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老人ギタリストもどきのブログ一覧

2026年01月18日 イイね!

2025年〜2026年の年末年始QRV その4

2025年〜2026年の年末年始QRV  その42026年元旦の朝は、いつもより早い5時半に起床して、粛々と準備を急ぎ、いつもより早い6時過ぎに家内の実家を出発しました。元旦の比叡山ドライブウェイの料金所の状況は、昨年にも経験済みであったので、料金所のゲートは、確実に通過できる事は分かっていました。昨年の元旦の料金所は、出口に殺到する車が三重にもなり、かなりの渋滞が発生してました。その理由としては、年末年始の比叡山ドライブウェイは終夜営業のオールナイトだったからでした。

その時のイメージでは、比叡山の山頂で御来光を仰いだ後、比叡山延暦寺で初詣をしてから、自宅に帰るものと漠然と考えていましたが、今年の元旦で判明した事ですが、比叡山山頂からの景色は南東方向を向いていたので、御来光を仰ぐには、琵琶湖方向に向いている「夢見が丘展望台」や「登仙台展望台」が妥当であって、その場所から、わざわざ、追加料金を払ってまで、比叡山延暦寺にお参りする意味は無い事が分かってしまったのでした。

それが判明したのは、比叡山ドライブウェイのゲートを潜って、坂道を一気に駆け上がったところで遭遇した、大渋滞を目の当たりにした事からでした。それは、夢見が丘展望台の駐車場から溢れた車が、周辺の道路に路駐している所為で、私の様に、これから登って行く車にとっては、対向車との離合のタイミングが困難を極め、結局、その大渋滞は、登仙台展望台まで続いていたので、この渋滞を掻い潜るのに、かなりの時間を使ってしまいました。

多分、昨年の元旦には大渋滞に遭遇する事は無かった事から、昨年は、もっと遅い時間だったのでしょうね。結局、今年の元旦は、いつもより30分程早く出発したのが功を奏した形になりました。比叡山の山頂駐車場に到着したのは、7時半過ぎでしたが、直ぐに準備を開始して、8時40分頃には運用準備が整っていました。IC-705を起動して430MHz-FMでSWR調整を実施。433.060MHzをサブの周波数として確保してから、メイン周波数でCQを発出しました。

すると、奈良県橿原市のイオンモールの駐車場に居た、既知のJL3/3局から、8時44分にお声掛けがあり、新年のご挨拶を交わしました。8時59分には、兵庫県伊丹市の、既知のJG3局からもコールバックを頂き、ここでも新年の挨拶を交わしたのでした。9時12分に繋がった大阪府吹田市のJL3局からは、比叡山で御来光を仰いだ後の人は、延暦寺で初詣するのでは無く、御来光は比叡山でしても、初詣は、近江神宮でする人が多い事を、教えて頂きました。

9時53分には、京都市西京区を移動していたJL3/3局からコールバックがありました。この局は、QRP-5Wでしたが、この時が初めての交信でした。10時16分には、京都府城陽市の既知のJQ3局からコールバックがありました。この局とは、10時21分からDVモードでの画像転送がありました。10時32分には、奈良県奈良市に移動していたJK1/3局と交信して、新年の挨拶を交わした後、10時52分には、2nd-QSOとなった、大阪府和泉市のJG3局と続きました。

その後は、コールバックが途絶えたので直ぐにQRTして、トイレに駆け込み、用を足してから、ランチタイムに入る事にしました。ランチタイムはゆったりと過ごして、12時40分過ぎに再開した私でしたが、滋賀県大津市の既知のJK3局がCQを出していたので、12時44分にお声掛けして、新年の挨拶を実施しました。その後は、午前中に使用していた433.060MHzが空いていたので、これ幸いとサブの周波数として確保して、メイン周波数でCQを発出しました。

すると、13時2分に大阪府茨木市に移動していたJR3/3局からコールバックを頂きました。この局とは初めての交信でした。13時12分には京都市南区の既知のJG3局。13時20分には、三重県津市の青山高原に移動していた、これまた既知のJS/2局と新年の挨拶を交わしました。13時28分には、初めての交信となった大阪府交野市のJS3局と、楽しい話に花が咲きました。13時49分には、京都府宇治市の既知のJS局と新年の挨拶を交わしました。

