2022年09月17日
前回のブログで、14歳の頃に書いたものが月刊誌に載っていたことがあると書きましたが、
一番最初にその月刊誌に出されたものは、私が13歳の頃に学校に提出した冬休みの宿題でした。
学校の先生が私に内緒でだしてしまったせいか、それだけ名前が違うんです。その載せられていた名前は、その頃先生が私を呼んでいたあだ名で、私の親には許可をとっていたらしいですが、初めて雑誌をみたときは、かなり恥ずかしくて、本当に嫌でたまりませんでした。
雑誌がそろうと、後ろのページを読めば、同じ人が書いてるとわかってしまうのですが、このあだ名を知られたくないから、最初のものは、私が書いたものじゃないよ!と、親にも知らんぷりしたいくらい、恥ずかしいあだ名だったんです。
そして、また新しいことに気づきます。
古本屋さんで、その雑誌の20周年記念特集号というものをみつけて、
今までの20年で掲載された(約10ⅹ12ヶ月×20年)なかで、編集長←とても有名な人です。
が選んだ、心に残った20の文章みたいな特集だったので、すごく読んでみたくて買ったんです。
それを今日読んで、そこにその13歳の頃に書いていたものが載っていて、とても驚いたんです。
20年のなかから20人なので、他にも連絡がとれなかった人がいたみたいで、
これを読まれましたら編集部まで、ご一報くださいとかかれていました。
初めて掲載された年から、6年後の雑誌でした。
泣きながらえらんだので泣き疲れてしまったとも書かれていて、、
その頃の私は、ホテルに閉じ込められていたようなものでしたから仕方がないのですが、
その編集長が、また新たに違う感想も書いてくれていたというのに、今頃知っても「ありがとうございました」と、手紙を書くこともできないことに、またまた泣いてしまいました。たくさんニュースになっていましたが、もう亡くなってしまっているのです。
本当にこの雑誌がすべての始まりでした。
私が知ってからの2代目までやらせていただいたお仕事、終わってからも4代目までもずっと縛られていた私を、解放してくれたのが5代目のとき。最初から説明されていたし理由はわかっているのですが、それまで、その国に入ることは許されませんでした。
今年私は、1月からずっと何かに「待て」と言われているような気がしてなりませんでした。
ありえない数の待て待て待ての連続で、このまま行くと何もしない一年になりそうなんです。
でも、とにかく、今までずっと気づかなかったことに、本当に本当にたくさん気づいていくんです。
去年が、
自分の生き方を変えてしまうくらいの衝撃的な1年だったとすると、今年は、自分の人生をふりかえりながら、自分を幸せにしてくれていたものに気づかされる年になっている、そう思えてならないんです。
走り続けてばかりいては気づけない大切なものに、私が全て気づくまでとめられているみたいな。
私に人生のあしながおじさんがいたりして、
そしてその正体まで最後にはわかってしまいそうな、そんな2022年のズグロンでした。
Posted at 2022/09/17 23:56:32 | |
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