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家村浩明のブログ一覧

2014年03月30日 イイね!

「雨ボタン」と“耳たたみ”

「雨ボタン」と“耳たたみ”雨模様の日曜日ですが、そういえば、クルマに「雨ボタン」があればいいなとマジメに考えていた時期があります。今日は雨だとか、雨が降ってきたとか、そういう時はそのボタンを押す。すると、クルマに慣れている人なら雨天時にはこうするという「設定」を、クルマ側が自動的にやってくれる。これは、そのボタンは新設ですが、しかし何か新機能を追加するわけではなく、既にクルマが持っている機能&装備を「雨対策」という一方向に向けるだけ。だからコスト的にも問題がないとも見ていました。

こんなことを思いついた理由のひとつは“全車エアコン装着”の時代なのに、雨の夜など信号で止まると、運転席でウインドー(裏側)をウエスで拭いているクルマを見かけたこと。察するに、外気エアを入れて風向きを「DEF」にするなど、その種の「雨設定」をしていないってことでしょう。

しかし、じゃあこうしたらと、その「設定」を説明すると、相手が青少年の場合はいいんですが、クルマへの関心度がそれほどでもないという方々には、このハナシはどうもおもしろくないらしく……。「あのね、クルマはそもそも、エアを外気導入にするか内気循環にするかを選べる。さらに、その“風”を室内でどう使うか。足許か顔か、それとも窓なのかを選択可能。さらに、そのエア(風)をエアコン経由にすれば効果が上がるし、何ならリヤ窓には熱線も入っていて……」とは、まあ、ハナシもちょっと長いんでしょうけどね(笑)。



聞いた話ですが、当時の(いまでも同じか)有能なセールスマンの方は、納車の際に、エアコンをメインスイッチでオン/オフできる車種の場合は、必ずそれを「オン」にしておく。そして、「このスイッチだけは触らないでくださいね」と念を押して、カスタマーに引き渡す。こうしておくと、エンジンが掛かって風量をいじった時点でエアコンも作動するので、ウインドーは、まず曇ることはない。クルマのデフロスト機能をコマゴマと説明するより、この「エアコン・オンで納車」の方がずっと確実に雨天時の視界が確保でき、顧客へのサービスにもなる。こういう“プロの智恵”があったそうです。

まあ確かに、仮に携帯電話の細かい説明を受けても、私の場合はアタマに入ってきませんから(笑)、デフロストがどうこうと“キカイの話”をされても……という、その感覚はわかります。そういうことなら「クルマの側」が余計な親切をするように、それが「雨ボタン」なのでした。

* 

思いついた理由の二つ目、それはエンジニアリング(クルマ開発)の“盲点”です。クルマを作る人、開発している人は、もちろんクルマに詳しい人たち。この雨の問題でも、より良いシステムを考えつつ、テストもします。ただ彼らのテストは、こうすれば曇らないという「雨設定」にして、その状態で性能を発揮するかどうか。そもそも、そういう設定にしない、あるいは、その設定自体を知らない。これは開発陣の想像の外でありました。こう使われるはずという前提条件が、実はないものだった。

……あ、日本メーカーの開発陣や実験部隊はもちろん怠慢ではなく、走行中にミッション(ATのセレクター・レバー)を「リバース」(バック走行用のギヤ)に入れたらどうなるかというテストまでしています。「そんなことする人、いないでしょう?」と水を向けても、「いや、いらっしゃるかもしれない。そういう場合でも走行を安全に。そしてミッションを壊さないように」というのが彼らです。しかし、雨なのに「雨設定」にしないというところまでは、その気配りも及ばなかった。

もちろん、マニュアル通りに使われていないという機器は、いろんな分野であるでしょう。ただクルマは、公道上を動き回らねばなりません。そして窓の曇りは、即、走行と安全性に関わってくる。やっぱり「雨ボタン」は要る、これが私の見解でした。