14時2分には、平安神宮に参拝していた2nd-QSOのJQ3/3局と交信。14時8分には、京都市右京区在住の、3rd-QSOになるJO3局と、新年の挨拶を交わしました。14時13分には、初めての交信となった大阪府東大阪市のJP3局と、初めての交信ながら楽しく会話しました。14時25分には、大阪府豊中市の既知のJG3局と新年の挨拶を交わした後、少し早いとは思いましたが、身体も冷え切っていたので、撤収に入る事にして、撤収後は一気に山を降りて家内の実家に帰りました。

1月2日から4日までは、完全に「QSOパーティ」専従として、初日の1月2日は、9時から15時までの6時間、昨年のQSOパーティ初日と同じく、トイレと食事を封印して、頑張り通して63局と交信。1月3日と4日は、準備ができ次第開始して、15時には終了する事を大前提にして、1月3日は、8時43分スタートで46局。雪が降った1月4日は、8時29分スタートで36局と、合計で145局と交信して、JARLにログをアップロード。コールサイン入りのステッカーを頂きました。

昨年は、1月2日と3日の2日間で98局と交信しましたが、初日は、トイレと食事を封印して、9時から17時までの運用で68局と交信。1月3日は、トイレも食事も解禁して30局だった事を考えると、今年のQSOパーティでは、単純比較で運用時間が4時間(2日間)減ったにも関わらず、11局多く交信した事になり、私事ながらナーバスに頑張ったものだと思っています。それから、昨年の交信では、認識違いでカードが送られて来たので、JARL会員には漏れなくカードを発行した次第です。
Posted at 2026/01/18 10:58:32 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年01月17日 イイね!

2025年〜2026年の年末年始QRV その3

2025年〜2026年の年末年始QRV  その312月31日も朝の6時に起床して準備を急ぎ、前日と同じ時間帯に出発する事が出来ました。この日も、比叡山ドライブウェイの料金所は、閉まっている事は分かっていましたが、前日とは違って、ある秘策を考えていました。それは、料金所の前面にある垣根の際に駐車して、工事車両の2台の車が開門してゲートを通過する際、シレッと、2台の工事車両に続いて、ゲートを通過すると言う試みでしたが、この方法は意外と上手く行き、すんなりとゲートを通過する事が出来ました。

比叡山ドライブウェイでは、2台の車に続いて走行していましたが、ロテルド比叡の入り口付近にある、ゲートを通過して別料金エリアに入ると、坂本本町で2台の車はトンネルに入って行きました。私はと言うと坂本本町では、トンネルを潜る事なく、Uターンして山頂駐車場を目指したのでした。比叡山の山頂駐車場に到着すると、この日は、極力、比叡山から西に位置するエリアと交信すべく、比叡山山頂駐車場エリアでは、最も東寄りの位置に駐車したのでした。

この日の運用体制としては、前日に準備しながら使用が無かった、IC-7300Mは設置しない方向性でしたが、IC-705をパワーアップする目的で、久し振りに、コメットのCLA-45パワーブースターと、NBCのBL-50TXセットとを組み合わせて、430MHz-FMで、35ワット出力を創出しようと目論んだものの、SWRが2.0から下がらず、結局は断念して、出力10Wの地上高6mのSG7900モービルアンテナ体制で行く事にしたのでした。

前日よりも早く到着したにも関わらず、コメットのCLA-45パワーブースターを扱った所為で、前日と同じ様な開始時間となりました。出力が落ちたので、改めて、430MHz-FMでSWRの調整を実施してワッチに入ると、433.020MHzでCQを発出する既知のJF3/3局の変調が入感して来ました。しかも、前日のJM3/3局と同じ場所の、大阪府交野市にある旗振山でのSOTAの運用だったのでした。「そんなにSOTAに需要がある?」と考えてしまいました。

その後、JF3/3局に9時12分にコールを送ると、直ぐにコールバックがあり、交信がスタートしました。続いて、9時35分には、大阪府阪南市の既知のJA3局からコールバックがありました。実は、このJA3局とは、2025年1月1日と、3月2日の交信のQカードが2025年最後の配送で、到着したのですが、その日の交信は「誰でもQSL」でのアップロードはあっても、紙カードでの約束は無かったので、自分の中では済んだ交信だったのでした。

