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2012年04月07日 イイね!

認知症との付き合い

認知症との付き合い晴れ時々曇り。風が強く、冷たい。

家族に認知症の人がいる場合、どういう付き合いをしてるのだろうか。
一口に認知症と言っても、いろんな症状、レベルがあると思う。

一般的には、なにか「ぼ~とした人」という印象があるのではないだろうか。
うちのは母は、ともかく口だけは達者で、悪態をつく。
聞かされるほうはたまらないし、それだけ腹も立つ。

以下は母がテレビに対して、悪態をついてる様子。


誰でも、テレビのドラマや出演者に対して、つい文句を言ったり、つっこみを入れたり、そういう事はあると思う。

認知症のそれが違うのは、
テレビの中の人間が、お金を盗ったり、家の中のものを食べると思い込む事だ。
まさに勝手にストーリーを作ってしまう。幻想の一つなのか。
あまりにひどいので、チャンネルを変えたり、時にはテレビを消しても、全く同じ調子で文句を言い続けてる。もう自分の世界に入り込んでるのだ。

昼間だけで無く、夜中や明け方などにテレビを付けて、上の動画のように大声で叫んでる事もある。
今は、母の怒りはテレビの中の人物に対してだけだが、かつて認知症の薬、アリセプトを飲んでいた頃は、私や、遠くにいて電話してくる妹に対して、同様のいわれのない怒りが向けられていた。
この動画のような調子で、仕事から帰宅した私に怒鳴ってる事も多かった。
今はそれがないだけ、有り難い?

そこにあるのがテレビだとは認識してる。けど、「うちのテレビやのに、なんでこんな人が沢山来てるんや」と言うことが多い。
食事時にテレビの中のキャスターなどと目が合うと、必ず「あの人、なんかもらえる思もて見てるんや」とか、「この前かて、あの女の人、子供連れて来て、なんか食べるもんやって言うからやったんや」とか。

母の状態は、ちょうど酔っ払ってクダをまいてる人間と同じように思えてならない。
アル中の人と、認知症は似てるところもあるのではないだろうか。

私は一滴もアルコールは飲まないし、酔った事もないので、めいてい(酩酊)状態が全く理解出来ないし、程度の差があっても、酔って普段と違う状態の人に、強い嫌悪感を覚える。
論理的で無い事や、そんな人を忌み嫌うんだ。

認知症はまさにそんな状態に思えてならない。
可哀そうとか思うより、拒絶反応が先立つ。
うちの母は、かつての母とは全く別人であり、強い嫌悪感を覚える。

それでも、もちろん、私はするべき事はしてるつもり。
普段の栄養バランスを考えてるし、家でいる時は、母の部屋だけ常にエアコンを付けてる。
就寝したら止めてるけど、朝はタイマーで起きる前からエアコンをつけてる。

夜中に起きてきてら、必ず水を飲ませてる。それはかつて、軽い脳梗塞を起こした事があり、血液中の水分が不足して、ドロドロ血になる事を懸念して。
まぁ、この上で、健康を害されると、その面倒を診るほうがたまらないから。

下着はきっちり替えてるし、週に一度が限度だけど、風呂に入れて清潔も保ってる。
(今はディサービスでも週に1度、風呂に入れてもらってる)

きちっとするべき事はしておきたい。ところが、どれもこれも、母は嫌がる。面倒がる。それにまた腹が立つ。

私の家族はいったい何年こんな状態なのだろう。
父が認知症になったは10年ほど前だろうか。(もうハッキリ覚えてない)
当時、私は仕事なので、母が父の介護をしていた。まさか母も認知症になるとは思ってなかった。
父の進行はとても早かった。母がおかしくなって来た頃は、父はほとんど寝たきりだった。
かくして、両親共に認知症の状態になった。それが何年続いただろうか。

整備手帳のほうにも書いた、車での人身事故を私が起こしたのが2006年。当時、すでに母は認知症だった。
家で「事故を起こした」と話すと、母は「えっ、どこで」と驚いていた。
が、そのすぐ後には、もう事故の話しは記憶になかった。何度言っても、同じ事の繰り返し。

