
●長く日を頂戴しております。前掲ブログで提起した、板金塗装に向かう折のわれわれにとってのマトリクス、ここに別掲とすることにいたしました。
●以下、暫定で、当該マトリクス、総括を与えてみます。
●推敲以前のものをこのまま剥き出しで出し、さらに、後に、これに手を加える。先のブログでご了承願った手法で、これは進められます。ご承知おきください。
◎(これは、ヤフオクで仕入れた右ミラー。モーター不良が起きたとき、丁度潤沢なポイントがあったので、購入して、組み換えで済ましたものです。
5年程ででしょうか。塗装時の水分揮発が不十分であったと思われ、御覧の様に、気泡が現出しております。)
●仮総括をはじめます。
●その前に:
ひとが、みずから適わない施工の実現のために、たとえば、家屋の改修であるとか、エアコンの設置であるとか、あるいはスーツを一着仕立てるためであるとか、然様に『他者を受け入れ』、みずからの世話を要するものになんらかの『設えを施させる』折の、契約に伴う諸体系に触れるものとして、セグマン# XII「型」以前まではお読み進みいただけるものと、現状、捉えています。
●ところが、セグマン# XII「型」から、突然、登場し始める人物があります。
ここでは、その方の仔細を述べることはいたしませんが、このマトリクスの外縁に無自覚に触れることが可能な人物であり、施工を依頼する側の満足の強度を覚えさせ、且つ又招来せしめる者としておきます。
わたしたちは誰も不満足を受け容れるために発注するのではない。
わたしたちはその施工の『完膚無きまでの完璧さの横溢』を、いつも、理想として携えている。
これに応えることのできる人物。
そのように捉えてくだされば、当座は充分な、然様な人物です。
然様な人物とは、出遭おうとして出遭えるものではない。
これは遭遇である。
従って、われわれのマトリクスはそれを保証できない。
しかし、マトリクスがみずからを支える仮の担保として、捉えることは許されている。
つまり、われわれのマトリクスは、当該人物に対して周辺的には存立し得る。
これをご承知いただいて、以降、お読み進みください。
セグマン# XII「型」に至るところで、あらためて、こうした介入をいたします。
では、そこまで、よろしくお願いいたします。
◎とりあえず、第一改訂とするものを終え、これを書いています。
あらためて好き勝手をしている私を覚え、幾らか自嘲が必要とも覚え、みなさまの好き好きもございますが、テーマソングを引用します。
https://www.youtube.com/watch?v=tM7mcrDHLwM&list=RDILh5V8OFbk0&index=18
● 板金塗装をめぐる、依頼者でありかつまた当事者となる彼の歩み
## ――依頼から受領、その後までを支えるマトリクス(仮総括)――##
### 0 このマトリクスが扱うもの
彼が大切にしている車に、板金塗装の必要が生じる。
このとき彼が必要としているのは、単に「良い工場を選ぶ方法」ではない。
車そのものの状態、経年、損傷、予算、彼自身の美意識、工場の技術、担当者との関係、施工上の偶然、受領時の判断、その後の耐久、さらには「もう十分だ」と車との関係そのものを変える可能性までが、絶えず互いに作用しながら、彼の判断を変えてゆく。
したがって、このマトリクスは、正解を算出する表ではない。
**彼が、その都度の現実に対して、次の判断を可能にするための骨格**である。
彼の判断が変わることを失敗としない。
与件が変われば、判断も変わる。
一度選んだ道を変更することも、吟味の失敗ではなく、吟味が現実に追随した結果であり得る。
---
◎(現車の現状右側面です。特に樹脂を基材とする部位と金属をそれとする部位に、色の乖離が進んでいます。
どちらのメーカーでも生じる色の乖離ですが、おもしろいことに、樹脂部の明度が落ちる仕方で現れる、私の知る限りダイハツの一部車両、これと、このスバルの様に、明度が上る仕方で現れるものとに分かれます。)
# I 必要が生じる前
彼はすでに車とともにいる。
この時点で、車は必ずしも新品同様ではない。
新品同様であることもある。
経年によりパネルごとに色が変わり、いわば「三色すみれ」のようになっていることもある。
いくつかの疵を負っていることもある。