しかし、その最後の配送では、上記の理由のQSLカードが13枚(局)あったので、大いに狼狽えた輩は、直ぐに発送して、その13枚(局)のリストをプリントアウトして、パウチしたものを、移動運用時には持参していたのでした。そのリストの最初に書いていたのが、件のJA3局だったのでした。私は、とにかく平身低頭のスタンスで、JA3局に謝罪したのでした。10時丁度には、大阪府大東市の既知のJJ3局からコールバックを頂きました。

続いて、10時10分には、前日に続いて連続2回目の交信となった京都府木津川市のJQ3/3局でしたが、この日も、愛犬を連れて木津川堤防を散歩されていました。10時14分には、2nd-QSOとなる大阪府堺市北区のJE3局と続きました。10時28分には、三重県津市にある青山高原に移動していた、既知のJS2/2局からコールバックがありました。10時41分には2nd-QSOのJQ3局。11時丁度には、大阪府松原市の何度も繋がっているJE3局と続きました。

11時9分には、前出のJE3局と同じ大阪府松原市のJF3からコールバックを頂きましたが、この局とは初めての交信でした。11時57分には、10時10分に続いて2回目の交信となった京都府木津川市のJQ3局からコールバックがあり、再び、DVモードでの、画像送信のリクエストがあったのでした。433.060MHzでのFM交信の後、11時59分にDVモードにQSYすると、「これから送信します!」と言ったかと思うと、徐々にBMWのバイクの写真が現れて来たのでした。

JQ3局との交信で、一旦、コールバックが途絶えたので、ランチタイムでQRTする事にしました。そして、再び、再開しようとすると、既に、433.060MHzを使用している局が居たので、今度は433.040MHzにサブの周波数を確保した後、メイン周波数でCQを発出したのでした。すると、12時7分に、京都市下京区にある西本願寺の駐車場にいた、既知のJG3/3局からコールバックを頂き、暫しの交信となったのでした。

12時46分には、京都市伏見区にある、伏見稲荷大社の、目と鼻の先と仰っていた出力1ワットの、JF3/3局からコールバックを頂きました。13時10分には、大阪府泉南郡岬町のJQ3局から、コールバックを頂きました。この局とは、9月29日に、大阪万博の記念局運用で、430MHz-FMで交信した僅か5局の内の1局でした。13時19分には、京都市左京区嵯峨在住のJF3局からコールバックを頂きました。この局とは初めての交信でした。

13時47分には、京都府城陽市の既知のJQ3局。13時55分には、滋賀県野洲市の既知のJA3局と、立て続けにコールバックを頂きました。前日の運用で15時台に撤収しないと、後のスケジュールに支障を来たして、家内の実家に帰り着くまでに、日没してしまい、家内の実家が管理する賃貸駐車場の白線が、見難くなると言う経験をした事で、せめて夕方には帰る様にしないと、自らの首を絞める事になると分かっていたからでした。

従って、15時過ぎには運用を終了すると言う既定路線に沿って、14時3分には、奈良県橿原市の移動局である、JP3/3局と初めての交信に続いて、14時8分には、これまた初めてとなった大阪府堺市東区のJA3局。14時22分には奈良県御所市移動の、何度も交信実績のあるJL3/3局。14時34分には、2nd-QSOとなった、兵庫県宝塚市のJE3局との交信に続きました。14時52分には、3rd-QSOとなった、京都市伏見区のJJ3局を最後にしてQRTしたのでした。
Posted at 2026/01/17 14:24:15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年01月15日 イイね!

2025年〜2026年の年末年始QRV その2

2025年〜2026年の年末年始QRV  その2この局とは初めての交信でしたが、相手局の変調が微弱だったので、IC-705のプリアンプを入れての交信となりました。続いて、9時34分には、大阪府茨木市のJP3局からも、コールバックを頂きました。このJP3局は、JARLには入会してるものの、再開局してから日が浅く、QSLカードをまだ作って無いものの、「必ず、送付しますので!」と言う事で、交換の約束をしたのでした。430MHz-FMの交信が成立した後、JP3局から、DVモードでの交信を要請されました。

DVモード=D-STARと言う考えで、凝り固まっていた輩は、一旦は固辞したものの、JP3局から、「モードをFMからDVに変更するだけですよ」とのアドバイスを受けて、9時40分にDVモードにQSYして、DVモードでの交信が成立しました。そこで、遅ればせながら「D-STARのQSOパーティー」を思い出して、JP3局に「このDVモードの交信は、D-STARのQSOパーティーですか?」と尋ねたのでした。すると「そうです」と返して来た序でに「画像も送信して良いですか?」と言われたのでした。

