシオにグチった。
「ああ、腰が痛くなっちゃった。有機農業、ちっともカッコよくないじゃない!」
「ハハハ(笑)カッコイイのは理念の方の話。前に言ったでしょう、生きものの手助けっていうのは、えらく大変だって」

そこに折りよく、本家のお母さんがやって来た。
「精が出ることなあ、タエ子さん。お茶にすねえか」
「ああ、助かった! ひと休みしたいと思ってたとこ」
その後、トシオに教えてもらったのか、トラクターを運転しているタエ子。そんな光景を、微笑みながらお母さんが見ていた。

ナレーション。
「トシオさんは、私に少しずつ、いろんなことを経験させてくれた」
「私は、すっかり田舎を知ったつもりになって、得意だった」

画面に、牛の乳搾りをするタエ子。そして、果物に袋を被せているタエ子の姿が映し出される。

(つづく)

○フォトは、山形県四ケ村の景色。web「やまがたへの旅」より。

◆今回の名セリフ

* 「でも、山奥はともかく、田舎の景色ってやつは、みんな人間がつくったもんなんですよ」(トシオ)

* 「人間が自然と闘ったり、自然からいろんなものをもらったりして暮らしているうぢに、うまいことでき上がってきた景色なんですよ、これは」(トシオ)

* 「百姓は、たえず自然からもらい続けなきゃ、生きていかれないでしょう? だから自然にもね、ずーっと生きててもらえるように、百姓の方もいろいろやって来たんです」(トシオ)
Posted at 2016/09/02 18:20:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年08月31日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《6》

郊外の道を行くスバル。蔵王に向かって道が登りになり、遅い軽自動車は“ペースカー”状態になって、スバルの後方にはクルマの列ができてしまった。路肩の駐車スペースを見つけたトシオは、すばやくクルマをそこに寄せ、後続車を追い越させる。サンキュー!というクラクション。クルマについてのリアリティ(よくあること)を、この映画は何気なく挟んでくる。

蔵王に着いて、眺めのいいカフェ。小さなテーブルで向かい合って、トシオはコーヒー、タエ子はコーラを飲んでいた。ここでトシオは、いきなり訊いた。「タエ子さん、なして結婚しないんですか?」

向かい合った若い男女の間での「結婚」という言葉、さらには、未婚の理由の問いかけ。図々しい、非礼な!……という見方はもちろんできるが、この時のトシオは、ただ率直なだけだったのではないか。トシオはタエ子を「恋して」はいないが、しかし、去年、稲刈りの後の酒盛りには参加したし、今回、早朝に駅に迎えに行けと言われても断わらなかった。トシオがタエ子に「興味がある」ことは明らかで、タエ子が未婚であることも、既に本家から聞いて知っていたはずだ。

自分の身の回り(山形)では、女は「適齢期」になれば周りが放っておかないし、だいたいみんな“片づく”というか嫁に行く。でも東京では、そのあたりは事情が違うのか。さらには、“東京の女”タエ子に彼氏はいるのか。そして、いないから結婚してないのか、いや、いるのに“まだ”なのか?

誰もが訊きたい質問(Q)その1というか、ともかくトシオが気になることのイチバンをひと言にしたのが、「タエ子さん、なして……」だったのだろう。この時のトシオにとっては、この質問を「しない」ことの方がずっと不自然だった。そしてタエ子にとっては、これは想定内の「Q」で、だから嫌がることもなく即答でアンサーした。「えっ? あ、結婚しないとおかしい?」「いまは仕事をする女性が増えてるでしょ。私の友だちでも、結婚してない人の方が多いくらいよ」

そして蔵王でのタエ子には、そんな「いま」のことより、もっとほかに話したいテーマがあったようだ。
「ねえ、トシオさん。小学校の時、分数の割り算、すぐできた?」
「は?」
「分子と分母ひっくりかえして掛けるって、教わった通りにスンナリできた?」

