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老人ギタリストもどきのブログ一覧

2025年06月10日 イイね!

無線ありきで帰省した京都(2025.1.31〜2.3) その1

無線ありきで帰省した京都(2025.1.31〜2.3) その12025年1月31日は、2月1日と2日の土日に比叡山で移動運用する気満々で、京都市左京区にある家内の実家に、車で帰省しました。例年、節分の頃には、家内が1人で、新幹線で帰省するのが定番となっていましたが、それにはある理由がありました。それは、節分の日に京都市上京区にある「福勝寺」において、縁起物の扇子や瓢箪の販売があり、それを購入する為に、わざわざ帰省していたのでした。

福勝寺で販売される縁起物の扇子と瓢箪は、「宝珠尊融通御守(ほうじゅそんゆうずうおんまもり)」と呼ばれている、所謂、「融通の神様」とも呼ばれている扇子や瓢箪でしたが、毎年節分(2月3日)に販売されている縁起物のお品でした。2025年の節分は、2月2日と定義されていましたが、福勝寺では、あくまでも2月3日が、節分であると説明されており、実際に2月3日に縁起物の扇子や瓢箪が販売されていたのでした。

何故、2025年の節分は2月2日なのかと申しますと、立春は2月4日であることが多いのですが、「2025年暦要項」によれば、2025年の立春は「2月3日午後11時10分」になっており、「立春の前日」と定義されている節分も、それにより、1日早まり2月2日となったのだそうです。しかし、福勝寺における節分は、それらの理由とは関係なく、毎年、2月3日が節分となり、その日は決まって、縁起物の扇子や瓢箪が販売されるのでした。

節分の日には、京都市上京区にある福勝寺には、縁起物の扇子や瓢箪を求めて、千人以上の人が参拝して、普段は小さく閑静な境内が、大勢の参拝者で大変な賑わいを見せるのでした。「宝珠尊融通御守=ほうじゅそんゆうずうおんまもり」とは、福勝寺の歓喜天(聖天)を、大寒より7日間に渡り、二十一座ご祈祷した扇子や瓢箪のお守で、弘法大師空海が、日本に伝えた「如意宝珠の修法」に由来するそうです。

如意宝珠とは、一切の願いが、自らの意の如く叶う不思議な宝の玉で、多くの人々の諸願を成就させることによって、仏の徳を顕そうとしたものです。宝珠を二つ重ね合わせると、瓢箪の形になることから、「ひょうたんのお守」として親しまれるようになったそうです。その「融通の神様」である瓢箪を、昔から家内の両親も購入して来た歴史があり、それに習ってではありませんが、家内も購入する様にしているのでした。

そんな私も、家内に感化された訳ではありませんが、何か良い事であったり、万事上手く行った時などは、「融通の神様のお陰やな」と、互いに声を掛け合う事により、福勝寺の瓢箪の御利益を確かめ合っているのでした。そんな福勝寺との付き合いでしたが、数年ほど前から、家内の友人からも、一緒に購入して欲しいと言う依頼が舞い込む様になり、毎年、家内が購入するついでに、友人の分も購入する様にしていました。  

福勝寺には、2025年の1月初旬には、メールで予約の一報を入れてあり、後は当日に購入するだけになっていました。話を戻して、2025年1月31日は、先ずは京都府宇治市の高校からの友人宅と、家内の高校時代の先生宅へ、私の田舎にある畑で採れた「金柑」を、お裾分けする為に、向かう事が最初の目的でした。高校時代の先生には、既に12月にも、一度送った事がありましたが、あるなら欲しいと言われた事で、今回も持参する事にした経緯でした。

しかも、京都府宇治市の高校時代の友人と先生宅に立ち寄った後に、向かう場所も既に決まってました。その場所とは、家内の実母(私にとっては義母)が、腰の治療の為に入院していた、京都市左京区岩倉の病院に立ち寄る事でした。しかも、その面会時間は、14時から16時の間と決まっていたので、1月31日の出発時間を考えた時、途中では、何が起こるか分からないとして、時間が余ったところで、幾らでも調整が可能と考えて、朝の6時出発としたのでした。

