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2025年12月31日 イイね!

性犯罪俳優と欧州の内燃機関禁止目標の撤廃についての感想と妄想

社会心理学も業界の実情も全く知らないおっさんの、単なる「感想」と「妄想」である。
性犯罪で実刑となった俳優が、出所後舞台に復帰した際にSNS上で発したコメントが話題となっていたので感想。
ネットの意見は賛否両論、というか量的には批判の方が圧倒的に多い状況のようだが、ポイントは二点、言っている内容と受け止める側の心情、言っていることは間違っていないがその言い方あるいは言うこと自体心情的に反感を持つという、いつもの、よくある問題である。
コメントの主旨は恐らく、前科者でも社会復帰できる、ということなのだが、問題は「それの何が悪い」と言っているようにも取れる態度(語調あるいは発言することそのもの)にあるように思われる。
結局どちらの意見も正しい、互いに問題とするポイントが違うだけ、これでハナシは終わりなのだが、せっかくなので思ったことを少し。
一応断っておくと、自分はこの俳優のことを犯罪の件以外では全く知らなかったが、これだけニュースになるからにはそれなりの知名度があったんだろう程度の認識しかないので、個別のハナシではなく飽くまで一般論であると共に、犯罪者と被害者のハナシではなく社会の仕組みのハナシである。

自分が気になったのは、問題のコメントのうち「自分には仕事のオファーをくれる仲間がいる」「応援してくれるファンもいる」「だから自分は復帰できる」という趣旨の部分だ。
ここで思ったのは、「彼らのようなタイプの人間」には必ず「仲間」がいるというのが特徴だ、ということである。
一般論として、社会の底辺で生まれ育った人間、社会で虐げられてきた人間には、同じ境遇の人間に強い仲間意識を持つものである。それは人間社会の一つの法則だ。
わかりやすく身近で言えばヤンキーの理論であり、仲間内では皆いいやつだ、ということである。仲間のためならなんでもする、逆に仲間以外の人間に対してはひどいこともする、ある意味行動力があり、それがその人間の価値、強さとして認められる、そうではない人間は仲間としての価値がない、不要であるという、詰まるところヤクザな世界、あるいはいわゆるムラ社会の構造である。特定の集団にこそ自分の居場所を得ようとする者は、更にその方向に強い執着を示すことになる。このような社会では、結果によって序列がはっきりしているが、行動によって仲間への帰属意識さえ示せば、序列の下位として存在を許される続けるということもまた特徴だ。確かにこれはセーフティネットとしての機能を果たしているということでもあり、例えば犯罪者の社会復帰という意味においても重要な存在であるとも言える。
むしろこれは必ずしも社会の底辺に限ったことでもなく、群れで生きることで進化してきた人間の根本的、本能的なものであり、どこまで行っても自分と周りを比較し相対的にしか状況を認識できないという人間の認知能力では、どのような階層にも存在するものである。
社会にはこのようなタイプの人間あるいは集団が一定数、というより相当数存在する、むしろそれがフツーである、というのが事実であり、そしてそれは芸能界だけでなく、スポーツ界、ビジネス界、曳いては政治家、官僚等々、全ての組織、集団、社会に通じる法則であり、彼らこそが社会の強者である、と言い換えてもいいだろう。
ムラの掟、つまり組織の論理で生きる人間は、そうではない人間に比べてそこに賭けるモチベーションが違うし、そこから来る行動力もまた違うのは当然である。
直近で言えば兵庫県知事、伊東市長、前橋市長などはあまりに判りやすい例であり、彼らには必ず一定規模の直接的な支援者、つまり仲間がいるのであって、いわゆる政治家は全てこの類である。ただし仲間の方である「彼ら」は決して表には現れないし(当然それには理由がある)、むしろ矢面に立たされている方の彼らは、メンタルは最強だが相対的には弱者だったりもするという、複雑なものでもある。
また「裏社会」という言葉があるように、表社会で自らの目的を達成することができなかった人々は、人目につきづらい(がすぐそばの)別の場所でその種の人間たちを受け入れて自分たちの目的の社会を作り上げる。言葉のとおり表があるから裏があるのであり、人間の本質的にはそもそも同じなのだ。故に彼らは時として成功し表にもなるし、表にいる彼らも実はそもそもウラだったりもするのである。
一般論としてこういう社会で力を持つのは、ある意味「人たらし」のタイプであり、仲間から好かれやすい特徴を持っている。俳優業に例えるなら、劇団やスタッフなど同業者仲間はもちろん、彼らを崇拝するファンが必ず存在するのだ。そのような人間と仲間となることで自分にも一定の利益があり、それは仲間の結束を更に強くする。それ故彼らはある意味強い自信を持っているのである。政治家や企業のトップがウケを狙って、あるいは謝罪をすべきところで頓珍漢なことを言って更に炎上してしまうなどということも、このような自信から来ているのである。今回の俳優のコメントも正にそれだ。不祥事組織が「身内に甘い」などと批判されるのもいつものことだが、彼らにとっては極々当然のことをしているに過ぎないのであって、そんな批判を受ける事自体理解できないし理解するつもりもない。
これは正しいとか間違いということではなく、彼らも「自分はフツーである」と信じているということに過ぎない。これは社会をそのまま受け入れることで認識できる単なる事実であり、これを認識できないとすれば、むしろ我々「一般人」の方に非があるといっても過言ではない。何者になることもなく、ぼーっと生きているのはむしろ我々の方である。
繰り返しになるがこれらの人間は、ヤンキーと本質的にはなんら変わりはない。一人で生きていくことができないから、もしくはより多くの利益を求めて群れで行動する、群れの中で自分の居場所を確保する、それは人間の本質であり、その性質が子供にも判る程判りやすく顕れているのがヤンキーである。アル・ヴェルが売れまくっているのは会社の重役とヤンキーの需要によるものだが、精神性としては全く同じであるということをよく顕している(経済的には前者と後者は真逆だが、ヤンキーに買わせるために残クレを普及させた自動車業界は流石である)。
もちろん我々一般人が、学力や批判的思考、また常識や遵法精神を重視することで、特定の利害集団のみに依存するのではなく客観的にもっと広く社会全体に必要とされる人間であろうとする考え方が間違っているなどとまでは言うつもりはない。が、実際の社会でモノを言うのはそういうことではないという事実は認識すべきだということである。

