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ズグロンのブログ一覧

2025年07月07日 イイね!

誤った祈り

今年は死者の無念にだけ寄り添ってきた半年でした。

そして、いわゆる「鬱」症状が続いてしまい、最終的には生きるためにすることが何もかも面倒くさいという状態になってしまいました。

今までは、みんなが3日でやることを一日でやってしまうくらい、アドレナリンが過剰に出てずっと覚醒状態がつづき絶え間なく活動してしまうことが多かった私が、以前なら10分もあれば出来ていたことがとても大変なことに思えて、長い時間をかけてやっと終わらせるような状態に。
そして終わらせる度にとても疲れてしまい、横になっては「なんて毎日やらなきゃいけないことがたくさんあるんだろう、明日も明後日もずっとやらなきゃいけないなんて、凄く面倒くさいな、もう本当に疲れちゃったな」となってしまっていたんです。
ベットから仏壇の花をみてると、術後に入院していたときの体みたいに感じて、それがもう永遠に続くみたいに思えました。

日本から出ていくつもりだったのに、体がつらくて動けない、でもこれ以上日本にいたらどんどん悪化してもっと動けなくなってしまう、せめて地方のホテルに、、、と思うのに、そんな旅行用の泊まりの支度すら引っ越しくらいに大変なことに感じて、どんどんひきこもり続けるという悪循環のなかから抜け出せないでいました。

そんななかで救われていたのが、寝ているときにみる夢でした。

不思議なことですが、眠るたびにずっと忘れていた昔大好きだった人達が1日毎にでてくるんです。

辛いとき悲しいとき、そのまま寝たとしても、みる夢全てが、あたたかく、明るく、楽しかった昔の1日の続きだったんです。

「どうして突然出てきたんだろう、何かその人からのメッセージかな?」なんて最初は考えましたが、あまりにも毎日一人ずつたくさん出てくるので、これは仏壇からの贈り物ではないかと思い始めたんです。

蛇のこんな姿をベットから見あげると、


花は夢の実で、へび達が毎日一つずつ優しい夢に変えてくれているようにも感じました。


私は今年1月から死者たちの無念の報復を仏壇に誓っていました。
憎しみを大きく育てて、私の願いもどんどん邪悪なものになっていきました。

昔、ずっと言われてきた、人を救うために生まれた命すら恨めしく、生きることで人間と言う悪を少しでも救うことになるなら、もう死んでしまえばいい、、とすら思い始めていました。


だけど、金曜日のことです。
前の日に見た夢を思い出しながら、マイ・ビューティフル・プレイスを何度も聴いていたら、懐かしい日本中の田舎の風景とそこでたくさんの人達と触れ合ってきた思い出がうかんできました。

そして、突然はっと気づいたんです。

どうして私は、寄り添っているのが自分だけだと思っていたんだろう。

許せなかったのは私、
憎んでいたのも私、
報復をしたかったのも私で、

死者はいつも優しいメッセージだけを私にくれていたのに、私が私の痛みと憎しみを放ち、自分の苦しみに死者を寄り添わせていた。

なんて酷いことをしていたんだろう。

初めて仏壇を作った日から、死者が生きているときに出会えなかった「たくさんの素敵」をみつけて、いっぱい供えてあげようと、ずっとそうしてきたはずなのに。

良いとこ探しが得意な私には、誰よりもそれができると思っていたのに。

今まで、共感はいつだって一方通行なんかじゃなかった。
たくさんの人が私の気持ちに共感してくれて、それが大きな力となり奇跡を起こし、たくさんのことを解決することができてきたんじゃないか。

私がこの数ヶ月、願ってしまったことの罪深さよ。

「もう二度と苦しまなくていいんだよ」って、この胸に抱きしめてきた人達の前で憎しみを放ち報復を誓うなんて。

昔、世界の謎を解きたいと願ったとき、その国の宝はその国が正しく守り、その国が正しく使わなければ、その国の民は幸せになれないんだと思った。

私に与えられたものも、そのように考えるなら、私は使い方を間違っていた。

自分を不幸にするだけならまだしも、あんなに優しいメッセージをリレーのように感じさせてくれた死者達に憎しみを放つなんて、なんて許されないくらいに愚かなことをしてきたんだろう。

