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2023年03月28日

母が亡くなった

母が亡くなった 母が3月21日に亡くなった。
あっけない最後だった。

24日には別の病院に転院する予定だったのに。
母が入院したのは「急性期の病院」なので、慢性期の病状になると、長期的な受け入れをしてくれる病院へ転院を迫られる。

画像はちょうど開花して来た、48年になる山桜の盆栽。

私は父が最後まで入院していた国立の病院を希望したが、そこは近年、なかなか受け入れしてくれないらしく、
別の私立の病院への転院が決まっていたし、その準備もしていた。

ところが、20日になって、血中酸素の状態が悪くなり、酸素吸入しても回復しないと言って来た。
「面会してもらってもいい」と言われて、2月6日の入院以来、2度目の面会に行った。酸素マクスをしながも、呼吸が苦しそうで、時折り、頭を左右に動かしながら。見るのも辛かった。
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レントゲンの写真も見せてもらったが、肺炎が進行してるという。
ただ、私が見た限りでは、入院時よりも少し、白っぽく映るところが少しは増えてるかと思われる程度。

父が施設から運び込まれた時は、肺がもっと真っ白になっていて、「ここまで来ると、今夜がヤマ」と言われたものだ。それが回復したのだ。それも2回も。父も同様に呼吸が苦しそうだったのだが。
その後、父は前述の別の国立病院で1年半、胃ろうからの栄養で入院していて、亡くなった。

母の主治医はこの日に「抗菌剤を変えてみます」と言ってた。
もっと早くからそうすべきではなかったのか。
胃ろうからの栄養補給をすると、熱が出て炎症反応の数値が悪くなり、中心静脈栄養で補給すると肝臓の値が悪くなると言われていた。
このところ、ろくに栄養補給もされず、ほそぼそと点滴に頼ってきた状態。そりゃあ抵抗力も弱ると思う。
この20日は、回復を祈って帰宅した。

3月21日。
午前2時過ぎに、病院から「最高濃度の酸素を吸入してても、SpO2の値が下がり続けてる」と電話があった。
もうダメかもしれない。どうする?
私はこの場に及んで、ネットで葬儀屋を捜し始めた。

父の時は、2009年11月31日の午後10時頃に「血圧が下がって、もう今夜が危ないです」と言われて出かけて行った。やはり呼吸が苦しそうで、それを何時間もそばで見守っていた。でもやがて呼吸が穏やかになった。これで何とか持ち直してくれたら。私も駐車場の愛車の中で、少し寝ようかと思ってたら、急にピーと音が鳴り、心電図が平坦になった。
父は2009年12月1日の午前3時50分に84才で亡くなったのだ。

母の病院からは午前3時台にまた電話がかかり「すぐに来てください」と言われた。
それでも私は母の部屋を片付けていたのだ。病院から自宅へ連れ帰って、安置する事を想定して。
そして慌てて愛車を飛ばして10分もかからない病院へ着いたが、既に母は亡くなっていた。
母の死亡時刻は父より50分遅い、午前4時40分。2023年3月21日だった。
母は89才だった。
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唯一の親族である、私の妹には、これ以前から何度も携帯と家の固定電話にかけてるのに出ない。
病院で亡くなったら、一刻も早くという感じで、遺体の引き取りを求められる。
父の時は「冠婚葬祭ベルコ」とテレビCMもやってるところの会員で、積み立てていたから、すぐにそこに電話をして、間もなく引き取りに来てくれた。

けど、母はそんな当ては無い。改めてスマホのネットで捜す。
また亡くなると、看護師が体を綺麗にするのだが、コロナのせいで日額450円の「入院セット」というのを使っていて、着てる寝巻きがそれなので、返却が必要で、着替えを用意して欲しいと。それなら、先に電話で言ってくれたらいいのに。
1階に自動販売機があるというけど、寝巻きが4千円台と高いし、お金も持って無い。ともかく、私は常にキャッシュレスで、自治会費と年に2回の散髪代しかお金に触る機会が無いし、実際、お金も無い。
病院にATMはあるけど、夜中は閉まってる。それでまた家まで寝巻きを取りに帰った。
明け方のまだ暗い道を愛車で飛ばす。こういう時に頼りになるのは、28年連れ添った愛車だと、つくづく思う。
ともかく、時間に追われるばかりで、母の死を悲しんでる暇も無い。