* 

……と、過去形で書いているのは、どうも昨今、クルマの窓が曇るということが減ってきたと思えるからです。それはエアコン自体の性能向上、さらにマネージメントするソフトの進化、それらの相乗作用でしょうね。そして、キーは「オート・エアコン」の一般化だと思います。

オートのエアコンは、ユーザー側は、温度設定以外は基本的にすることがありません。そこから、その「暑い/寒い」の選択だけであとはオッケーになるよう、エアコンの開発とテストが行なわれる。その際、当然、窓の曇りの状態もチェックされる。そうして商品化されたのが今日のエアコン。つまり、「オート」をオンにすることが実質的に「雨ボタン」を押すのと同じになっているのでした。

そんな近年のエアコン事情などを聞きながら、某メーカー某機種のボディ設計エンジニアとこんな話をした時のこと。現実的に「オート」で性能的には用が足りていても、「このクルマはこんなことまで気にしてます」というアピールとして、かわいい“アンブレラ・マーク”のボタンがあるクルマはアリなんじゃないかという話になりました。その時、そのエンジニアの目がキラリと光りましたが、案外この先、「雨ボタン」仕様があるクルマがどこかから登場するかもしれませんね。

* 

さて、この種の“思いつきメカ”は、私はちょっと好きです(笑)。それで言うと、最近は自動での“耳たたみ”が気になっています。駐車すると、しっかりドアミラーを畳むというドライバーは多いですが、それならもうオート化したらいいと思うので。

クルマが停止し、ATが「P」に入り、サイドブレーキも引かれた。そしてドアが開き、また閉められて、その後にリモート(キーレス)でドアがロックされた。これはどう見ても「正しい駐車」で、そして、しばらくはクルマは動かない。そうシステムが判断したら、ドアロック時に、自動的にドアミラーも収納される。

そして、同じ「リモート」が次にロック解除の指示を出したら、その際にミラーも所定の位置に戻れば、ストレスはないはず。人呼んでオートマな“耳たたみ”なんですが、さて、如何なものでしょう?(それともこの程度なら、車種によっては既に設定可能になっているか)

“思いつき”の二つ目は、その「リモート・キー」の車内での置き場所。ポケットやバッグに入れておけば、すべてOKなので、そんなもの要らないという意見はありそうですが、ただ、キーを持っていることを確認しながらクルマには乗りたいという考え方もあるでしょう。その場合、手にしているキーを、車内でどこかに置きたい。カップホルダーで代用するのではなく、カタチよくデザインされた専用の場所に、キーをカチッと収めたい。かつてのイグニッション・キーを回してエンジンを掛けた時代に拘りすぎかもしれませんが、ただ、キーレス時代だからこそ、こうしてキーを“カギ”にすることによって、クルマの運転を「意識化」する。そんなメンタルな効果があるなら、こういう演出もいいと思います。
Posted at 2014/03/30 08:13:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 茶房SD談話室 | 日記
2014年03月22日 イイね!

内なる“ガラ軽”とケーターハム

内なる“ガラ軽”とケーターハム貿易や市場開放、そしてグローバリズム、さらには、日本自動車界の課題のひとつとしても──。さまざまな機会を捉えては浮上するネタに、軽自動車とその規格がある。おもしろいことに、これを巡る論議の方向は常に一定で、その逆は(少なくとも私は見たことが)ない。その論旨とは、日本の「軽規格」は“ガラパゴス”であり、世界基準に非ずということ。そして全幅の拡大など、その見直しにまで論議が進む場合もある。

そうなのだろうか? 「軽規格」は現時点ではたしかに“ガラ軽”かもしれないが、それが本当に世界基準ではないと、誰か試したのか? 

