
「自動車の街」という意味になる「アウトシュタット」は、ドイツのウォルフスブルクにある。その「アウトシュタット」として使われている場所は、もともとは石炭置き場であったという。しかし現在、そこにはパビリオンが建ち並び、クルマというものに関心のある人を奇妙にインスパイアする、そんなフシギな空間(テーマパーク)に変貌している。そのプロデューサーとディレクターが、ウォルフスブルクを本拠とするVWグループである。
では、その「アウトシュタット」とはいったい何なのか? これはおそらく、そこを訪れた人それぞれの姿勢や視点で、まったく違ってくるのではないか。ある人にとっては、ここはクルマの博物館であり、また、ある人は新車のデリバリー施設であると見えるであろう。実際にも、VW車を購入したカスタマーは、この「アウトシュタット」で、自身が発注したそのクルマを受け取ることができる。
あるいは、この「アウトシュタット」をメーカーの巧みなPR空間とみなす人もいよう。また、クルマというものを総合的に学習する施設だと解釈することも可能だ。そして、以上に述べたこれらのどれもが“正解”であるというのが、この「アウトシュタット」という施設であろう。
では、ぼく自身は、どんな感想を持ったかだが、まずは、「クルマって何だかんだ言っても、やっぱり素晴らしいよね!」という語りかけが、作り手の側から行なわれている場であると感じた。そして、クルマというキカイあるいは道具は、これから先もまだ、何とか人類と共存できる。そんな提言が行なわれているとも思った。
そして、ドイツの博物館に共通することだが、ここでも徹底しているのは実物主義である。たとえば、あるスペースには、アルミのホワイトボディ(アウディA2用)の実物が天井から無造作に吊られている。また、あるドアを開けると、そこはベントレーの室内に張られているのと同じ高級レザーが、一面に敷き詰められている小部屋であったりする。
そんな中でひとつ感心したのは、クルマの基本原理といったものを体験させようという展示がいくつもあることだった。たとえば、「エネルギーを出す」ということを実感できる、いくつかの例。そして、ベルトを連結させて「減速」とはこういうことであると、さり気なく見せる展示などである。
あるいは、大きな長方形の箱の中を流体が動きつづけていて、その流体の“川”の中に、何でもモノを置いてみることができるという展示もあった。観覧者は、立方体とか流線型とか、さまざまな形状のモノを自分の手で“川”の中に置くことができるのだ。そして、置いてみたモノによって、その形状の違いによって、“流体の流れ”はどう変化するか。そう、これは「空力」ということを実際に体感させようというコーナーであった。
……ということで、そうした賢い展示が随所にある「アウトシュタット」なのだが、聞けば、どんな展示をするかというのはすべて、外部の広告代理店などには任せることなく、VW社内からアイデアを出して、それを具体化しているのだという。なるほど、ホワイトボディの本物展示にしても、流体で「空力を見せる」にしても、クルマのことをよく知っているメーカー人だからこそ思いついた、展示やプレゼンであるといえよう。
そして、VWグループ各ブランドは、それぞれ独自のパビリオンを持ち、内容的にも異なる展示やアピールを行なっている。共通しているのは、現代アートを基調に、それに最新の映像テクノロジーを組み合わせた壮大なパフォーマンスで、そこでは「360度ムービー」も多用されていた。ただ、ひとつ驚いたのは、そうしたムービーでのVW車の「PR臭」は、とりあえず皆無であったこと。そもそも内容として、自動車の映像がまったく登場しないものさえあるのだ。
……ウーン、日本のメーカーで、たとえば工場の一角に、来客用のパビリオンを造成したとして、その“出し物”でこれ(クルマなし!)をやれるか? 日本では、エンジニアは仕事に忙しすぎ、そして、PR方面はひたすら代理店頼み。さらには、そうした代理店側からどんな発想と案が上がって来たとしても、クライアントであるメーカーが許さない限り、何も現実化しない。そんな現状があるとすれば、たとえばクルマのカゲもカタチもない映像というのは、それがいかに「美的」であっても、アイデア出しの段階で既にボツになってしまうのではないか。
ただ、そんな意欲的なプレゼンや映像美を見ていくうちに、フッとこんなことも思った。こうやってずっと、「クルマっていいものですよね!」とメーカー自身に、そして顧客に言い続けなければならないほどに、欧州の「自動車人」は、クルマの未来について一種の危機感を持っているのか。
さらに言えば、これらの美しすぎる映像は、クルマ文化を堪能して謳歌するなら「いま」ですよ、時間の制限もありますよ、この先はどうなるかわかりませんよ……。そんな裏メッセージも、この壮大なクルマ文化空間には漂っている? 日本からの訪問者は、そんな余計なことまで考えてしまうのだった。
さて、それはともかく、歴史とともにクルマそのもの(実車)を見せていく博物館の展示物に、日本のクルマが一台だけ混じっていたのが印象的だった。そのクルマとは、トヨタ・カローラの初代、1966年型(注1)。このクルマが、なぜ、VWグループの殿堂ともいえるこの「アウトシュタット」にあるのか。その理由については、残念ながら聞き洩らしてしまった……。
(「ワゴニスト」誌コラム 2000年11月)
○注1
なぜ、カローラなのか。日本を代表する小型車はこれだと、VWグループが認定したのか……など、妄想は膨らむ。ただ実状はそんな大袈裟なことではなく、日本におけるVW車販売のネットワーク「DUO」が設立された時に、VW側にトヨタが贈ったクルマが「初代カローラ」だったという説が有力であるらしい。ただ、そうだとして、DUOチャンネルのスタートは1992年で、一方「アウトシュタット」のオープンは2000年という時間的なギャップは若干残る。VWの代表モデルであるゴルフと対をなす機種、そのカローラの記念すべき初代。この点で両グループが合意した。案外、こういった簡潔な事情であっただけかもしれない。
(フォトは初代カローラ、トヨタ博物館にて)
Posted at 2015/06/11 10:58:01 | |
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