私が了解すると、早速、画像が送られてきました。これで、D-STARのQSOパーティーの、取得ポイントがアップする事を知ったのでした。続いて、9時51分には、大阪府堺市東区のJR3/3局からコールバックを頂きました。この局も初めての交信でした。10時2分には、2nd-QSOとなる、京都府木津川市のJQ3/3局からコールバックがありました。JQ3/3局は、木津川堤防を犬を連れての散歩中でしたが、FMでの交信の後、DVモードもリクエストされました。

DVモードにQSYして交信が成立すると、画像も送りますと言われたものの、一向に届かずで画像送信は断念する事になりました。10時20分には、奈良県橿原市の、既知のJR3局からコールバックを頂きました。10時38分には、興部430レピーターのロールコールでも繋がっている、京都府城陽市のJQ3/3局からコールバックを頂き、ロングQSOとなりましたが、その際、DVモードのリクエストも頂き、11時3分から交信する事になりました。

11時14分には、奈良県葛城市のJP3/3局から、コールバックを頂きました。この局も初めての交信でした。11時25分には、これまでにも、何度も交信している、京都市伏見区を移動していたJK3/3局からコールバックを頂きました。JK3/3局は、僅か1ワット出力での交信でした。11時37分には、大阪府豊中市のJG3局からコールバックがありました。このJG3局とも初めての交信でした。その後は、コールバックが途絶えたので、ランチタイムに入る事にしました。

ランチタイム後は、432.960MHzは別の局が使っていたので、433.060MHzをサブの周波数に指定して、メイン周波数でCQを発出しました。すると、12時37分にも、これまた初めての交信となった、大阪府堺市堺区の、JQ3からコールバックがありました。2022年に再開局して以来、幾度となく比叡山からQRVして来ましたが、430MHz-FMだけの交信にも関わらず、未だに、初めての交信の局が存在するキャパシティの広さには驚いたものでした。

続いて、12時54分には、2nd-QSOとなった大阪府高槻市のJQ3局からコールバックがありました。13時28分にも、2nd-QSOとなったJP3/3局からコールバックがありました。JP3/3局は、大阪府枚方市を移動中でしたが、京都府久世郡久御山町に向かっている様でした。13時50分には、滋賀県大津市の岩間山に移動していた、2022年に比叡山でアイボールして、LINEでも繋がっている、既知のJE3/3局からコールバックがありました。

続いて、13時53分には、奈良県生駒市のJK3/3局からコールバックがありました。JK3/3局は、自宅のある富田林市から、週に何度か通って、母親が施設に入った事で、空き家となった生家の、維持管理をしている局でした。この局とも初めての交信でした。14時25分には、滋賀県米原市にある「道の駅 伊吹の里」からコールバックしてくれた、JL3/3局との交信となりました。続いて、15時3分には、大阪府大阪市阿倍野区在住の、既知のJA3局からコールバックがありました。

JA3局との交信終わりには、「これにて、QRTします!各局有難うございました!」と、一方的に宣言して、IC-705の電源を落とすと、すぐさま撤収に入りました。それは、季節的に16時を回ると一気に暗くなる事が分かっていたので、15時前後がリミットと考えていたからでした。結局、準備したIC-7300Mの使用は無く、撤収作業においては余分な時間を浪費したに過ぎませんでした。16時過ぎに比叡山を駆け下り、家内の自宅に到着する頃には、すっかり暗くなっていました。

家内の実家の応接間を陣取って、先ずは、IC-705に供給していた、PDモバイルバッテリーと冷却ファンのPDモバイルバッテリーの充電を優先しつつ、ノートPCを使って、ひたすら、慣れない指マウスで「誰でもQSL」にアップロードする事を開始しました。アップロードが終了すると、いつもであれば、ハムログにも入力して行くのですが、指マウスのハンドリングでは、どうしようも無いと考えて、自宅に帰ってから、USBマウスを使用して入力する事にしました。

この日の「誰でもQSL」のアップロードは、途中で夕食や入浴を挟みながら、慣れない指マウスの所為もあって、思いの外に時間が掛かってしまい、終了したのは、22時半にもなっていました。朝の6時に起床する事は決めていたので、23時の就寝時間に合わせて、慌ただしく、ダイソー製の鉛筆削りで、鉛筆を削ったり、充電が完了したPDモバイルバッテリーをパソコンバッグに放り込んだりと、諸々のルーティンワークを済ませると、トイレで用を足してから寝床に入って就寝したのでした。
Posted at 2026/01/15 15:28:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年01月14日 イイね!