いや、テストコースでの走行比較であれば、軽自動車が足らないところはあるかもしれない。広大なコース内でクルマを振り回し、高速コーナリングをチェックしたら、軽自動車よりも全幅が広い欧州製小型車が優位というシーンはあると思う。そういえば、ある軽自動車エンジニアが悔しそうに言っていた、「あとxxセンチ、《幅》をくれたら、世界に負けないクルマを作れる」と。

しかし、テストコースは現実の市場ではない、生活者やクルマやバイクが蠢く市街地でもない。「もっと幅が狭ければ、この街のストリートで、もっと使いやすいのに」……ある国ある街の片隅で、こう呟いているドライバーはいるかもしれない。そしてそこでは、「高速コーナリングって何?」と問い返されることもありそうだ。

「軽規格」は、日本でそういう名前が付いているだけで、要するにクルマのサイズとエンジンの排気量を示す仕様である。たまたま、カテゴリーとして普通車と軽自動車という二種があるため、わが国では一方が特殊視される傾向にある。だが、そうした区別(サベツか)がなければ、「このくらいのサイズで、エンジンは660cc」というクルマがその市場ではどうなのか。考察すべきはこの一点になろう。そして、どこかの国や地域で、「あ、いいですねー。ぜひ、うちの国に持ってきてください」と言われた時点で、「軽規格」は“ガラパゴス”ではなく、複数のエリアで認められた国際規格となる。

ちょっと過去を振り返っても、『スマート』はタイヤさえ選択すれば、わが国で「軽規格」としての登録が可能だった。軽自動車のサイズは、その時点で、すでに国際的だったことになる。そして、この2014年に上陸を果たした『ケーターハム』である。ここでも、日本のその「規格」は、あるメーカー(というよりコーリン・チャップマンの夢か)がプランニングしたクルマのディメンションと、ほぼ共通していることが示された。

“ガラ軽”とはクルマの問題ではなく、私たちの内なるどこかに潜む、一種の(文化的な)プロブレムではないかと思う。そこでは、なぜか私たちは始めから、軽自動車とその規格は“ガラパゴス”だと思い込んでいる。

たとえば2010年代以降、世界の小型車は、このくらいのサイズ(軽規格)でどうなのか。こんな視点で、日本生まれの「コンパクト車の規格」を見たい。島国に発した「軽規格」だが、それがワールド・スタンダードになることを、誰も止めてはいない。
Posted at 2014/03/22 17:03:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 茶房SD談話室 | 日記
2014年03月22日 イイね!

 Le Mans へ…… 1994レーシングNSXの挑戦

第5章 50パーセント…… part2

5月8日のテストデイまでに決めておかなくてはならないことがあった。チーム編成である。3台のNSXを走らせるドライバーとして、橋本は、外国人のみ、外国人と日本人の混成、そして日本人だけのチーム。この三パターンで行きたいと考えていた。

外国人ドライバーの核としては、レーシングNSXの開発ドライバーであるアーミン・ハーネと、93年のスパ・フランコルシャン24時間で一緒に仕事をしたベルトラン・ガショーの二人を置いた。外国人チームは三人の国籍をバラバラにし、混成チームには清水和夫と岡田秀樹に、日本人ドライバーとして加わってもらうことにした。

残る日本人チームについては、モーターレクリエーション推進センターの吉村柾之に動いてもらい、「チーム国光」に決定した。高橋国光、土屋圭市、飯田章、この三人がドライバーで、スポンサーの支援体制も整っていた。日本人としてル・マンを走ったとき、どういう感想を持つのか。どうル・マンと接するのか。この点には、橋本も興味があった。

また、旧知といっていいハーネとガショーについても、ル・マンという場で彼らがどう走り、どう闘うのかを見たかったと橋本は言う。たとえば外国人ドライバーは、公道のような荒れた路面をレーシング・スピードで走ることに長けている。またハーネはオーソドックスな走りだが、ガショーはかなり滑らせる。二人のドライビング・スタイルの違いとNSXとの関わりについても、橋本は興味があった。

そして、レーシング・マネージメントは、すべてクレマーに任せた。したがって、メカニックはすべて外国人。ホンダ栃木のメンバーはレース運営には直接タッチはしない。もちろんエンジニアとして、丸谷武志も石坂素章も、サルテの現場には当然行く。そして橋本の立場は、仕掛け人から、何かがあったときに最終的な判断を下す「総監督」というポジションに、自然と移行していた。

