この投稿をご覧の皆様 お疲れ様です注)今回のブログもかなり長いものとなっております。尚前半の内容は閲覧注意とさせて頂きますのであらかじめご理解の程よろしくお願い致しますここから━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【おそれざんひやみず】むつ市街から県道4号線を道なりに進むと、その途中に冷水峠という場所を通る。そこにはコンコンと湧き出る水場がある。この湧き水は、遠い昔から恐山へ参拝する人々の喉を潤す役目を負っている。現在は3本の樋から流れ出る水を“不老水”と呼び、霊験あらたかな水とみなしている。実際、この水場を霊場の入り口とみなして手水舎としての役割もあるとし、この峠を俗界と霊界との境界線として認知している説もある。そのせいか、この場所で水を求めるのは人間だけではなく、恐山へ集まってくる霊もあると考えられている。問題はないと思いますが途中でお腹を下すと嫌なので、とりあえず触るだけにしておきました😅あははしばらくすると「恐山」という固定観念を覆すような綺麗な湖が出て来ました。ちょっと寄ってみましょうか・・・やっぱりイメージ通りかな💧( -∀-)【三途の川】より … 三途の川のことは,死出の山とともに説かれるが,仏説ではなく,俗説である。 三途の川のほとりには衣領樹(えりようじゆ)という大樹があり,その下に奪衣婆(だつえば),懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて,姥は亡者の衣服を奪い取り,それを翁が受け取って衣領樹に掛ける。「恐山霊場/恐山菩提寺」地獄の風景と極楽の風景が広がる、あの世に最も近い場所因みにどなたでも無料で入れる温泉施設が御座います「東日本大震災慰霊 地蔵菩薩像」別れはあまりにも突然に、残酷な形でやってきた。だからこそ、幻でもいいから会いたいと願った。「人が死ねばお山に行く」という信仰からか、恐山は人の魂が集まり安らかに眠る場所、死者と生者が出会う場所とも言われてきた。霊場恐山の信仰者は下北一円のほか、東北から茨城県北部までの沿岸部に多い。それはまさに、今回の震災に見舞われた地域と重なる。被災した人々が多いのにも関わらず、あの年の開山日である5月1日から信仰者は訪ねて来た。それぞれが大きな喪失を抱え、あるいはここに来れば…との思いがあったのかもしれない。 「鎮魂の鐘」と「希望の鐘」の澄んだ音が響く。周囲を山々に囲まれたカルデラ湖・宇曽利山湖のほとり、白砂の広がる極楽浜に、白い御影石で出来た高さ約3mの蓮華の花。その中に地蔵菩薩像が座し、泣く子と笑う子のそばで静かに微笑んでいる。印象的なのは背面に散りばめられた大小60ほどの手形の窪みだ。この地蔵尊の建立を発願した恐山山主は、特にこの手形に思いを込めた。自分の手に合う手形を探し、お地蔵さまに触れる。そうして亡くなった人たちのことを思う。大切な人を亡くした人たちのことを思う。遠い未来でこの手形に手を合わせる誰かにも、震災の悲劇と私たちの想いは届くに違いない。人それぞれこの場所を訪れる理由は異なります個人的には来て良かったと思いましたそれではこれから青森見学最後の八戸に向かおうと思います━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ここまで八戸市に到着「みなと食堂」かなり有名なお店みたいです。平目の漬丼?とても楽しみですね😋え・・・並んでいる人に聞いたらガチでした💧後で気づいたのですが近くにある「八食センター」の事をすっかり忘れておりました。今思えばこの時から歯車が狂い始めたのかな・・・「蕪嶋神社」蕪嶋神社🤭とみん友さんに笑われましたが、まだ菜の花も咲いてるし全然イイやん( -∀・)へぇー噂通りいっぱい居るんだねてか、アソコまでたどり着けるんだろうか・・・そうそう、うみねこ達に爆弾を落とされるので貸し出しの傘は必須となりますんじゃ行ってみようあっ、八戸の街を見渡せてここ好きだわぁ神社を1周して幸運を手に入れましょう踏まれんなよ~💦お手❗やっぱり止めておこう・・・寒い冬を乗り越えるだけあって凛とした姿で誇らしげに感じますでも同化し過ぎで何が何だかわからない💧この白いの何だか分かります?そう全部うみねこなんですよ😱😱なん羽いるんだろうね🥲分かった人はコメントで教えて下さい(((*≧艸≦)ププッもう訳が分からなくなってきたのでそろそろ帰ろうと思います青森・・・とても素敵な旅になりましたありがとう。さよなら👋岩手県に到着「浄土ヶ浜」なんか珍しい石だね。そういえば全然狙ってなかったんだけど今日は恐山から始まって浄土ヶ浜で終了か・・・腹へった・・・そういえば昨日から何も食べてないんだよね。岩手だから🤔そうだ❗アソコにイッてみよう(* ´ ▽ ` *)いつかは「行くぜ東北」でもご紹介をしたかった大船渡市の「坂本食堂」さんにやって来ました。因みにここのお店は旅人の聖地としてもとても有名ですよね😊んん~この後どうする?とりあえず燃料と食事とお風呂を目的として宮城県に向かおうかな🤔この選択が完全に歯車が狂いました言わんこっちゃない。本当は花巻経由で宮城入りだったよね?見慣れた街に安心した事もあり緊張感が一切無くなってしまいました。そして完全に気持ちが劣勢となってしまい仙台を遠目にこのまま帰宅してしまいましたこれにて2拍4日の修学旅行が終了総合走行距離 約2000キロ今年もオール一般走行となりました大人の修学旅行 過去3年間の足取り2022年 北陸地方 完走2023年 中国地方 完走2024年 東北地方 完走残るは「北海道」「和歌山」「四国」「九州」(沖縄を除く)となりました今回の旅の総括としましては、青森旅自体はとても素敵な旅となりましたが最後が駄目でしたね。反省点を踏まえ今後の旅の教訓にしたいと思います。3部作に渡りましてこれまで閲覧して頂きました皆様本当にありがとうございました🙇おわり