2009年09月25日
昨日に続いて一日の半分以上がお仕事の日でした
…がおとなしく自分だけの仕事をさせて貰えない便利屋の悲しさ
故に軽く苛立ってますが銀で幸せいっぱい胸いっぱい
財布の中は一杯ではありません深海ですおはようございますw
はてさて
銀プリ連の突発東京総会を突貫して帰ってきたのですが
※この話題はさておくとして(ってその内に書きますw)
いそいそとお仕事をこなしてきました昨日→今日
ほぼ12時間はデスクに座っていたのですがマ○ロ×とカンスーにまみれてまして
第一次リリースファイルがほぼ壊滅状態…なので修正しつつ
めげずに第2次リリースファイルをいじくり倒してました
やっぱり人は1人じゃダメなのねぇ…
とちょっと実感しながら帰ってきたわけで
夜空を眺めてたら徒然文を書き殴りたくなってしまった訳です
なので
以降長文駄文になると思われるので
お急ぎの方はここら辺で打ち切ることをお勧めしてます
いえいえ
お気になさらず…またのお越しをお待ちしてますよん♪
いやもう…そりゃあ暇で暇で
深海の駄文でも読んでないと時間もてあますわっ!
って諸氏諸兄いらっしゃいませ
…って何人かはカウントしませんが(爆)
で ですね
夜空を見上げながら帰り道思った訳ですよ
「あ~…世の中ってのはどうなってるんだろなぁ?」と
日本の政権が変わったとか北の某国がどうしたとか
本当に食糧危機ってのはあるんだろうかとか
亜米利加さんがちょっとこうるさいとか
そんな社会的なもんじゃあないんですよ
自分(って意識)と現実世界ってのと
何処で境界線引いたら良いんだろうか?って
私(ってあくまで私の主観で)ってのはこの現世に存在する事は
ほぼ確実だと思うんです(ほぼ…って保母さんは嫌いじゃないですがw)
『外界』ってのは私(の意識)に対して刺激を与えてくると同時に
その反応を受けもらさずに汲み取ってさらに
それに対しての反応を刺激として返して来るんだと思うんです
視覚だったり聴覚だったり…[五感]と言うものを通して
※股間じゃないですよw
その[五感]ってのは外界と内界(≒私)を繋ぐいわゆる『シナプス』みたいに
思えてならないんです
以前にもこんな趣旨でとち狂った駄文を書いた覚えがあるんですが…
まぁそんなに私に執着する人はここには居ないと仮定してw
ですが
当然…これを読んでらっしゃる暇人諸兄は存在するわけで
その感情や感覚といった内在するものに関しても否定するつもりはないんですよ
社会と言うこの世の中のシステムにおいて無視することはありえないし
で
その「内在するモノ」ってのは人それぞれ別個なモノであるにもかかわらず
言葉と言う文化によってある程度の共有が果たされてしまっている現代で
感じたまま(固有)の世界と言うのは存在し得ないかと言うとそうでもないんです
趣味嗜好が千差万別なことに代表されるように
個性というのは『人』というこの世に存在する生命体の一種でしかないのに
その個体数と等しく多岐に渡っているのではないかと思うんです
でも『実感』できるのは<私>と一人称で表される個人のフィルターを通して
処理された情報を分析したり思い返したり忘れたり…色々できるんです
鏡の向こう側にはこの世界と同じもの全てが入っている
鏡を境にして二つの世界は接しているのかも知れない?
科学を習って(いた今でもこんな馬鹿げた事思うんですたまにw)いない子供時代に
そんな事考えた事ありませんか?
なんとなくそれに近いのかなぁ…と思いながら星空を眺めた時
自分の中にも同じ尺度の宇宙が存在するのか?
とちょっと思ってしまったわけです
それにしても
書いてるうちに自分の言葉が変質していくのは
早送りでトマトが腐っていく画を見ている気分になるのは私だけですかね?w
ホント長文駄文すみません^^;
自分の語彙力のなさを晒してしまいますが…
書き連ねたかったわけでして
お付き合いいただいてありがとうございました♪
Posted at 2009/09/25 03:04:59 | |
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