2025年〜2026年の年末年始QRV その1

2025年〜2026年の年末年始QRV  その1「今年の年末年始は、去年よりも1日早く比叡山運用を始めるよ」と、唐突に口にすると、早速、家内が「えっ?12月30日から比叡山で無線をやるってこと?年末年始は私も忙しいのに!自分勝手やん?」と、めちゃくちゃ難色を示していた家内も、それなりに、私に忖度してくれて、12月29日に、京都に帰省する流れを作ってくれました。12月29日は、例によって福山SAのマクドナルドに、メニューが昼マックに切り替わる10時半以降に、到着するプランになりました。

1時間ちょっとで到着する、福山SAには、9時過ぎに出発すれば良いと言う事で、8時まで惰眠を貪ろうと考えていましたが、いつもの流れで7時に起床してしまいました。一方、家内の方は、家を空けるに際して、色々とやる事が多いらしく、結局、出発出来たのは、10時を少し過ぎた頃でした。11時過ぎに福山SAに到着してからは、トイレを済ませて店内に入ると、流石の帰省ラッシュでした。大混雑の店内でしたが、マクドナルドの前にも、長蛇の列が出来ていました。

マクドナルドでは、最近では定番化しつつある「ビッグマックの単品2個と、ドリンクのMサイズを注文。暫しの昼食タイムとなりました。福山SAを出発してからも、特に渋滞には遭遇する事も無く、途中で休憩しながら、自動運転機能を使用して、ゆっくりと走行車線を進み、山陽自動車道から新名神高速道路、名神高速道路を経て、京都南インターに到達しました。一般道に降りてからも、順調に進む事が出来て、家内の実家に到着したのは、17時を少し回った頃でした。

その日の夜は、特にする事も無いので、夕食後に入浴を済ませてから、ノートPCを立ち上げて、YouTubeを視聴するつもりでしたが、パソコンバックから取り出したBluetoothのマウスが、ライトも点かず、全く動かずで、色々と試行錯誤したものの、起動する事はありませんでした。仕方ないので、急遽、トラックパッドを起動して、不慣れな指マウスでの、YouTube視聴と相成りました。その後は、23時頃に寝床に入ってスマホを触っていたら、いつの間にか就寝していました。

12月30日は、午前6時にiPhoneタイマーで起床して準備を急ぎ、6時半過ぎには、比叡山を目指して家内の実家を出発しました。途中の宝ヶ池通りで比叡山を仰ぎ見ると、山頂付近には霧の様な靄が掛かっていました。北白川別当交差点から左折して、比叡山ドライブウェイの料金所を目指しました。その後、料金所に到着すると、ある異変に気付く事になります。ホームページ上では、この季節の開門時間は9時からになっていました。

これまでの利用では、ゲートを潜ると券売機が感知して、発券機からチケットが現れて、それを引き抜くとゲートが開きました。しかし、この日の料金所のゲートには、カラーコーンが並べられており、車の侵入が出来ない様になっていたのでした。仕方ないので、ゲートの前で待つ事にして待機していると、私の車の後ろには、時間の経過と共に、徐々に車の列が出来上がっていました。そんな中、料金所の施設内から男性が現れました。

その男性は、脇目も振らず、一直線に私の車に近寄って来たのでした。すると、開口一番「すいません!貴方の車が先頭だと、後ろの工事関係の車が入れないので、別の場所で待って頂けますか?」と言って来たのでした。そこで私も、「いつもなら、料金所の信号が全部赤でも、普通に入場可能ですよね?それが、今日に限って入れないのですか?」と質問を返すと「この季節の開門時間は、午前9時からなんですよ」と言われてしまったのでした。

