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とりつきいver.2のブログ一覧

2017年08月28日 イイね!

2017年8月21日 和歌山県和歌山市 和歌山電鐵貴志川線 伊太祈曽駅

2017年8月21日 和歌山県和歌山市 和歌山電鐵貴志川線 伊太祈曽駅鉄道路線・駅巡りです。

残暑厳しい去る8月21日、ドライブ&乗り鉄にて和歌山電鐵貴志川線伊太祈曽(いだきそ)貴志(きし)を訪れてみました。



和歌山電鐵貴志川線とは和歌山駅から東に延びる14.3kmの電化ローカル線です。2006年4月に南海電鉄から分離され、和歌山電鐵となりました。

今回は伊太祈曽駅について書いてみます。



↑伊太祈曽駅の北にある和歌山電鐵の直営駐車場にて。

人気の「ニタマ駅長」の勤務地である貴志駅には駐車場がなく、和歌山電鐵としては和歌山駅周辺のコインパーキングかこの伊太祈曽駅の駐車場の利用の上、電車での訪問を推奨しています

ここからは電車で貴志駅に向かいます。



伊太祈曽駅の駐車場の料金は一日停めても200円です。

リーズナブルなお値段であります。



↑県道9号線を南へ歩いていきます。

程なく伊太祈曽駅が見えてきました。



↑踏切のすぐ横にまでホームが迫っています。



↑踏切の脇から見た伊太祈曽駅の構内。

駅には車両基地も併設。そして和歌山電鐵の本社もここにあり、このこじんまりとしたスペースに和歌山電鐵貴志川線の中枢としての機能が詰まっています。



↑ホームは島式ホーム。ここから先の貴志方面には行き違い設備のある駅がない為、必ず上下の電車がここで顔を会わせます。



↑これが伊太祈曽駅の駅舎。

開業時からのものと思しき古い木造駅舎で、真っ白にペイントされています。

ちなみに貴志川線で唯一残存する木造駅舎でもあります。



↑駅舎出入口。

脇に「和歌山電鐵株式会社」の表札が掛かっています。実はこの駅舎、和歌山電鐵の本社社屋も兼ねているのです。



↑振り返って駅前をパチリ。

画像の左には乗務員の詰所と車両基地の入口があります。



↑これまた古風な駅舎の内部。ここの窓口では出札とグッズ類の販売を行っています。

窓口にて貴志駅までの往復の乗車券を購入、応対してくれたのは女性の駅員さんでした。

ちなみに先程の駐車場の料金は改札備え付けの料金箱に投入して支払います。
地方でよく見かける野菜類の無人販売店みたいなシステムです。



↑駅舎待合室内には「たま駅長」関連や「鉄道コレクション」、「鉄道むすめ」等のグッズ類が展示されています。

ここは駅長見習いの「よんたま」さんの勤務地でもありますが、この日は公休日(月曜日)で不在でした。



↑いよいよ駅構内へ。

隣接の車両基地では「おもちゃ電車」(左)と「いちご電車」(右)がお昼寝中でした。

ここ和歌山電鐵貴志川線は水戸岡鋭治氏デザインの個性的な電車が活躍する路線としても知られています。



↑駅舎とホームとは構内踏切にて連絡されています。



↑構内踏切から見た車両基地。



