
§日付けのある Car コラム
§『アクション・ジャーナル』selection
いわゆる乗用車は、割りと簡単に「クルマ」としての能力を奪われてしまう。状況に対して、けっこうモロい。たとえば、雪、マッド、大きなデコボコ、あるいはちょっとした段差。これらによって、普通のクルマはすぐに動けなくなる。もしくは、何らかの対策(チェーンなど)をすることを余儀なくされる。
クルマというものが、自由に行動できることによってその魅力を発揮するのであるなら、この意外なモロさは耐え難い。クルマを使う楽しみは、よく整備された道路があることによってのみ、はじめてもたらされるのだ……というのも情けないし、何だかつまらない。
そういう実態あるいは事実に気づくと、ジープ風というか、パジェロみたいのというか、路面を問わずに走れるような、その種のヘビー・デューティ・ビークルが浮上してくるのだが、いかんせん、乗用車に慣れた目と身体にとっては、これらのクルマは文字通りに“ヘビー”であり過ぎた。
ミリタリー四駆と呼ぶ業界での分類もあるようだが、その通りに、オフロードという状況に対しても戦闘的なビークルであって、その分、街なかでは見事に浮いて見える。もちろん一部の人にとっては、そうやって街にはミスマッチであることが価値ありということになっていた。西部劇でいえば、慣れない街へやって来たカウボーイ。そんな趣が、逆に愛されてもいた。
……というのが数年前までの状況だったが、少しずつ、その種のクルマの使われ方を見てきたメーカー側は、“馬”の仕様を「街」に寄せはじめた。ニッサン・テラノ、スズキ・エスクード、このあたりの商品は、明らかにタウン・ユースを大きな目的にしている。エスクードの担当者のひとりは、「このクルマは、四駆として使われることがなくてもいいんだ」という発言をして、その時代認識を披露したものだ。
荒野から市街へ──。トヨタの新しいオフロード車……というかその種のクルマであるハイラックス・サーフも、また、その近年の流れに着実に乗っている。ミリタリーの匂いがないネーミングそのままに、走っても、静かでなめらかな乗り心地を示す。
その乗用車としての出来は、車重を利しての重量感では小さな大衆車クラスをしのぎ、また、室内の遮音性についても同様で、つまり、けっこう良いのだ。オンロード走行での細かな(振れ幅の小さい)振動を、コイル・スプリングによる新サスペンションがよく吸収し、この種のクルマとしては例外的に、その乗り心地はシルキー(!)である。ことにガソリンエンジン搭載バージョンはパワーもあり、レスポンスも良くて、走りの性能は十分以上だ。
ここまで来ると、コーナリング時のロールをもう少し押さえ込みたいとか、クラッチの踏力とステアリングの重さのバランスをもう少しチューニングしたいとか、批評用語がほとんど乗用車のそれになってしまうほど。
筆者はオフロード・テスターではないので、荒野におけるこのクルマの価値を云々はできないし、その機会もなかったが、ちょっぴり試したところによれば、穴ぼこや凹凸に対しても、けっこうガツンとはならず、ここでもサーフは十分な“シルキーさ”を保っていた。
さらに言うと、このサーフのシートは、形状、大きさ、身体全体のホールド性など、実に優れたもので、これまた、ヘタな乗用車を大きく上回る水準にある。これは特筆すべきシートだ。……というわけで、クルマ業界はやっぱりゲンキ! こうしてカテゴリー間の垣根は着々と壊され、隙間も敢然と埋められていく。
願わくば、この種のクルマが、そのエレンガンとな今日的機能に見合った、ジェントルな使われ方がなされることを、切に願う。クルマがタフであるからこそ、他者や他車への配慮がほしいと念ずる。現状を考察すれば、たとえば渋滞してしまった高速道路の路肩を傍若無人にブイブイと走り去っていくのは、目隠しをしたベンツかこの種のオフロード車だという事例が圧倒的に多い。強者こそ耐えよ、である。
(1989/02/21)
○89年末単行本化の際に、書き手自身が付けた注釈
ハイラックス・サーフ(89年5月~ )
◆この種の、一般乗用車を物理的に見下ろせるようなクルマで走っていると、気をつけないと本気でヤバい。筆者のような愚か者は、メンタルな面でどんどん横暴に、また、何でもできる感じになっていくのだ。頑丈なバンパー、壊れるのはオレじゃないぜ……。まあそれはさておき、90年代、この種のクルマは新種の乗用車として、どんどん柔軟化への方向へイメージを振るだろう。あのランドクルーザーでさえ、ミリタリー臭さを'89モデルから、すっぱりと脱ぎ捨てたのだから。
○2015年のための注釈的メモ
1989年時点では、サーフみたいなモデルには、ヘビー・デューティとか「この種の……」といった表現をするしかなかった。「SUV」という語が(「ミニバン」とともに)わが国に入ってきたのは、ここから数年後の90年代の半ばであったからだ。この用語の説明を始めてしまうと、ちょっと長くなるのだが、まずこれは、単語としては「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」の略。そしてアメリカでは、乗用車(=パセンジャー・カー)と、トラックやバンや商用車などの乗用車以外、こういう大きな分け方がまずあったこと。
ゆえに、ジープ・タイプにしてもオフローダーにしても、まず最初に、パセンジャー・カー以外というその他のビークルに分類される。だが90年代になって、分類としては非・乗用車でありながら、コーナリングひとつを取っても乗用車並みの運動性(スポーツ性)を持つ多目的車が出現し始めた。具体的には、ジープをラインナップに持つクライスラー社から登場したチェロキーだが、このチェロキーのようなタイプを何とか新たに分類できないものか。
そこから、そもそも非パセンジャー・カーで、属性としてはユーティリティ・ビークルだが、しかし乗用車並みにスポーティに走れる。そういう新種のクルマを「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」と呼ぼうではないか。……このようにして、この「SUV」が新語として採用されたと、私はかつて学習した。ちなみに、同じく90年代半ばに登場したクライスラー・ボイジャーが、それまでにあった米国の(巨大な)バンより、はるかに小さくてコンパクトなバンであったため、これは「ミニバン」と呼ぶしかないと、ここでも新しい分類と新語が生まれたと聞く。
Posted at 2015/01/18 18:13:11 | |
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80年代こんなコラムを | 日記