どうして私は、自分に与えられたものを素直に受け入れて正しく使ってこなかったんだろう。

どうして、一番幸せにしたかった者たちに悲しみや苦しみを与えてしまったんだろう。

自分の苦しみより相手の苦しみの方が苦しいように、

供養というものもまた、お互いに「愛」で結ばれた関係なんだ。


ごめんなさい
本当にごめんなさい

私は、「私が間違っていました」と心から詫びていました。

その涙は、今まで私が流してきた涙とは全く違う種類のものに感じていました。
この感情は何でしょうか。

そして明日からの土日は、必ず「素敵なもの探し」にでかけてお供えをしたいと思いました。
Posted at 2025/07/07 21:28:03 | コメント(0) | トラックバック(0)
2025年07月04日 イイね!

マイ・ビューティフル・プレイス

昨夜は飯島真理さんのマイ・ビューティフル・プレイスを何度も聴きたい夜でした。

https://youtu.be/ujDpNojV3Z4?feature=shared

仏壇のクレマチス(精神の美、旅人の喜び)があんまりにも幸せそうで、







クレマチスのような花に生まれ変わって、地球を生きてみたいと思ったからでした。

この曲は小学生くらいの頃から、戦死した人たちを想ってよく聴いていた曲ですが、私が死ぬ時もこれを聴きながら「いつかきっと帰るだろう」と自分が生まれ変わる姿を想像しながら死にたいなと思っていた曲でもありました。


今年も買い続けてしまったヒペリカム。
6月13日に買った8代目がすべて黒くなってしまい、7月2日に探しにいった近所のお花屋さんでクレマチスに出会ってしまったのでした。

クラッシックなカーネーションの花束が、
 
美しいまま仏壇にいるので、新しいお花を買うつもりはなかったのですが、ブルー紫のクレマチスしか見たことなかった私は、このクレマチス達に完全に魅了されてしまったのです。

幸せ色の2種のガーベラ(希望、常に前進)アキレア ピーチセダクション(戦い、勇敢)を入れてこんな花束を


花にはいつも自分が向きたい方向があって、私が完成させたい場所や方向に固定しようとすると本当に元気がなくなるので、なるべく一度自由に動かせてみるのですが、こんなふうに横に広がってるときは壁画のように美しいです。


8代目ヒペリカムの隣にならべると、クレマチスが乗り物で回転している遊具にも見えますよ。



「マイ・ビューティフル・プレイス」は、アニメ超時空要塞マクロスの歌ですが、花言葉が戦を連想させるもので、マクロスも戦争の話なので急に聴きたくなったのかもしれません。同じCDに入っている「愛は流れる」では、はっきり戦(いくさ)と歌われていますしね。

https://youtu.be/BTHcY_jumyE?feature=shared


地球が優しさで満たされることなんてあるのかな。

今はそんなの信じられないから、人間に生まれ変わるのだけはやっぱり嫌だな。

Posted at 2025/07/04 04:46:48 | コメント(0) | トラックバック(0)
2025年07月02日 イイね!

無駄

6月28日、仏壇のお花がこの中の撫子だけを残して枯れてしまったのでいつもの近所の日比谷花壇へ。



と言ってもここから1週間がすぎて撫子もかなりくすんでしまっています。
くすんだ撫子を入れてとなるとお花選びがちょっと難しいなと思っていたら、とってもクラッシックしている素敵なカーネーション(ウェイブスリル)をみつけました。

真っ白なスガビオサ(無からの出発)をいれて、

こんな花束を作りました。

いつもなら作ったその日に写真を撮るのですが、この日はいろんなことがありすぎて撮ることができず、これは4日後の写真です。

なので撫子がもう限界に色を失っていて、今日はお花の組み替えなのです。


このシモツケというお花の花言葉(無駄)の由来を知ったときから、


(シモツケ 花言葉で検索するとでてきます)



