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2026年07月03日 イイね!

Olympus Stylus1sの視度調整ダイヤルの固着を修理

カメラの話です。
これまでは、カメラと言えばオリンパス Tough TG-6しか持っていなくて、これで身の回りの全てを済ませてきたのですが、もう少し「よそ行きの、ちゃんとしたカメラ」も1台は持ちたいと思うようになりました。

TG-6は整備作業の記録などに気兼ねなく使えて、これはこれでとても重宝しています。少々手荒に扱っても問題なく、まさしくタフです。マクロ機能が整備向きです。

新しいカメラに求めていた条件は、ざっくりしていますが、

・ツーリングやドライブに連れ出せて、
・遠くの山並みや清流などの景色を見たままに綺麗に撮れ、
・発色がナチュラルで、
・目が疲れる絵作りではなく、
・よく見ると細部までちゃんと撮れていて、
・撮影するシーンの汎用性があり、
・バイクのトップケースに収納しやすい程度にはコンパクトで、
・持つ手にフィットするカメラ
・動きの激しいものは撮らない。
・動画機能も不要。
・過剰な画素数などのスペックは不要。

これぐらいです。まずは1台買い、触っているうちに自分の好みも固まってくるだろうと思い、最初のライトな1台を探しました。

TG-6でオリンパスのファンになったからという訳ではありませんが、中古を探していて「これいいじゃん。」と思ったのがオリンパス Stylus1sです。Stylus1のマイナーチェンジ版です。

i.Zuikoレンズという非常に評判のよいレンズが積まれています。ズームしてもしなくてもF値が2.8というそこそこの明るさのままです(これは技術的には結構凄いことなのだとか)。
F値というのはカメラの性格を大きく左右する要素であることを知りました。

美品を入手できました。
いわゆるコンデジよりは少し大きいですが、納得して買いました。



イエローのパラコードを取り付けました。
EVF(電子ビューファインダー)付きなので、炎天下でも被写体を見やすそうです。
これもある意味、汎用性の一部です。


設定項目が多いので、最初のうちは、何枚も試し撮りしながら個々の設定の意味を調べたり、実際の写りにどう反映されるのかを勉強しました(今もまだ勉強中です)。

動作は非常にキビキビしていて、ストレスがありません。
ダイヤルやボタンにはカッチリした固さがあり、モードダイヤルも、バッグから出すと位置が変わっていることが無いので、ストレスがありません。
レンズ根元のコントロールリングを回した時のクリック感が心地いいので、意味もなく回してしまいます。
ボタンやダイヤルに割り当てる機能も細かくカスタマイズでき、自分仕様にしていく楽しみがありそうです。

両手で持ったときの感触と収まりが抜群に心地いいです。
塊感、凝縮感、中心にある重心、座りの良さを感じます。自然と両手で包み込むように持つ感じになります。

内蔵のEVFは非常に見やすく、目を近づけると液晶モニターからEVFに自動で切り替わるのが便利です。

困ったのが、EVFの左下に付いているダイヤル(視度調整ダイヤルというもの)が固着していて回らないことでした。
頻繁に調整するものではなさそうですが。


気休めに外からシリコンスプレーを吹きましたが、何も変わりません。
しばらくはそのまま使っていましたが、やはり気になるので、意を決して分解メンテしてみることにしました。

中の構造がどうなっているか分かりませんが、最悪は中のギアが経年で割れているかもしれません。ただ、EVFのピント調整がガバガバに動く訳でもないので、何かが中で斜めになっていてスムーズに動かないとか、そんなところかも知れません。

EVFのアイカップをとりあえず外し、作りを観察すると、EVF部分だけ単独で分解できるようなものではなさそうです。裏側のカバーを外さないと中は見えません。


裏側カバーを外します。蟹の甲羅を外すような感じです。


甲羅が外れました。


これが、回らなかったダイヤルの裏側です。やはりギアがいました。こうして単独で回すと抵抗なくスルスル回ります。ギアの欠けは無さそうです。


こちらが相手側(動かす対象側)のギアです。これを回すと、中のレンズが前後にスライドするようです。こちらのギアにも欠けなどは見られません。


どこが固着していたのか分かりませんが、おそらく、ダイヤルをいっぱいまで回しすぎて、レンズの外枠がハウジングの中で微妙に斜めに嵌まってしまったとか、そんなところかもしれません。
とりあえず、レンズの外枠と接するハウジングの内側4面に綿棒でシリコンスプレーを薄く塗りました。