こうして、94年5月8日。ル・マン・テストデイがやってきた。

* 

テストデイには3台のレーシングNSXが顔を揃えた。ル・マン仕様1台、94ADAC仕様車をベースにル・マン用のモディファイを施したもの、そして93ADAC仕様車の3台である。3台目の93ADAC車は、ル・マンを初めて走るドライバーのための練習車で、土屋圭市や飯田章がこのクルマでコースに出て行った。

ベストタイムをマークしたのは、もちろんル・マン仕様車だった。93年のル・マンで、GT-2と同じレベルのクルマが予選を4分21秒で走っている。レーシングNSXも、シミュレーションではこのタイムをマークしている。そして、実走してのル・マン仕様NSXのタイムは4分28秒だった。

このテストデイでのシフトポイントは7500回転としていた。実際には、NSXのVTEC・V6は8300回転まで回せる。つまり、そうしたシェイクダウン状態での4分28秒なのである。「これはイケるな」と橋本健は思った。レブリミットを押さえ、また、コースとの慣れを探っている段階のNSXは何のトラブルも起こさなかった。

次のスケジュールは5月17~18日の24時間テストだ。想定した走行距離は4000㎞。用意されたクルマは、テストデイをこなした47号車と、その日がシェイクダウンとなるル・マン用の2号機、48号車。さらに94ADAC仕様の3台である。このテストに栃木から参加したのは丸谷武志で、場所はポール・リカールだった。

このテストにおける3台のNSXには、それぞれのテーマがあった。まず1台は、レブリミットである8300回転まで回す。エンジンは、よしんば壊れてもいい。いや、エンジン屋・丸谷の願いは、一度エンジンを壊してほしい(!)だった。

そして1台は、サスペンションのセッティングをツメる。さらに夜のピットインでのピットワークを実地に行ない、問題点を洗い出す。もう1台は、ダンロップとヨコハマの二種のタイヤについて、それぞれ、足の基準仕様を決めることである。

3台がそれぞれのテーマを持ち、24時間を走ってみるためのロングラン・テストは、しかし、14時間、およそ2000㎞を走行したところで中止となった。原因は雨、それも嵐といっていいほどの大雨で、ADACのためのウイングやABSのテストも十分にはできず、24時間の実走もついに果たせなかった。

丸谷のエンジンは、ル・マン走行モードによるベンチテストでは、50時間保つことが確認されている。また燃費についても、当初の目標である2.5㎞/リッターをクリアしただけでなく、そこから大幅に上昇させてあった。

一周が13.6㎞と長いサルテでは、ほんの少し燃費を伸ばしただけでは周回できるラップ数に影響が生じない。もう一周走れるようにするとすれば、数値をゴソッと上げねばならない。丸谷らのエンジン・スタッフは、こと燃費においては、所定の走行回数に対して3周分のマージンを持つまでにエンジンをツメて来ていた。だが、それらを24時間の実走で確認する機会は、このポール・リカールでは、予定半ばで打ち切りとなってしまった。

6月8日のシルバーストンは、その一週間前にシェイクダウンを済ませたばかりの3号機・46号車を中心にしたテストを組んだが、このとき初めてミッションにトラブルが出た。ミッションの内部ではなく、リンケージとコントロール系という周辺のトラブルだった。このシルバーストンでも、あまり走り込めぬままにテストは終わった。

レース前にやるべきことが「100」あるとして、今回はどのくらいやれただろうか。橋本健は考えてみた。やはり、ひいき目に見ても70%くらいだなと橋本は思った。ただ、100%やったつもりでも、100%じゃなかったことがわかるのがレースというものだ。そういう意味では、130%くらい“やり切って”、初めて何とかレースになる。そういう現実を、橋本は何度も身に沁みて知っていた。(ということは、今回は、50%くらいってことになるのか……)

1994年のル・マン24時間レースは、もう目前だった。

(つづく) ──文中敬称略


○解説:『 Le Mans へ…… 1994レーシングNSXの挑戦 』

この記事は、1994年に雑誌「レーシングオン」、No.174~NO.180に連載されたものに加筆・修正し、1995年3月に、(株)グラフィティより刊行された小冊子、『ル・マンへ……1994レーシングNSXの挑戦』を再録するものです。本文の無断転載を禁じます。
2014年03月22日 イイね!