↑少し視点をずらして本線の貴志駅方面を。

夏空の下の、草の生えた線路がいい感じです。



↑ホームの上から見た駅舎。



↑ホームの西の端から見た和歌山方面。

先程通ってきた踏切が見えます。



↑ホームの上には古風な木造の上屋が。



↑歴史を感じさせる天井です。



↑古風な上屋に吊り下げられている駅名標は南海電鉄時代の古風なもの。

旧駅名の「伊太祁曽」表記です。和歌山電鐵移行時に「伊太祁曽」から今の「伊太祈曽」に変更されました。

「たま駅長」・「ニタマ駅長」効果により海外からの観光客が訪れるようになり、英語・中文・ハングル表記が至る所に見られます。



↑貴志行きの電車がやってきました。



↑ここで動画です。

ここ伊太祈曽駅から映像の「たま電車」に乗って貴志駅に向かいました。



↑さて、貴志駅から再び伊太祈曽駅に帰ってきてパチリ。

画像は「うめ☆電車」です。



↑貴志駅から伊太祈曽駅への帰路は上の画像の電車で。

今や希少な存在になってしまった2270系電車のノーマル仕様編成です。

今の貴志川線の主力である2270系電車は南海電鉄時代に同社高野線の22000系電車を改造して誕生、路線共々和歌山電鐵に継承されました。

その後他の編成の多くが水戸岡鋭治氏デザインの観光客向け仕様に改造されましたが、画像の編成を含む2編成だけが今も南海時代の塗装・仕様のままで運用されています。

ちなみに貴志駅から伊太祈曽駅までこの電車を操っていたのは若い女性の運転士さんでした。女性職員の多い会社で、その辺り流石は「鉄道むすめ」事業者です。



和歌山市近郊の田園の中にある伊太祈曽駅、観光客で賑わう貴志駅とは対照的に長閑な雰囲気の駅でありました。
Posted at 2017/08/28 00:02:36 | トラックバック(0) | 鉄道路線・駅巡り | 旅行/地域
2017年08月24日 イイね!

2017年6月23日 三重県度会郡度会町~南伊勢町 野見坂隧道

2017年6月23日 三重県度会郡度会町~南伊勢町 野見坂隧道現役隧道・トンネル巡りです。

ちょっと古いネタになりますが、去る6月23日に三重県の「野見坂隧道」にパイザーで行ってきました。

今回はその訪問記です。



↑まずは例によってその大体の位置を(グーグルマップ)。



三重県度会郡度会(わたらい)町と南伊勢町に跨る隧道で、県道22号線の旧道にあります。

新野見坂トンネル開通により旧道化、今は県道指定を外されています。



↑県道22号線を度会町側よりずんずんと南下、改良が進んだおかげで線形も良く、なかなかの快走路です。



↑ここが度会町側の新旧道の分岐点。直進すると現道の「新野見坂トンネル(2001年竣工・延長1538m)」、左折すると「野見坂隧道」に至る旧道です。



↑ここから野見坂隧道南伊勢町側坑口付近までの走行動画です。

途中、路肩の清掃作業中の軽トラ(動画の2分59秒~3分03秒辺り)に出会いました。交通量のほとんどない旧道という事で、多少荒れた道を予想していましたが、最低限の手入れはされているようです。