レンズを綿棒で押し込むと、奥にあるスプリングで押し返されます。シリコンスプレーを塗ったのが効いたのかは分かりませんが、動きはスムーズになりました。

(動画)
https://youtu.be/RtaazbSfZ6c

とりあえず、カニの甲羅を組み付け、ビスは取り付けずに、いったんダイヤルの動作を確認します。ダイヤルはスムーズに回るようになりました。そして、レンズが前後に動くようになったことでピント調整が可能になったので、撮影済みの写真を非常にクッキリと見ることができるようになり、ちょっと感動です。

甲羅をまた外し、無水アルコールを浸した綿棒でレンズを掃除し、組み付け直しました。

このカメラの持ちやすさ、操作のカッチリ感、バッテリーが非常に持つこと、そして何より写りの良さ(自然で濃厚な発色、立体感)を気に入ったので、、

同じオリンパス、同じi.Zuikoレンズ(ただしより明るいレンズ)を持つXZ-2を買い足してしまいました。XZ-2のことはまた折に触れて取り上げるかもしれません。

少しだけ書くと、まだサンプルが少ない中での感想ですが、XZ-2の描画は素人目にはStylus1sと基本的にそっくりで、発色は全く見分けがつきません。

でも立体感や奥行き感については、開放端同士の比較では、素人目には違いが出ます。記録性(=何が写っているか分かりやすい)と奥行き感のバランスの取り方が素敵で、万人受けしそうな汎用性があるのはStylus1sの方ですが、XZ-2は、主役(ピン卜を合わせた物)が背景からフワッと柔らかく浮いているような立体感があります。詩的で「エモい」です。

同じi.Zuikoレンズでもこうも違うのかと思いました。でもどちらも魅力で、甲乙つけがたいです。今後、また感じ方が変わってくるかもしれません。

サイズと機能性だけを見ると、Stylus1sが多機能な長距離ツアラーなら、XZ-2は、中距離から近距離向けのミドルアドベンチャーバイクという感じでしょうか。

終わりです。
Posted at 2026/07/04 00:43:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月11日 イイね!

M54のシリンダー壁はAlusil? 鋳鉄ライナー?AIに訊いてみました。

ある動画で、E46のM54エンジンについて、「BMWは新エンジンのシリンダーブロックにはAlusilという技術を導入した。」と触れられていました。

この動画の2:40辺り
https://youtu.be/QP0Jo1o01KY?si=-vfJ3I6pQyJd2cxC

初めて聞くAlusilというものについて知識としては知っておきたいので、調べました。知ってどうしたいという訳でもありませんが。

Wikipediaを見ると、Alusilというワードはどこにもなく、鋳鉄ライナーとなっています。そうなの?


次にChatGPTに訊くと、最初はAlusilだと言っていました。


さらにしつこく訊いてみます。
Alusilだとの説明を変えません。



ではGoogleのAIに訊いてみましょう。
やっぱりAlusilだそうです。

訊き方を少しだけ変えてみます。
今度は正反対のことを言っています。


ChatGPTにもう一度訊いてみます。
さっきと同じセッションで訊いても、こちらもさっきとは逆のことを言い始めました。
結局どっちなんだ!(笑)


まあ、こういう、単純に単発の知識だけを求めてAIを頼るのは、AIの正しい使い方ではないんでしょうけど。

モヤモヤが残ります。
Posted at 2026/03/11 20:37:51 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年03月06日 イイね!

地元の愛知県に一泊ドライブ

仕事が一段落したので、しばらく休みを取って、ドライブにでも行くことにしました。

なんとなく気分で、知多半島の南知多町にある温泉宿に予約を入れました。他に目的地は決めていません。気分次第で寄りたいところに寄ります。

最初に書いておくと、結果として、子供の頃の思い出が残る愛知県を、初めてE46で辿る一泊ドライブとなりました。

東名の足柄SAです。

あいにくの雨ですが、平日なので交通量も少なく、走りやすいです。SAも空いていて利用しやすいです。

E46の調子は上々ですが、走行途中、初めて見る警告灯が現れました。ウォッシャー液不足の警告のようです。途中でチェックしたところ、ウォッシャータンクの下側の周辺が濡れていました。道理で、自宅カーポートのフロントバンパー下が濡れていたと思いました。
まあ、大したことではないです。帰宅したら対処します。


愛知県に入り、五平餅を食べたかったので、長篠古戦場の近くの道の駅「もっくる新城」に寄るつもりが、うっかり通り過ぎてしまいました。
ここからは下道を走ることにして、岡崎東ICで高速を下ります。なんとなく海(三河湾)を見たかったので蒲郡へ南下しました。