それでも彼が「この車でよい」と思っているなら、それらはまだ板金塗装の必要を生じさせていない。
ここで重要なのは、
**「損傷している」ことと「修復を必要としている」こととは同じではない**
ということである。
車自身の経年は、誰かの意思によらず進行する。
放置すれば取り返しがつかなくなる場合もある。
しかし、あえてそのままにする判断もあり得る。
傷や錆や色褪せが、その個体の歴史そのものとして受け入れられることさえある。
したがって、車両からの要請と、彼からの要請とは、ここでは分けて見なければならない。
ただし、最終的には両者が混ざったところが、彼の実定である。
---
◎(あれは、今、こんなふうです。)
# II 必要を点火するもの
板金塗装の必要を生じさせるものには、複数の層がある。
* 事故、接触、獣などによる外的損傷
* 経年劣化
* 経年劣化を準備・加速させる別の劣化
* 過去の板金塗装
* 過去に自ら試みた補修の不始末
* 今は許容しているが、これ以上放置できないという彼自身の判断
ここでは、「車が要求している」のか、「彼が要求している」のかを一旦弁別する。
しかし、その弁別を目的化してはならない。
彼の現場では、これらは複合して現れる。
**車からの要請と、彼自身の要請が、ひとつの依頼へと変換される。**
---
# III 彼は何を望んでいるのか
ここで彼の要求は分岐する。
### A なるべく安く、目立たなくする
この場合、許容範囲そのものが比較的広い。
「目立たなければよい」という満足が成立することもある。
これは劣った選択ではない。
予算、車への関与、残りの使用期間などによって、十分に合理的な選択となり得る。
### B できる限り満足できる仕上がりを求める
ここからさらに分岐する。
#### B-1 これを機に「見違える」車にする
過去の姿との連続性を切断し、オールペンなどによって、新しい車の姿へ移る。
しかし、車体だけを新しくすると、古いホイール、飛び石のあるガラス、その他の経年部位との間に新たな違和が生じる。
「見違える」は、容易に「全体を一新する」方向へ進む。
#### B-2 棄損以前の姿を取り戻す
こちらでは、触れられなかった部分との連続性が重要になる。
必要なのは単に損傷部を綺麗にすることではない。
**触れられなかった周囲と、自然につながること。**
ここでは、業者に対して「叩けること、(盛れること、)塗れること」以上の技能が要求される。
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◎(あの獣の吐瀉の跡を、より詳細に捉えることができました。
獣歯の跡と思しきものと、吐瀉物焼き付きによる発泡とがここで混在していますが、およそは、想像してみることができると思います。
これをみつけた私の怠惰な夏の昼下がりは、私にとって、忘れることのできないものとなっています。)
# IV 工場を選ぶ
業者には、それぞれの顔がある。
施工実績を公開している。
自らの仕事への姿勢を語っている。
アルミ鈑金のための機器等、多岐に渡る装置及び施設が整っている。
スプレーブースを備えている。
口コミや紹介によって信頼されている。
一方で、何も語らず、ただ良い仕事を続けている工場もある。
逆に、過剰な自己表現や、顧客側の誤解によって評価が膨らんでいる場合もある。
したがって、公開情報から得られるものは、**期待を形成する材料ではあっても、成果の保証ではない。**
さらに、工場の評価を超えて、実際に車に触れるのは個人である。
工場としては十分な品質を標榜していても、
* 担当者の判断
* 作業者の技能
* 現場進行上のミス
* その日の作業条件
* 工場固有の作法
* 「この程度なら十分」という判断
* 作業者個人の状態
などによって、結果は変わり得る。
これは外部評価の高低だけでは消せない。
したがって業者選定は、
●「最良の工場を発見するプロセス」で、は、無く、
●「彼の選定の不確実性をできるだけ小さくしたい彼自身の求めに、あくまで、補助的情報系として、作用するだけである」
彼が、ここなら任せられるという判断が定まる彼の決定系において、事後、幾らでも裏表が引っ繰り返り得る補助的系に閉じるものとして、ここでは、定めおく必要がある。
として置く。