そもそも芸能界というのは、売れるかどうかは別としてやろうと思えばいくらでもやれるし、またどんなに犯罪歴があろうと再起できるというのは、これまでいくらでも実例がありはっきりと証明されていることだ(これは政界も同じだが)。ただ犯罪のタイプによっては違いがあり、性犯罪は流石にこれまでもなかったかもしれないとは思うものの、それでも業界全体としては性犯罪紛いの事はむしろフツーにあったというハナシも数多くあり、例えばジャニーズ問題などは氷山の一角なのだろうし、八代亜紀のヌード写真問題なども広い意味ではその類だろう。
その意味ではもともと大昔から反社の巣窟のような業界だ。少なくとも戦後の焼け野原から現在に至るまで根本的にはそれほど大きく変わってはいない。ただそれは業界全体が、業界内の組織がということであり、一芸能人はむしろ底辺であり、一商品であり、ほとんどの場合搾取される側に過ぎないということではあるだろう。
ジャニーズ事務所はもちろん、日本相撲協会も吉本興業も、テレビ局も電通も、NHKですら、コンプライアンス云々などということを言い出したのは極々最近である。
近年のネット社会で芸能人だけでなく、テレビ局社員、芸能プロダクション社員の横暴さも次々と暴露されているが、それらに対する批判が当該個人にまで及ぶことはないという点では、明らかに組織の論理に守られている、つまり強者であるとも言える。
ただ芸能人というのは、底辺から頂点までの巨大なピラミッド構造ではあるものの、運さえ良ければ頂点までの距離が他の社会に比べ圧倒的に短いという部分はあるだろう。近年、お笑い芸人、声優、そして直近ではまたアイドルが大ブームのようだが、これも氷河期以降、いわゆるサラリーマンが若者からの信頼を失った結果なのかもしれないとも思わなくもない。芸能界でのし上がるのも組織でのし上がるのも、上昇志向を強く持つ人間である限り同じことであり、どちらがいいということではないが、手っ取り早い方を選ぶ若者が増えたのも、当然と言えば当然のことなのだろう。
逆に言えばどちらでもない我々一般人たちとは全く違うということであり、そして世の中を動かすのは常に我々ではなく彼らである。つまり世の中は決して理屈や常識では動かないのだ。