「小学5年生の自分」を山形に連れて来てしまったタエ子は、ナオコには「エナメルバッグ~父に頬を打たれた事件」を語ったが、同じようにして、ここではトシオに新たな“告白”をしようとしている。

ただしトシオは、そんな小学生の頃のことなど憶えていなかった。
「いいわねえ。憶えてないのは、スンナリできたからよ」
タエ子は続ける。
「分数の割り算がスンナリできた人は、その後の人生もスンナリ行くらしいのよ」
「は?」
言われたトシオは、さらにわからない(笑)。

「リエちゃんというおっとりした子がいてね。算数ぜんぜん得意じゃなかったけど、素直に、分子と分母ひっくりかえして100点!」
「その子は素直にスクスク育って、いまはもうお母さん。二人の子持ちよ」
「私はダメだったのよねえ……。アタマ悪いくせに、こだわるタチなのよね」

……1966年、岡島家の茶の間。小学生のタエ子は、分数の割り算の問題が「25点」だった。その答案を見ている母に、タエ子は懸命にイイワケする。
「あのね、このテストの前ね、図工だったの。 でもって、吹き絵をやったの」
「画用紙に絵の具を垂らしてね、フーって吹いて模様つくっていくの」
「フーって吹くでしょ、フーって」
「あたま、痛くなっちゃったのよね。フーってたくさん吹いたから」

なかなか可愛いシーンだが、母は冷たい。「それで、このお点なの?」「間違ったところの正しいお答え、わかってるの?」「ヤエ子姉ちゃんに、教えてもらっときなさいよ」

しかし、その答案を見たヤエ子(次姉)は驚愕し、大騒ぎで二階から駆け下りて、母に訴えた。「お母さん! なっ、なによこれ。どっ、どうしてなの!」「タエ子、アタマどうかしちゃったんじゃないの!」

「教えてやってって、言ってるでしょ」
「だって普通にやってれば、こんな点、取るわけないわよ」
「だから、普通じゃないの。タエ子は」
二階から降りてきたタエ子にも、このやり取りが聞こえてしまう。顔を見合わせる母と次姉ヤエ子。

“高二の秀才”であるヤエ子は、タエ子が「わからない」ことがわからない……というか想像ができない。
「分母と分子をひっくりかえして、掛けりゃいいだけじゃないの。学校で、そう教わったでしょ」
言いながら、答案用紙に、正しい解き方の式を書いていくヤエ子。

しかし、この時のタエ子が欲していたのは、算数としての答えや、こうすれば答えが出せるというノウハウではなかったであろう。「分数で分数を割る」ということの概念というか意味というか、さらには哲学というのか──。その種の説明を、数学の公式によってではなく、文系の少女であるタエ子にもわかるように、言葉や目に見える図解によって知りたかった。

「分数を分数で割るってどういうこと?」
小学5年生のタエ子は、呟くように言いながら、高二の姉の前で、“自分のための絵”を描いていく。円を3分割して、まず3分の2を設定する。
「3分の2個のリンゴを、4分の1で割るっていうのは、3分の2個のリンゴを4人で分けると、ひとり何個かってことでしょ?」

……私も算数ができないので(笑)、このような「絵」によるタエ子の解釈というかアプローチが、数学的に正しいのかどうかはわからない。ただ“高二の秀才”であるヤエ子はすぐに否定したから、この図解はきっと間違っているのだろう。

“普通人”で秀才である姉のヤエ子は、あくまで自分のフィールドでタエ子に教えようとする。
「とにかく! リンゴにこだわるから わかんないのよ」「掛け算はそのまま、割り算はひっくり返すって、覚えればいいの!」

(つづく)

◆今回の名セリフ

* 「小学校の時、分数の割り算、すぐできた?」(タエ子)

* 「分数の割り算がスンナリできた人は、その後の人生もスンナリ行くらしいのよ」(タエ子)