病院に戻ってから、またスマホで葬儀屋捜し。
一番安いのは火葬場への「直送」というスタイル。家は浄土真宗とか聞いていて、父の時はその時だけの僧侶も呼んだけど、私は全く信仰は無い。
今回はそんなのは不要だけど、通夜や告別式とか無しにしてもいいのか。
私の妹(母の長女)には全く連絡が付かない。後に聞くと、睡眠薬をいつもより多く飲んで寝ていたというのだが。

社員5千人ほどの会社を作って、長く社長、会長をして来た母の妹(叔母)にもメールしておいた。
親族って、それだけだ。前にも書いたように母の姉は認知症で施設に入ってるし。父方は一人っ子で、その祖父母は私が幼稚園の頃に亡くなってるし。

ネットでは直送形式の葬儀は7万円台から出てるけど、それは消費税抜きだし、事前の予約、資料請求で5万円引きという結果の価格。それには火葬代とかも含まれていない。
ともかく「小さなお葬式」というところに電話をかけてみた。
しかし、市内には提携出来る葬儀屋が無いらしく、安置は鈴鹿市や四日市市になり、そこでは面会も出来ないと言うのだ。火葬前に妹らには会わせてやりたいし。

そして、ネットで格安葬儀をうたうところは、葬儀をコーディネイトするだけで、各地の葬儀屋と連絡を取って委託するようだ。つまり、上前を跳ねてるはずで、そうした地元の葬儀屋と直接連絡が取れればもっと安くなると思う。
やはり、事前に準備が必要なのだ。私はまだ母は生きてくれると信じていたし、葬儀の事なんか、考えたくもなかったのだ。
まぁ、高齢の親を持つものは、その時の覚悟、準備が必要という事なのか。

次に電話をかけたのは「心に残る家族葬」というところ。
どこでも、いろんな料金プランがある。
私が選んだのは直送の14万3千円のコース!
プランを決めても、これから提携する葬儀屋を捜すと言う。30分後にかかって来て、やはり市内には対応出来る葬儀屋が無いので、鈴鹿市の葬儀屋になるけど、面会は出来ないと言う。火葬場で直前に少し顔を見れる程度と言うのだ。
火葬は住民票がある市内でするけど、安置が鈴鹿の会館で、そこでは面会は出来ない。
しかも、鈴鹿までの移動の追加料金がかかるかもしれないと。具体的には50kmを超えると発生すると言う。

私はかつて、鈴鹿市郊外の盆栽屋で通いの職人をしていた時期があり、そこまでの往復が約70kmだった。どの程度の追加料金なのか、5千円程度とかハッキリしない。
ともかく、病院からの搬出が迫られていて、そこに決める。後に、対応する葬儀屋から連絡が入るので、移動の料金とかはそちらで聞く事に。

ところが、また30分後にかかってきた鈴鹿の葬儀屋の担当者は開口一番、
「市内の『いつくしみの杜』での安置をご希望されてると聞いてますが」と言う。そんなところがあると言うには初めて聞く。
その「いつくしみの杜」で安置出来れば面会も出来るけど、9時にならないと空きがあるかわからないと言う。現時点では既に埋まってるような話しだった。
「いつくしみの杜」でなければ、自宅安置しか、面会出来る搬出先は無いと言う。
移動の為の追加料金についても質問すると「何のことですか?」 市内の「いつくしみの杜」か自宅安置ならば追加料金はかからない。
そして、搬出する為の車はこれから手配すると言う。つまり、遺体をストレッチャーに乗せたまま運ぶ車の業者はまた別のようだ。

そして9時になってかかって来たら、やはり「いつくしみの杜」は埋まっていて、
自宅安置する事になった。次は「納棺はいつにしますか」と。明日にでもと話したが、要するに棺桶に入れること。それなら今日でもいいと。
ただ、病院からの搬出は午後1時だと言う。
実際は、その移送の車が、それ以前の移送で時間がおしてきて、午後2時に迎えに来た。
病院側は早くベッドを開けて欲しいと言う感じなのだが、仕方ない。
その病院からの搬出は黒いヴェルファイアだ。私の愛車で先導して帰る。
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自宅1階の和室にある電動ベッドの上に母の亡骸を一旦、置く。
移送の車の後を、鈴鹿の葬儀屋の「とわのそら」の担当者の車が追って来て、
なんとそのプリウスに組み立て式の棺桶を乗せていたのだ。
それを和室内で組み立てる。底の板はシッカリとした一枚板だけど、側面や窓が付いた上面の板は中が空洞の軽いもの。
私と葬儀屋のN氏の二人で、ベッドの上の母を棺桶に入れる。下の布を突っ張った状態で持ち上げて箱に入れるのは重く感じた。最後の1月に車椅子ごと計った時は48.7kgだったけど。

