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2016年11月24日 イイね!

映画『コクリコ坂から』~1963年的「細部」とクルマが気になる 《4》

映画『コクリコ坂から』~1963年的「細部」とクルマが気になる 《4》さて、この映画の“ナゾ”ということなら、ヒロイン「松崎海」のニックネームやガリ切り/謄写版もさることながら、それら以上に、もっと根本的なところで大きな“ナゾ”がある。こうした意見はあるかもしれない。

たとえば、主人公の「海」は、16歳の高校二年生なのに、なぜ、下宿屋の女将さんみたいなことをしているのか。また、港南学園の生徒は、どうして古ぼけた建物である“カルチェラタン”にこだわって、その存続運動までするのか。さらには、そもそも「カルチェラタン」って何? どういう意味で、何でこんな名前なのか、など。

……もちろん作者ではないので、こうした疑問にすべて答えることはできないのだが、まず、「松崎海」が16歳で果敢にも下宿屋をやっているのは、ひとつは、彼女が長女だからだと思う。家系や家族の中での役割行動というか、妹や弟がいる立場だからというか。ともかく、長女として求められる当然のことをしている。これが「海」のスタンスなのではないか。

そして、もうひとつの理由は、もう中学は出たから。つまり、半分以上はオトナだからという「海」の自覚だ。ある統計によれば、わが国の「1960年」時点での高校進学率は、男女を合わせた全体で57・7パーセントだった。つまり、6割に達していない。少し時間が経っての「1965年」では、これが70・7パーセントになるのだが、1960年代前半の中学生、10人のうちの3人は、学校を出たらすぐ職に就いて社会人になった。

(高校進学率は1970年になると急伸して、82パーセント超となる。また、この年には男女が逆転して女の進学率の方が高くなり、この傾向はその後も変わらない。そして1975年以降、高校への進学率は男女ともに9割を超えて今日に至っている)

……というわけで、周りがそうした状況なのであり、カシコくて気配りのできる「海」であれば、母の不在時に女将さん役をこなそうとするのは、むしろ当然であったかもしれない。この点では、実は妹の「空」も同様であり、劇中、今日の夕食は「空」に任せたので、私は早く帰宅しなくてもいいと「海」が言うシーンがある。アメリカ留学中の母も、「もう高校生なんだから、みなさんの面倒を見ることはできるわよね」……くらいのことを言って、サッソウと米国へ旅立ったのではないか。

そんな勉強といえば、「耳をすませば」の中学生・月島雫のお母さんもまた、家事そっちのけで(?)大学で講義を受けていたことを思い出す。スタジオ・ジブリ~宮崎駿というラインは、「学問する母」という姿と設定がとても好きなようだ。

そして、何より“働く少女”ということであれば、「紅の豚」のフィオ・ピッコロは、弱冠17歳で、ポルコの飛行艇を設計していた。このことを思い出せば、日本の女子高生「海」が下宿屋を取り仕切るのは何のフシギもない。

さて、もうひとつの「カルチェラタン」だが、これは「ラテン人の地区」とか「ラテン語の人々がいるエリア」というのが、とりあえずの直訳になるはず。ラテン語の人々(ラテン語を識っている人)とは、日本で例えるなら、漢文や外国語に堪能な人たちという感じだろうか。教養語であるラテン語を駆使して、学問に勤しむ。そんな“ラテンな”学生たちが集まっている一帯。それをパリ人が「カルチェラタン」と呼んだ。

こうした“学生の街”宣言というのは、学生自身が誇りとともに自称したのか。それとも、あの地域にいる連中はスゴいよね~と、周りの方から、それとなく言い始めたのか。そのあたりは定かではない。そして、ここから先は私見が交じるが、この「カルチェラタン」という言葉には、学問中の身でございますという謙虚さと同時に、それと同じくらいの度合いで、自分たちは“並み”とは違うという強烈な選良意識が含まれていると見る。

横浜の“丘の上”にある、男女共学の港南学園。その文化部系の部室が集まっている建物で、“本名”は清涼荘。それがどうして“カルチェラタン”と呼ばれるようになったのかは、映画の中では描かれない。ただ、この学校は多くの生徒がフランス語を学んでいて、パリの街についての情報も広く共有されていると察する。

ヒロイン「松崎海」のアダ名が「メル」であることも、ここで思い出すべき。そして、そもそもアダ名というのは、最初に誰かがその名を言った時に、(そうだ、そうだ)(それはピッタリ!)といった賛同者が一定数以上いることで、初めて成立するものだ。

つまり港南学園とは、そうした“おフランスで、カルチェラタンな”(笑)学校で、そしてこの映画は、そういう場に集うエリートたちの物語。このあたりにイヤミを感じる方々には、この映画は向いてないので、他の映画をご覧になることを強く薦める。

そして、ヨーロッパの大学は、その創建時から、王権や領主からの「自治」を掲げるのが常であり、そうしたスピリットもまた、この「丘の上」の誇り高い学園には“輸入”され、伝統として受け継がれていた。この映画のもうひとつの“ナゾ”とされる(?)全学討論集会での「合唱」事件は、港南学園がそんな“カルチェラタンな学校”であることと深く絡んでいる。 ( → この件については次回に)

(つづく)  (タイトルフォトはスタジオ・ジブリ公式サイトより)
Posted at 2016/11/24 21:50:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
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