↑野見坂隧道を駆け抜け、南伊勢町側坑門付近にて記念撮影。

パイザーの背後に隧道のポータルがあります。切り通しの上から覆いかぶさる鬱蒼とした緑の木々によってその姿ははっきりと見えませんけど(汗)。



↑鬱蒼とした「緑のトンネル」の奥に口を開ける「野見坂隧道」。

季節は6月下旬、これから夏本番に向かおうかという時期の鮮やかな緑です。



↑ここは度会郡南伊勢町、だけど旧名の「南島町」の看板が建っていました。



↑古い隧道の手前には大抵建っている石仏の祠(左)と石碑(右)がここにもありました。



↑隧道手前の古びた看板群。

いかにも忘れられた旧道という感じを演出するアイテムです。

画像右の黄色の看板、同じ度会郡の隧道という事で過去記事の「棚橋隧道」にあったモノと同一仕様です。



↑隧道に至る切り通しの手前左手には「道方山登山口」の看板が。

この隧道を含む旧道が廃される事なく現役であり続ける理由の一つがこの登山口の存在だったりします。



↑いよいよ「野見坂隧道」へ。

ここ南伊勢町側の坑門は切り通しの奥にあります。





↑1928(昭和3)年竣工、延長390m・車道幅員3.8m・限界高4mというスペックの「野見坂隧道」。

コンクリートが主流となった昭和初期の竣工ですが、煉瓦積みの坑門を持つ隧道であります。

なお南島町(現:南伊勢町)の町史にはこの野見坂隧道の開通を「南島町の夜明けに等しい」と記されているそうです。



↑風格ある坑門を見上げてみました。



↑戦前生まれの隧道らしい、右横書きの扁額。

峠の名称は「能見坂」ですが、隧道・トンネルは「野見坂」を名乗っています。



↑いざ入洞~。

坑口付近は煉瓦積みの天井。



↑その奥は素掘りモルタル仕上となっています。



↑さらに進むと煉瓦積み天井の区画。

中途半端にモルタルを塗ったと思しき痕跡が見られます。



↑補助光無しで撮った素掘り区画。岩肌のゴツゴツ感が幻想的ですね。



↑動画です。南伊勢町側坑口から途中まで歩きつつ撮ってみました。

この野見坂隧道は延長400m近くもあってしかも照明なし、そして懐中電灯を持ってこなかったので途中で引き返しました(苦笑)。

私の場合、照明なしのトンネルだと懐中電灯なしでは200mくらいが徒歩の限界のようです。



↑南伊勢町側の坑口付近の洞内から見た外の風景。

初夏の瑞々しい緑と陽光がとても眩しいです。



↑パイザーで度会町側へと移動します。

白いモルタルの壁のおかげで、パイザーのイエローハロゲンバルブでも結構明るく見えます。



↑隧道の北側、度会町側にやってきました。



↑度会町側も坑門付近に木の枝が覆いかぶさり、坑門の姿が見づらくなっています。



↑こちら側にも石仏が鎮座した祠があります。



↑ここ度会町側の坑門付近からは「昇龍の滝」に至る道が分岐。



↑そしてガードレールには古びた県道標識ステッカーが残っていました。



↑「緑のトンネル」という表現がピッタリの、野見坂隧道度会町側。



↑手前にある看板類も棚橋隧道にあったモノと同一仕様です。



↑こちらが野見坂隧道度会町側坑門。

画像の左手には・・・・



↑小規模な滝があって、川のせせらぎが隧道の前まで聞こえていました。

マイナスイオンたっぷりの、「癒やしの空間」です。





↑ここ度会町側の坑門も南伊勢町側と同一仕様の煉瓦積みポータル。

風格あるトンネルポータルです。




↑扁額も南伊勢町側と同じく、右横書きの隧道名です。



↑度会町側の坑口から見た洞内。

延々と続く白いモルタル塗りの壁が幻想的な空間を作り出しています。



↑隧道の外もこれまた幻想的な空間。

これまでは冬枯れの時期に隧道・トンネル巡りをする事が多かったのですが、緑萌ゆる時期の隧道も良いモノですね。



↑こちら度会町側でも徒歩動画を撮ってみました。



↑開通時は旧南島町に「夜明け」をもたらしたこの隧道、今はメインルートの役割を新トンネルに譲り、緑の奥にひっそりと佇んでいました。


三重県の古隧道ではかなりメジャーな物件で、以前から訪れてみたいと思っていたのですが、今回は無事に見学する事が出来て良かったです。
Posted at 2017/08/24 23:29:15 | トラックバック(0) | 現役隧道・トンネル | 旅行/地域
2017年08月18日 イイね!

2017年8月6日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転(後編)

2017年8月6日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転(後編)下記リンクの記事の続きです。

2017年8月6日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転(前編)