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# V 選定前に、彼自身がすること
彼は、可能な限り自分の脚と目で確かめる。
工場が整然としているか。
作業者が仕事に集中しているか。
早く終わらせたい空気がないか。
担当者が口先だけでなく、リスクを語れるか。
客側への制限を説明できるか。
自分たちの側が負うリスクを説明できるか。
何を確約でき、何を確約できないかを言えるか。
彼が腹を割って話せる相手か。
担当者と現場が密接につながっているか。
担当者が現場から浮いていないか。
これらは点数化できる部分もある。
しかし、総合スコアによって「正しい工場」を算出できるわけではない。
ここにはなお、われわれのマトリクスを携えているだけでは、**遭遇できないもの**が残る。
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# VI 依頼・確認・合意
選定した以上、彼の側にも責が生じる。
依頼内容を吟味する。
何を残し、何を直すのかを明らかにする。
仕上がりについて先方と相談する。
予算の範囲を確認する。
工場側が何を保証し、何を保証しないかを確認する。
耐久性についても確認する。
「5年保つ」と言われたなら、その意味を確認する。
彼が明言した希望なのか。
新たに生じた要求なのか。
すでに合意事項として了解されていたことなのか。
工場側の技術上の制約なのか。
支払額によって当然視される条件なのか。
これらを混同しない。
ここが、後の争議を未然に防ぐ最も重要な地点の一つとなる。
---
# VII 施工中――「妥協」の始まり
ここから、彼は現実の施工を受け入れる。
可能なら施工中の状態を確認する。
問いが生じれば担当者に尋ねる。
納得できるまで確認する。
ただし、ここで「現場監視」を目的化しない。
彼が求めているのは、工場を追い詰めることではなく、
**彼の依頼が、現場でどのように現実化されているかを知ること**
である。
この過程で、すでに「諦めなければならないもの」が現れることもある。
その場合、善処を求める。
必要なら彼自身も予算を増やすなど、譲歩する。
妥協とは、最初から品質を諦めることではない。
**最善を尽くした後に、なお残る不完全さを、どのように引き受けるかを判断すること**である。
---
# VIII 受領
完成した車を前にして、彼は判定する。
### A 満足できる
連れて帰る。
工場への評価を伝える。
今後の関係を築く。
### B 幾らか不満があるが、受領できる
何が許容され、何が許容されなかったのかを確認する。
ここで重要なのは、
**不満があることと、受領すべきでないこととは同じではない**
ということである。
### C 約束された内容を実現していない
ここでは、問題を具体化する。
「これは私が言わなかった希望なのか」
「新しく生じた要求なのか」
「合意済みだったのか」
「工場側の技術上の限界なのか」
「支払条件上の制約なのか」
これを分ける。
この弁別によって、単なる好みと、依頼内容の不履行とを混同しない。
### D 受領すべきでない
再施工・修正・交渉が必要になる。
ただし、ここで直ちに「争議」とはしない。
まず、何が合意され、何が実現されなかったのかを明らかにする。
工場側に瑕疵があるなら、それを明瞭に伝える。
一方、工場側が言い訳を重ね、責任の所在を曖昧にする場合には、争議へ移行する可能性がある。
### E この工場に任せたこと自体を再検討する
これはDのさらに外側にある。
十分に吟味して選んだ工場であっても、結果として信頼関係が成立しないことがある。
この場合、問題は一個の瑕疵だけではなく、
**今後この相手との関係を継続できるか**
に移る。
DとEは、最悪事態としてマトリクスに含める。
ただし、これらは彼の本線の歩みそのものではない。
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# IX 争議という欄外
争議は、好ましい持続ではない。
しかし、網羅を求める以上、消してはならない。
同時に、争議を恐れて最初から自己を抑圧する必要もない。
彼は、
* 自分の明言した要求
* 合意事項
* 新たに発生した要求
* 工場側の制約