母の入った棺桶を再び電動ベッドの上へ乗せる。今度はむしろ軽く感じた。
ここで大きな箱状のドライアイスもセットされた。計ってはいないけど、見た目で30×10×10cm位の直方体のを胸の上に数個と、頭の下の首当りに1個。
鼻の穴には病院で既に綿を詰めてあり、このドライアイスで頭部を冷凍すると言うのだ。これで液体が出てこないはずだけど、もし出てくる場合は止めようが無いとも言ってた。

こうして棺桶が冷蔵庫の役割もするので、納棺は早い方がよかったのだ。
顔の上に扉が付いていて、顔が見える状態だけど、そこはビニールが貼られてる。
こうして、上下する電動ベッドが祭壇みたいになった。
この状態で一夜を過ごす。
よく亡くなった人の表情を「眠ってるような」と言うが、まさにその通りに見えた。
これはドライアイスで冷やしてるからかもしれない。
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3月22日。
母は終日、家にいる。
午後3時頃、葬儀屋がドライアイスを交換に来る。と同時に死亡届を出して来てくれてる。

夕方、妹家族が主人と成人してる息子の3人で来る。
我が家は普段使う部屋以外は物置状態なので、近くにホテルを取ってる。

自宅でこうしていても、親しい近所付き合いも無いから、誰も来ない。
唯一、連絡をしていたケアマネージャー(女性)が来て、眠るような母の顔を見て、一人涙を流していた。それを見ると、私も目頭が熱くなる。
妹らは夜に一旦ホテルへ帰る。

鎌倉にいる母の妹は80才だけど、メールの返信が来ていて、「今は家族葬でいいと思う」という事と、「体を悪くしていて行けません」という内容だった。私の妹とは電話でも話したらしいけど。
後に、香典を送ってもらってる。

3月23日
午前10時過ぎに、妹らが花を買って来てくれた。その花で棺桶の中を飾る。
その花で飾られた母の写真を撮っておけばよかった。
花を添える前に撮ってるからいいと思っていた。
後で、妹が撮った写真をもらったけど、もの凄く小さな画素数の写真だった。まるで初期のガラケーの映像のような。妹のはiPhoneだけど、そんな写真撮影の設定のまま使ってたようだ。

この時点で、母の寝巻きが少しはだけたように見えたので、胸の上に乗ってるドライアイスを少し持ち上げて、直そうとしたが、
母の体はもう冷凍肉のようなカチカチの感触だった。

午後1時半の予定が20分頃、迎えに来た市の霊柩車に、雨の中、みんなで乗せる。
昔のイメージの「ザ・霊柩車」では無く、黒いアルファードだ。側面後方に何か社名なのか小さく書いてあったけど、一見したらそれとはわからない。
ただ、黒い衣装の数人が棺桶を黒い車の後ろから積み込むのだから、見る人がいれば葬式とわかるだろう。

私は一人、その霊柩車に乗って行く。皮肉な事に、こういう高級車に乗る機会はめったに無い。妹らは自分達の車で後に付く。
10分ほどで「いつくしみの杜」に到着。施設は新しく広い。
2009年の父の時も市内の斎場だったが、なんか違う。それもそのはずで、ここは2015年に新設されたのだ。場所的には少し北側に移動したらしいが。

ともかく、自宅-病院-いつくしみの杜(斎場=火葬場)はそれぞれ4~5kmのトライアングル状態なのだ。

午後2時頃に炉に入れる。その前に女性職員に言われるままの儀式? 私から順に何かを摘んで額の当りに当てて。私は超テキトーにやった。こういう「儀式」はともかく大嫌いだから。
寝たきりになって7年程、自宅で介護して来て、見慣れた寝顔のような母なのに、このまま焼かれてしまうのかと考えると、目頭が熱くなって来た。
ずっと施設にいて、そこから病院に移って1年半くらいだった父とは感慨も違う。

1時間半ほどかけて焼かれる。その間、家族、親族用の部屋が用意されてる。
大広間のようなところから、それぞれの待機部屋があり、入り口にドアは無く、外から中が見えにくくなってるだけ。
ここで、葬儀屋の「とわのそら」の担当者に支払いをする。
前述のとおり、全て込みで14万3千円。
これらは市に支払う火葬代3千円や霊柩車代9千円も含まれている。
「とわのそら」はNPOで特定非営利活動法人となってる。
もう十分に丁寧な対応で、何の不満も無い。