↑吉ヶ原駅3番線に佇む2両の客車、今回はこの2両の客車の車内見学を行いました。

奥が「ホハフ3002」(元国鉄オハ35)、手前が「ホハフ2004」で一応共に動態保存車という事になっていますが、最近は展示運転での出番がほとんどないようです。

車内への立ち入りは可能との事ですので、今回はこの2両の客車を怪しく(?)見学してみる事にします。




↑まずは「ホハフ2004」から。

1950(昭和25)年に片上鉄道の自社発注により製造されたオリジナルの客車です。

サイドから見ると国鉄の旧型客車によく似ていますが、車体長は17mと国鉄の客車(20m)より短めです。

片上鉄道の客車はブルーに白帯2本を纏ったカラーに塗装され、人気を博していました。



↑ホハフ2004の妻面。国鉄の貨物列車に連結されていた車掌車のようなオープンデッキが特徴です。



↑ホハフ2004のデッキ。

早速車内に入ってみます。



↑車内は淡い白緑色で塗装され、明るい感じがします。



↑客室の端部はロングシートになっていて、吊革も装備。

シートはかなりくたびれていて、スプリングの輪郭が浮き出ています。



↑客室の隅には車掌室があります。



↑シートのみならず、内装も至る所がかなりくたびれています。

最近、展示運転の運用に入らないのもなんとなく納得です。



↑客室の中央部はクロスシートになっています。背もたれにはモケットはなく、木製です。



↑前述の通り自社発注の車ですが、なぜかJNR(国鉄)ロゴマーク入りの灰皿が付いています。



↑照明は昔懐かし白熱灯。

これが点灯するトコロを見てみたいものです。



↑寒色系のカラーリングでまとめられたホハフ2004の車内。

動くこの客車に乗ってみたいものですが、この現状だと難しそうです。



↑で、動画を撮ってみました。お時間のある方は宜しければどうぞ。



↑ホハフ2004(右)とホハフ3002(左)の連結部。



↑こちらは連結器。客車・貨車で使われている自動連結器を備えていて、発車時の衝撃が大きいのが特徴です。



↑次に「ホハフ3002」を見てみます。

元国鉄オハ35形客車で、この個体は1947(昭和22)年に日本車両にて製造されました。今年でちょうど車齢70歳となります。

片上鉄道には1981(昭和56)年に入線、トイレ・洗面所の撤去及び車掌室の新設等の改造を受けています。そしてホハフ2004と同じくブルーに白帯2本の「片鉄ブルトレ色」に塗装されていましたが、廃止後国鉄時代のぶどう色に塗り替えられました。



↑車内に入ってみます。

木目ニス塗りの内装で、アンティークな雰囲気満点の車内です。



↑照明は白熱灯ではなくサークライン形蛍光灯。そして天井にはJNRロゴ入りの扇風機が付いています。

天井は各部がヒビ割れてかなりくたびれた感じです。



↑網棚の上には荷造りされたダンボール箱が。

これは忘れ物ではなく、この客車の小道具の一つと思われます。



↑裏返っていますが昔懐かしアイテムの一つ、「鉄道荷札」が付いています。

宅配便が登場する以前は鉄道荷物か郵便小包が主流で、鉄道荷物で送る場合は「鉄道荷札」を付ける必要がありました。



↑リアル「銀河鉄道999」という感じのクロスシート。



↑シート脇にも懐かしアイテムが装備されています。



↑瓶入り飲料用の「栓抜き」付きサイドテーブル(上)とJNR(国鉄)ロゴ入り灰皿(下)です。



↑国鉄在籍時は座席指定の列車に使用される事もあったので、座席番号プレートが付いています。



↑これまた昔懐かしアイテムの一つ、扇風機のスイッチです。

車内の扇風機の操作はセルフでした。



↑旧型客車の窓際のシートに座り、開け放たれた窓から吹き込む天然の風を肌で感じる・・・・私にとっては「究極の贅沢」であります。



↑ホハフ3002車掌室。国鉄時代はこのスペースにトイレと洗面所がありました。



↑ホハフ2004と同じく各部がかなり傷んでいますが、やはり旧型客車は良いモノです。



↑ホハフ3002でも動画を撮ってみました。



↑吉ヶ原駅に鎮座する2両の客車。再び展示運転に登板する事を願って止まないものであります。



↑展示運転線を行くキハ702。

ここに来るたび、いつも思うのですが、この展示運転線って模型店にある鉄道模型の試走線みたいです。



↑この日は台風接近の為、時間が経つと風が強くなってきました。

風が吹き抜ける夏の緑の稲田、なかなか風情があります。




また来たいものですと、思いつつ吉ヶ原駅を後に。

今回は実り多い吉ケ原訪問でした。
Posted at 2017/08/18 00:05:21 | トラックバック(0) | 鉄道保存車両巡り | 趣味
2017年08月14日 イイね!

