
曇り後、豪雨と強風。
朝の時点では雨も降ってなかった。
今朝は町内の
「団地内清掃」と、初めての
「防災訓練」で、午前7時15分に集合だ。
先週の日曜日に予定されてたけど、雨で順延された。
昨夜、認知症の母がトイレに起きて来たのは午前2時前だったか。
私も早めに横になっていたものの、なかなか寝付けなかった。
いつもなら、ちょっと横になるだけで、すぐにうたた寝してしまうのに。やはり翌朝早くから集合という気になる事があると、寝られない。
もっと早く起きるつもりが、結局、目覚まし(携帯電話)は6時40分にセット。
その目覚ましが鳴る頃に、スピーカーでの広報が回ってきた。
朝食は清掃が終わる、9時以降にして、それまで母には待ってもらう。
最近の母は、夜が何時になっても、食事の事も言わなければ、布団を敷いて寝るわけでも無く、ただテレビを見てるだけ。
同様に朝も、先日のように、私が昼頃まで寝てても、母も同じように寝てるから、朝食が遅いとかはまるで気にしないというか、感じないのだろう。
問題はトイレである。私のいない間にウンチをして、わずかな紙で拭いて、手に付けて、その手であちこち触られたら。2日前のように。
今は、台所へのドアに鍵をかけてるから、かつてのように、トイレから出たら台所へ直行して、食器をいじったりする事が無い。
最悪の事態は母の部屋と、そこから出て、トイレ、風呂場への脱衣所までに限定される。
2階への階段はあるが、もうここ数ヶ月、2階へ上がってくる事も無い。
階段の上り口にいろいろ置いてあって、上がり辛く感じるようになってる。(手すり際に置いてある)
つまり、毎日のように郵便受けに入る、ダイレクトメールなどの郵便物を、後で見ようと、この階段の上り口に置いて、それが積み上がってるのだ。
6時50分頃、ちょうど部屋から出て来た母がトイレへ入り、そこで「ウンチしておけ」。
母はしばらくきばっていて、私が「ウンチ出たんか」と聞くと、
母は
「ちょこっと出た」と言う。
よしよし。ウォシュレットで入念にお尻を洗う。そして私が厚く取った紙を渡して、それでお尻を拭かせる。
ところが、立ち上がると、
何もしてないじゃないか。
チキショー!時間ばかり取りやがって。
続いて、私もトイレへ入り、大を試みるが、いつもする時間より大分早い事もあって、出ない。
もう時間が無い。慌てて作業ズボンに長袖に着替えて、出かける。
防災訓練は団地内の公園に集合。原則、1家族に1人だが(中には子供を連れて来てる人もいる)、その人数の多さには毎回ビックリする。今日は特に多いのでは。
こんなに多くの人が住んでるのか!と思ってしまう。
大震災が起きて、水も電気も止まって、こうしてここに大勢が物資を求めて集まってくる事がないように願いたい。
「防災倉庫の中の確認」と聞いてたけど、なんの事はない、公園に置いてある物置じゃないか。
簡易トイレや、自家発電機を紹介してたけど、この人数じゃ、とてもじゃないけど足らないと思うのだが。
この説明の途中で雨がパラ付き、
「以下省略」みたいに掃除にかかる。本来ならば、いつもの8時~9時前までが掃除の時間なのに、7時半過ぎからかかって、30分で切り上がるとか。
まぁ、台風が接近してるから仕方ない。来週への順延となると、連休もあって、行楽に出かける人が多いのか、もう防災訓練は無しの予定だった。
掃除は、私は道路と歩道の間のL字側溝の開所に詰まった枯葉なども取る。こういうところは、放射能が蓄積しやすい。こちら三重ではさほど心配はないと思われるが、微量ながら検出もされてる。
マスクをしてくればよかった。
8時頃になると、もうみんな帰って行く。団地入口付近の団地内の歩道際には、草が茫々。この辺にも多くの人がいたのに、何してたんだ。
結局、
私が一人で10mほどの区間の草を引く事に。
手渡されたビニール袋が満杯に重くなり、それを集合場所の公園まで持って行って、スポーツドリンクのボトルを受け取って帰る。
帰宅して、すぐにトイレを点検すると、スリッパの向きからして、朝、母が私の目の前でトイレに入ったきりのようだ。