 Le Mans へ…… 1994レーシングNSXの挑戦

 Le Mans へ…… 1994レーシングNSXの挑戦第5章 50パーセント…… part1

ホンダ栃木研究所とクレマー=TCPの合作によるレーシングNSXは、94年の4月に初号機(1台目)が完成し、テストに入った。

このプロジェクトのプロデューサーという立場の橋本健は、テストは何回やったのかという問いに対しては、「えーと、二回と二分の一ってとこかなあ」と答えている。ただ、これは彼自身が参加したものを中心にカウントした場合で、クレマーは、4月15日のスネッタートン・サーキットでの初号機のテストを皮切りに、クルマができあがるたびにシェイクダウンのスケジュールを組み、精力的にテストを消化していた。

そして、より正確にいうと、4月15日にスネッタートンに現われたレーシングNSXは、94年のADAC/GT仕様で、このクルマは同月の19日にはドイツに運ばれ、ニュルブルクリンクでの現地テストをこなしている。

ル・マン用の初号機がサーキットに持ち出されたのは、94年4月28日のスネッタートンが初めてで、以後、5月8日のル・マン・テストデイではこの初号機・47号車が走った。5月17~18日のロングラン・テスト(ポール・リカール)で、2号機・48号車がシェイクダウン。そして6月1日、スネッタートンで3号機・46号車がシェイクダウンされた。また、ル・マンのテストデイには、94ADAC車も姿を見せ、サルテを走った。

こう書くと何やらメチャクチャなようだが、実はそうでもない。なぜなら、車体製作者であるTCPにとっては、ADAC車もル・マン車も同じクルマであり、燃料タンクの容量とリヤウイングが違うだけだからだ。

レーシングNSXというのは、TCPにとっては1タイプしかない。それを、ル・マン用に3台、ADAC用にTカーを含めて2台。計5台を“生産”した。それがTCPの仕事で、その点ではパーフェクトだった。その仕事を現地で見続けていたホンダ栃木の若いエンジニア石坂素章は、「非常に期間を限定されて、なおかつ、結果的にル・マン24時間レースで“走れる”クルマを作ったわけですからね。さすがTCPだと思います」と証言する。

ただし、ル・マンのための3号機、それのシェイクダウンが6月1日というのは、やはり、タイト極まるスケジュールというべきであろう。何しろ、その月の18日には、24時間レースがスタートしてしまうのだから。

ただ、それを言うなら、前年の9月に参戦を決定したことが、既にしてタイトだった。ハードなことは誰もが知っている。だからこそ全速で、このプロジェクトは駆けているのだ。

* 

4月15日、スネッタートンでの初テストは、初号機のドライブシャフト折損から始まった。それは実に見事に折れていた。とりわけ、取り付け部の肉厚が薄く、橋本の目から見ても、ちょっと無理だと思えるような頼りなさだった。

ただ、すぐにTCPに部品を取りに戻り、付け換えて、スネッタートンを20ラップ以上回ることができた。テストドライバーはアーミン・ハーネ。93年のADAC以来、彼はNSXを走らせており、レーシングNSXについて最も身体で知っているドライバーだ。そして、テストに関してはハーネひとりで行なうことも決めていた。このスネッタートン・テストは、初っ端こそ「あれっ!?」というアクシデントはあったが、シェイクダウンとしては順調だった。

そして、後のル・マン・テストデイでも、ドライブシャフトには何の問題もなかった。(やっぱり、ちゃんと対策やってんだなあ)、橋本はドライブシャフトの件は忘れることにした。その程度の初期トラブルに見えた。