ついでにその類のハナシとして、みんカラぽい話題をもう一つ。
欧州委員会が2035年に内燃機関車の新車販売を原則禁止するという目標を撤回する案を25年12月16日に発表した、というニュースが話題となっているところである。
自分も過去に散々触れてきたハナシなので中身については殊更言うまでもないが、一応総括としてさらっと触れておく。
もはやおっさん世代は全員揃って「ざまー」の大合唱というハナシなのだが、事象そのものが、皆が思っていた通りに、ここまですぐに、当事者自ら認めるような事態になるというのは流石にびっくりというくらいで、逆に何かウラがあるんじゃないのかと思ってしまう程である(もちろんこの間に舞台ウラでは反EV派との壮絶な戦いが、とかいうハナシがあったとしても否定はしないが意味がないのでやめておく)。いくら何でも数ある欧州の有力メーカーが、EVに勝算があるからやっていたワケではなかった、というのは流石にあり得ないんじゃないかという気持ちもあるのだが、実際にここまでの経過を見れば、本当に政治力以外に何もなかったということになるのだろう。
ただこれは何も別に日本の勝利、みたいなことで全くはない。もちろんこの件だけ見れば欧州勢の作戦失敗ということではあるが、この先何を言い出すか判らないことに変わりはなく、もっとワケの判らないことを仕掛けてくる可能性もないとは言えない(具体的には今の所何も思い浮かばないが)。
ここまで来ると(というか自分的には最初から)何も信用できないというか、ガソリンやディーゼルが悪であるという理屈自体根本的に怪しいと考えるのが当然だとは思うが、それこそ誰もそこには絶対に触れないのだ。
結局のところそもそも「彼ら」にとってはそれすら何とも思っていない、初めから明らかに非論理的であると判っていても、明らかに実現できないと判っていても、明らかにウソだと判っていても、それが「恥」であるとかそういう概念自体がない、ということなのだ。社会を動かす人間にとってはそのようなものは初めから不要であり、社会は理屈では動かないという典型的な事象である。
ネット民的には「トヨタやっぱりすごい」ということにはなるのだろうが、トヨタとて2021年12月に「EVを2030年までに30車種350万台にする」として16車種のコンセプトモデルを発表したし、その一年前には東京都知事が大々的に「2030年脱ガソリン車宣言」をぶち上げている(これに対してはトヨタの社長が厳しい発言をしたのだが結局一年後に件の発表となった)ことについては、現時点でマスコミを含め誰もツッコんでいないように見える。
またついでに言うと、ネット上の「ハイブリッド最強=トヨタ正解」論については、現状、メーカーとして、商品として最強である、ということにはなるかもしれないが、今後の方向性としての正解なのか否かという観点からするとそうではない、と言わざるを得ない。ハイブリッドもEVも方向的には違いはないからだ。
ハイブリッド自体は極々地味な技術であり、バッテリーとモーターを載っけて効率アップ、それだけのことだ(もちろんそれはそれで意味があるが)。
確かにクルマ自体のガソリンの消費量は減る、排ガスは減る、が、バッテリーとモーターの分重量は増える、本体価格は増える、タイヤとブレーキは減る、当然コストはユーザーが負担する、ガソリン代では回収できない(ガソリン価格と走行距離の関係で走行距離が相当あれば回収できる)、更に根本的な問題として、バッテリー製造のためのエネルギー消費量など環境負荷のカウントはどうするのか、ということであり、結局EVと同じく不都合な部分をルール上カウントするかしないかだけのハナシである。環境面だけで言えば別にハイブリッドがEVに勝っているワケではない(厳密には幅広く細かい計算が必要だし、結局はその程度のハナシということにしかならない)のだが、彼らはその重要部分には触れようとはしないのであり、そんなことはどうでもいいのである。
とは言え、水素エンジンから燃料電池まで幅広くやり続けるということをアピールし続けている点はもはや世界的に見ても唯一無二の存在であり、この先30年で見れば日本の自動車メーカーはトヨタしかないと言っても過言ではないだろう。早々に電動化をアピールしたホンダと日産はもはやあちらの側の勢力ということになる。とは言え中国欧州アメリカ市場頼みの彼らにはそれしか無かったのであり、論理的な行動だったということではある。だとしても、日産に関してはバブル後の国内での放漫経営という明らかな失敗があったし、ホンダに関してもグローバル化と拡大路線を経て今まさに成功失敗の分岐点というところだが、経営云々は別として本来であればどちらも現在のトヨタのような技術的可能性を矜持としていたハズであり、それをすっかり失った時点でやはり終わっているとしか言いようがない。

