
そして、1990年代。その半ば以降の日本市場は「脱・セダン」の時代になった。カタチやレイアウトはさまざま、とにかくセダン(&クーペ)ではない格好の自動車に乗りたい。一種のバラエティ志向もあったのかもしれないが、こうした「多様化への意志」が日本マーケットを急激に覆う。そんなカスタマーの意向に呼応して、ミニバン、SUV、それらのクロスオーバーが市場に登場。さらには、セダンが新時代に対応して変形する……というように、メーカー側も動いた。
クルマは大雑把にいえばすべてが「ハコ型」になり、それまで歴史を作ってきたセダン(3ボックス/ノッチバック)やクーペが市場でマイナーになる。そしてミニバン・タイプにせよSUV風にせよ、ことリヤビューに限れば、そのほとんどが平板なテールゲートを持つため、セダンやクーペと較べれば、リヤ部分のデザイン代(しろ)は大幅に減った。
せめて……ということで、残されたリヤ・コンビランプで何か“芸”をすると、ランプだけが妙に目立つという結果にもなる。そんな時代、リヤビューはもう、かつてのような「雄弁さ」は持ち得ないのかと思い始めていた。しかし、さすがはカー・デザイナーである。「ハコの時代」に、ハコゆえのカタチも活かしつつ、大胆にしてヤンチャな提案をしたメーカーがあったのだ。
「ハコ」ゆえの新提案、それを行なったのがニッサンである。彼らは自動車のデザインにおける左右対称(シンメトリー)という根本原則を故意に無視した。クルマのデザイン史に残るであろうそのモデルが、2002年に二代目としてリニューアルしたニッサンのキューブだ。
このクルマのボディ・デザインは、ルーフに向かって「絞り込まれて」いなかった。むしろ、上に向かって拡がっているかのような印象の真四角造形だった。そして後方に回ってみた時の、もうひとつの驚き──。それは、このモデルのリヤ、その右半分と左半分の造形が同じではなかったことだ。
そして、もうひとつ。キューブの静かな主張は、自動車を「ダイナミズム」でデザインしないことだった。走っている姿こそ、あるいは、走りそうな格好が「いい」カー・デザインであり、それがダイナミック(動的)で美しい。これが欧州で行なわれ、好まれるクルマの造形とデザインのやり方だとすれば(モデルに「風」の名前を付けたがるメーカーがヨーロッパにはある)キューブはその方法を採らなかった。
むしろ、クルマが静止した状態で、そこで最も落ち着きがあって綺麗に見えるような“佇まい”を探す。そんなスタイリングでまとめたい。このクルマの場合、そうした評価軸でデザインしたものと筆者には思える。
クルマの造形、デザイン・イメージに「動的」要素を持ち込まない。これは、なかなか画期的だ。このキューブについて、ジャーナリズム側が「何だかこれって、お地蔵さんみたいだな」と、ダイナミズムに欠けたデザインについて、精一杯の悪口を書いたところ、それを知ったニッサンのデザイン部署が躍り上がって喜んだ。そんな伝説も、このキューブでは生まれた。
「静」としてのカー・デザイン。クルマの造形イメージを「動」から「静」へシフトする。この静かな主張は、日本から、あるいはアジアから「クルマ」というものを見た際に派生した、すぐれて21世紀的な新潮流であろう。
また細部では、このキューブの目立たないリヤ・コンビランプの処理に、逆にワザを見る。ボディの下部にひっそりと収まったランプ類は、もしリヤビューの新しさを主張したいなら、それは異形のランプなんかではなく、リヤビューの全体、つまりコンセプトの変革で行なうべし。このように、静かに語っているのではないか。
(つづく)
( JA MAGAZINE 2010年 Jan vol.44 より加筆修整)
Posted at 2016/01/06 20:56:51 | |
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クルマ史探索file | 日記