で、何かありそうな海沿いの公園に来ました。平日は駐車場が無料です。


あの島(竹島というそう)まで遊歩道が渡っているので、歩いてみます。

ちょっと海の上に出ただけで風が強いです。橋の欄干が風でボーッと大きな音を立てています。


島の上には神社があります。参拝します。八百富神社というそうです。雰囲気がうって変わって、ここが海の上の神社だとは思えません。穏やかで柔らかで静粛な雰囲気です。

境内の木々の間からは海を見下ろせます。こんな神社も珍しいでしょう。


参拝を終えて出発します。
竹島の近くの海沿いにあった蒲郡市民会館を横目で見て、「何か見覚えがある。」と感じました。高校生のブラスバンド部の県大会の会場がここでした。

蒲郡からは、三河を西へ幸田→西尾→碧南と進みます。

道路標識で幸田は「こうた」(実際はローマ字標記)となっていました。過去に仕事で少しだけ幸田に縁があり、私は今まで「こうだ」と呼んでいましたが、どっちが正しいんでしょうか?

碧南からは有料の衣浦トンネルを通って知多半島へ渡り、左折して半田市を南下します。
子供の頃、母の実家の亀崎で山車のお祭りに参加したり、漁港で叔父とハゼ釣りをした思い出がありますが、亀崎には寄りません。

南知多町の温泉宿「潮騒の湯宿 山海館」に到着です。


5階の客室からの眺めです。
今にも雨が降りそうです。伊勢湾の対岸も見えません。
南方の海水浴場は子供の頃に何度も来た場所(山海海水浴場)だと思います。道沿いの店などが子供の頃からいろいろ変化しているので気付きづらいですが。


この日のタイムラインです。もう少し寄り道してもよかったです。



夕食までに時間があったので、傘を借りて、裏にある荒熊神社を参拝します。山の上にあります。


荒熊神社の上から見下ろす伊勢湾です。
昔はここで地元の人が航海の安全や豊漁などを祈願したことでしょう。


この日の夕食です。
食べきれないほど出てきました。こういうとき(も)、僕は飲みません。「お飲み物は?」と訊かれても、「じゃあ、温かいお茶で。」とか答えます。


立派なエビフライです。おかずが多すぎて、ご飯(白米)とのバランスが分からなくなってしまいます(笑)。
翌日にでも、近くにあるマルハ食堂(名古屋圏の人には有名だと思います)にも寄ろうかと思っていましたが、ここでエビフライを食べられたので、もう満足です。


館内の南知多湯元温泉に入ります。
地下1,300mから汲み上げた源泉です。
泉質には詳しくありませんが、口に含むと海水のように塩っぱいのに、湯上がりはベタつかずさっぱりしています。翌朝にも入りました。


翌朝です。
5階からの伊勢湾の眺めです。昨日とはうって変わって快晴です。向かいの伊勢の山々もくっきり見えます。


朝食ではアジの干物を焼いて食べられました。味噌汁が赤味噌でなかったのが意外(不満と言えば不満)でしたが、セルフサービスのホットコーヒーがあったのでありがたかったです。


さて、9時にチェックアウトします。
まずは母方の墓参りをすることにして、知多半島を北上します。

途中のコンビニにて。南知多ビーチランドの看板。子供の頃に来ました。まだあったのかと、懐かしくなります。


半田市星崎町の交差点を右折し、名鉄河和線を渡ります。


半田市平地の池です。この池の近くに確か母の実家があったおぼろげな記憶があります。


「半田市北部墓地」に到着し、花を買い、何年かぶりに墓参りです。前回はバイクで来ました。コンビニで買った線香になかなか着火できず、結局着火を諦めました。ご先祖には謝っておきました(笑)。


墓参りの次は、なんとなく母の出身高校(半田高校)がどんなところか見たくなり、訪れました。裏門を外から眺めるだけですが。


次は、セントレアを見てみることにします。

その前に、道沿いのダフネ珈琲で腹ごしらえします。
地元民で賑わっています。この感じがやはり名古屋圏の雰囲気で、好きです。
確かピザトーストとホイップあんトーストとコーヒーを頼んだところ、「モーニングを加えられますよ。」と勧めてくれたので、モーニングも頼みました。
でもダフネコーヒーって、昔はもっと大人で暗く昭和な雰囲気の店だったと記憶していました。明るく親しみやすい感じにイメチェンしたんですね。


常滑のセントレアに来ました。セントレア連絡道の上は強風でしたが、スーパーロックLSDのおかげで苦もなく走れました。
展望デッキは第1ターミナルにしか無いのを知らずに第2ターミナルに来てしまいました。


第2ターミナルの中にある旅客機に圧倒されました。用もないのに出発ロビーまで歩いてみました。


第1ターミナルの方にも行ってみます。ターミナル間はかなり離れていますが、動く歩道で移動できます。

第1ターミナルの名鉄乗り場です。アクセス性がすごく良く、利便性が高そうです。今のところ名鉄が独占中ですが、今後JRなどが参入することはあるんでしょうか?