自分と重ねて、特別な思いで仏壇に飾っていたので、花を失ったあとでも捨てることが出来ず、シモツケは緑だけのまま3回目の花束になります。
無駄だった無念を、無からの出発をしていくスガビオサは、どう受け止めてくれるでしょうか。



このクラッシックなカーネーションが、全ての感情も出来事も、それは昔々のお話です、、と語り継いでいくように見えます。


哲学のスガビオサステラータは、ピンクのスプレーバラさんを失って、長老のプルプレアシルバーと一緒に。


今度は悟りの世界に行くようですね。



そして終わりが近い撫子さんは、あの不思議な紫陽花さんと一緒に。


紫陽花さんももう限界かもしれませんが、そのときはどうか撫子も一緒に連れて行って。


Posted at 2025/07/02 11:12:48 | コメント(0) | トラックバック(0)
2025年06月26日 イイね!

八つ当たり

23日、これからの日本にとって一番重要な、何としても改善し日本全体で守っていかなくてはいけないと思っている組織に八つ当たりをしてしまいました。
たまってしまった私の怒りは、この人たちのせいじゃないってわかっているのに。

この頃、地球儀に手をあてると、昔よりずっと怒りと悲しみ、そして憎しみでいっぱいです。

それは、歴史を背負い、強い志しを持ち、なんとか世界のバランスを保ってきた老人たちが死んでしまったから?

老人たちが言っていました。
「怒りと悲しみを放置すると憎しみが育つ。憎しみを消すことは難しいが、本物の共感は怒りを鎮め悲しみを癒すことができる。」

その通りだ。

辛かったね、ひどいね!ゆるせないね!!

って、誰かが自分のためにムキになってくれたり、心から寄り添ってくれるだけで、どれだけ人は救われることか。

だけど世界は鈍感で溢れている。

そしてわが国の鈍感ぶりはかなりのレベル。

これからも冷静を美として行くならば、これからもそれは変わらないだろう。


どんな政治家が必要か?と、よく海外の人たちに聞かれてきたが、私の答えはいつも同じだった。

そのものの役目を果たさせてあげることができる者。

私は、利権とか正直どうでもいい。
お金や権力に群がりたいなら群がればいいし、しがみつきたいならしがみつけばいい。

だけど、人という宝を横領したり無駄にすることは許せない。

国民のために働く公務員を国は全力で守る。公務員は、なぜ自分たちがそんなに守られているのかを問い続け公務員が果たす役目を自覚し、それを全うする。

たったそれだけのことで、どれだけの国民が幸せになれるか。

公務員だけじゃなく、全ての人がただ自分の役目を自覚し守ることで、どれだけ国を変えることができただろうか。

今の日本は国民全員が何かに脅かされ役目を全うできないでいる国。
いったい誰がこんなにもたくさんの人をとめてしまえるのか。

昔は、どんなに自分が欲にまみれても、国にとってマイナスになることはしないという一線があったけど、今はそれを軽く越えてしまえるんだね。


選挙が始まるといつも具合が悪くなる。
全ての政治家が、選挙より国民のために頭を使い力を尽くしてくれたら、きっと救われる命がたくさんあっただろうにと虚しくなるし、仕事として一番必死で頑張るのが選挙だなんて、永遠にゴールがない受験戦争をみんなでしているみたいで絶望してしまう。

せめて後に、優秀な人材や志あふれる者を必死で探し、ふさわしい場所においていてくれさえしたら、国のためになり、自分たちだってずっと安泰だったろうに。

私は政治の話は日本人とあまりしたことがないので、するとしたらほとんど中東とヨーロッパの話で、だからそっちを考えることが多かったのですが、この頃はそこに米国、中国が深く関わり、みんなの意見も割れてきていました。
日本があまり話題にならないなかで、日本に関心が向くときは、あることが大きく動くということなので、それだけは逃してほしくなかったです。