さて、ル・マン・プロジェクトの橋本健は、テストのすべてに参加したわけではない。たとえば、レーシングNSXにとっての初めてのロングラン・テストとなる5月のポール・リカールにも行っていない。これは、なぜだろうか。

「だって、任せるってことが必要でしょ。あくまで現場にいる彼らに、その場で判断させて答を出させる。24時間レース、何が起こるかわかんないし──。“どうしましょうか”だけじゃダメですよ。あ、その、出て来た答えが正しかったかどうかっていうのは、また別ですよ。答の正否ウンヌンってことじゃなくって、判断をするっていうこと。これをやってほしいんです」

TCPへの石坂素章単身派遣も、そういう意図だろうか? 「石坂は、それまでエンジンがメイン(の仕事)だったんですけど、今回はトータルなクルマ作りを見てきてほしいということ。ンで、三日四日いただけじゃわからないから、ずっといろ、と。彼は93のADAC(NSX)もやってたし。ともかく、どんな作業をしてるのか、実地で見ろということですね」

「英語力なんていいんですよ。技術的な英語なんて限られてますからね。現場で実物を見てれば、わかってきます。例の、技術屋を二階に上げてハシゴを……っていう(笑)アレですよ。だから、敢えて一人で出した」

「あれで、クルマの開発の“動き方”っていうのかな、それがかなりわかったと思いますよ。(英語を)喋れないのに、トンプソン親爺に晩飯に誘われるのが辛かったって? でも、TCPのエンジン屋でアレックスっていうのと、けっこう仲よくやってたようですからね。きちんとした報告書も書いてるし」「でも、ル・マン(サルテ)に来るのに、あいつ、パリでタクシー拾って、それで来たんだよなあ……(笑)」

(つづく) ──文中敬称略


○解説:『 Le Mans へ…… 1994レーシングNSXの挑戦 』

この記事は、1994年に雑誌「レーシングオン」、No.174~NO.180に連載されたものに加筆・修正し、1995年3月に、(株)グラフィティより刊行された小冊子、『ル・マンへ……1994レーシングNSXの挑戦』を再録するものです。本文の無断転載を禁じます。
2014年03月19日 イイね!

スカイライン、その謙虚さに微笑みを

このクルマに試乗している時間に、ずっと浮かんでいたフレーズがあって、それは(謙虚だなあ……)だった。そしてこれには、若干の苛立ちも含まれていた。せっかくなのだから山岳ワインディング路とか、このクルマのダイナミックな部分をもっと発揮させるようなコースにすればよかったのかもしれないが、この日はあえて“山”には行かず、一般郊外路だけを試乗ルートに選んでいた。

このモデルの最大の新しさは、やはり“ステア・バイ・ワイア”であろう。メーカーでは「ダイレクト・アダクティブ・ステアリング」と呼ぶが、つまりは電子信号によってステアリングと前輪を操作しようという“超デジタル”カー、そして、その世界初の市販モデルである。しかしこの新機構を、このクルマはむしろ「隠そう」としているように、私には思える。開発のテーマは、従来型から乗り換えても決して違和感を覚えないように……だったのではないか。

だが、そうした丁寧なチューニングが行なわれても、やっぱり「違い」は残っている。それを感じるのは、たとえば直進から、ほんの少しだけ「舵」を入れた時──。ここで、最も操舵力が「軽い」、応答性は「おだやか」という設定(特性)を選んでも、コクンという微妙な“ひと山越える”感覚が手に伝わる。

一方、ではいっそ、その操舵の特性と「しっかり」「クイック」として、豪腕でグイグイとクルマを操縦するようなセットにした場合はどうか。この場合は、そんな細かいことより、クルマ全体がどう動くのか(お、これで曲がれるのか!)という新しさにドライバーの関心は行く。その際、直進付近でのデリカシーなんかはどうでもよくなる(少なくとも、私の場合は)。

