2019年11月21日
今から約10年前、私は卵巣嚢腫という病気で手術をしました。
2002年の初めてのお産の後、一ヶ月検診で卵巣が腫れていると言われましたが、その後直ぐにもとの大きさに戻ります。
通院の必要もないと言われ安心していたところ、2007年秋の健康診断で卵巣嚢腫が発見される。
女性にはよく出来る腫瘍で、卵巣にできるニキビみたいなものです。
中身が、水だったり、血液だったり、ブラックジャックのピノコが誕生するみたいに骨とか髪の毛とかが入っている人もいるらしい。
私のはひたすら液体。
小さいので自然に治る場合もあるし、7センチをこえるようなら手術になるが、それまでは経過観察と言われる。
海外の医師にもたくさんみてもらいましたが、ほとんど同じ意見でした。
実際生活に何も問題がなく、普通と変わりませんし自覚症状もありませんでした。運動もガンガンしていたしね(^^;
若いお嬢さんたちにもよくみられる腫瘍ですが、エコーやCTをしないと発見されないので、だいたいの人は知らず知らず大きくなり、痛み等で初めて病院へ、それで直ぐに手術になる病です。
それから毎月診察をうけて、5ミリずつくらい?ゆるやかに大きくなっていきました。
ところが、2009年冬に検診にいったら、その腫瘍が15センチにまで大きくなり、1リットルをこえる量になっていました。(5センチくらいだと思ってた)
これはもう、今直ぐに手術と言われてしまいました。
私が日本で通っていた病院は日本で御三家なんて言われる病院で、婦人科の先生もとても素晴らしい先生ばかりでしたが、手術計画書をみると、海外の主治医たちとは違い、10センチを切る開腹手術になることがわかりました。
10年前、日本ではまだ腹腔鏡があまり取り入れられてなく、
出来る病院も限られ、また医師一人の経験実績も少ないものでした。
米国の医師が書いてくれた手術計画書をもって、友人達がすすめる病院をまわりましたが、やはりそれをしてくれる医師はみつからず、皆開腹で一週間の入院を提案されました。
困っていたところ、米国やシンガポールの医師に相談して出てきたのがドクターTでした。海外での手術も考えましたが、万が一なにかあったら母国で死にたいと思っていたので、何とか日本で探したかったのです。
ドクターTが院長をしている病院は、もともと候補にありましたが、院長の診察予約待ちで後回しになっていただけなので、
あーやっぱりと思いました。
直ぐに診察、「私は今、仕事を連日では3日以上休むことができません。この術式をやってくれて、3日以内に私を退院させてくれる病院を探しています。やはり、無理でしょうか?」
院長「やりましょう。大丈夫です。」
凄い即断で、会話をしていても、真意を読み取る能力みたいなものを感じて、全てを語らなくても会話が成り立つ心地よさを感じて、一番リラックスした診察だったことを昨日のように覚えています。
それからは何故か病気の話しからはそれて、ロサンゼルスや海外の話しになり、あれ?いいのかしらと思いながら、手術日をむかえました。
願いをかなえてもらえた恩。自尊心のようなものを守ってもらえた出来事は、後に私に誇りのようなものを与える。
そして、そして!術後一番驚いたこと、、海外医師たちの手術計画書より、傷が小さすぎる!
凄いよ日本!とバカみたいに思ってしまいました(笑)
5ミリ2箇所、1センチ一ヶ所のみ。(今では傷跡がどこか私でもわからない。)
また、卵巣腫瘍は悪性、良性と判断が難しいので、院長先生自身もその検査をしてくれたそうで、ダブルチェックでの良性判断になった。
感謝とかいうような気持ちではなかった。
人生というか、全てに衝撃を与えられた出会いだった。
Posted at 2019/11/21 06:22:16 | |
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2019年11月17日
救急でみてもらってから「命に関わる」とさんざん言われて、歩けますよと言っても、ずっと車イスで検査室へも移動「自宅はここから車で5分なので30分だけ家に帰りたい」も許可してもらえず、入院しましたが、、、、
この病院は外装も内装もリフォームしたばかりで、とても綺麗。
病室は新築のビジネスホテルみたいな感じでまあまあ快適。
アメニティも、外資系ホテルなみにシャンプー等全てRENでタオル類も天然で肌触りにこだわりましたみたいな感じ、パジャマもレンタルできて、家に帰れなくても済む設備。
入院した日に、食べ物の好き嫌いを聞かれ、食べれないものを4種伝える。+料金で食事をアップグレード出来るというので頼む。
食欲も全くなく、食べたくないからこそ、ちょっとでも食べれそうなものが出てくることを期待して。
おかゆ、白米の希望を聞かれ、ずっと食べてないのでもちろんおかゆを。
また、食欲がない人はご飯を半分にして、軽いフルーツに出来るというのでそれも。
早朝入院で昼から希望通りに出来るとのこと、ずっと食べていなかったのですが、鎮痛剤がきいてきて少し食べれるかもと思いながら眠りました。
昼ご飯で起こされる。
白米、最初に伝えた食べれないもの、食べれないもの、一口分のお魚
えーーー⁉と思いながらも、食欲もないので一口分のお魚だけを食べる。白米はやっぱりちょっと無理そう。
食器を下げにきた看護婦さんに、おかゆを頼んでいることを伝える。
夜からはと言われる。
夜ご飯、なぜまた白米⁉、無理そうなので全残し、食器を下げに来たときに次はどうかおかゆをとお願いする。
次の日、やっぱり白米(涙)何度お粥を希望しても白米。
そして、そういえば最初に希望したフルーツは?アップグレードは?