2017年8月6日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転(前編)

2017年8月6日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転(前編)今回は鉄道保存車両巡りです。

旧アカウント時代に何度か訪問、そして記事にしていますが、去る8月6日に岡山県久米郡美咲町の「柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園」にて催された片上鉄道(1991年廃止)保存車両の展示運転に行ってきました。

撮った写真の数が多すぎる(苦笑)為、前・後編と2回に分けての投稿となります。



↑片上鉄道吉ヶ原駅舎。

「柵原ふれあい鉱山公園」は片上鉄道の吉ヶ原駅跡を整備した所で、片上鉄道保存会による展示運転(毎月第一日曜日開催)の会場になっています。



↑「柵原ふれあい鉱山公園」駐車場にて。今回は吉ヶ原駅前の駐車場に僅かながら空きがありましたので、すかさずそこに。

両脇の車に合わせて停めたらこんな停め方になってしましました(苦笑)。



↑炎天下の吉ヶ原駅前にはこんなバスが。



片上鉄道保存会のサイトによると、このバスは中鉄北部バス所属の1988(昭和63)年製日野レインボーRJだそうです。

今回はここ柵原ふれあい鉱山公園と津山まなびの鉄道館を連絡するレトロリレーバスの運用に就いていました。



1988(昭和63)年生まれの29歳。近年は予備車となっていましたが、今年中の退役が決まっているそうです。



↑吉ヶ原駅前のレインボーRJ。



↑こうして見ると昭和末期~平成初頭の風景みたいです。

この後、津山へ向けて走り去っていきました。



↑今回の展示運転の車両は1936(昭和11)年製造の流線形気動車、キハ702(元国鉄キハ07)でした。

吉ヶ原駅11時55分発の便(午前中の最終便)に乗車します。



↑キハ702の運転席。脇のブレーキハンドルが良い感じです。



↑戦前生まれのオールドタイマーであるこのキハ702には冷房なぞ付いておりませんが、全開の窓からは心地よい自然の風が吹き込み、天井では扇風機がぶんぶんと回り、なかなか快適な車内です。

この便は乗客も疎ら(10人位)で、結構まったりとした雰囲気でした。



↑車窓から吹き込んでくるやや強めの自然の風を堪能しつつ、キハ702は300m西の「黄福柵原(こうふくやなはら)」駅に到着。

折り返しの便は1時間後の発車なので、徒歩で吉ヶ原駅に戻りました。



↑吉ヶ原駅西方の踏切から撮った吉ヶ原駅構内。



↑今回の目的の一つ、「柵原鉱山資料館」へ。

ここ鉱山公園には何度も来ていますが、この資料館は何故か未訪問でした。

館内撮影禁止でしたので画像はないですが、これまた懐かしいモノたくさんの資料館でした。



↑線路沿いの遊歩道を通って黄福柵原駅に戻ります。

夏空の下の線路って風情があって良いものです。



↑黄福柵原駅に戻ってきました。



↑夏空の下に佇むキハ702。

この車両が生まれた1930年代、鉄道車両では世界的に流線形が流行していた時代でした。



↑床下ではエンジンがアイドリング音を奏でていました。



↑軽快な感じがする台車とスポーク車輪。



↑黄福柵原駅の北側には古(いにしえ)の鉱山住宅と思しき集合住宅があります。どことなく「廃」な雰囲気も漂っています。



↑人影疎らなお昼の黄福柵原駅。



↑発車15分くらい前のキハ702車内。

この時点ではほぼ貸切状態です。

この日は台風接近中という事もあり、風がやや強め。開け放たれた窓から勢い良く吹き込んできます。



キハ702の車内でしばらくボケーっと・・・私にとっては正に「至福のひととき」。

この後13時発の吉ヶ原駅行きとして出発しましたが、乗客は10数人しかいませんでした。



↑吉ヶ原駅にて。

夏休み期間中の割には人は少なめで、何だか肩透かしを喰らった感じでした。



↑ここで動画です。この日のキハ702を撮った動画を一本にまとめてみました。
台風接近による風の音が少々喧しいですが(汗)

夏空の下、車窓から吹き込む天然の風を浴びてのプチ乗り鉄はとても懐かしく楽しいものでした。

・・・というわけで続きます。
Posted at 2017/08/14 22:25:48 | トラックバック(0) | 鉄道保存車両巡り | 趣味
2017年08月10日 イイね!