私は汚れついでに、
庭の草を抜く。東側の庭には結構、背丈が伸びた草が茂ってるのだ。
この頃、9時前だけど、スピーカーで防災訓練パート2の案内。これは自由参加。
消防署員が来て、消化訓練とかするらしい。但し、隣の丁の公園で、少し遠い。
母がいなければ、この機会に見に行ってもいいんだが、諦める。
草引きは、800mm×650mmの45Lのビニール袋が満杯になる。
もうおおかた終わった頃に、
トイレのドアが開いた時に鳴る警報音に気付く。
裏庭から走って行き、慌てて玄関から入ると、母がトイレの前に立っていた。特に用もないのにトイレのドアを開け、その警報音に驚いて、そのまま部屋に戻ってしまう事もよくある。
今回もそう思えた。ところが、後で見ると、この時に既に中に入って、警報音が鳴り続ける中、
ウンチしてたのだ。
チキショー。さっきトイレの前に立ってたのは、出て来たところだったのか。
またしても、母が触ったと思える箇所をアルコールティッシュで拭きまくり、最後に部屋の布団の上でテレビを見てた母の指を点検。目視ではウンチは付いてない。
念の為、アルコールティッシュで母の右手の指を拭く。そして洗面所へ連れて行き、手を洗剤で洗わせる。
着替えをさせて、オムツパンツを脱がせて、
下半身裸のままトイレへ入らせ、ウォシュレットでお尻を洗う。出たら再び手を洗剤で洗わせる。
パンツと服を着させて、そのまま母の和室でテレビを見させておく。
私はその間に、汗ばんでるのでシャワーを浴びる。
そして朝食の支度。この頃から雨が降りだした。
朝食は10時半頃からだったか。
リンゴ1個を剥いて分け、母にはコーヒー牛乳、
お湯を入れるだけのインスタントの母はコーンスープ、私はピリッとしたカレースープを、
母はメロンパン、私はクルミ入りのロールパン。
魚ソーセージ、オレンジジュース、
母はヤクルトのプレティオ、私はミルミル。
もうお昼に近い朝食だが、いつものように昼食は抜き。
午後、母には暖めたスポーツドリンクを飲ませる。
台風の風雨のピークは夕方、午後5時~7時頃だったか。
最初の画像は午後5時の
XバンドMPレーダー(XRAIN)の雨雲画像。
当地方が真っ赤に表示されてる。
以下は猛烈な雨が横殴りに降る中での撮影だが、その雨はよくわからない。
アップにすると、とゆから水が溢れてるのが見える。
今回の強い台風17号は、ほとんど直撃コースだったが、かろうじて進行方向の右側を通ってくれたから、よかった。これが左回りの台風の風と、台風自身の進行する速度が重なる、左側に当地が位置してたら、もっと強烈な風が吹いていたはずだ。
夕方、少しうたた寝してしまい、夕食の支度は、今日も遅くなってしまった。
しかも、父の仏壇へ昨夜、供えたものを下げようと、母の和室へ行くと、またしても
母の室内履きのスリッパが無くなってる。
どこに隠したんだ。すぐにトイレに入れたのではと確認するが、そこには無い。
この後、これまでに隠した場所を捜し回るのだが無い。
タンスの引き出しの中、押入れの中、押入れの衣装ケースなどの中。
どこを捜しても無い。こうして毎回、違うところへ隠しては、人が捜し回るのを楽しんでるのか。
勿論、本人に聞いてもわからない。
「私はなんもさわってない」などとぬかす。
この捜索に時間を取られた。もうこのままほっておいて、食事の支度の続きをしようかと思った。
やっと見つかった。
スリッパは小物入れの引き出しの中。
ここは母のブラシやクシなどを入れてる。この2段目は、いつも寝る前に母のメガネを入れてるところ。空いてはいるのだが、まさかこんな小さな引き出しに入れるとは。
外はたとえ台風の豪雨や強風でも、相変わらず、母はスリッパを隠してる。
この後、この引き出しの中をアルコールティッシュで拭きまくったのは言うまでもない。
このスリッパは、母が和室から出たら、ずっと履いてるもので、時々、トイレの中にも入れるので汚い。
今回は、この後、いつもしてるように、和室を出たところに置いておく。
