さて今日はまた、名和へ行きます、そうまたかとお思いでしょうが、今日は2人で、それも女性との旅となれば否応なしにテンション上がります。
んなもんで張り切り過ぎて、集合場所の安来の道の駅「あらエッサ」には大分早く到着して我ながら恥ずかしいです。随分待った挙句彼女が到着したのは定刻より1分遅れ(笑)
なにかダンディーな方がゼッツー似のバイクでお入りになられます、意外とボーイッシュな感じで遠目に男と見分けがつきません。
挨拶を交わし早速私の先導でスタート。小さいバイクが先に走っている方が見た目が良いです。
集合時間が11時だったもので直ぐお昼。いつものコースで、県境から高速に乗り途中で降りて淀江のレッドバロンの辺りから国道9号線に乗ります。暫く走り、いつものラーメンさくらの駐車場に入ります。

彼女の愛車はゼファー750、2004年型。あれこれ改造がしてあります。フロントブレーキはブレンボスタビ装着。オイルクーラーも変えてるような。エンジンガード。マフラーはストライカーに換装。
マフラー変えたのはかなり効いてるようで跨って左右に振ったら意外と軽さを感じました。前乗ったTRX850より軽く感じた程。本来TRXの方が軽いはずなのです。
ここで今回の相棒カナさんがラーメン店の定休日の表示に気付きました。
な・な・なんと今週は火曜日が休みかい、毎週月曜と思い込んでた私が馬鹿でした。
しょうがないので気を取り直して名和のうどん屋へでも行くかと、もうひと走りしてうどん屋へ行ってうどんをすすりながら世間話をしました。
出る時「ここは俺が払います、走ってる時、いいとこ見せると死んじゃうので、せめてここでいいとこ見せます」 は バカ受け(笑)
そこからは始めての道を走って名和神社駐車場に到着。参拝に関しては彼女は凄く礼儀正しく驚きました。本殿に向かうまでに何回か拝礼しまして、信仰心のない私は面食らいます。お手水の作法などいい加減なもので恥ずかしい限りです。
さて神社を出て、この真っすぐな坂道を降りると、左に名和駅、踏切渡ったすぐ先の陸橋が撮影スポットだよと説明し、ゆっくり降りて行きます。
今回、わき役のルネッサは陸橋の端っこにとめて待ちますと、彼女が行き過ぎてルネの近くまで行くので一旦止め、そこから転倒しないよう注意して中央付近まで後ろを引っ張って移動します。
そこで撮影。いつもの風景ですが、バイクと人物が違います(笑)

私もその場にいたという証拠写真(笑)
そこから坂を下りて右折して少し走って後醍醐天皇御着船所の前で止まります。

さんざん来ている私はもう真面目に写真撮る気がありませんの図
由緒正しい家柄のお宅のお名前は
ねぐら、と読むそうです。ネクラでなくて良かった←オイっ
この命名は後醍醐自らという事だそうです。前回、そして今回ご親切に近所の奥さんが教えて下さいました。郷土愛に溢れた方です。
さて事前に調べておいたたい焼き屋さんでたい焼きを買います。
そこからぐるっと回って海岸線に出まして今度は後醍醐天皇のお腰掛けの岩で記念撮影です。
マスクしてたら美人が台無しだからとマスク外してもらい撮影。
バイクも一緒に
次はその近くのアーチスティックな壁画の前で撮影
その海辺で2人して先ほどのたい焼きを食べました。
そこから再び今来た道を引き返し神社を通り過ぎ、畑の中程にある3人5輪へ行きます。
地元出身で後醍醐の警護を務めた名和長年とその息子の墓です。長年は京の都で足利尊氏軍に攻められ陣没しています。
次は長鋼寺、名和一族郎党の墓です。例によって寺の裏山を登って向かいます。
随分荒れ果てていました。これは名和長年が後醍醐を援け、船上山で幕府軍と戦った時に戦死した武士の墓で全てが五輪塔です(その数200とも300とも言われています)。しかし発見されたのは昭和5年、近くのお百姓が見つけ掘り出されたものだそうです。足利軍に墓を荒らされるのを恐れて土中に埋められたものと推測されます。
さてさて彼女にとって南北朝時代の退屈な史跡巡りもいよいよここで終わり、帰りは9号線を使ってまったりと安来まで帰りました。女性とのツーリングは華があって良いものと痛感しました。心配していた、上滑りもなく短いながらも淡々とした工程はそれなりの出来でした。
最高気温 22℃ 微風 走行距離 76キロ
Posted at 2020/10/21 21:01:23 | |
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プチツーリング | 日記