2025年1月31日の朝6時過ぎに、自宅を出発した私達でしたが、8時前には福山サービスエリアに到着していました。福山サービスエリアでは、マクドナルドの朝メニューを朝食にして、再び、京都府宇治市に向けて出発しました。新名神高速道路を経由して、宇治市宇治蔭山の友人宅近くに到着したのは、約束の時間よりも1時間半程早い、11時半頃でした。その日は、多分、午後からになると言っていたので、友人が在宅してるか不明でした。

友人宅の前の道が狭路で、通行し難い事は判明していたので、近くのスーパーの駐車場に車を停めて、家内が電話をすると、運良く友人が在宅だったので、家内が徒歩で金柑を渡しに向かいました。金柑を渡し終わった家内が車に戻って来たので、今度は改めて、先生宅にも電話をしてみると、先生も在宅だったので、先生が住む宇治市五ヶ庄平野に向かう事にしました。Googleナビに促されて到着すると、友人宅と同じで車では行き難い所でした。
Posted at 2025/06/10 15:48:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年06月09日 イイね!

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その6

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その68時過ぎに起床して、階下にある洗面所に向かうと、トイレの掃除をしていた家内から、既に1日延びる事を決定した事を告げられた私は、それならもっと早くに対応出来たかも?と考えたものの、それは、後の祭りの話でした。その後は、速攻で準備を進めて、9時半過ぎには、家内の実家を出発しました。途中では、いつもの様に、コンビニにも立ち寄り、ランチ用の菓子パンと調理パンを購入してから、比叡山を目指したのでした。

10時過ぎに、比叡山の山頂駐車場に到着した私は、1月2日に選んだフェンス際の区画から、それ以前の運用では、常に、運用場所として選んでいた、駐車場の中央付近に車を駐車しました。運用体制は、ニューイヤーパーティー2日目として、再び、430MHz帯のFMモードでの交信でした。SWRの調整後、サブの周波数を確保して、メイン周波数でCQを発出して、サブの周波数に戻ると、奈良県の大和高田市の移動局からコールバックがありました。

比叡山で移動運用した際には、過去に比叡山で繋がった局の、紙ログを持っていたので、それを確認したところ、大和高田市の移動局JQ3/3局のコールサインが無かった事から、初めて繋がった局との認識でしたが、いきなり、私の名前を呼ばれた事で、2nd-QSOだと知る事になります。しかし、その時は、2024年11月の最終更新版に、記入漏れした局だと、盛大に感違いした輩がいました。しかし、その後の会話で大晦日に繋がった局だと知ったのでした。

その後も連続で呼ばれたものの、ニューイヤーパーティー初日の反省から、時折、トイレ休憩を挟みながら、トイレ終わりには、早目に昼食も済ませて、余裕を持って交信を楽しんだのでした。この日も終了時間を、夕暮れが迫る17時頃と決めていましたが、例え、真っ暗闇になっても常に常備しているネックライトがあるので、撤収作業には問題ないと考えていた事もあり、17時を回っても安心感を感じていました。

ところが、肝心要のネックライトが、まさかのバッテリー切れで大いに慌てます。しかも、車外に出てみると、強風が吹いており、気温もかなり低いと感じて、急いで、ダウンジャケットを着用しました。肝心要の光がないと、撤収作業も儘ならないので、取り敢えず、適当に片付けて、翌朝にでも改めて整理をしようと気持ちを切り替えて、暗闇の中、撤収作業を急ぎ、比叡山の山頂駐車場を後にしました。途中では、夜景目的の、何台かの車と行き交いました。

比叡山ドライブウェイの料金所から、山中越えの道に降りると、運悪く、バスが先頭にいて、バスの後には、長蛇の列が出来ていました。漸く、白川通りまで降りて来た頃には、前日よりも30分程度、遅くなっていました。それにより、家内の実家に戻った時には、夕食直前にもなっていました。この日の交信では、JARLのカード交換が18局。誰でもQSLのワンウェイ送信が5局。JARL+誰でもQSLワンウェイも5局。ノーカード2局の合計30局でした。