* 「分数を分数で割るってどういうこと?」(タエ子)
Posted at 2016/08/31 20:54:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年08月30日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《5》

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《5》市街地を抜け、田園風景の中を行くスバル。車内では、タエ子とトシオの会話が弾んでいる。
「紅花摘みに来たって、染色か何かやってるんですか?」
「いいえ、ただの物好き。ほら、紅花って珍しいでしょ」
「いやあ、名前ばっかり有名でね。とうの昔にすたれた特産品ですから。俺ンとこでも作ってないし」

「でも、江戸時代はスゴかったんでしょう?」
「そう、紅花大尽とかね。儲けた人にはスゴかったんでしょうが、百姓にはただの作物ですからね。……えーと、『行く末は 誰が肌ふれん 紅の花』って知ってますか?」
「ええ。 芭蕉の句でしょ。来る前に調べたから」
「へへ、いや実は俺も一夜漬けで(笑)。その本に書いてあったんですけどね、花摘みをする女たちは、一生にいっぺんだって、紅なんか付けられなかったって」

空が明るくなり、話題が農業のことになって、トシオは「有機農業」をタエ子にレクチャーした。
「オレはね、一生懸命やれそうなんです、農業。おもしろいですよ、生きものを育てるっていうのは」
「酪農の方も?」
「あ、そうじゃないです。牛もニワトリも飼ってるけど、イネだってリンゴだってサクランボだって、生きものでしょ」

「有機農業は堆肥なんか使って、農薬や化学肥料はできるだけ使わない農業」「生きもの自体が持っている生命力を引き出して、人間はそれを手助けするだけっていう、カッコいい農業のことなんです」

タエ子は列車から降りてそのまま、農作業をするための畑に向かっていた。それでいいのかと、トシオは先刻、タエ子に確認している。花畑が見えてきて、クルマは農道へと右折。道は穴ぼこだらけで、そこに昨日降った雨水が溜まっている。右折の際にマフラーから一瞬白いケムリが出たのは、R-2のエンジンが2サイクルだからか。(芸が細かい!)

やがて、周りが黄色い花が一面に咲く花畑になる。タエ子はそこで、農家の人たちの満面の笑みに迎えられた。「タエ子さん、よく来たこと」「よく来た、よく来たなあ!」「疲れてないかあ?」

タエ子は「いいえ、ちっとも」「ほら、元気いっぱい」と応じて、彼らに自身のモンペ姿を見せた。これは列車内で、既に着替えていたようだ。「あれえ、モンペなんか穿いて、張り切ってるでねえの」「いやあ、いまどき、ここらの若妻でもメッタに穿かね。タエ子さんの方が、よっぽど本格的だぁ。ハハハ(笑)」

ナレーション
「こうして、私の二度目の田舎生活が始まった」
「この黄色い花から、どうして、あんなに鮮やかな紅色が生まれるのだろう」
「ひと握りの紅を採るには、この花びら60貫が必要で、玉虫色に輝く純粋の紅は 当時でさえ、金と同じ値段だったという」

作業をしている畑に、朝日が昇った。太陽に向かって、手を合わせるおばあちゃん。タエ子もそれに倣っている。こうして花摘みに始まり、その後の処理や加工など、タエ子は一連の農作業の手伝いをしていく。

タエ子のナレーション。
「いまでは機械を入れたり、いくぶん手間を省いてはいるけれども、こうした作業のすべてを、毎日、花摘みをしながら繰り返す」
「花餅はカビやすく、花は摘みどきがあって、待ってはくれない」
「やっと摘み終えて振り返ってみると、いつの間にか、また新しい花が咲いている」
「梅雨の雨は容赦なく降り注ぎ、時には仕事が深夜に及ぶこともある」