当時は仕事先から、毎日、夕方になると、夕食の指示を母に電話でしていた。
簡単なものを作るための指示。
冷蔵庫のホワイトボードにも、夜にするべきオカズや、その場所を書いておいたけど、冷蔵庫の中は、決まってそれ以前に触って動かしていて、どこにあるか見つからない。

やがて、母に父の介護が無理となり、認知症の父は、介護施設に「入所」した。
施設では、ずっと任せっきりだった。
が、類天疱瘡という病気にかかり、医者通いや入院で、いつも私が仕事の合間に駆けずり回った。
よくやってきたと思う。

私には妹がいるけど、滋賀県で、夫と子供の3人で暮らしていて、母の姉の面倒をみるのに、京都へ頻繁に行ってる。
母の姉は熟年離婚して一人住まいで、認知症になってる。
それ以前に神経の病気、難病にもかかってる。

そう、我が家は3親が認知症なんだ。
両親の面倒は私が一人で看て来た。
私は独身で、結婚暦も無い。

父は2009年の12月に他界したけど、この先、いつまで今の状態、認知症の母の介護が続くのだろうか。


今晩の夕食は、エビ入り餃子。チルトを焼く。
これを焼く前に、ナス2本を輪切りしたものを、フライパンで蓋をして蒸し焼く。
それとホタテ風味の磯辺フライ。ホタテの貝柱に似せた歯ごたえのものをタラの身などで作ったもの。冷凍品でレンジでチンするだけ。
後はいつもの汁物。マイタケ、エノキ、ほうれん草、豆腐、卵1個。

Posted at 2012/04/07 23:18:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 認知症 | 暮らし/家族
2012年04月07日 イイね!

月に一度、母を近くの医者へ

月に一度、母を近くの医者へ以下は昨日6日の事である。
当日の事を午前0時までに書くのは難しい。

晴れ時々曇りで、風も強かった。


認知症の母は朝から反抗的だった。
屁理屈ばかり言って、パジャマを脱ごうとしないのだ。
部屋は事前にエアコンで暖めてあるのに。

朝食後、医者からもらってる高血圧などの薬を飲ませるのも、血圧を測定するのも。
「こんなことせんでええ。アンタが計ればええんや」「こんなもんはいつも飲んでない」

私は食後すぐに洗い物をするけど、母はいつもじっとしてない。
このところ、食後はすぐに「オシッコしたい」だ。

食器洗いを中断して、トイレへ付いていくと、案の定ウンチをして、シャワーでお尻を流せという時も。
さらに私が取って、用意したペーパーで拭けという時も。
「もうええ」「こんなに紙は使わんでええ」

挙げ句はトイレから出て「手を洗え」と言うのに「洗わんでもええ」と玄関の方へ。
そして、そこに用意して入れていた車椅子を見て、
「なんであんなもん置いてるや。出られへんやないか」と。

そんな母の肩を持って方向転換させて、洗面所へ。
いつものハンドソープで手を洗わせようとしても、「そんなんはいらん」
うるさく言って、やっと手に付けたものの、すぐに流そうとして。
私がさらに強引に手にソープを付けるけど、即、流そうとする。
そして「アンタはそうやって、いつも余計な手間ばかりさせる」とのたまう。

私が切れた。もうどうでもええ。発作的に私のパンチが母のこめかみに。
当たる瞬間、ブレーキがかかったけど。
母は以前と同様に「痛い~。マサ○○降りて来て~」と2階へ向けて、私の名を呼ぶ。
私は息子のマサ○○ではないのだ。

今回はしまったというより、もうどうでもええ。殴り殺したいという日頃の衝動が勝っていた。
さらに額にもパンチを入れた。これは突くという感じで、抑えがたい自分への気休め程度。

老人は頭部への強い衝撃があると、空洞が出来てる分、脳がゆすられ、血管が切れて、脳内出血など起こすらしい。それを知ってはいるけど、もう私も「親殺し」で逮捕され、報道されてもええという自暴自棄に近い状況だった。

しかし、台所へ戻って、洗い物の続きをしてる間、少しずつ後悔が。
今日は母を医者へ連れて行く予定だった。
もし顔にアザでも出来てたら、連れては行けない。
4週間か5週間に1度、高血圧などの薬をもらいに、すぐ近くの医院へ行く。
そのために車椅子も用意した。