今回の欧州の決定に対して現時点で日本メーカー各社、そして東京都の反応はないようだが、都合の悪いことは「そんなこと言ったか」くらいにしておけばむしろ許されるということは、現米大統領から世界の権力者達は改めて学習したところだろう。
またこれも最近のハナシとして、いわゆるメガソーラーが全国各地で問題になっているが、一時期大々的に支援していた政府はここに来て方針転換の姿勢を見せているし、森友問題も統一教会も、何年も経った今になって実はこうだったなどというハナシがどんどん出てきているが、彼らにしてみらば後からいくらでもなんとでもなるというのが事実である。
結局彼らは彼らの理論で動くのであり、それは恥でも何でもないということを当然のこととして理解しているし、例え真逆のことであろうとその時時において躊躇なく実行できるという、優れた能力を持っているのである。
対して我々一般人は、理屈や常識や道徳に縛られてそれができない、というか社会において特段能力を持たないからこそ自らの精神的安定のためにそれらを重視しようとするに過ぎない。
それに比べれば、「彼ら」と自分は仲間であり味方であると信じることで、「彼ら」に支配されることを自ら選んでいる大多数の弱者達のほうが余程幸せである。このようなタイプは、支配され依存することで最強メンタルを手に入れられるという、むしろ厄介な存在であり、例えば彼の俳優の熱烈なファンだったり、ポピュリズム政党の支持者だったりするのだろうと勝手に思っている。彼の俳優についても、周りにそういう強者や弱者がいる中それを自然のこととして見て育ち、大人となってこれまで生きてきたが故の行動であり、そして件のコメントなのだろう。つまり彼にとっては全てごくフツーのことなのだ。
結局は強者も弱者も皆強者が好きというのは間違いなく人間の本質なのだが、我々一般人はそれを否定したい気持ちを捨てることができないからこそ、いつも被害者なのだ、と言ってみたところでそれすらも所詮は被害妄想でしかないのである。
Posted at 2025/12/31 15:36:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年08月08日 イイね!

ステップワゴンの試乗車を運転した感想

モデルごとに人気不人気を繰り返してきたステップワゴンとしては、現行型は売れるべきモデルだったが、ネットによるとついにそのジンクスも破れてしまったようだ。
大衆ミニバンのパイオニアでありながら、売上的には近年ライバルの後塵を拝し続けているが、大衆車には大衆車としての売り方があるのであって、技術で勝負するのは愚行でしかない。
やはりこの国ではもはやホンダのビジネスは終わりの時が来たのだと思う。少なくとも、いいクルマを作るのはやめた方がいいだろう。逆に高級ブランドとして、日本の労働者など相手にしていないということなら確かに理解はできる。が、それすら伝わってこないからこそやる気がないと思われているのだが、当然そんなことは気にしてもいないのだろう。
Posted at 2025/08/08 20:08:11 | コメント(0) | クルマレビュー
2025年08月02日 イイね!

ステップワゴンの展示車を見た感想

モデルごとに人気不人気を繰り返してきたステップワゴンとしては、現行型は売れるべきモデルだったが、ネットによるとついにそのジンクスも破れてしまったようだ。
大衆ミニバンのパイオニアでありながら、売上的には近年ライバルの後塵を拝し続けているが、大衆車には大衆車としての売り方があるのであって、技術で勝負するのは愚行でしかない。
やはりこの国ではもはやホンダのビジネスは終わりの時が来たのだと思う。少なくとも、いいクルマを作るのはやめた方がいいだろう。
試乗もしているので、その感想は追って書くことにする。
Posted at 2025/08/02 10:35:47 | コメント(0) | クルマレビュー
2023年09月30日 イイね!

ビッグモーターとジャニーズについての感想と妄想

業界の実情も経済も全く知らないおっさんの、単なる感想と妄想である。

元クルマ好きに言わせると、最初は正直それほど驚くようなことではないと思っていた。
が、ここまで大きな問題となった理由は、それが一つの話ではなくいくつもの問題が重なりあっているからであって、ニュース等ではそれがごちゃごちゃのままなので、やはり元クルマ好きとして一応整理しておこうと思う。

そもそもことの発端は、修理代金を水増しして請求していたという事である。言うまでもなくビッグモーターは不当に利益を得ていたことになるし、修理を依頼したクルマのオーナーは修理代金を騙し取られたということになる。
こうしてみれば話は単純、単なる詐欺罪だ。

が、実際はもっと話が広がる。
クルマのオーナー、つまり客は修理代金を保険で支払う前提だったということだ。だとすれば余計に修理代を支払うのは保険会社だということになり、ここで損保ジャパンが登場する。ここからがポイントだ。
損保ジャパンは、水増しを認識しながらも見て見ぬふりをしたというのである。
これはどういう事かというと、ビッグモーターとは提携関係にあり、保険の新規契約を大量に取ってくれることと引き換えに、保険金を余計に払うことには目をつぶった、ということだ。
つまりビッグモーターは修理代金を、損保ジャパンは新規契約を得るという関係であり、当然トータルでは両者とも利益を得ていたのである。そして客はといえば、保険金で修理したのだから損はしていない。当初から専門家もそう解説しており、それが炎上したりもしていたが、自分もこの段階においては同じ認識である。
もちろん、この分を他のユーザーが保険料という形で負担したのではないかという意見は理解できるし、可能性は当然あるのだろうが、実際のところは分からないということである。おそらく保険会社がそのような資料や根拠など出すハズがないし、実際出しようもないのではないだろうか。まして対外的にそのような企業秘密をバラすわけには到底いかないだろう。もちろん自分には実際のところは全く分からないが、少なくとも保険料を見た上で契約しているのであり、騙し取られたということにもならないだろう。