* 工場側の瑕疵
* 自分の審美基準
を整理したうえで判断する。
そして、争議を避けること自体を最高価値にはしない。
逆に、勝つことも最高価値にはしない。
**争議を起こさずに済むなら、それが望ましい。
しかし、争議を避けるために自分の認識を歪める必要もない。**
なお、彼には過去に、明らかな瑕疵を前にしてクレームを行わなかった経験もある。
そこには、相手が小規模な工場であること、彼らの暮らしを知っていること、付き合いを壊したくないこと、そして自分自身の気の弱さなど、契約や技術とは別の審級が存在する。
この審級を「誤り」として排除しない。
それもまた、彼が実際に判断する現実の一部である。
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# X 完成後
完成時の美しさだけで終わらせない。
塗膜の耐久、剥離、変色などについて、事前の説明と照合する。
たとえば5年とされたものが1年で劣化したなら、何が約束されていたのかを再び取り出す。
ここで、受領後の時間がマトリクスへ戻ってくる。
したがって、
**依頼 → 施工 → 受領**
では終わらない。
**受領 → 使用 → 経年 → 再評価**
までが一つの環である。
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# XI 「飽きる」
ここは、瑕疵や失敗とは別に置く。
彼は途中で飽きることがある。
車そのものへの愛着が変わることもある。
「もう十分だ」と思い、次の車を求めることもある。
これを、これまでの判断の失敗とはしない。
彼が後悔せず、自らの責を引き受けられるなら、
**飽きることそのものが、彼の満足の一様態となり得る。**
満足という言葉そのものが、途中で変わる。
これをマトリクスは許容する。
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●さて、先頭の拙文にふれ、ここに飛んでいらした方々には申し訳ございません。
当該人物を記すための余地が私に未だ与えられておりません。
暫くご辛抱いただいて、先の注釈を携え、このまま読み進んでみられるか、あるいは、諦めて、ここから離脱されるか、また、いつ施されるか知れないその時を待つことにされるか、それはみなさまのご自由です。
●ここにおいて、あらためて、ご期待に沿えず、申し訳無い次第、お詫びいたします。
# XII 「型」 (あるいはシルエット、モデルスタイル)
ここから先は、本線の外縁に置かれる。
老工(ここでは、実経験に基づき『老工』と呼ぶが、その役割において、必ずしも、彼は、老いた職工であるとは限らない。老いが、即ち、その役割の任を彼に与えるとは限らないから。しかしながら、若さなるものが、往々にして、みずからを見誤ることを、その生の自由域として、「ある程度は認める必要を覚える」立場にある私としては、『ある種の老成』が、その任を生きる条件になると覚え、こう記すこととする。)
老工が言った。
> 「俺は、この型が好きだ。」
これは、評価項目にはならない。
工場選定の指標にもならない。
再現可能な技法として登録することもできない。
それでも、彼の仕上がりを変えてしまう可能性がある。
●車体ボディの「型」には、遭遇の契機が潜んでいる。
しかし、それだけでは発火しない。
●老工の開いた構えがあり、
「孫がね、おじいちゃん、それ、おもしろいねっていうんだよ」と彼に、たのしさとまた思いがけない満足の到来をあらためてここで味わいつつ、既に無い老工の声帯の代用物を喉にあてつつ、話し始める、さりげない、しかし肝要な前段がある。
↑これは、ここで違和を覚えられる通り、私の実体験のなかにある、実在の人物の描写の挿入である。
この、読者諸氏に覚えられたばかりの違和そのもの。
しかし、私は他に良い言い回しを知らない。
ここで施されるどの様な文節接続における緩和策、言い換え、公称に則した一般化、それらは総て、老工が何者であるかを損なうことに流れてしまうことを私は覚える。
彼を覚える私にはそれができない。
これは、なにも、実在した彼を称揚せんがための企てでは全く無い。
『あれは良い職人だった、では、お前はどうなのだ』
これは、ここで私が保持している立場から最も隔てられてぶら下がる言表である。