翌日には、確実に、広島の自宅に戻る事は決定していたので、モバイルバッテリーやポータブル電源の充電は、自宅に帰ってからでも良いのでは?と思う気持ちがあったものの、それでも、ドンデン返しがあったりして?と姑息にも、往生際の悪い輩がそこにいました。いつもの様に、「誰でもQSL」にアップする写真を吟味しつつ、充電も時折、チェックしながら、ゆったりした時間を過ごして、ポケモンが0時を越したタイミングで就寝しました。

2025年1月4日は、昨夜、妄想したドンデン返しも特に無く、粛々と帰り支度が進んでいました。それでも、1月3日に移動する場合には、午後からの出発予定だった事もあり、1月4日も同じと考えていた私は、家内に「午前中は、交信記録の整理をするよ」と告げると、「それでは間に合わん!」と言われてしまいます。そこで、ハッと思い出した事がありました。1月4日に帰宅したら、長男家族が会いに来ると言うものでした。

と言うのは、年末から順番にインフルエンザに罹患していった長男家族に対して、最初はクリスマス会を中止する事から始まり、最後は、京都帰省を諦めさせるところまで行きましたが、クリスマス会を中止した時点で、孫2人に買っていたプレゼントを長男に預けた際、ついでに、お年玉も預けていたのですが、お年玉は、1月4日に帰った時に、連れて行くから、直接、本人に手渡して欲しいと言われていたのでした。

ですから、1月3日であれば、お年玉を手渡すイベントは翌日の1月4日だったので、夜までに帰れば良かったのですが、イベント当日の1月4日では、家内が主張する通りで、午前中に出発するのが、当然の話だったのでした。その後は、予定通り「辛うじての午前中」に出発する事が出来ました。そして、夕方に到着したタイミングで、家内が連絡を入れると、長男家族が車で来たので、車の窓越しにはなりましたが、無事に手渡しが出来た次第です。

2025年1月14日は、比叡山でニューイヤーパーティーに参加した時の「合計97局との交信ログシート」と「サマリーシート」を記入して、翌1月15日にJARLQSOパーティ係宛に郵送する予定です。その際、記念ステッカーは希望しないつもりです。と言うのは、今回、比叡山で正月にQRV出来たのは、単に長男家族がインフルエンザに罹患した事で、京都に帰省する話が無くなったと言うイレギュラーでの運用だったので、この様な機会は2度と来ないと言う理由からですね。
Posted at 2025/06/09 13:20:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年06月08日 イイね!

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その5

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その5家内の実家に戻ると、初日とは違って家内からは、何も言われませんでした。私はと言えば、石油ストーブの前に座り込んで、元旦の朝に撮影した写真の中から、誰でもQSLにアップする写真の吟味に入っていました。アップする写真を決めてからは、初日と同様の手順で、誰でもQSLへのアップロードを開始しました。やがて、夕食の時間となった事で、一旦、作業をストップして、夕食を摂って、再び、応接間で作業開始したのでした。

誰でもQSLのアップロードが終了してからは、モバイルバッテリーや、ポータブル電源の充電状況を見守りながら、激遅のネット環境で、ネットサーフィンしながら、この時間を利用して、ハムログにでも入力していれば、自宅に帰ってからの作業も簡単に済むのにな。と考えながらも、実行に移す事もなく、簡易ローテーターがまた動かなくなった事で、落ち込みながらも、ただひたすらに、怠惰な時間を過ごしてから就寝しました。

2025年1月2日の朝は、気合を入れて朝の6時に起床して、7時過ぎには家内の実家を出発していました。比叡山ドライブウェイには、情報的には、正式な開門時間はあっても、発券機は既に動いている事は分かっていたので、8時前には、ゲートを潜って山頂駐車場を目指していました。すると、夢見が丘展望台や登仙台展望台には、既に車や人がいました。これは、7時から開いていたのでは?と思わせる様な光景でした。

その後、比叡山の山頂駐車場に着くと、車内のガラス越しには、暖かな日差しが差し込み、前日の凍結が嘘の様な雰囲気を漂わせていました。そんな中で選んだ場所は、以前は、好んで選んでいたフェンス際の場所でした。しかし、LINEでも繋がっている滋賀県大津市のJE3/3局と、比叡山の山頂駐車場で初めて会った時に、駐車場の中央付近の方が、運用場所には最適と教えて貰ってからは、常に中央で運用する様にしていました。