このときだけは、がっちり関わり応援しようと思っていたので。

私は、経済とは感情の動きそのものであり、感情を可視化したものが経済だと教わってきました。
どっちが先論争は意味がなく絶対に感情が先だと。

ですから、経済のお題がでるときに私が振り返るものは、それに関わる国の感情の動きだけでした。
まあ、その感情の動きには、あらゆるものが関係するので、それだけはずっと追い続け覚えていないとだめなんですけどね。(というかそれを無視することができないように最初から私にはプログラムされていた。)

世界中の感情を無視できず、ずっと苦しかったから、世界の経済が優しく動くことをずっと願ってきました。

日本人は、世界の人と感情をぶつけ合いながら討論ができますか?
自分と相手の感情に鈍感では、経済はいつまでも受け身でしかないですし、本当に感情が動かされたら人は冷静でなどいられません。人の感情を動かすことができるのは、やはり抑えられないほどの自分の感情だけであり、冷静が必要なのは契約書にサインするときくらいでは。

また、投資とはマイナス感情でするものではなくプラス感情でするものだと教わりました。
この法則は長くなるので別のときに書こうと思いますが、それについても今年のマイナス感情投資の多さに具合が悪くなってしまったみたいです。(あ、私は深い理由があって禁止されているので投資はできませんけど。)

だって、それって、感情に鈍感だという証明だから。

まとまりのない文章になりましたが、要するに私は弱ってしまい、体調がかなり悪く逆ギレや八つ当たりを繰り返し、みっともなく生きているということです。

戦っている人、
寄り添ってくれている誰か、
仏壇の死者たちに、

本当に申し訳なく思っています。
Posted at 2025/06/26 19:30:12 | コメント(0) | トラックバック(0)
2025年06月26日 イイね!

6月の仏壇のお花たち

6月6日から哲学を語り合っていたスガビオサステラータとスプレーバラ


6月16日にはバラの葉に隠れていた子どもたちが討論に馴れて自信をつけてきたのか顔を出し始めました。


6月20日今度はバラの中が紫色に。


共存共栄という言葉がぴったりです。


そして、クララのガーベラが枯れて2本だけになってしまったので、お花屋さんに行くと、とても似合いそう薄紫のダイアンサス(撫子)ラフィーネ ピアがあったので一緒にしてあげました。


この日みつけた珍しいヒマワリ
八重まるこ


巨人の世界のたんぽぽ?


卵黄だけで作ったふわふわパンケーキ?


朝起きて見上げていると、私専用の太陽みたいで、ずっと見守られながらエネルギーをもらえているみたいでした。

6月22日、クララのガーベラが全て枯れて撫子だけになったので、撫子に似合いそうな白いお花を探しに行くと、、、

白い芍薬が一本だけありました。
「多分今年最後の芍薬です」と。

白いカーネーション、白いシモツケ、撫子に似合いそうなピンクのバラでこんな花束を。





23日、芍薬が開くと、中にバラと撫子が合体したようなピンク紫が。


そして24日、こんなに開いた芍薬は


バラさんをぎゅっと抱きしめるのでした。




私はこんなにも醜い心で生きているのに、そんな人間のそばでも花は花の役割りを果たしているのでしょうか。
それとも、、、

お店にいるときより、仏壇にきてからの方がいつも美しく咲く花たち。
生まれ変わっていつも誰かがそばにいてくれるようで、花をみると「ごめんなさい」という気持ちでいっぱいになるのでした。
Posted at 2025/06/26 19:03:46 | コメント(0) | トラックバック(0)

プロフィール

「@insect12 おめでとうございます!
私がその日に生まれていたら真剣にTOTOに就活してたと思います。トイレは今も世界中から褒められる日本の宝の一つですが、0→1が得意な米国と1→10が得意な日本が繋がり人々を幸せにできた証明です。全ての国が宝を取り戻す日にしたい(^ν^)」
何シテル?   10/10 15:44
よろしくお願いします。
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