第1ターミナルは第2とはレイアウトも雰囲気も全く違います。清潔感と開放感があっていい感じです。


展望デッキは強風のため先には進めません。でも飛行機の離発着は普通にしていました。ここからも伊勢の方まで見渡せます。


4階は名古屋めしの店が多くあり、楽しそうです。


第2ターミナルに戻り、N787BAの巨体を間近に見ながら休憩します。
駐車チケットを無くしてしまったと思っていたら、車の中に置いてありました(笑)。


今日はまだ時間があるので、次は大府市にある父方の墓参りもしておくことにします。
大府市は、ざっと走っただけの感じでは、昔より開発が進んで人口や店が増えたのと同時に、昔そこここにあったはずの森林が消えてしまった印象を持ちました。日本のどこにでもありそうな、特色のない景色の街になってしまった感じです。

墓地が近づくと、コンビニの女の子に花屋の場所を教えてもらい、、


昔のままの、曲がりくねった細い路地を注意して走行します。
路地の途中には、極低速で徐行しつつハンドルを目一杯切って初めてなんとかギリギリ曲がれる曲がり角もあります。コンパクトで最小回転半径も小さいE46の価値が発揮される局面です。
こういう局面に遭うと、自分の車に少々不満があっても乗り換えの可能性が自分の中で下がるのを感じます。やはりバランスが大事だと思います。

丘の上の墓地まで来ました。
いつの間にか墓地西側の竹藪は伐採され、住宅地として造成工事中でした。一抹の寂しさはあります。
ここの墓地は同じ苗字の墓石ばかりなので、裏に祖父などの名前があることを確かめないと、場所を間違えてしまいます。


さて、これで全ての用を終えたので、帰ります。
豊明ICまで北上し、新東名に乗ります。

往路で寄り損ねた、ETC2.0なら乗り降り自由な道の駅「もっくる新城」に寄り、往路で食べ損ねた五平餅と、、


フランクフルトで腹ごしらえです。どちらも美味いです。
愛知県や岐阜県に寄って五平餅を食べないという選択肢はありません(笑)。


道の駅を出て、新東名に乗り直して程なく、例のEML警告灯が点灯しました。あれ〜?


NEOPASA浜松に寄って、インテークブーツのホースクランプを増し締めします。増し締め用の長いマイナスドライバーは念のため積んでいました。

心なしか、ドライブ出発前に増し締めしたのと同じ箇所がまた緩んでいたような気がしますが、高速走行で熱が加わった分だけ緩みも増すのでしょう。
インテークブーツの劣化が進んで緩みやすくなっているのかも知れません。増し締めが効いたようで、エラーは以降再発しませんでした。

NEOPASA駿河湾沼津で、紅はるかの干し芋に惹かれました。紅はるかの焼き芋大好きなので。
「干し芋の発祥は静岡県です。茨城県ではありません。」と、おこ💢なコメントが。1パック買いました。


途中、渋滞にも全く遭わず、あまり疲れもなく、21時過ぎに帰宅しました。
結果として何の変哲もない墓参り中心のドライブになりましたが、いい気分転換になりました。

長年の相棒とは言え、僕の子供の頃までは知らないE46とともに、子供の頃の思い出の地や両親のルーツの地を辿る旅となりました。

E46は特に問題もなく走り切りましたが、リアのスプリングレートはやはり少し上げた方が、高速走行中の縮み側の姿勢変化を抑えられてさらに高バランスになるはずという感触を持ちました。スプリングの交換準備はできているので、交換が待ち遠しいです(近くの整備工場の予定空き待ちです)。

この日のタイムラインです。



2日間の平均燃費は12.4km/Lでした
Posted at 2026/03/06 04:30:23 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年01月27日 イイね!