続けて「貴方が普通に入場出来たのは、多分、工事関係者が入場した後に、カラーコーンを置き忘れた可能性が高いですね」と言われたのでした。それを聞いた私は「それじゃあ、9時まで待たないと入れないのですか?」と言うと、「そこまではお待たせしませんので、取り敢えずは車を移動して頂けますか?」と言われたのでした。仕方ないので、入場ゲートの左側にあるセーフティゾーンに車を移動して、エンジンを切ってから車外に出ました。

その後、ハッチバックを開けて、トランクルームから膝掛けを取り出して運転席に戻りました。暫し、運転席でiPhoneを触りながら微睡んでいると、先程の男性が、再び近付いて来て、ゲートに手招きしてくれたのでした。料金所でチケットを受け取り、山頂駐車場を目指しました。山頂駐車場は、宝ヶ池通りで見た、霧に覆われた比叡山の様子と違わずの、濃霧の比叡山山頂駐車場でした。先ずはトイレで用を足しました。時刻は既に8時前にもなっていました。

その後、比叡山山頂駐車場の排水溝のある区画に、車を移動させると、早速、運用の準備に取り掛かりました。この日の体制は、地上高6mのSG7900モービルアンテナに加えて、HF帯にも対応する為に、RHM12アンテナも、車のルーフに設置するつもりでいました。従って、ダッシュボードを占領するIC-705と、複数個のPDモバイルバッテリーと共に、助手席にはIC-7300Mと専用バッテリーであるNBC BL-50TXセット一式を設置したのでした。

全ての準備が整ったのは、9時を少し回った頃でした。430MHz-FMでSWR調整を完了させた私は、433.020MHzでCQを発出していた、既知のJM3/3局に、9時7分にお声掛けしました。JM3/3局は、大阪府交野市にある旗振山に、SOTAのサービスで移動されていました。JM3/3局との交信が終わると、432.960MHzをサブの周波数とすると、メイン周波数でCQを発出したのでした。すると、9時25分に、滋賀県彦根市を移動していたJP3/3局からコールバックがありました。
Posted at 2026/01/14 12:13:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年12月25日 イイね!

地元での無線納め 後編

地元での無線納め 後編12月21日も、前日と同様に準備を急いだものの、タイヤベースを、後部座席の足元に保管していた事もあり、前日よりも早目のスタートとなりました。この日のHF帯は、7MHz帯に拘る事なく、色々なバンドでQSOしようと考えていたので、RHM12アンテナは、18MHz帯に合わせて、CAT-300チューナーとIC-7300Mの内蔵チューナーを調節して、SWRを1.0まで追い込みました。その後、18MHz帯のワッチに入ったところ、既知のJI4局のCQが聴こえて来ました。

9時40分にコールを送ると、直ぐにコールバックがあり、交信がスタートしました。JI4局は、無線機は私と同じIC-7300でしたが、出力を80Wにしてる事から、Mが付かない100W機の様でした。交信終わりに「これから、430MHz-FMでCQを出す予定です」と送って、ファイナルとしました。そして、430MHz-FMにQSYすると、432.960MHzをサブの周波数として確保すると、メイン周波数でCQを発出しました。すると、10時2分にJI4局からコールバックを頂きました。

お話しを聴くと、私が430MHz-FMで電波を出すと言った事で、一緒にQSYして、待機していてくれた様でした。その後は、ひたすらCQを出したものの、地方都市の悲哀を一身に浴びて、思いっ切り空振りしたので、144MHz-FMにQSYする事にしました。145.060MHzに、サブの周波数を確保すると、メイン周波数でCQを発出しました。すると、10時8分にコールバックがあったのは、興部430レピーターの、ロールコールに初参加してくれた、超ローカルのJO4局でした。

JO4局からは、「20日は、初めての参加だったので、色々と都合を付けて、20時から参加出来ましたが、以降は、2巡目の後半からの参加になりますが、必ず参加しますので!」と言う力強い言葉が聴けたのでした。その後は、ここでも地方都市の悲哀を一身に受けて、コールバックが途絶えたので、再び、18MHz帯にQSYする事にしました。すると、10mFMと14MHzでも交信した事がある、北海道三笠市のJH8局の交信が聴こえて来ました。

JH8局には、複数の局がコールを送っていたので、RHM12では、交信は難しいかも?と考えながら、コールを送ると、最初のコールは、他の局に負けてしまいましたが、2度目のコールでは、しっかりとコールバックを頂いて、10時47分から交信が開始されました。続いて聴こえて来たのは、北海道上川郡新得町に移動していたJR8/8局のCQでした。直ぐにコールを送ると、他の局を押さえて一発でコールバックを頂き、11時丁度から交信がスタートしました。