今回、タエ子が山形にやって来たのは梅雨時のようだ。そしてタエ子は、去年は稲刈りを手伝ったと言っていた。稲の収穫は秋のはずだから、そうすると、タエ子は半年も間をおかずに、この農家に野良仕事をしに来ているということか。

タエ子は言う(ナレーション)。
「あっという間に一日一日が経ち、私は快く疲れ、遠い昔の『花摘み乙女』の身の上を思った」
「もし子どもの時、こんな手伝いをやる機会があったら、読書感想文なんかじゃなくて、もっと生き生きした作文が書けたのに──」

作業を終えたタエ子が、軽トラ(このクルマはナンバープレートが黄色だ)の荷台に乗って、農家(本家)に帰って来た。そこでは娘のナオコが、高価なプーマの靴を買ってくれと親にねだっている。それを見て、「小学5年生の私」を山形に連れてきているタエ子は、よみがえる自身の「10歳の頃」と向き合ってしまった。

……着るものにしても持ち物にしても、姉たちの“お下がり”しか回ってこない(と感じている)小学生のタエ子。ほしいと思っているエナメルのハンドバッグも、次姉は、なかなかタエ子におろしてくれない。そして、家族で食事に出かける際にダダをこねすぎ、果ては裸足で玄関の外に飛び出して、いつもは優しい父に平手で頬を張られてしまった。

この記憶とエピソードを、トマトを収穫しながら(これはたぶん夕食用だ)タエ子はナオコに語っている。
「お出かけは、もちろん中止。ほっぺたが腫れて、タオルで冷やしたんだけど、いつまでもジンジン痛むの」

「お父さんに叩かれたの、 それが初めて?」
「うん。初めてで終わり。一回だけ」
「ふーん……。あたしなんか、時々でもないけど、何回かあるよ」
「一度だけだと、じゃあ、どうしてあの時って考えちゃうのよね」

ナオコと二人で歩きながら、タエ子はふと見つけたカタツムリを手に取って、自分の手の甲に載せた。
「でも、タエ子姉ちゃんが子どもの頃ワガママだったなんて、信じられない」
「ワガママでね。好き嫌いもタマネギだけじゃなかったし」
「ああ、なんだかあたし、安心しちゃった(笑)」
そしてナオコは、タエ子に耳打ちする。
「あたし、プーマの靴あきらめる」
「えらい! じゃあ、お小遣い、奮発しちゃおうかな(笑)」

二人が戻った本家の中庭には、スバルが駐まっていた。トシオが来ているようだ。水で冷やしてあったキュウリを囓ったトシオは、「タエ子さん。明日、蔵王へドライブに行きませんか、息抜きに」と誘った。
「山寺は去年行ったって聞いたから。あっ、先に本家のOK取って来た」
「まあ」
タエ子は嬉しそうに笑みを返す。

(つづく)

○フォトは山形・高瀬地区の紅花畑。web「やまがたへの旅」より。
 
◆今回の名セリフ

* 「牛もニワトリも飼ってるけど、イネだってリンゴだってサクランボだって、生きものでしょ」(トシオ)

* 「生きもの自体が持っている生命力を引き出して、人間はそれを手助けするだけっていう、カッコイイ農業のことなんです」(トシオ)

* 「花餅はカビやすく、花は摘みどきがあって、待ってはくれない」「やっと摘み終えて振り返ってみると、いつの間にか、また新しい花が咲いている」(タエ子)

* 「一度だけだと、じゃあ、どうしてあの時って考えちゃうのよね」(タエ子)

* 「あたし、プーマの靴あきらめる」(ナオコ)
Posted at 2016/08/30 21:09:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
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「【 20世紀 J-Car select 】vol.14 スカイラインGT S-54 http://cvw.jp/b/2106389/39179052/
何シテル?   01/15 10:59
家村浩明です、どうぞよろしく。 クルマとその世界への関心から、いろいろ文章を書いてきました。 「クルマは多面体の鏡である」なんて、最初の本の前書きに...
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