最も重要なのは、保険を使わない客に対してはどうしていたのだろうかということだ。ユーザーとしてはここが最大の問題である。
もし水増ししていたのなら客にしてみれば単なる詐欺だ。だとすれば個別に犯罪として扱われるハズだが、今のところはそうではないらしい。

正直、ここまでの話であれば個人的には全く問題ないとすら思う。
というのも、車両保険の場合、保険料が高いので入っていても免責10万円などとしている人も多い。
この場合、翌年から3年間の保険料の値上げ分を考えると修理費は15万円くらいにならないと保険の意味がない。
ビッグモーターが修理費の水増しの目安を15万円に設定していたというのもこの辺から来ているのではないかと思われる。

こういう時、昔から、大抵の人は、「ちょっとこっちも一緒に壊れたことにして直してくれない?」と工場に相談するのが自然の流れだ。事故の相手が負担する場合も大抵同じである。ただ工場から返ってくるのは「保険屋の査定員が見に来るのでちょっとムリです」という言葉だ。自分にはホントところはわからないが、おそらく真実だろう。少し古い話ではあるが実際そうだったという知人もいる。
つまりこうしたユーザーの心境からすればビッグモーターは「話の分かる」業者であり、それは保険会社と特別な関係だからできることだった。
今回の話がもしこれだけだったら、不正であること自体否定のしようもないものの、ここまで非難されることはなかったに違いない。
ユーザーも分かった上で、まして新品に取り替えるまたは確かな技術で美しく仕上げた板金塗装であれば、誰も文句はないハズだ。
若干話は逸れるが、そもそも日本の医療システムなどは、診断、治療を誰が査定することもなく、病院は報酬を得、患者は保険金を得ているようなものである。当然限定された範囲内ではあり、さすがにクルマのようにわざと傷つけるなどということはないハズだが、医療機関側は好きなだけ請求できることには違いないだろう。実際無茶苦茶な診断がまかり通っているのも明確な事実だし、また一部の柔道整復師などはビッグモーターと大して違わないというのはさすがに言いすぎかもしれないが、少なくとも患者にとっても医療機関にとってもこの上ない制度ではある。

とは言え、もし客が何も知らずに、壊れてもいない箇所をゴルフボールで叩いて凹ますなどということがあったとしたら、仮に完璧に修理されていても気分は良くないだろうし、そもそもハナから保険会社が見逃してくれる前提ならわざわざゴルフボールで凹ませる必要はないのだろうから、やはり保険の有無に関わらずやられていたということであり、だとすれば到底許せるハズもない。
結局後々出てきた会社自体のヒドさから考えると、修理自体にも問題があったのは間違いなさそうである。

というかこの事はあくまで発端であり、ここから様々な悪行が次々と明らかとなった結果、ビッグモーターはとんでもないブラック企業だった訳であり、客にとって話の分かるいい業者などということは全くなかった。
損保ジャパンについても見逃し云々より、ここまでヒドいブラック企業とズブズブの関係だったということがイメージ的に最悪、ということになるだろう。

ただ、こんな話は、昔から、クルマ好きなら、ある程度は分かっていることである。
整備工場の対応にイヤな思いをしたことくらいフツーにあるし、信頼できる工場がいかに希少かということも重々承知だ。
そしてそれは大手か、町工場か、ディーラーかなどという問題ではない。

というかビッグモーター的な大手全国チェーンというのは昔はなかったように思う。
この手の業態が定着したのはこの15年か、古くても20年間くらいだろう。古いものではカーコンビニ倶楽部とかコバックだと思うが、これらは修理や車検がメインというイメージで、買取販売で言えはガリバーやラビットといった感じだろうか。
確かに買取店は急成長した分野だが、それこそ悪い噂は昔から散々あるし、自分の経験上もイメージはかなり悪いし、クルマを愛する人間などハナからいるハズもないと思っている。

この業態が増えたのはなぜだろう。やはり失われた30年と関係があるのだろうか。

バブル前後の日本車は値段は安く壊れないため部品だけでも途上国では大人気で、大量の中古車が海外に流れていると20年以上前に聞いたことがある。
バブル崩壊後それらの中古が大量に発生しただろうから、それが買取り業界成長の原動力だったのではないかと思ったりもする。おそらくはそれで充分ビジネスになり、そもそも修理や車検には手を出す必要がなかったのではないだろうか。

そして20年後、日本車の、そして中古車の国内販売台数は低下し、タマ数も減り、価格も上昇し、急拡大したこのビジネスモデルはおそらく終わりに近づいているのだろう。結果縮小の一途を辿る国内での販売や整備にやむ無くシフトせざるを得ないということになるのだと思われる。つまりもうビジネスとして先細りなのが目に見えているのである。