歩いて5分ほどのところだから、そこまで車で行くのは、団地の出口の信号にひっかかると余計に時間がかかりそうなくらいだし、私の愛車は座席が低く、母の乗り降りがやっかい。
そして何より、
どこにウンチが付いてるかわからない母を愛車に乗せたくない。
遠方ならば仕方なく、事前に全ての服を着替えさせて、なおかつ、おねしょシーツを座席に敷いて乗せるのだけど。

母は家の中では歩き回るくせに、団地内の歩いて2分ほどの散髪屋へ連れて行くにも、足が痛いと途中で動けなくなる。(最近は室内でも足が痛いと言う事が多い)
足への血流が十分ではないのか、医者でエコー検査した結果は、少しは血管が狭窄してる程度らしいが。

このところずっと車椅子を借りていた。
同じく歩いて2分とかからない団地内に介護用品のレンタルの会社があるから。
車椅子は1日200円で借りられる。但し、最低3日間から。つまり、1回につき600円。但し、その日のうちに返却してる。あると邪魔になるから。

車椅子のほうが楽だ。院内までそのまま入って行けるし。車に対する気遣いも不要だから。
それは医院の駐車場で、他の車のドアに当てられないかと心配する事も不要だし。
行きは下り坂で本当に楽。問題は帰りで登り坂は少々辛い。

この車椅子、介護保険を使うと、月単位で、つまりずっと借りっぱなしで、月額が同じ程度の金額になると言われた。
前日、介護施設のケアマネージャーに電話して確かめると、いつもの担当のケアマネが休日で、代わりの人が言うには「普通は400円」だと言う。
それだったら、ずっと借りてるほうが安くつく。でも実際には月額600円と後にわかる。

用意は前日から出来てる。問題は。
額を軽くとはいえ殴ってしまって、もしアザが出来てたら、そんな状態で医者へ連れて行くのは。
幸い、おでこに少し、たんこぶらしきものが出来ていたが、アザでもない。

台所の洗い物が終わり、スポーツドリンクを暖めて持って行くと、母は当初は「誰かに殴られた」と私に訴えてたけど、飲み終えた時点では、それも忘れてた。

着替えさせ(着替えるのはともかく嫌がる)、今日は肌寒く風も強いので、厚着をさせて。
車椅子に座らせてから、防寒用のアルミシートで体を包んで。

こうしして医者へ行くと、待合室いっぱいの患者。受付では「1時間ほどかかります」と言われて。
母は入るなり「おはようございます。おはようございます。おはようございます」と一人一人に挨拶。
ディサービスと勘違いしてるのだろうか。

そして長椅子の端の空いてるところへ座らせると、すぐに隣の女性に話しかける。
こうしたところは、普通の認知症と違う。外面、愛想がいいというか。

私は自分が座る場所もないので、一旦、外へ出る。
そして家を出る時、戸締りはどうだったか心配になって、家まで帰る。
ついでに2階へ上がって、前日のブログ用のカマキリの動画のアップロードとかしてた。
盆栽の芽摘みも少しして。

それから医院へ戻る。
もう意外とすいていて、母の隣に座ると、私の事を、家から一緒にきた人間とは認識してない。
(普段から息子とは認識してない?)
私に敬語で話しかけ、「持って来たバッグがないんですよ」
私がいない間、こうして周囲に迷惑をかけていたのかも。
やっぱり目が離せない。

一旦、気になった事は延々と繰り返し言う。
「私のバッグが盗られた」
「中の財布に20万入れてたんや」
待合室の全員に聞こえるような大きな声で言う。
私がいくら「バッグは持ってきてない」「バッグは家にある」と言ってもダメ。
「そんな事ない。ちゃんと持って来てたんや」

「お袋からもらった4万5千円を入れてたバッグが盗まれた」「誰かが盗りよったんや」
「バッグに2万3千円入れてたんや」
段々、値下がりする。

ちょうど順番が来て、呼ばれて診察室の中へ入る。
母が先に診てもらって、私も。私はコレステロールの薬をもらってる。
コレバインというダイエットのような薬で、しかし、食事の油物が魚だけの時は飲んでいない。
それは医師にも伝えてる。
まだ私の薬は残っているので、今回はもらわない。