うちの先祖は桶狭間の落人という伝承の真偽

父の実家の近く、愛知県大府市の丘の上に、竹藪に半ば飲み込まれたような墓地がある。
目立たず、ずいぶんと古く、ナビでも多分案内されない。村の共同墓地という趣。
けれど、墓石の苗字だけは異様に偏っている。同じ〇〇家の墓がやたらと多い。〇〇家は僕の父方の苗字。

大府市は桶狭間の南にあり、名古屋市の南隣。知多半島の付け根の東側。

先祖は桶狭間で敗れた今川方の落人だと、父から聞いたことがある。
いつも言葉が足りない父だが、「できるものなら、真偽や詳細をお前の代で確かめてくれたら嬉しい。」というような思いを込めた言葉のように感じた。

先祖について、上記の伝承以上の具体的なことは一切分からない。どれぐらいのクラスの侍だったのかも分からない。
名のある侍だったということは少なくともなさそうだ。名のある侍の家なら、古文書などが残っているはずだけれど、そんなものは見たこともない。
家は代々貧しく、被官層か半農半兵だったのかも知れない。

菩提寺の過去帳や大府市の図書館の郷土史料を当たってみれば先祖の由来がもっとよく分かるかも知れないけれど、当たったことはない。第一、遠くて行けない。

素朴な疑問が1つ。

それは、桶狭間前夜、父の実家のあった辺り一帯は水野氏の所領だったはず(この借り物の画像を見たときの疑問)。


今川方の侍が負けて落ち延びること自体は自然だとしても、桶狭間で織田に味方した水野氏の所領にわざわざ落ち延びるだろうか?

駿河や遠江に拠点がある侍なら、桶狭間で敗れた後にまず拠点に逃げ戻ることを考えると思う。だって、敗れたとは言え、信長はそこまで深くは追ってこないだろうから。

ここからは僕の仮説、というか妄想。

まず、最近のNHKの歴史教養番組で知った話だが、今川にとっての大高城の意味合いが1つの材料を提供してくれた。

その内容は確か、
「今川義元は、伊勢湾の海上交易拠点(津島や熱田)や、常滑焼の焼物といった金のなる産業基盤を織田氏から奪取することを狙っていた。」というような話。

確かに、奪取できれば織田氏を経済的に弱体化させられるし、そのままジワジワと濃尾の穀倉地帯を北へ北へと浸食できる。

そして、「当時は伊勢湾に面していた海城である大高城を今川氏はまず押さえようとしていた。」
大高城に固執していたといってもよいだろう。

ここからは、上記の大高城についての位置付けをベースにした僕の仮説というか、妄想の本体。

今川としては、大高城を確保し続け、三河と安全に行き来するためには、知多半島の付け根部分(ちょうど織田氏と水野氏の所領の境界辺り)を東西に横断する回廊的な地域を押さえる必要がある。

結果、もともとは水野氏の所領だった細長い回廊地帯に住んでいた僕の先祖たちは、今川方による調略を受け、少しずつ今川方に組み込まれてしまった。

そして、回廊地帯の南側に接する水野氏の所領内の縁者たちとは泣き別れになってしまった。

それが桶狭間前夜。

そして、桶狭間の戦いにおいて僕の先祖が戦闘に直接動員されたのか、それとも周辺的な兵站や土木などを担当させられたのかは知らないけれども、とにかく、なんとか無事ではあった。

戦いの直後、三河や遠江や駿河から来た侍たちはそれぞれの領地へ逃げ帰って行ったけれども、自分たちはどうする?
主も、もう東へ逃げ帰ってしまっている。年貢の徴収権も放棄して。

今川方に組み込まれて日が浅いとはいえ、先祖は形の上では今川方ではあったので、織田方による落人刈りにいつ遭うかも知れない。誰が織田方へ密告するか分からない。密告が無かったとしても、積極的に今川方に協力した家かそうでない家かは織田方からは見分けがつかない。とにかく危ない。

そこで、未だ水野領に住んでいる縁者にいったん匿ってもらうことを先祖は思い付いた。

もともとは近い縁者だ。縁者から水野氏へ口をきいてもらえれば、「たまたま一時期だけ今川方に組み込まれてしまっていましたが、近い親類縁者同士です。」だけで許されることは期待してもよさそうだ。それぐらいの口利きは多分できるだろう。

水野氏にとっても、兵の動員力が増す訳だから、受け入れるのは別に悪い話ではないはずだ。

信長だって、「これで今川による脅威は当面は無い。落人など捨て置け。むしろ、積極的に兵を抱え、次に備えよ。」と言ってきているではないか。
まあ、この辺りの上の思惑は下層の侍は想像するしかないから断言はできないけれども。