火葬の間、待つ時間が長く感じられた。が、後半、外でやたらうるさい。女児と思える数人の声で「もういいかい」とかくれんぼをしていて、それに大人の男の声で一緒に遊んでるのだ。どういうつもりだ。

ようやく、職員が呼びに来て、骨となった母と面会。まだ熱気があり、白い骨は足などが見て取れる。腰の部分に複数の穴の空いた三角形の骨が一際大きく感じられた。が、頭部は父の時もそうだったが、椀状の骨が被せてあるみたいに見える。母は歯も上下共にシッカリしてたけど、それらが全く見えない。
人の顔、頭蓋骨という印象が無いように細工してるのだろうか?
そこにゴロンと頭蓋骨があると、気分を悪くしたり、夢に見たりする人もいるから、配慮してるのだろうか。

後は言われるままに骨を拾い上げて骨壷に入れる。
帰りは雨も止んでいた。私は霊柩車に乗って来たので、帰りは妹らの家族の車に乗せてもらって帰宅。そこで、妹らも着替えて滋賀県の家に帰って行った。

今回の母の葬儀は直送という最安プランだったけど、何らミジメったらしい事はなかった。
それは自宅で安置出来たせいもあると思う。「いつくしみの杜」での安置が空いて無かったから、仕方なかったのだが、それがかえって良かった。

父の時も同じようにすればよかったと思えたほど。
父の葬儀も妹家族の3人と、前述の母の妹が、当時は会社の会長をしてたけど、鎌倉から駆け付けてくれた。集まったのはそれだけ。
でも、父の葬儀の総費用は104万7千円!
ベルコに積み立ててた両親二人分の67万円を使ったけど。前夜から一睡もして無い状態で打ち合わせをして、言われるままのプランで、ハトを飛ばすオプションまで付けて。通夜の為の部屋も用意はしてくれたけど。
また坊さんを呼んで、支払った金はまた別。

おまけに葬儀後は12月という事もあって、やしきたかじん似のベルコの担当者が「ボーナスの査定に影響するから」と泣き付かれて、母を新たな会員にして継続積み立てをしたもんだ。後に30万ほど溜まったところで解約して、全額では無い返還をしてもらってる。

ただ、その2009年の時点で、母は既に認知症で、細長い台の上に安置されてる父を見て、
「あんなところに寝かされてたら、寝返りうったら落ちてしまう」を繰り返し言ってた。
自宅で父を安置してると、母は何をしでかすかわからず、ずっと監視してなければならないところだった。

ただ、母が思いのほか早く亡くなった事には、まだ納得が行かない。
2月に入って、口から食べられなくなったので、胃ろうをする為に入院させてようなもの。1~2週間で退院出来ると思っていた。
それが胃ろうからの栄養補給が始まって間もなく、2月28日に病院で大量嘔吐して、それを大量に誤えんして、一気に肺炎が進んでしまった。
その後、中心静脈栄養と胃ろうを交互に繰り返すような状態だった。

前述のとおり、亡くなる前日の3月20日になって、若い主治医は「抗菌剤を変えてみます」なんて言ってたけど、もっと早くそれをすべきだったのでは。
見せてもらったレントゲン写真では、父の時はもっと真っ白になっていたのに、回復してたのに。それも2回も。

母の主治医は当初から「もう老衰なので、胃ろうは勧められない」と言ってたように、懸命に救命措置をしてくれてたのか、疑問が残る。
医学的にはそうなのかもしれないが、遺族はずっと疑念や後悔が残るのだ。
その辺のところを医療従事者はよく考えて欲しい。

はっきり言って、その医者に「恨み」まで残ってしまうのだ。
それが、なんか日増しに強くなる気がする。
私に十分な金があったら、病院や医者を訴えたかもしれない。
なんせ、病院で大量嘔吐して一気に具合が悪くなったのだから。そしてその後、適切な薬剤投与をしていたのか。

母は自宅で安らかに眠るように亡くなるのが、私にとっての理想像だった。
気付いたら亡くなっていたという感じに。
それが現実は病院に入れた為に、最後は苦しみながら亡くなってしまった。
不慮の事故などで家族を亡くした遺族は、もっともっと後悔の念が強く残るだろうな。

ブログ一覧 | 介護 | 暮らし/家族
Posted at 2023/03/28 17:42:20

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