私は、あくまでも、本マトリクスとの関わりにおいて、然るべき位階に彼を留めさせるための方策としてこれを執る。
これこそが、『老工』が、いかなる存在であるべきかを規定すると、今は定義する。
という生の関係があり、
その人自身の「好きだ」があり、
型と人と車が相互に作用する。
ここでは、工場の評価表を超えたものが起こる。
**型は、彼に与えられる保証ではなく、遭遇を可能にする特異点である。**
---
# XIII 老工
老工は、マトリクスの内部に配置される項目ではない。
彼はマトリクスの外縁にいる。
微笑みながら、ときどきマトリクスを突く。
彼は、彼に何かを教えるためにいるのではない。
彼自身の「型への好み」を生きている。
その開かれた構えが、彼と車との間に遭遇を生じさせる。
したがって、彼にとって最大の贈与は、完璧な施工方法ではない。
**他者を他者のままにして、なお互いが横断し合える可能性**
である。
---
# XIV 回向
老工と彼との関係を、ここでは回向と呼ぶ。
ただし、これは交換ではない。
老工から彼へ、彼から老工へ、何かを返して均衡させるものではない。
純粋贈与である。
老工は彼に抜ける。
彼は老工に抜ける。
そして回向が成就するとき、彼は「これ以上は無い」に置かれる。
そのとき老工は「またな」とは言わない。
> **「おいで」**
と言う。
「おいで」は、彼の追求の終わり、死において現れる。
そのとき、老工は彼に抜け、彼は老工に抜け、回向は機能を終える。
消滅する。
回向の成就と、単なる「良い仕上がり」とを同一視しない。
回向においては、彼は「もうこれ以上は無い」に置かれる。
---
# XV 「またな」
しかし「おいで」に至るまでには、「またな」がある。
「またな」は、次の遭遇を保証する約束ではない。
それでも、彼に、
**一回が終わったからといって、世界が終わるわけではない**
という予感を残す。
最初の回向の中に、すでに次の一回の予感がある。
これは彼を強者にするものではない。
むしろ、
**弱いままで、次へ歩き出せるようにする。**
---
# XVI 杖
杖は実装できない。
だからこそ、彼に働きかける。
彼は手ぶらになる。
しかし、
**手ぶらになったことと、何も持っていないこととは同じではない。**
彼が持つのは、前回の成就そのものではない。
前回の成就を担保にして次を起こすこともできない。
彼が知っているのは、
**一つ、起こる。
しかし、それは数えきれない束の一つである。**
ということだけである。
次の一回には担保がない。
保証もない。
それでも、一回は起こり得る。
その自覚が彼の杖となる。
---
# XVII 死者と墓
一つの回向は一回的に成就し、死ぬ。
死者は、もう一回しか死んでいない。
しかし、その一回性は反復されないまま、なお新たに起こり得る。
一つ起こる。
また一つ起こる。
しかし、それを反復と呼ぶことはできない。
一回性の束である。
だから、成就した回向は墓に置かれる。
墓は、死者を蘇生させる場所ではない。
死者を死者のままにして、なお訪れることのできる場所である。
彼はそこへ戻ることができる。
語りかけることもできる。
しかし、前の回向をそのまま持ち出して、同じものを再起動することはできない。
**前の成就は、墓に置いておく。**
---
# XVIII 棄損
ところが現世は、回向成就後の車を棄損することがある。
小さな傷から、重大な事故まである。
甚だしければ廃車になる。
これは消せない。
成就したものが棄損された、という現実を、後から「成就していなかった」と書き換えることはできない。
そこで彼は岐路に立つ。
### 1 もう回向を求めない
一度、「これ以上は無い」を経験した。
その成就を胸に置いたまま、別の人生へ進む。
これは回向の失敗ではない。
### 2 再び回向へ向かう
ただし、それは「前回の回向を再起動する」ことではない。
彼は一度、前回の成就を墓に置いてくる。
そして、新規蒔き直しとして、何も保証されていない淵へ出る。
前回の成功を持ち込まない。
前回の成就を担保にしない。
**新しい一回として始める。**
これが、回向再開である。
---
# XIX 新規蒔き直し
新規蒔き直しとは、前回の失敗を訂正することではない。