戦後日本のクルマ業界は目覚ましい発展を遂げた。日本全体がクルマ産業の恩恵を受けたと言っても過言ではない。言い方を変えれば、手っ取り早く稼ぐのには最適であり、そんな人間が多く集まる場所でもあった。それは社会の仕組みとして当然のことである。
クルマが好きな人間がクルマで商売して儲けているのをあまり見たことがない。あくまでクルマを、そして客を単にカネとして扱える人間だけが、クルマで儲けることができるのである。これは何もクルマに限ったことではない。
そんなことは何度も経験していれば誰でも分かることであり、この歳になればいろいろなことが全て繋がって見えてくるものである。

ただそんなおっさんでも明らかにヒドいと思うことだらけなのがビッグモーターであり、客に対してだけでなく、あらゆる者を裏切りながら巨大に成長したまさに悪の権化だったと言っても過言ではないだろう。
ただそんな組織だからこそ、そんな人間が集まるというのもまた自然の法則なのだ。

これは、今まさに問題となっているジャニーズ事務所と同じである。
テレビやマスコミは、そこから得られる利益を優先し、犯罪行為には30年もの間目をつぶってきた。彼らにとってそんなことは言うまでもない当然のことなのだ。
ただその意味では、NHKの罪は、今回の発端をBBCが担った点からも、他の民放より数段重いことは、誰も指摘していない。日本相撲協会との関係もそうだが、NHK自体が反社まがいとズブズブの腐敗組織であることは明らかである。

そもそもこの件はそれこそ30年前から皆が知っていたことである。どうみてもアイドル顔とは言えないタイプを見ては「ああ、こいつはたぶんそういうことなんだろうな」と冗談を言っていた。まして犯罪だと認識することもなかった。だいたい知っててそんな事務所に所属することが理解できなかったし、そこまでしてアイドルを目指すような人間だけが集まる世界なのだと認識していた。その頃はそんな時代だったのだ。
ただ今となってみれば、被害者の大半が未成年である。ということは既に死んだ犯人のみならず周りの大人達の責任は相当に重いハズだが、彼らにはその意識は全くないようだ。そのような組織の中で選ばれ、這い上がった人間達なのだから、当然である。

ただここまで問題になったというだけでも、とりあえず時代は変わったとも言えるのかもしれない。
が、本当の意味で時代が変わったのであればそれでいいのだが、そうでもない。

BBCより少し前に、あのガーシーが同じことをYoutubeでネタにしていたそうだが、社会はそれを無視したという。がその数ヵ月後BBCが報じたときには、モゴモゴとではあるがようやく動き出したのだ。これは結局、大半の日本人にとって問題の中身や真実などどうでもいいのであり、誰が問題視するのかが問題なのだということをまさに顕している。このことこそ問題の本質であるにも関わらずそれを誰も何とも思ってもいないのである。

これは何もガーシーを称えているわけではなく、このような人間達あるいは社会こそ、ある意味ガーシー以下であると言っても過言ではないだろう。
このこと自体、30年前と全く変わっていない社会の本質なのだ。

それでも犯人が死んだあとにようやくではあるが問題として認知されるようになったのだから、社会は一歩進んだと考えることもできる。
とにかくこれが日本人のレベルだということだけが事実であり、そういうものだと認識することが最も重要なのである。
もちろんそんなのは日本人だけだなどということでは全くないが、取り分けその性質が顕著なのは間違いないだろう。
どこぞ国の女子サッカー代表チーム監督が選手にキスをしたことが問題となり辞任したというニュースがあったが、数年前の日本では橋本聖子が高橋大輔に同じことをしたにも関わらずオリンピック担当大臣を務めたのだから、やはりこの国は他国から見れば異常であることには疑いはないハズだ。

力を持つ者同士は結託し、その力を笠に着る者がそれを取り巻き、忖度と搾取が延々と繰り返されるのである。
全てが破壊された戦後から、全てが組織の論理に収斂することで、日本の社会は成熟してきたのだ。
そしてそれが行き詰まりを見せ始める今を、一部の人が新たな戦前と呼ぶのも、それなりには理解できるように思う。

Posted at 2023/09/30 19:40:27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2022年03月31日 イイね!