──フッと余計なことを考える。“ステア・バイ・ワイア”搭載車が市販段階になったとして、メーカーA社ならどうしただろう、あるいは、B社であれば? たとえば、今回は“異次元”のメカを新搭載しました、だから新しさがいっぱい、その違いをご確認ください……というような、違和感ではなく新奇性だという打ち出し方はきっとあるだろう。だがスカイラインは、そしてニッサンは、そうしたシンプルなウェイを採らない。

新メカながら、路面状況をステアリング経由で得るロード・インフォメーションも大切に。従来システムとの違和感は、可能な限り少なく──。そこから、試乗直後の開発陣との懇談では、上記の“小さな違和感”を問題にした私だった。しかし、時間が経過して考えを変えた。そんなネガよりも、もっと大きな“ポジ”を見たい、と──。

このクルマは、クルマの操縦における「個人性」を拡大した。まずエンジンとミッションで、スポーツ、スタンダード、エコ、スノーの4仕様(カタログでは“特性”という言葉を使っている)。そしてステアリングでは、操舵力で4特性、操舵応答性でも同じく4特性の選択肢が用意されている。さらに、これらのセッティングを「パーソナル」モードとして、三人分の記憶もできる。

これについて試乗前のプレゼンでは、旦那様と奥様で、それぞれお好みの仕様を決めておけるという紹介もあったが、今日これはちょっと現実的ではないと思える。それよりも、ある開発スタッフの以下のコメントがリアルだ。「ひとりで、好みの仕様を二つ決めておく。そういう使い方もできますので」。

たとえば「街」と「山」、あるいは「渋滞」と「郊外」、レース好きなら「予選」と「耐久」なんていうのもいいかもしれない。そういう複数の“テイスト”を準備しておいて切り換える。デジタルカメラのマイ・モードみたいなもので、複数のキャラを自分のクルマに与え、機に応じてセレクトする。

この時の選択範囲の幅が“ステア・バイ・ワイア”によって大きく拡がったのであれば、それはコングラチュレーションである。伝統的なシステムとの違いを探すより、超デジタル化によって生まれた、そういう“広い世界”を愉しみたい。(ひとつナイショ話をすると、ステアリングの操舵では、現状の「軽い」でもまだ重いと感じるカスタマーのために、“隠れ仕様”としてワンランク軽い特性が用意されているという)

また、「プレミアム・セダン」を企図したがゆえに、作り手として、これしかないというセッティングでお贈りします(さあ、どうだ!)……ではなく、可能な限り、お客様のお好みが反映できるように致しましたという柔軟な姿勢も興味深い。高級ゆえに、作り手あるいは演じ手が威張らない。これもまた、文化である。

そして作り手の仕事として、どんな「特性」を選択されたとしても破綻のないようにクルマとしてまとめるのは、実はずっと“ハード・ジョブ”ではないかとも思う。だが、それをオモテに出さない。これもまた、ひとつの謙虚さだ。

そういえば、ハイブリッド(with モーター)によるアディショナルなパワーにしても、このクルマはドカッとは出さず、それとは知れぬように(?)穏やかに炸裂させる。しかし、このパワーソースは、いざアクセルを踏むと、リニアなまま、クルマがグワーッと前に行く。もの凄く速い! タイヤも、いっときのランフラット・タイプにあった乗り心地面での粗さは消され、低速域でも滑らかに路面を撫でる。

そしてフロント・マスクは、多くのプレミアムに流行の(?)巨大グリルの設定ではなく、程よい大きさの“穴”を黒いハニカムだけで飾る。一方で全体のシェイプには、しっかりした力感が潜んでいる。デザインとして、これは十分に“強い”ものだ。新しいスカイラインに、サムアップと微笑みを! 
Posted at 2014/03/19 15:05:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | New Car ジャーナル | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

プロフィール

「【 20世紀 J-Car select 】vol.14 スカイラインGT S-54 http://cvw.jp/b/2106389/39179052/
何シテル?   01/15 10:59
家村浩明です、どうぞよろしく。 クルマとその世界への関心から、いろいろ文章を書いてきました。 「クルマは多面体の鏡である」なんて、最初の本の前書きに...
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