
今日の宿は、立地は奈良公園内の春日大社の一位の鳥居の横。浮見堂や興福寺の五重塔まで300mと、抜群の立地で、ミシュランも獲得した老舗の宿。口コミがよくなかったので、若干心配しております😆
駐車場らしきものは無かったので、車で門を通り抜け建屋の敷地内へ。案内の誘導にて、玄関前に停めさせていただきます🤗
チェックインを済ますと、通されたのは清香庵と言う茶室。こちらで茶菓子と抹茶をいただきます。チェックイン後のもてなしで、茶室に通された宿は初めてでしょうか?
これだけで、また来たくなります😊
お部屋は、こちらの吉兆。本間と控えの間の二部屋が独立しているスタイル。ただ結局、控えの間は、荷物置き場となり、また相方のマッサージを受けている時の、私の控え場所として使われました😅本間から窓の外を見れば興福寺の五重塔の工事風景が見え、修復中でなければ五重塔に見入って、茶菓子でも食べていたでしょう🤣
部屋風呂は檜風呂でしょうか?この部屋風呂なら入りたい🥳むっちゃ快適空間☺️
早速、宿の付近を散策します。宿の四季亭から20mで、奈良公園の石碑と春日大社の一ノ鳥居🤗
横断歩道を渡れば興福寺。残念なことに五重塔は修復中。なので国宝館をゆっくり拝観致します。
奈良公園に戻り、神のお使いである鹿を眺め(昨日、十津川村で奈良県産の鹿を食べた事も思いだし😅)、春日大社に参拝し、宿の裏手にある浮見堂と、なんて素敵な散歩なのでしょう。前回、
春日大社を緑化した時は、奈良駅から何だかんだ2時間の徒歩の過酷な旅だった😅
汗をかいたので、宿の大浴場へ。数名が入れるくらいの小さな浴場で、温瀬ではありませんがゆったりと浸かれます。坪庭には竹があり、心が和みます。
レストランの入り口も和で統一。席は横並びです。宿の口コミでは、「横並びにする意味わからない!給仕しやすいから横並びなのでは?」と辛辣でしたが、目の前に広がる竹林を眺めることができ、納得な素敵な席の配置。まあ、同性の中年女同士の旅や老人男同士の旅だと、横並びは辛いかもね。
料理は美味しいし、そして興味深し。奈良盆地で美味しいウニが食べられるとは🤗大根の桂剥きの中に蝋燭が入っており、行燈みたい。どうやらこのお盆の時期の演出らしい。お刺身が来たと思えば、お皿は赤膚焼の東大寺平瓦😳東大寺の屋根の上にいる気分でしょうか?🤣和牛ステーキ、鯛の新生姜焼きに奈良漬と美味しく頂きました
実は、本日の夕食は、早めの時間となっておりました。その理由は、こちらの「なら燈花会」が19時から開催され、夕暮れから楽しむことを、宿の人に勧められたため。燈花とは蝋燭の先にできる花の形の蝋の塊のこと。これが出来ると縁起が良いらしい。古都奈良にふさわしく、心を癒してくれる蝋燭の灯りで照らされ、訪れた人が幸せになるように、1999年から夏の十日間だけ開催されております。
まずは昼間に散歩した浮見堂。灯火が揺らいでおり、古の世界に迷い込んだようです。ボートに乗れるようです。ただ、本日の分は既に売り切れ。
会場は浮見堂以外にも、興福寺、春日大社表参道、浮雲園地、国際フォーラム、東大寺と、無茶苦茶広い。しかも、各会場毎に趣向があリます
東大寺南大門はライトアップされております。しかも仁王像もライトアップ。こんなに、はっきりクッキリと仁王像を見たのは初めてかもしれない。迫力半端ないっす😊逆に日中は、仁王門の中の像は暗くて見難いですよね?
