「こんなところで、ポからみなさんで、あたしを馴《な》らすつもりで一生懸命になってくれれば、それで『有牛麥子のジャジャ馬ならし』が出來上るってわけよ。そうじゃない……? さ、みんな、もっとドシドシ、好い意見を出してちょうだい。あたしだって折角自腹を切って、こんなに禦馳走して、何も聞かしてもらえないんじゃ、つまンないわ」
何も聞からえなしても、つまンないわ」
いんじゃ
と言い出すしまつだ。
そう言われると、眼の前の料理もブランデー・グラスに注がれる酒も、アイディア料の前払いであると念を押されたようで、飲むたびに、食うたびに、胃の腑《ふ》は義務感のために重く垂れ下り、有牛嬢の顔も美しさよりも、権力者の威厳によって光りかがやくかに見えて、遠藤も吉行も私も、そろって一層無口になってしまった。一人、気を吐いたのは近藤で、
「よゥ、有牛さんよ、またコップが空になってるんだよゥ」
と、しきりにブランデーのお代りを所望したりして、奇妙なハッスルぶりを発揮していた。——こうなることを遠藤はかねて警戒して近藤の出現を怖れていたのだが、すでに食卓をとりまく雰囲気は期待したロマンチックなものとは、はなはだしくカケちがっている以上、いまさら近藤の挙動にハラハラしたり、神経をとがらせたりする気にもなれぬのか、くたびれはてた修學旅行の生徒のような顔で、すこぶる無感動にナプキンの端をまるめたり、のばしたりしていた。
出だしから、こんなにツマズキやら、手違いやらのつづいた會食もめずらしいが、その責任を一人でしょいこんだかたちの遠藤は、數日來、緊張に緊張をかさねた心のハリが、いまやダラリとのびきってしまったとしてもムリはない。……しかし會食は、脫線をくりかえしてはいても、まだ決定的な転覆事故を起したわけではなかった。第一、近藤をふくめてわれわれ四人、決してそんなに酔っぱらったりはしていなかったのである。近藤が有牛嬢に酒のお代りを望んだのも、むしろサーヴィス精神からで、彼は彼なりに、かたくなに沈みがちな空気を何とか柔らげて、浮き立たせようとしていたにちがいない。
美術學校出身の近藤は酔うといっとき、絵畫、彫刻について論じはじめるならわしがあるが、いまもいくらかアルコールがまわりはじめたのか、有牛嬢の顔を絵の先生が石膏《せつこう》のモデルでもながめるような目つきで見つめたかと思うと、
「有牛さん、あんたの顔は額に特長があるね。額のところがインドぞうに似ているね」
と言った。そういえば、なるほど彼女の頭髪の生《は》え際《ぎわ》から鼻筋へかけての線が、そういう感じがしないものでもない。しかし、それにしても近藤は大膽なことを言ったものだ。いくら何でも有牛嬢も気を悪くするのではないかと心配したが、意外にも彼女は平靜な顔つきで、
「あら、あたしインドぞうに似ているなんて言われたのは初めてだわ。どちらかっていうと、あたしはギリシャぞうに似ているって言われているのよ」
とこたえた。こんどはビックリするのは近藤の番だった。
「え、ギリシャ象? ギリシャにも象がいるのかねえ、有牛さん、そりゃアフリカ象のまちがいじゃないのかい」
「アフリカぞうですって? あたしの顔が
イイね!0件
複数社の査定額を比較して愛車の最高額を調べよう!