運用準備の為に車外に出た私は、窓越しに感じた暖かさとは真逆の外気温に晒されながら、準備を急ぎ、8時半頃には全ての段取りが完了していました。この日から開催される予定であった、アマチュア無線の「ニューイヤーパーティー」に、初めて参加する私としては、RSレポート+名前と言う手順は分かっていても、実際の交信は聞いた事が無かったので、開始時間の9時からは、暫く様子見をしようと考えていました。

そんな中、既知のJF3/3局が大阪府交野市の旗振山に移動していて、盛んにCQを連発する声を聞こえて来ました。そのCQに対して、軽く御挨拶するつもりで、「〇〇さん!お早うございます!」と送り、9時前から交信がスタートしました。その後、午前9時を回ったタイミングで、JF3/3局から、改めて、RSレポートと名前が送られて来たので、私の方からもRSレポートと名前を送り、ニューイヤーパーティーがスタートしたのでした。

JF3/3局との交信終了に、私も移動局として正式にQRVすべく、サブの周波数を確保して、メイン周波数でCQを発出して、サブの周波数に戻ったところ、9時4分に京都市西京区を移動していたJK3/3局から、コールバックがあり、私のニューイヤーパーティーがスタートしました。その後も、次々と呼ばれてしまい、昼食や水分補給も儘ならない状況のまま、本能で突っ走った結果、日暮れ直前の17時過ぎまで、トイレ休憩も昼食も水分補給も無しに、合計で67局と交信しました。

この日の気温は、午前中はそれ程には上がらなかったものの、昼間には、車内の温度が31度強にも上がってくれたお陰で、寒いと直ぐにトイレに行く輩でも、トイレ休憩を取らなくても何とか凌げたのですが、それでも、待機してくれていた各局に、QRTする事を告げた17時過ぎにトイレに駆け込んだ際、一体、いつまで出るのだろうと思える程に、タンクは超満タンだった様でした。すっきりして車に戻ってからは、撤収作業と夕暮れとの時間勝負になりました。

ニューイヤーパーティー初日の交信としては、JARLでのカード交換となったのは27局で、誰でもQSLのワンウェイ送信では24局。JARL+誰でもQSLのワンウェイ送信の局数は14局で、ノーカードは2局でした。交信した各局には、交信の中で、翌日の2025年1月3日は、広島の自宅に戻る事を告げていましたが、18時過ぎに家内の実家に戻ってみると、1月3日の移動は、諸事情で、1日延びる可能性がある事を告げられたのでした。

その話は、私にとっては、渡りに船の状況でしたが、その結論が出るのが、翌日の午前中だと言われて、いつもであれば、7時過ぎには出発していた事もあり、延びる事が決まってからだと最悪午後からになるだろうし、それだと、大して交信は出来ないな。と考えたのでした。その後は、モバイルバッテリーや、ポータブル電源の充電を見守りながら、いつも通りの夜を過ごして就寝しました。翌朝は早起きしたところで、比叡山に行けるのは、午後からだろうと胸算用していたので、午前8時過ぎまで寝ていました。
Posted at 2025/06/08 17:12:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年06月07日 イイね!

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その4

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その4私が購入した、充電器付きのリチウムイオン 26650電池は、充電器を別に購入しなくても、電池1本に付き、1個の充電器が付いて来たので、「これは良い!」と単純に喜んだものの、実際に充電を開始すると、様々な問題点が浮き彫りになって来ました。オマケとして付いて来たリチウムイオン電池の充電器には、充電が完了すると、赤色から緑色に変わる、ランプが付いてるだけの簡素なものでしたが、充電量が把握出来ないのがネックでした。

それと言うのは、リチウムイオン電池3本共に、緑色のランプが点灯した状態で、集魚灯の電池ボックスにセットしても、スイッチボックスの蓋にある、電源スイッチが点灯しませんでした。つまりは、充電器が単純な仕様だった所為で、緑色のランプが点灯した時点で、3本のリチウムイオン電池には、充分に充電されたと錯覚していたのでした。やはり、リチウムイオン電池の、細かな状態が観察出来る、充電器は必須だったのでした。