運慶が造った吽形(うんぎょう)像、快慶が造った阿形(あぎょう)像、まさに一人の仏師が作り上げたような、阿吽の呼吸ですね。ちなみに、サンスクリット語(梵語)では「あ」という音は、全く妨げのない状態で口を大きく開け発する音で、仏教では全ての言葉や現象の始まりを意味し、「うん」は口を閉じて発する物事の終わりを示す。よって阿吽は宇宙の始まりから終わりまでを表す言葉のようです
奈良駅とを結ぶ路線バスの大混雑を横目に、のんびりと古都奈良の夜を堪能です
朝食は地元の食材を取り入れた、日本らしい、そして美味です。
口コミでは、ミシュランがこの朝食なんてと文句を言う人がいますが、私はお気に入りですね。
この宿は私のお気に入りに登録され、再訪が決定致しました😊
奈良と言ったら、斑鳩の法隆寺に行かねばならないですね☺️
やってきました法隆寺です。こちらには日本最古の仁王像があります。ただオリジナルは塑像(そぞう:土を材料として造られた像)でしたが、風雨に晒され修繕に修繕を重ね、体が木彫りになっている所もあります。
拝観料は2000円!昨年の3月に1500円から値上げしたようです。
中に入ると、五重塔の前でボランティアの方が法隆寺の説明をしております。結構面白く、拝聴する価値は高いです😊
例えば、飛鳥時代の建築の特徴は、胴張り(柱の中央付近を太らせている)や卍崩し(手すりに部分の高欄に卍の形を崩して連続させたようなもの、大陸の建築文化の伝来を示す)などがあるとのこと。しかしながら飛鳥時代の建築物は法隆寺くらいしかなく、飛鳥建築とは法隆寺建築物の特徴でしかないらしい。
大講堂は、お坊さんの勉強場所であり、昔は100人くらいが学んでいたそうな。今では10人くらいであり、法隆寺の国宝の数より少ないとな🤭「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」という正岡子規が読んだ句がありますが、その鐘は小高い丘の上にある西円堂のものであるらしい(通説では、子規は法隆寺には来ておらず、東大寺の鐘の音なんですが)。
1997年にフランスと日本の記念行事の際、両国の国宝級美術品を相手国で展示することになり、その時選ばれたのが大宝蔵院に展示してある百済観音とのこと。代わりに日本で展示されたのは、ドラクロアの代表作である民衆を導く自由の女神。
それにしても、法隆寺は見どころが満載ですね
ちなみに、ここ法隆寺で奈良の観光名所巡りコンプです🤭
今日のお宿は須賀谷温泉。浅井長政の居城であった小谷城の麓です。浅井三姉妹のゆかりの湯、浅井長政が産湯を使ったらしいとの逸話があるようです。
茶褐色のお湯ですが、個性のあるお湯ではなく、ゆっくりと半露天風呂を楽しみます
夕食は半個室。お酒は七本槍大吟醸。七本槍は賤ヶ岳の戦いで、福島正則を筆頭とした加藤清正らを含めた活躍した7人。誠に美味しゅうございます。
琵琶湖の川海老、琵琶湖産の鮎の塩焼き、近江牛のロースとモモのしゃぶしゃぶ食べ比べ、葛餅入りの冷やしお汁粉と、地元の食材満載の美味しい料理です
翌朝、朝食前に小谷城へ。宿の人から小谷城散策を勧められ、また今なら車で近くまで行けるのを教えてもらえてました。
番所跡付近まで車で行き、あとは、山道をハイキング
江ゆかりの地のロケ地を横目に、本丸まで歩きます。小谷城は確かに攻められ難く、安心な感じがします。下界を眺める景色もよく、上から見下す優越感を感じる人がいるかもしれない。一方で、山に居ると山を下って下界に出るのは億劫になり、受け身になりそう。秀吉が小谷城でなく、長浜に居を構えた理由がわかる気がします。
遠くに見えるは、織田軍が浅井浅倉軍に勝利した姉川の合戦城のあたりでしょう。さらに奥には関ヶ原の合戦場付近かな?
朝風呂で汗を流し、朝食です。仕切りは帯でしょうか?なかなか面白いアイデアですね。
お味も美味しゅうございます。豆乳鍋は、火を入れ固まるのを待つのも楽しい。
さ〜て帰りますか。
途中、多賀大社によります。奈良時代に元正天皇が病で倒れられたとき、多賀大社の神主がシデの木で作った杓子を作り、強飯を添えて献上したところ、天皇はたちまち体調が回復したそうな。信仰が厚かった豊臣秀吉は、母である大政所の延命を、「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と祈願し、成就したため米一万石を奉納したそうな。
なので、このお多賀杓子を撫でると病が治るそうです。ちなみに、このお多賀杓子の形がおたまじゃくしに似ており、お多賀杓子の呼び名がカエルの幼生の名前になったそうな。
安土城は入口まで来ましたが、700円の入場料と往復90分なので、諦めます。今度ゆっくりと時間がある時にしましょう
あとは、恒例の刈谷SAでのえびせん購入。いや〜今回は6000円超えてしまいました😅
裏稼業のハイドラの方はと言うと、東海道53次宿場、三重県と奈良県の観光名所巡り、日本一の湖一周バッジを無事ゲットです🤭