あの、私って食事制限されてますか?と聞くと、いいえ、お見舞いの食品や何を食べても大丈夫ですよと言われる。
(だ、だよね、普通、白米食べたくてもお粥と言われることはあっても逆はないよね(^^;)
二日目も3食全て白米で、もはやこの病院でお粥とフルーツは出ないと思い、差し入れを頼む。
医師「たくさん食べてとにかく体力つけないと!」
私(・・;)はあ、でも食べれるものは出してくれないんです。ずっとね、と思う)
その夜、明日からアップグレードに出来ます。でもアップグレードにすると希望のお粥は出来ないですけど大丈夫ですか?と言われる。
(・・;)(・・;)(・・;)
お粥、一回もだしてくれなかったのに?それ言う?
「大丈夫です、だって二日間お粥一回も出してもらえなかったから。」と、言っちゃった!(^^;
だって、痛み止めがきいて二日目からグーグー腹ヘリハラだったんだもの。ずっと食べてないからお粥からにしたいじゃない(>_<)
私、今まで、みんカラであしあととかついてたこと、めったにありません。
要するに視聴率メチャメチャ低いです。だから許してくれるよね突っ込んでも(笑)
そこは救命救急センター、医師たちは毎日毎日、必死で命を助けている。
私のことも、病院に入ったときから、内科医、婦人科医、救急医がそれぞれ本当に真剣に、必死でみてくれた。
皆、丁寧で優しく、テキパキとしていて、誠実だった。
だからごめんなさい!(>_<)食べ物なんかで突っ込んで!(>_<)
決して、ご飯を根にもって転院したんじゃないですからね(>_<)
Posted at 2019/11/17 23:18:11 | |
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2019年11月17日
ずっと無理をしていることには気づいていたけど、、、
約束ややるべきことがあると、どんなに熱があっても冷や汗がタラタラに出るほどお腹がいたくても、誰にも気づかれないようにずっと頑張ってしまう。
多分アドレナリンがでて、やるべきことの前では痛みや熱すら自覚できなくなってきてしまうみたい。
それが絶対に守らなくてはいけない重要なことじゃなくても、例えばかなり図々しい人?とかに、またか!って思いながら頼まれたことであっても、遊びであっても。
「バカか!走れメロスか!命懸けか!」と皆に突っ込まれるくらいに、まさにそのように肉体を置き去りにして約束は絶対に守るよう頑張ってしまう。
でも、、、、
結局、人生で三回(今回三回め)、よくここまで我慢しましたね!もう限界だったでしょう、、等と言われ緊急入院し、結果迷惑をかけてしまうという生き方をしてしまう大バカな私(涙)
何故、人に頼らない!
と、いつも叱られるけど、だって、他人のことを背負うことがどれほど大変か身をもってよくわかってるもの、頼れないよ(涙)
ということで、痛みを2週間以上我慢しどんどん悪化、痛みだけじゃなく、高熱がでてきたのに熱の自覚症状なし。流石にもうと思って、近所の大きな救急病院へ。
そのまま緊急入院になりました。
が、私が日本の医師で最も尊敬する先生が院長先生をしている病院で治療をうけることにして、救急病院は3泊4日で退院、今はそこに入院してます。
明日、院長先生の手術。
眠れないから久しぶりにブログ書いちゃいました。
Posted at 2019/11/17 22:14:35 | |
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