前回の回向は完璧だった。
だからこそ、完璧だったものをいったん遺棄する。
そのうえで、新しい現実に応答する。
ここには保証がない。
しかし彼は、手ぶらで出てもよいことを、すでに知っている。
この意味で、彼は逞しくなる。
ただし、強くなるのではない。
**弱さを残したまま、一回を歩き出せるようになる。**
---
# XX このマトリクスの最高位の杭
したがって、最上位に置くべきものは、
**「完璧な仕上がりを得ること」だけではない。**
それより高いところに、
> **回向が実現する。**
を置く。
ただし、回向の実現を、工場の品質保証へ変換してはならない。
工場が優秀だから回向が起こるわけではない。
マトリクスを正しく運用したから回向が起こるわけでもない。
回向は、マトリクスの外縁において起こる。
むしろ、
**マトリクスそのものが、回向の周辺として召喚された**
と考えた方が近い。
彼の満足を最初に俎上に載せたことも、ここから理解できる。
マトリクスは中心ではない。
本来的な周辺である。
---
# XXI 彼の最終的な判定
彼は、常に最善を尽くす。
しかし、最善を尽くしたことと、望んだ成果が得られることとは同じではない。
それでも、
* 自分が何を望んだか
* 何を確認したか
* 何を合意したか
* 何を譲ったか
* 何を譲れなかったか
* 何が工場側の責であったか
* 何が自分の審美によるものだったか
* 何を受け入れたか
* 何を受け入れなかったか
* 何が変化し、何が変わらなかったか
を辿ることができるなら、
結果が完全でなかったとしても、彼はその結果を自分の生の中に置くことができる。
選定した業者が悪かったとしても、
**「自分はし尽くした」**
というところまで歩いたなら、その責を自分自身に引き受けることができる。
愛車に、
> 「済まなかったな」
と声を掛けることもできる。
そのとき、不始末はただの瑕疵ではなくなる。
痘痕も靨とまではいかなくても、思い出として後退する。
そして、その車と彼との間に残った「今」が、過去の結果を越えて生き始める。
---
# XXII このマトリクスが拒むもの
このマトリクスは、次のものを拒む。
* 正解の算出
* 総合スコアによる人生の代行
* 業者選定の完全な保証
* 完璧な成果の保証
* 争議の完全な排除
* 彼の判断変更を失敗とすること
* 飽きを失敗とすること
* 過去の成就を次の成功の担保とすること
* 回向を機構化すること
* 老工を評価項目へ還元すること
* 杖をマニュアル化すること
---
# XXIII それでも、彼に最初から渡せるもの
彼に渡せるものは、完成した判断ではない。
まして、成功を保証する魔法でもない。
最初の回向に入る時点で、彼に予感だけを渡す。
> **またな。**
一回は終わる。
しかし、一回が終わることは、彼が終わることではない。
いつか彼は、手ぶらになる。
そのとき、
> **手ぶらで出てもよい。**
ことを、すでに知っている。
彼は弱い。
だからこそ歩く。
一回は保証されない。
それでも一回は起こる。
その一回が、数えきれない束のうちの一つであることを、彼は知らないながらも、どこかで知っている。
その歩みの外縁に、老工がいる。
微笑んでいる。
そして最後には、
> **おいで。**
と言う。
そのとき初めて、回向は完了する。
マトリクスは、そのためにある。
いや、
**そのためにマトリクスがある、と言ってしまってよい。**
●とりあえずは、以上です。
●この後ち、より読み易くすることと、文意を明瞭化すること、あるいは必要な軌道修正を加えて参ります。
◎(これは、あるパニックの渦中に置かれ、私がパーキングのポールに、車を接触させてしまった、その跡です。
スポッティングをしてごまかしていますが、少しでも近づけば明瞭です。
ここは、今後の私の戒めのために、残しておくべきかもしれません。)
◎最後に、これらすべてをこのささやかなコミュニティにおいて公表し、固定することにした責を問い、反省を私に求めるために、もうひとつ、唄を引用して添えておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=d71-yebijgg&list=RDILh5V8OFbk0&index=19