
§日付けのある Car コラム
§『アクション・ジャーナル』selection
ディーゼル・エンジンを載せつつ、なお「純・乗用車」として、この国の市場にその一角を占める。この困難なテーマに挑んだクルマが、またひとつ出現した。マツダ・カペラ/フォード・テルスターである。
この「純・乗用車」としてのディーゼルという言い方には、若干の説明が要るだろうか。日本ではディーゼルはついにマイナーであり、これからもそうであろうとは、ほとんど業界の全会一致的な見解である。ディーゼル乗用車は売れてない。その事実に対して、ぼくも異論はない。
では、日本市場はディーゼル・エンジンというもの、その高効率性、実用上の経済性、省燃費といった長所を知らない市場か? これは大違いだと思う。無知どころではない、ディーゼルの何たるかを知り尽くしている。ここは、そういう国である。
純・乗用車でないビークルは、昼間のオフィス街、夜間の街道、深夜の高速道路を占拠し、巨大な物流を成す。濃密なモータリゼーションの国がニッポンである。トラック、ライトバン、ワゴン、さらにはクルマの横っ腹に文字の入った4ドアのセダンまでも含んで、これらの社用車、業務用と呼ばれるクルマたちは、みーんなディーゼルだ。そう言いきって過言ではない。
軽油がガソリンよりはるかに安価だという日本の事情が先か、《D》の省燃費性が先なのか、それはわからない。しかし事実として、経済活動は軽油で、つまり、ウイークデイはディーゼルで、なのだ。
然るが故に、日曜日に乗るためのクルマ、純・乗用車を買おうとする時にはガソリン車にするのである。なぜ、ツインカムか、ターボなのか? 日本人のハイメカ/ハイパワー志向も、日常活動を行なうクルマのテーマが経済性のみであるということから解けるのではないか。日常性から離れれば離れるほど、距離があればあるほど、それはよいクルマなのである。「ソアラ」を生んだのは、ニッポンのディーゼル・モータリゼーションであるという説をここに掲げる。タクシー・ドライバー諸氏は、自分のクルマとしてもう一台、仕事で使っているのと同じLPG仕様車を買おうとするだろうか。
カペラ/テルスターの《D》は、マツダの果敢な挑戦である。
ここに述べたような市場認識があればこその、ターボではなくての新機構、スーパー・チャージャーの搭載でもあろう。たしかに速く、そしてレスポンスのよいエンジンだ──《D》としては。その意欲へのエールを惜しむものではないが、しかし、“憧れ”としてのガソリン車という構造も、また強固である。
そんなことはない、クルマに「ハレ」も「ケ」もない、日曜日専用車という考え方もおかしい……等々のご意見をお持ちの方がいるなら、試乗をすすめる。安価な軽油で、これだけよく走るクルマがいまある。日本のディーゼルとしての期待を裏切らぬ、すぐれた静粛性はいうまでもない。
(1987/09/22)
○89年末単行本化の際に、書き手自身が付けた注釈
フォード・テルスター・スーパーチャージャー・ディーゼルGL-X(87年5月~ )
◆圧力波なるものがあって、それを巧みに使ってエアを供給する。故に、プレッシャー・ウェーブ・スーパーチャージャー。《D》のパワー武装の策として興味深いワザであり、たしかに速いディーゼル車になった。ただ、《D》への長い偏見の歴史、また本稿に記したような事情、そして昨今の“カネ余り”(?)などで、ハイパワー・ガソリン車の海に埋もれているのが現状。同エンジンは、いま、カペラ・カーゴにも搭載されている。
○2014年のための注釈的メモ
……まあ、このコラムのように、週日と休日を分けてしまうのは、ハナシとしてはアリでも、実態としてはどうだったのかという気もする(笑)。ただ80年代後半には、たしかに当時のメイン量販タイプであった「セダン」系には、マツダを始めとして国内各社はディーゼル・バージョンを必ず設けていた。
それが90年代には衰退し、ディーゼル仕様がもてはやされるのは巨大なクロカン・タイプ(パジェロなど)だけという時代を経て、その後、高効率と省燃費でヨーロッパではディーゼルが主力だという情報が入ってくる。コモンレール方式の登場などで、ディーゼル・エンジンそのものも抜本的に改良された。
その結果、「新世代ディーゼル」として、このシステムがもう一度注目されるようになった(なっている)のが、この2010年代であると思う。マツダはその流れを逞しく引っ張っている国内メーカーのひとつであり、そのスピリットは、実はこうして80年代から連綿と続いていたことに、このコラムであらためて気づく。
Posted at 2014/09/14 11:18:02 | |
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80年代こんなコラムを | 日記