ところが、私が夕食の支度を終えて、母を呼びに行くと、
またしてもこのスリッパが無くなっており、今度は押入れのマットレスの上に乗せていた。
夕食は遅くなった事もあり、チャーハンにする。
ディサービスの日にはご飯を炊かないようにする為、調整の意味もあって。
これは生協でとった冷凍物で、レンジでチンするだけ。母の分は少なめにしてある。
野菜豆は袋から出すだけの98円を二人で分けてる。大豆、人参、ゴボウ、シイタケ、コンニャクなどが一緒に炊かれてある。
汁物はマイタケ1袋、エノキは1袋の半分を私専用に、母はエノキは歯に挟まるから食べない。
豆腐は1丁300g、ほうれん草は残り2株だけなので、小松菜を追加する。小松菜は堅いので、なるべく私が食べるように。
チャーハンに卵が入ってるので、今回は汁物には入れない。
生協から毎週6個入りを買ってるので、1日は卵無しになる。
母はチャーハンと大豆は食べた。この大豆なんか、甘い味付けなので食べるのだ。
そしていつも、ほとんど食べて、残り少しになると、
「私の分は、こんなちょこっとしかない」と言い出す。
お茶もそうだ。200ccのコップに3杯位飲む。飲んで、残り少しになると、「始めからこんだけしかなかった」とか。
私が「さっきから食べてる(飲んでる)やろ」と言っても、「い~や、私はちょっとも食べてない」
そして、いつものように汁物の中の野菜やマイタケ、豆腐は食べようとしない。
「食べろ」「食べろ」とうるさく言って、やっと食べさせた。
私はいつもより増量のモヤシ300g入りの袋を開けて、汁物のつゆの原液をかけて、ラップしてレンジでチンして食べた。
また小さなカップの納豆も、それだけで食べた。
母にはサプリはオレンジジュースで飲ませる。
私はオレンジジュースに牛乳を混ぜて飲んでる。
牛乳は母は朝にコーヒー牛乳で、私は夜に飲んでるのだ。
夕食を食べ始めたのは8時頃。食べ終えて、食器を洗って、母に歯磨きをさせて、トイレへ行かせて、パジャマに着替えさせたら、9時半頃だった。
母を寝かせ付けると、しばらくは布団に横になったまま、
「は~るよ来い、は~やく来い」の定番の歌を唄ってるが、このところ、すぐに寝てくれる。
但し、2時頃に一旦、起きてトイレへ行くと、以降は何度も頻繁に出て来てはトイレへ行ったり、ウロウロして、目が離せなくなる。
だから、
母を寝かせ付けた直後は、私はやれやれと一息付いて、
いつもここで
何かを食べてしまう。
今晩はヤクルトのジョア(乳酸飲料)、生協で取ったクリーミィーOBOROというカップ入りの豆腐120g。夕食時も、300gの絹こし豆腐のうち、5/14切れ位は母で、残りは私が食べてるのだが。
さらに、ノンオイルのツナ缶80g、DHCのダイエットデザート・カスタード味も食べた。
サプリでもDHAなどを飲んでる。
そして、すぐに歯を磨いてしまうから、夜中までダラダラと食べたりはしない。
今晩の夕食時に、テレビの
「大改造!劇的ビフォーアフター」で、脳梗塞で半身麻痺の母を一人で介護する娘が同居するため、実家を1700万かけて改造するのをやってた。
よくあんな金があるなと思うが、同時に、たとえ
体が不自由でも、頭がマトモだったら、どれだけ介護も楽かと思えてしまう。普通に会話が出来て、笑顔もあって、相手への配慮や、意思の疎通があるだけでも、どれだけありがたいか。
もし職場や家族に、すごい嘘つきで、いい加減で、何も覚えず、何度注意しても同じ事を繰り返して一切学習せず、手にウンチを付けて平気でいるような汚らしい人間がいたらどうだろう。
そんな人間とマトモに付き合える筈がないのだ。
夜、9時には台風の風も止み、星空が見えてる。
ガレージを点検し、裏庭(東側)へ行くと、なんと朝、庭の草を抜いて、満杯になった45Lのビニール袋を、口を開けたまま、
露天に忘れていた。雨が大量に入っていたと思える。
そして、裏の軒下に立てかけていたタライが風で飛んで、その中に水が溜まってる。
その深さは8cm近い。これだけの雨が降ったのだ。