母は先に看護師に連れられて、待合室へ戻ってる。
そこでまた騒いでる。声が聞こえる。

私が待合室へ戻って、母の隣に座っても、まだ私が身内だとは認識してない。他人なのだ。
母は何度も立ち上がっては、受付に行き、「私のバッグが盗られたんです」
受付では、会計などをしていて、一人で忙しいそうだから、迷惑極まりない。

私は母の肩を持って、席に戻そうとするが、
「痛い、痛い、骨が折れる~」と大声で叫ぶ。
そして「オタクは関係ないのに、なんでそんな事をするんですか」
さらには「そういう事をするとこ見ると、アンタがバッグ盗ったんやな」
これを何度か繰り返す。

毎回、医者へ連れて行くのは大変だ。
風呂に入れるのが週一の一大イベントならば、医者は月一のイベントだ。
いつもは「こんなところでじっとしてられん。早く(受付に)言って帰りたいわ」
「(受付に)言いにいかな、いつまでたっても呼んでくれへんで」を繰り返してた。

やっと薬をもらって、車椅子に乗せて帰ってきたが、道中もずっと敬語で私に話しかけ、もうディサービスの職員だと思ってるようだ。

帰宅して、家に上がるなり、「布団敷いてへんわ。どこやったんやろ。誰か触ったな」

私が夕食の支度にかかる間、母は勝手に自分の布団を敷いていた。
しかし、いつもと向きが逆。毛布も裏表逆。

夕食の支度が出来たから、母を呼びに行くと、ズボンだけ脱いでスボン下と、上着はそのままで布団の中に入っていた。
それでズボンを履かせようとすると、ズボン下の側面に茶色いものが。
やっぱりウンチだ。
それもウンチが付いた手でズボン下を触ったようだ。何箇所か付いてる。
しかし、朝のウンチは見てるし、いつ付いたのか。
即、ズボン下とズボンも履き替えさせる。他にも、どこかに付いてるかもしれない。

夕食はサバのみぞれ煮。甘辛いしょう油味。冷凍物を湯煎するだけ。
これは一昨日にも食べていた。
ブロッコリーは地元産のを1房では無く、いくつか細かくなったのを袋に入れて安く売っていた。
普段は行かない農協のスーパー、Aコープで。
それとヒジキ入りの大豆の煮たもの。袋から出すだけ。
あとはいつもの汁物。マイタケ、エノキ、ほうれん草、豆腐、卵1個。

母はブロッコリーは食べない。うるさく言って2房ほど食べたけど。
残りは翌朝に食べさせる。
私のブロッコリーはこの倍くらい。

母は他は全て食べた。汁物のほうれん草などは、そばに立って「コレ食べろ。口に入れろ」とうるさく言って。
母に食後の薬とサプリを飲ませると、私はすぐに食器洗いにかかる。

それを終えてから、母に歯を洗わせて、トイレへ行かせて、パジャマに着替えさせる。
が、その段階になって、母は「食べるもんあらへんのか」
私が「さっき食べたとこやろ」と言っても、母は「私は何も食べてない」
これが毎度のパターンだ。

そして、翌7日(今日)の朝、便器にウンチの跡が。
母が早朝にしたようだ。前の方に座るので、床にオシッコを大量にこぼしてる事もあるし、ウンチをすれば、便器の水の溜まってるところより前に、すり落ちた跡が必ず付く。
つまり、結構な量のウンチが便器に付いてる。

当然のように、シャワーをした痕跡もない。すれば後方のパネルに飛沫の跡がある。
いつものように、ごくわずかな紙で拭いて、手にも付ける。
そして手も洗わない。
無限地獄ならぬ、無限不潔。無限汚い。

毎朝、オムツパンツを替えさせてるが(これが大変)今朝はウンチがベットリと付いてた。
わずかな紙で拭くと書いたけど、オシッコしても拭かない事もあるし、ウンチをしても、その直後にウンチした事すら覚えてない事もある。
Posted at 2012/04/07 13:35:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 認知症 | 暮らし/家族

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