
この「ティレル019」というF1マシンが人々の目に初めて触れたのは、1990年の春のことだった。これが、新ティレル……! こんな感じで、欧州のいくつかの雑紙を飾ったのだが、しかし、まったく本気にしない人も実はたくさんいた。そう、時は4月だったのである。
エイプリル・フールのための、ていねいなジョーク写真……。ノーズこそ繊細でトレンディだったけれど、それは見たこともないような格好で浮き上がっていて、そしてそのサカナのような鼻には “ヒゲ” がぶら下がっていたのだ。ともかく、これは奇抜であり、「冗談か、あるいは狂気か?」とまで書いた雑誌さえあったものだ。
そしてもうひとつ、「019=ジョーク説」を生んだ理由があった。それは、1989年シーズンを走った前年マシンの「018」が、1990年オープニングの時点でも十分な戦闘力があったことだ。フェニックスでの開幕戦、アメリカGPで、驚異の新人ジャン・アレジが「018」で首位を走り、結果としても2位でフィニッシュ(中嶋悟6位)。そんなティレルが、何もこんなヘンテコなクルマを作らなくたっていいじゃないか、というものだった。
でも、もちろん、このノーズ(アンヘドラル・ウイング)は本気だった。ティレルのテクニカル・ディレクターであるイギリス人、ハーヴェイ・ポスルズウェイトがこの “鼻” とフロントウイングの仕掛け人だが、彼は次のように語っていた。「もし、わがチームにセナとホンダ・エンジンがあるのなら、別のかたちのトライがあったと思う。ただ、現状はそうではない。だから、ラディカルな試みをせざるを得なかった」──
ホンダのV10(1990年)、あるいはフェラーリのV12、ルノーV10……。そのようなメーカー製の最新・多気筒ユニットに対して、ティレルが使えるのは、非力なV8のフォード・コスワースDFR。エンジン・パワー以外の別の何かで、戦闘力を高めねばならない。そのトライが「空力」だったのだ。
たとえば、この「019」は、どこにエンジンがあるのかというくらいに、V8エンジンが巧みにクルマの中に収納されている。印象はものすごくコンパクトだ。そして、エキゾースト・パイプさえも、リヤ・サスペンションの上下アームの間から出すという徹底ぶりで、エアの “流れ” を阻害するものをなくしている。
また、このようにノーズを「上げる」とどうなるかというと、マシンの先端部に最も集中するエアを、無駄なく、ラジエターを抱える両側のサイド・ポンツーン部へ引き込むことができるのだという。
さらには、その部分に流れてくる空気の量が多いため、ラジエターのエア採り入れ口を他車より小さくしても、冷却に支障を来たさない。……ということは、クルマの全体も、よりスリムに仕立てることができ、ここでも空気抵抗を減らせると、このようにハナシは循環する。この「019」とは、パワーのV10/V12勢に対して、究極の “V8エアロ・スペシャル” を作って対抗しようというレーシング・エンジニアの夢なのだ。
この “ポスルズウェイトのジョーク” は、1990年第2戦終了後のイモラのテストで「018」より速いことを実証。実戦でも、デビュー・グランプリの第3戦サンマリノで、ジャン・アレジは予選7位につけ、決勝も6位で走り終えた。マクラーレン、フェラーリ、ウイリアムズの「三強」(多気筒エンジン)に次ぐ実力を発揮し、時にはこれら「三強」を食った。
1990年のモナコでは、ジャン・アレジは予選3位。決勝でも2位で、彼よりも「前」にいたのは、マクラーレン・ホンダ/V10のアイルトン・セナだけ。雨のカナダ・グランプリでは、アレジが2位まで上がり、その後に惜しくもクラッシュした。
“ハイノーズ・レボルーション”が冗談でも狂気でもなく、いかに効果的だったかがわかるが、それは今年(1991年)のF1シーンを見ても明らかだ。ウイリアムズ、ベネトン、そして躍進著しいジョーダン、あるいはダッラーラで走るスクーデリア・イタリア。これらがみな、多かれ少なかれ、持ち上がったノーズと垂れ下がった(?)フロントウイングの組み合わせで、マシンの先端部を構成している。
1990年ティレル「019」は、空力が生んだ “風のF1” であり、その後の、今日のF1マシンのトレンドを創ったのである。
(つづく) ── data by dr. shinji hayashi
(「スコラ」誌 1991年 コンペティションカー・シリーズより加筆修整)
Posted at 2016/03/24 11:12:46 | |
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