しかし、集魚灯の電池ボックスが使用不可の状況で、敢えて、ナガラのデュアルバンド八木アンテナDO-2B8を使用するのには、ある理由がありました。それは、前回の運用で動作しなくなった理由が、電圧降下であるならば、1.5ボルトの単三乾電池を8本使用して、並列接続で12ボルト出力を得る電池ボックスでも、収納する電池を、パナソニック製の高性能電池に交換すれば、動くはずと考えていたからでもありました。

上記の考え方から、この日の朝にコンビニに立ち寄った際、パナソニック製の高性能電池も購入していました。この日の運用体制としては、最初から430MHz-FMでQRVすべく、タイヤベースを後輪で踏んで、アンテナポールをセット。その先端に、簡易ローテーターの本体シェルを固定して、並列接続の電池ボックスに取り付けているコントロールレバーを倒すと、しっかりと動作してくれたので、その後は躊躇する事なく、準備を急ぎました。

全ての準備が終わり、サブの周波数を確保して、メインの周波数でCQを出して、再び、サブの周波数に戻ると、9時25分に大阪府藤井寺市を移動していたJF3局からコールバックを受けて、この日の最初の交信がスタートしました。続いて、9時35分には、比叡山でアイボールした事もあり、LINEでも繋がっている滋賀県大津市のJE3局からお声掛けがありました。その後も順調に交信を重ねて行きました。

その後、アンテナの方角を変更しようと、運転席の窓から上空を見上げて、コントローラーのレバーを倒すと、微動だにしないアンテナの姿がそこにありました。しかし、その時の私の気持ちとしては、同じ方向にアンテナを動かしてしまった所為で、同軸ケーブルが巻き付いたのだろう。と単純に考えていました。その不具合を解決する為に車外に出て、アンテナポールを降ろして、同軸ケーブルの巻き付きを解消して、再び、ポールを引き上げました。

そして、運転席に乗り込み、運転席の窓を開けてアンテナを注視しながら、簡易ローテーターのコントロールレバーを倒してみました。しかし、巻き付きを解消しても、アンテナが動く気配はありませんでした。前回同様の結果となってしまった事で、テンションがダダ下がりとなりました。悔やんだところで、どうしようもない事なので、気持ちを切り替えて、車から降りて、手動で南方向にアンテナを動かしました。

再び、サブの周波数を確保してメイン周波数でCQを出してサブに移ると、12時49分に、比叡山延暦寺に参拝する為に西塔駐車場にいた、JG2/3局からコールバックがあり、「延暦寺の参拝を終えたら山頂駐車場まで、アイボールに行きますよ」と言われます。JG2/3局の次に、12時58分に繋がった局は、大阪府枚方市在住の小学4年生ハムのJQ3/3局でした。次の世代を担う、JQ3/3局には、無線仲間を増やして行こう!と言った次第です。笑

その後、比叡山延暦寺の参拝を終えたJG2/3と、アイボールが実現しました。私は名刺代わりに、現在配布中のQSLカードを手渡したものの、JG2/3局からは、ご自身の名刺に、コールサインを書き加えたものを、挨拶代わりとして頂きました。その名刺の肩書きから、とても優秀な人だと知ったのでした。この日も、あまり粘る事はせずに、15時9分に繋がった京都市上京区在住のJS3局を最後にして、撤収に入りました。

2025年元旦の交信結果としては、総交信数が21局で、JARLでのQSLカード交換となったのは5局。誰でもQSLのワンウェイ送信の局は11局。JARL交換と誰でもQSLワンウェイの局は、4局で、ノーカードの局は1局でした。元旦の交信で、再び、簡易ローテーターが動かなくなった現実から、1月2日から開始されるニューイヤーパーティーには、再び、モービルアンテナのCR8900をコンバートする事にしました。
Posted at 2025/06/07 19:35:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年06月06日 イイね!