2017年7月24日 静岡県浜松市北区~愛知県豊橋市 本坂隧道

2017年7月24日 静岡県浜松市北区~愛知県豊橋市 本坂隧道現役隧道・トンネル巡り、今回は久々の大型物件です。

先日の「何シテル」にも書きましたが、静岡県と愛知県にまたがる大正時代竣工の古隧道「本坂(ほんざか)隧道」に行ってきました。



↑例によってその大体の位置を(グーグルマップ)。

静岡県浜松市北区と愛知県豊橋市にまたがる「本坂峠」にある隧道です。本坂峠のある道は「姫街道」とも呼ばれ、古くから東海道のサブルート的役割を果たしてきた歴史のある道です。

国道362号線の隧道でありましたが、1978(昭和53)年に有料の本坂トンネルが開通、2008(平成)年3月31日に無料開放されてからはより一層寂れてしまい今日に至ります。勿論、今は国道指定から外れています。



ちなみにこの「本坂隧道」は一般的には「旧本坂トンネル」と呼ばれ、心霊スポットとして有名な所でありますが、本記事ではあくまで史跡・近代土木遺産として紹介させて頂きます。



↑今回は愛知県側よりアプローチ。国道362号線を東へ。

現道の本坂トンネルは有料トンネルとして開通した為、その後も本坂隧道経由の旧道は国道指定を解除されず、新旧道共に国道として供用されていました。

その名残が画像の青看板に残っています。



↑旧道に入り、本坂峠目指して進んで行きます(画像上段)。

現国道の下を潜るといよいよ峠道です(画像下段)。



↑鬱蒼とした寂しく狭い峠道を進みます。

路面にはうっすらと苔が生え、あまり通行がない事を物語っています。



↑大阪の自宅を出発してほぼ4時間・・・やっと本坂隧道の愛知県側坑門前に到達しました。



↑ここは愛知県豊橋市です。

鬱蒼とした空間に、哀愁漂う薄汚れた看板がイイ感じです。



↑ここに至るまでの走行動画です。

旧道に入ってからは他の交通に出会う事なく、ここまで来れました。



↑これが本坂隧道愛知県側坑門。

1915(大正4)年の竣工で延長212m、坑門にはピラスター(飾り柱)を備えています。

どんよりと曇った天候の為か、第一印象はとにかく「不気味」で「如何にも」な雰囲気の漂う隧道でした。



↑ここ愛知県側坑門手前には本坂峠旧旧道、隧道開通以前の峠道(姫街道)の入口があります。道標も整備されていて今はハイキングコースとなっているようです。



↑そして愛知県側の坑門脇に建つ、曰く有りげな廃小屋。

この廃小屋、本坂隧道を語る上で外せない物件でもあります。



↑何と、昔懐かし「電電公社」のマーク入りです。



↑「廃」モノ好きには辛抱堪らぬ光景がここに。

この本坂隧道、かつては東京~岡山間の電話ケーブルを通していて、この電電公社マーク入りの廃小屋はその遺構なのだそうです。

本坂峠を含む姫街道ルートは近代に入ってから国防上の理由から重視されるようになり、この本坂隧道は有事の際の備えとして穿たれたようです。

そして当時の重要な通信インフラである電話ケーブルを通すという役割も担っていました。





↑第一印象は不気味でしたが、慣れてくると「荘厳」・「重厚」という表現がピッタリの坑門です。

今となっては狭いですが、1.5車線分の幅員が確保され、高さもそこそこあります。

大正期の隧道としてはかなり大き目のサイズで、この立派な坑門と併せて、当時のこの隧道にかける期待が今も伝わってきます。



↑ここ愛知県側の坑門脇には排水用と思しき溝があり、その先には「ミニ隧道」が口を開けていました。



↑「ミニ隧道」をズームで。

幼児や小動物だったら何とか通れそうなサイズの、可愛らしい坑です。



↑「ミニ隧道」に至る斜面から撮ってみました。



↑下から見上げる本坂隧道坑門。

うーん、「荘厳」の一言に尽きます。