ソニーとホンダの合弁事業についての感想と妄想

今月初めに発表があって以降、ネット上には記事が溢れとりあえず多くの日本人の期待を集めているようなので感想。

「ソニー×ホンダ連合誕生に車好きが不安になる訳、「ソニーがホンダと組むなら面白い」の逆は?」
3/7(月) 11:46配信 東洋経済オンライン 島下 泰久 :モータージャーナリスト
「ホンダ×ソニーがEV開発で合意 「この先はApple×ホンダの可能性だってあり得る!?」」
モーサイ 3/21(月) 8:03 レポート●山本晋也 編集●モーサイ編集部・小泉元暉
「負け続けの「EV車」開発、ソニーとホンダの提携で「日本の黄金時代」再来がようやく見えてきた…!」
2022.03.23 週刊現代

おっさん個人的には、この内容で期待する日本人の頭の中があまり理解できない。
今現在ソニー「製品」といって思いつくものと言えばとりあえずゲーム機くらいのものであり、ゲームにあまり詳しくないおっさんとしては、ソフトはともかくその「製品」自体に何かしらの魅力があるとは全く感じていないからだ。

現在ソニーの「商品」といえば、消費者向けには主に「コンテンツ」となっているようである。今回の件についても、ネットの記事を見る限りソニー側のウリはやはり「エンターテイメント」である、ということになるだろう。
EVブームに乗っかるためにまず必要なものは何かと考えた時、クルマにゲームや音楽や映像をくっつければ商売になる、あるいは消費者向けにはそれ以外にウリにするものがない、結果こうなった、というハナシにしか見えないのはおっさんだけではないだろう。
まあこれはこれで現時点でのビジネスを必死で追い求めた結果であり当然なのだろうとは思うが、おっさん世代が期待するような昭和ソニーの、全く新しい何かを技術で実現するといったモノづくりとは全く違うものであることは間違いない。面白いかどうかで言えば、くっそも面白くないというハナシである。
そしてそれはホンダに対しても同じであり、ホンダがこれで何をしたいのかよく判らない、というか何をしたらいいか分からないからソニーと組んだ、と言っているようなものだろう。

当事者がお互いそう言っているようにこれはあくまで一つの企画であって、これからの両者のビジネスモデルとは関係ないということなのだそうだ。つまり未だEVシフトに対するビジネスモデルは、日本の大手企業にとっても完全に手探り状態なのかもしれない。
一体この発表に何の意味があるのかと言えばそれは100%大衆向けのプロモーションであり、とりあえず何かしている感をアピールするだけのものだと言ってもいいだろう。
この企画自体ハッキリ言って「アップルカー」的アプローチであり、要はパクリである。ましてアップルカーと言われれば世界中の多くの人々が何となくそれをイメージできると言っても過言ではないかも知れないが、「ソニーカー」と言われても、おっさん世代が何となく抱く漠然とした昭和のイメージに対する期待以外特に具体的なイメージは沸かないだろう。世界的なブランドとしてもとっくに世界に敗北しているのだ。

ネットによるとソニーが持つ技術のもう一つの核としてイメージセンサーがあるようだが、これは自動運転にとってはかなり重要な技術らしいので、本当の狙いはこれを世界に売ることなのだろうとは思う。だがやはりそれだけでは昭和のおっさんが期待する新しい何かということでは全く無いし、所詮モノづくりで終わった電機産業と同じである。おっさんが思うに、本当にソニーが世界と勝負するためには、ゲームとネットワークビジネスで培ったAIとビッグデータの技術を用いた、全く新しいプラットフォーム以外ないだろう。

「CASE」と言われる100年に一度の大変革の中で、C、A、Sとその大半をIT革命、IT業界が担っている。言うまでもなくIT業界が、そしてGAFAが狙っているのはEVそのものではなく、自動運転技術を核としそれら全体をコントロールする交通システム、そこから生まれるであろう全く新しい社会インフラであり、そのプラットフォームを握ることである。プラットフォームビジネスは勝者総取り、というか元締めこそが勝者であるという経済の基本原理でもある。
そして技術的にその中核となるのは、一言で言えばディープラーニング、ビッグデータといったAI技術だろう。
おそらく、というか当然ソニーの狙いもそうだろうし、そうでなければ敗北どころか土俵にも上がれないことは言うまでもない。
が、件のソニーカーについては現時点ではそこまでの形となって現れる段階には至っていないどころか、この程度でお茶を濁している、もしくはEVシフトが持つ「SDG'S」「グリーンウォッシュ」的なアピールを免罪符としてとりあえず利用しただけだといってもいいだろう。とりあえず日本の大衆には多少の効果はあったようだが、世界の投資家に何かをアピールできるとは到底思えない。そう考えるともはや世界には、絶対に追いつけないところまで離されてしまっている、つまり手遅れなのは間違いなさそうだ。