しかも、考えることは皆同じで、回廊地帯に住んでいた侍たちは皆リスク回避のためにいったん北(織田領)や南(水野領)の縁者を頼って一時避難していく。

「あの家もあの家も、外へ避難したらしい。わしらも、このままここにいると却って目立つことになるぞ?どうする?」と浮き足立ち始める。

「わしら普段はただの百姓だもんで。」は通用しそうにない。今川方にしっかり協力したところは見られてしまっている。

ということで、先祖は南の大府市に落ち延び、ほとぼりが冷めた後も、そのまま定着してしまった。

ひょっとしたら、回廊地帯にいる先祖と、南の水野領にいる親類との間で、「そろそろいつ戦になってもおかしくない。どちらが勝っても、勝った方が負けた方をいったん匿うし、口利きもする。」ぐらいの保険を掛け合っていたかも知れない。

住処も田畑も水も食料も、縁者の口利きのお蔭でなんとかなった。村の皆には、「あの家は今回の戦で落ち延びてきた家だ。」と知られたが、構わない。むしろ理解の上で協力してくれた。もし一族が狭い回廊地帯の中だけに閉じて住んでいたら、詰んでいた。

水野氏の配下に組み込まれた先祖は、水野氏が関わった多くの戦に動員されたかも知れない。

そうして、月日は流れ、大名としての水野氏は滅び、一族は刀狩りにより武器を取り上げられ、尾張藩により農民としての身分を固定され、詳細な経緯は忘れ去られ、「〇〇家の先祖はどうやら桶狭間の戦いで敗れ落ち延びてきたらしい。」というふんわりした伝承だけが残った。

もちろん、これは確証のある話ではない。史料もない。名前も残っていない。けれど、地図を眺め、当時の勢力図を重ね、「なぜ、わざわざ水野領へ落ち延びたのか?」を考えると、こういう像が一番しっくり来る。

先祖が何を考えて動いたのかは分からない。
ただ、「考えて動いた」ことだけは、多分間違っていない。
Posted at 2026/01/27 22:27:44 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年01月18日 イイね!

E46リア暴れ対策 改めて整理

前回のブログ(以下リンク)の続きです。
https://minkara.carview.co.jp/userid/2269102/blog/48836773/

先日、リアのバンプタッチまでのストローク量の計測と、1cmカットをしてもらいました。

その整備手帳
https://minkara.carview.co.jp/userid/2269102/car/1765381/8510006/note.aspx

たったそれだけでもいろいろと収穫があり、今後の対策の方向性が自分の中では明確になりました。

それがこのチャートです。ストローク量と周波数の2軸で考えると頭を整理できました。

このチャートに書いてあることは、単純化しすぎていたり、Koni Special Activeの減衰発揮の仕組みについて事実誤認があったりするかも知れませんが、1〜4象限に書いている通りの挙動を少なくとも体感はしています。


まあ、この2軸チャートの作成に際してはChatGPTの力は借りたんですが。

今問題にしているのは、チャートの第1象限(右上)の挙動です。

第1象限(右上)から第2象限(左上)へシフトさせるのはサスペンションでは基本的に不可能で、やるとしてもホイールなどバネ下重量をさらに重くすることが必要になり、現実的には不可能です。今のホイールは既に重いので(※ただ、今のアルミホイールから、微妙にしなるスチールホイールに変更すれば、ひょっとしたら第2象限にシフトさせられるのかも知れませんが)。

となると第4象限(右下)へシフトさせるしかありません。

そのためには、スプリングレートを今のPro-Kitより若干上げ、荷重当たりのストローク量を減らし、タイヤが跳ねる挙動(ゴツゴツさ)を避けつつ、Special Activeが減衰を「逃がす」領域にシフトさせるしかありません。

これが最も現実解な気がしています。

問題は、調達済みのSWIFT直巻スプリングが、Pro-Kitに対して「レートが若干上がる」ぐらいの塩梅になるかどうかです。樽型のPro-Kitのレートがいくつかは知らないので。
ということで、まずはいったん交換して乗ってみないと、レート選定が一発で決まるのかは分かりません。

続く。
Posted at 2026/01/18 23:36:26 | コメント(0) | トラックバック(0)

プロフィール

「スチールホイールのキャップが揃った。」
何シテル?   06/24 22:21
golgoyukippeです。よろしくお願いします。 ハマりすぎて手段が目的にならないようホドホドに。。
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