
「パリ・ダカール・ラリー」という競技が、砂漠の中ばかりを走っているというのは真実ではない。一度、カミオン(トラック)で参加したチームが撮った車載ビデオというのを見せてもらったことがあるが、そこに映っていたのはエンエンと続く平坦な舗装路だった。
ただし、砂漠も走る。砂のセクションは全行程のうちで三分の一にしかならないというが、砂漠走行という闘いは歴然としてある。そして、その砂漠での走りは、勝利という目的を持ったエントラントにとっては(このラリーの場合、エントリーして走ることだけを目的としている参加者もいる)とても重要なことになる。なぜなら、砂漠以外のところでは、誰でもが同じように走れてしまうので差がつかない。砂漠をどう走るのか? 勝敗は、この一点で決まるからだ。
「たしかに、いろんな人がいろんなカタチで『パリ・ダカ』には関わっていて、いろいろな見方があると思います。ただ、ぼくらは『パリ・ダカ』に勝ちに行ってる。勝つために、走ってる。そうすると、結局はやっぱり(パリ・ダカは)砂漠との闘いということになるんですね」。こう語るのは、三菱ワークスのドライバー、増岡浩。1994年の同ラリーで「T2」部門で優勝し、総合でも4位に入ったオフロード・ドライビングの名手である。
では、その「砂漠を走る」とは? これがどうも、相当に厄介なことであるようだ。まず、サハラ砂漠の砂というのが、サラサラした極めて小粒のもの。増岡によれば、「砂時計ってありますよね。あれの砂をイメージしてください」というくらいに、手応えのない砂。そんなサラサラ、フワフワのところを走れるのかと思うが、そこは4WDの威力。トラクション(駆動力)を上手く掛け続けるのがコツだという。これは“砂の海”を四輪でかきながら泳いでいくといった感じか?
また「T2パジェロ」のミッションは6速だが、しかし「ミスシフト一回で(砂に)潜ってしまう」のだという。では、そうなったら? 「潜ったら、もう、シャベルです(笑)。掘って、板を渡して、脱出するしかない。これでだいたい15分くらいロスします」(増岡)。超・長距離のマラソン・ラリーであるとはいえ、タイム・トライアル中の「15分」というのは相当な時間であろう。……となれば、極度の集中力で、砂漠の“海”を泳いで行かねばならない。
そして、「パリ・ダカ」の「SS」(スペシャルステージ=タイム競争)というのは、みな長い。ひとつの「SS」が500キロ以上というのはザラで、中には800キロというのさえある。“砂掘りの15分間”を作らないようにするための、何時間にも及ぶ連続したコンセントレーション。これもまた、WRC(世界ラリー選手権)とは異なる「パリ・ダカ」特有の闘いである。
三菱ワークスは「パリ・ダカ」車のベースとして、ショート・ホイールベースのパジェロを使っているが、これにもワケがある。砂漠を走るには、何より「運動性」が重要だというのだ。前述のように“砂時計状態”である砂の中から、クルマがなるべく走りやすそうなコースを素早く探す。スタックしないよう、すかさずそこにノーズを向ける。これが、リスクの少ない砂漠の走り方なのだという。「実は、ものすごくクネクネと走ってるんですよ。だから、ぼくらが砂漠を走ってるところを上から見たら、きっと、何してるんだろう?っていう感じだと思いますね」と、増岡は笑って説明した。
そしてタイヤは、あくまでも砂漠走行をメインに考えたトレッドパターンになっていて、いわゆるオフロード用のようにはデコボコしていない。しかし、この“平らな感じ”の踏面が砂に効くのだという。このタイヤでのダート走行に同乗してみたが、泥ではあまりグリップせず、パワーを持て余して、ほとんど空転状態だった。
この一種類のタイヤで、砂の変化など、さまざまな状況にどう対応するかというと、それは空気圧のアレンジである。出場者はエア・コンプレッサーを積んで、適宜調整を行ないながら、長いラリーを走り続ける。
この適宜アレンジ、ドゥ・イット・ユアセルフ的な精神は、クルマ側にも求められる。WRCのように、随所でサービスを受けては「SS」のタイムアタックに飛び出していく。そうしたサポート部隊と一緒になっての闘いは、マラソン・ラリーではできない。そこで採られる作戦は、ガードするなら二重にということである。たとえば、ショック・アブソーバーは前後ともデュアル装着されている。これは過大な衝撃に耐えるということもあるが、もうひとつの目的は、ともかくサスペンションを死なせないためだ。
そしてエンジンでは、フューエルポンプが二本付いている。不調の時に切り替えるということも可能だが、これも大きな目的は、エンジンを止めることなくサービスポイントまで走り抜くこと。そのための保険である。また、ターボの過熱を防ぐために、濃い燃料を時に応じてエンジンに供給できるように、ミクスチュア(混合比)を調整できる装備も備える。同様に、ナビゲーション・システムも2基積んでいる。
そして、燃料タンクは、何と400リットル入り。この巨大タンクが、ドライバーのすぐ後ろにミッドシップで置かれている。「だから、ガソリン臭いですよ(笑)」と増岡は言うが、これが満タン状態とカラに近い状態とでは操縦性が変わってくる。どのくらいテールヘビーなのかを感じ取りつつ、オフロード・ドライビングを続けなければならない。これもまた、このイベント特有のものだ。
さて、この「T2」というクラスだが、これはあくまでも市販車の改造でなければならない。このパジェロ、ミッションやショックアブソーバーは(コンペティション用に)交換されているが、ボディとシャシー、そしてサスペンションのアームは市販車と同じ。市販オフローダーというのは、マラソン・ラリーもこなせるくらいに、基本的に相当タフなのである。また、実はこのクルマ、1993年にも「パリ・ダカ」を走っていて、1995年の同ラリーにも、もう一度出るのだという。何と3年間、マラソン・ラリーのマシンとして使えるそうなのだ。
そして「パリ・ダカ」には、その頂点に、何でもアリ“一品製作”のマシンによってメーカーやエントラントが競うプロトタイプ・カーのクラスがある。三菱の場合、市販車・改の「T2」とワークス・プロトタイプは、重量にしてプロトは300㎏も軽量だという。砂漠で約3時間ほどのタイムを要する「SS」があるとして、そのプロトタイプは「T2」より、何と40分も速い! このプロトによる三菱とシトロエン・プジョー・グループとのワークス対決は、年末年始を飾るアフリカでのモータースポーツ・イベントとして、まだまだ続きそうである。
(「スコラ」誌 1993年 コンペティションカー・シリーズより加筆修整)
Posted at 2016/01/25 07:26:51 | |
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