IT敗戦の二の舞は避けたい日本のモノづくり産業全体としてみれば、新たなビジネスが生まれようとしている100年に一度の変革期に、全体で共有、共存共栄できる、自由で活発な競争ができるビジネス環境が存在するのかどうかというのが最大の問題となるハズだ。
本来であればこのような変革期、黎明期こそ、新たなベンチャー、スタートアップが多数現れ、そして既存の大手企業はその中で頭角を現した企業を買収するなどして競争力を上げていくというのが本来の自由経済、市場経済におけるイノベーションのあり方であり、アメリカや中国では当然のように起こっていることである(もちろんおっさんがホントにアメリカや中国で起こっていることなど知るハズもない)。
本来なら既存の自動車メーカーは、新進気鋭のベンチャー企業をまるごと買収するなどして新しいビジネスモデルに挑んでいくのがフツーだろう。逆にもし日本に優秀なスタートアップがあれば、米中の企業に買収されるということがあってもいいハズだ。
が、日本についてはそのような形は全く見られないというか、真逆を行っているのである。日本にはこの30年、ITベンチャーすら現れなかったのだ。くどいようだがCASEの鍵を握っているのは自動車業界ではなくIT業界である。ということは、日本にEVベンチャーなど絶対に現れないだろう。
既存自動車メーカーの立場からすれば、日本にないのであれば米中のベンチャー企業を買収すればいいハズなのだが、それすらできないでいるように見える(見えなくても実際はやっていると考えるべきなのかも知れないが)。

ネット記事を見る限り、今回のニュースで中心にいるのはやはりソニーであってホンダではない。
これは前述の通りCASEを主導するのはIT企業であるということを顕している。
記事の中には、ホンダがレジェンドで実質世界初のレベル3を実現していることに技術的優位性があるとしているものもあるが、おっさん的には実際にそのレベルで運用されている実態があるのかどうかは甚だ疑問、というよりたぶんないだろうと思っているし、大衆にホンダが自動運転で世界をリードしているというイメージを持っている者もまずいないだろう(技術的にホントはどうなのかなど判るハズもないが)。このままではホンダの四輪部門は本当に組み立て、生産請負メーカーになるしかないようにしか思えない。

結局今回のニュースが顕しているのは、既存の自動車メーカーはそもそも完成車組み立て業である、それが基本的な業態であるということだろう。これまでその完成車の商品開発は当然自ら行ってきたのだが、それは他に行う者がいなかったというだけのことであり、それが新たに現れたのだから、組み立てだけやればいいという新たな道ができた、それだけのことだと考えることもできる。
CASEの中でも、特に自動運転技術についてはそれが実現するということは、これまで自動車メーカーが追求してきた「走り」や「ドライビングプレジャー」というクルマにとってその存在意義の相当な部分を失うことを意味する。
つまりクルマそのもの基本的な性能、魅力を最大限追求し競ってきたようなメーカーはもはや不要となり、生産技術、生産効率を最大限追求してきたメーカー、つまりトヨタ以外、ホンダ、マツダ、スバルなどは、これまで培った技術やブランドイメージなどの全てにおいて、その存在価値がなくなると言ってもいいだろう。
ということはやはり日本の既存の自動車メーカーは、世界のITベンチャー、EVベンチャーの組み立てを請け負う下請けになるしか道はなさそうだ。スバル、マツダは近々トヨタから米中のITベンチャー企業に売られることになるかもしれない。

というワケで件のニュースは、おっさん的には何ら面白いハナシではないということを言いたかっただけである。

よくよく考えてみると、おっさんが子供の頃、ホンダは元々アメリカ、そして世界を目指していたのであり、おっさん世代はそれに憧れていたのである。
80年代までは、日本がアメリカに、世界に追いつこうとし、追いついたと思った、そんな時代だった。
90年代からは、日本がアメリカに、世界についていけなくなっていっただけのことである。
それは日本車が、ではなく、日本経済が、日本人労働者の収入が、であり、そして日本車は、その中にあって、ついに世界に追いついた。
つまり日本のクルマ好きが日本メーカーに見捨てられてた、のではなく、日本の大衆が世界基準となった日本車を買えなくなった、それだけのことだ。
そう考えると、軽しか買えなくなった日本人にとって、NシリーズやS660は、ホンダからの最後の贈り物だったのかも知れない。
ホンダがかつての挑戦力を失っていないのなら、今更日本の大手企業などを相手にしている場合ではない。
米、中、台、韓、印、中東、とにかく世界中の気鋭のITスタートアップを買収しまくってGAFAと勝負する、そしてやるからには勝つ、そんな挑戦を見せてもらえれば、我々もあの世で浮かばれるというものである。もしその結果として四輪部門を巨大ITに売り渡し、二輪かジェットに専念するなどということになったとしても、それはそれで意味があると思うし、遥かに面白いハズである。
Posted at 2022/04/01 06:15:53 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ

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