新得町には、2018年にレンタカーで北海道をドライブした際、パワースポットとしてヒットした「新得神社」に立ち寄った事があったので、より一層、楽しく交信出来ました。その後の18MHz帯では、飛び抜けて強い局は、これまでに繋がった事がある局だった事もあり、これまで、交信した事がない局とのコンタクトを望み、信号が弱い局に対して、ひたすらCQを送ったものの、悉く、玉砕してしまいます。その多くは、気付いてさえ頂けないと言う悪循環に陥ったのでした。

いつもであれば、直ぐに他のバンドにQSYするところ、この日の私が18MHz帯に拘ったのは、ある理由がありました。それは、前日にあった興部430レピーターの、ロールコールのキー局を勤めた、北海道紋別郡湧別町のJM8局が、会話内で18MHz帯で交信した事を言っていた事もあり、そのタイミングでは、北海道の局も普通に入感していたので、もしかしたら、ワンチャンあるかな?と考えていたからでしたが、結局は、私がワッチしていた時間帯での交信は叶いませんでした。

JM8局との交信が無理であれば、他のバンドにQSYするしかないと、考え始めていた私は、車外に出て、折り畳み椅子に上がって、21MHz帯に合わせると、21MHzのワッチに入ったものの、DX局の交信が確認出来たものの、国内ラグチュー局は皆無でした。それを受けて、今度は14MHzに合わせて、車内に戻ってワッチに入ると、横浜市緑区に移動していた、JK1/1局のCQが聴こえて来ました。私は、SWR調整がまだだったので、JK1/1局のCQには、間に合わないと考えていました。

しかし、SWR調整後でもJK1/1局のCQに間に合わせる事が叶い、11時14分から交信がスタートしました。この時の私は、始めての交信だと考えて、カード交換の約束をして、交信を終えましたが、紙ログの見落としで、2回目の交信だった事が判明します。しかも、最初の交信も同じ緑区移動だったのでした。JK1/1局は、ご自宅があるのも横浜市緑区との話だったので、いつも決まって声を出す、緑区の移動ポイントがあるのかな?と考えたのでした。

続いて、これまでにも21MHz帯や18MHz帯でも交信した事があった、北海道雨竜郡のJA8局の交信が聴こえて来ました。11時39分にコールを送ると、直ぐにコールバックがあったものの、私の電波がノイズすれすれだった様で、45と言うレポートでした。しかし、辛うじて交信が成立して、このJA8局とは3バンドでの交信となりました。JA8局との交信終わりには、12時近くにもなっていたので、ランチタイムを取る事にして、IC-7300Mの電源を落としました。

12時半過ぎに、交信を再開しようとIC-7300Mの電源を入れると、14MHz帯のコンディションが落ちていて、何も聴こえて来ませんでした。仕方ないので18MHz帯→21MHz帯とQSYしたものの、14MHz帯と同様の結果でした。そして最後の砦とばかりに7MHz帯にQSYすると、変調が微かに聴こえるものの、交信が出来るレベルではありませんでした。その時点で、HF帯は諦めて、IC-705の電源を入れて、144MHz-FM→144MHz-SSB→430MHz-FMとCQを連呼したものの、そこでも、ガッツリと玉砕しました。

こうなると、撤収するしか道は残されていませんでした。しかも、この日は15時までには帰らないといけなかったので、丁度良いと言えば、丁度良かったので、撤収を急ぎ、14時過ぎには自宅に帰り着いたのでした。家内からは、「ええ??何で、もう帰って来たん?まだ、14時過ぎやん!」と、前日にも言われた台詞を言われたのでした。私が「コンディションが落ちたから、帰るしか無かった」と言うと、「それは、仕方なかったね」と言われたのでした。
Posted at 2025/12/25 15:24:24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「例によって、福山サービスエリアのマクドナルドで昼食なう。笑」
何シテル?   01/30 12:05
★老人ギタリストもどきです。どうぞ、宜しくお願いします!! どうせ老い先短い身の上ならば、素人でも楽しまなくちゃ!!とyoutubeデビューしました。...
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日産エクストレイル 20Xi 4WD 2列シートに乗っています。登録は2019年4月です ...

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