↑愛知県側の扁額。右横書きで「本坂隧道」と刻まれています。

愛知県側での撮影を切り上げ、パイザーで隧道の向こう側、すなわち静岡県側に移動してみます。



↑洞内を駆け抜け、静岡県側にやってきました。

パイザーにとってはこれが初の静岡県進出となります。



↑背後には通り抜けてきたばかりの本坂隧道が口を開けています。

こちらは愛知県側とは異なり、開放的な感じがする空間です。



↑ここからは徒歩で本坂隧道に再入洞してみます。



↑ここで動画です。静岡県側から愛知県側に向かって洞内を歩きつつ撮ってみました。

普通、トンネルの内部は夏でもヒンヤリとしているものですが、ここの場合は生暖かい風が吹き抜けていました。



↑またしても愛知県側に戻ってきました。

ここからは写真を撮りつつ、また静岡県側に戻ります。



↑愛知県側坑口付近から見た洞内。

鉄板(?)でコーティングされていますが、心無き者たちによる落書きが酷いです。



↑洞内から見た愛知県側。

画像左側には先程の電電公社の廃小屋が見えます。

電電公社の廃小屋に本坂峠旧旧道の入口と、愛知県側の坑口付近には役者(?)が揃っています。



↑洞内を進んでいくと、オリジナルの煉瓦巻き区画があります。

ここも落書きの被害に遭っていますが、それに経年による白化と落書き消しの為のペイントが加わってカオスな感じになっています。

なお、煉瓦積みの区画の何処かの壁面に県境の標識があるそうですが、見落としてしまいました。



↑生暖かい暗闇の中を抜け、静岡県側に戻ってきました。

古びた煉瓦積みの隧道内から見る外の景色はなかなか良いモノです。



↑静岡県側坑口付近から見た洞内。

こちらも落書きが酷いです。上から煉瓦色に塗装して消しているようですが、さらにその上からまた落書きされるという、イタチごっこになっています。



↑天井に付いている小さなファン(?)。

風に吹かれてクルクルと回っていました。同じモノが隧道の中央部にも設置されていました。



↑本坂隧道静岡県側坑門。

こちらも重厚かつ威厳と風格が感じられる煉瓦積みの坑門です。





愛知県側坑門に見られた排水用の坑と排水溝が、ここ静岡県側にはありません。

そしてかなり白化が進んでいる感じです。



↑そして扁額の脇に亀裂が入っています。

落書きのみならず、経年劣化にも悩まされている隧道でもあります。



↑静岡県側坑門の扁額です。

愛知県側と同一仕様ですが、苔生して判読しづらくなっています。



↑動画です。帰り際にパイザーで本坂隧道を往復してみました。



↑こちらは静岡県側の本坂峠の走行動画です。愛知県側よりは離合可能箇所が多く、比較的走りやすい印象のある道でした。



最後に愛知県側で撮った神秘的な画像を。

到着した時はどんよりと曇っていて不気味な雰囲気を漂わせていた本坂隧道ですが、しばらく経つと晴れ間が出てきてこういう神秘的な姿も見せてくれました。

心無き輩による落書きが実に残念ですが、古隧道・旧道好きの方なら訪れてみる価値のある物件だと思います。
Posted at 2017/08/10 20:36:39 | トラックバック(0) | 現役隧道・トンネル | 旅行/地域

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「悪戦苦闘の末、キャンバスにペダルカバー付けました。久しぶりの車イジりです。」
何シテル?   12/11 13:27
とりつきいver.2(旧とりつきい)です。 みんカラでは愛車パイザーでのドライブの記録、趣味の乗り鉄などの記録をブログ・フォトアルバムでの投稿をメインに行...
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