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その3

年末年始の京都帰省(2024.12.30〜2025.1.4) その3コメットのパワーブースターであるCLA-45と、NBC BL-50TXポータブル電源を取り出して、NBC BL-50TXは、ダッシュボードの左側に置き、CLA-45は、助手席に置いた専用ケースの上に鎮座させました。その後は、3エリアではメインの430MHz帯-FMモードのSWR調整に入りました。やはり、コメット製のCAT-283アナログチューナーを持ってしても、1.5以下には落とす事は叶いませんでした。

先ずは、サブの周波数を確保して、メイン周波数でCQを出してから、サブの周波数に戻ると、9時24分に大阪市平野区のJN3局からコールバックがありました。9時36分には、変わった文字列の、コールサインをお持ちの局から、コールバックがあります。以前、1エリアに発給されていた、頭に数字が来る記念局の様な文字列のコールサイン「7J3」でしたが、この局との交信の中で、7J3局が外国人枠での発給である事を知るのでした。

9時47分には、比叡山ではいつも繋がる三重県名張市のJS2からコールバックがあり、10時11分には京都市北区のJA3局に続きました。そんな風に、次々とコールバックを受けましたが、大晦日の比叡山は半端なく寒かった事もあり、15時16分に繋がった大阪府河内長野市の移動局JM3/3局との交信を最後に撤収作業に入りました。この日の交信結果としては、29FMでは1局だったものの、430FMでは19局の合計で20局との交信となりました。

交信した20局の内、JARL経由でのカード交換となったのは、6局で、誰でもQSLでのワンウェイ送信となった局は11局で、JARL+誰でもQSLワンウェイ送信となったのは3局でした。大晦日の比叡山ドライブウェイは、比叡山延暦寺への参拝者や、御来光目的地の客も増える事から、終夜営業体制でしたが、私が帰る頃には、参拝者の車や御来光目的の客の車で、徐々に増えて来るのかな?と思ったものの、対向車線から登って来る車は皆無でした。

その後、16時過ぎに、家内の実家に戻って来た私を見た家内から「えっ!もう帰ったんかいな!あんまり繋がらんかったん?」と言ったので、「いや結構繋がったで、出発前に早う帰りや!って言ってたやん!だから早く戻ったで!」と反撃した輩がいました。車内から降ろして持ち帰って来た、3個のモバイルバッテリーと、NBC BL-50TXポータブル電源を、それぞれ、応接間に2ヶ所あるコンセントを利用して、充電を開始しました。

続いて、応接間の折り畳みテーブルの上に置いていた、ノートパソコンを起動して、iPhoneとノートパソコンを、ライトニングケーブルで接続してから、iPhone内の「写真」ホルダーから、この日に撮った写真を、ノートパソコンのデスクトップに転送しておきました。その写真をチェックしながら、辛うじてセーフな写真を、1枚だけピックアップして、誰でもQSLに使う事にします。誰でもQSLを起動して、アップロードを開始しました。

「誰でもQSL」に、写真と交信内容をアップロードしていると、18時半頃に、家内から夕食の声掛けがありました。夕食後は、再び、応接間に戻って、モバイルバッテリーやポータブル電源の、充電状況を確認しつつ、劇的に遅いネット環境をボヤキながら、ネットサーフィンに勤しんでいました。そんな中、就寝前までに充電が終わったのは、3個のモバイルバッテリーだけでした。NBC BL-50TXは、充電状態のままで就寝する事にしました。

2025年元旦の朝も、6時半に起床した私は、粛々と準備を急ぎ、7時20分には家内の実家を出発していました。途中でコンビニに立ち寄り、ランチ用に菓子パンとオニギリを買い求めた後、比叡山ドライブウェイのゲートを目指しました。8時前にゲートに到着した私が見た光景は、坂道の上から、ゲートに殺到する沢山の車の群れでした。それらの車が、延暦寺からの初詣帰りや御来光帰りの客である事は明白でした。

料金ゲートに殺到する沢山の車を横目に見ながら、山頂駐車場を目指した私でしたが、山頂駐車場に到着すると、大比叡の登山道からも近く、私が多用する駐車場一帯には、びっしりと氷が張っていました。しかし、この日の運用では、簡易ローテーターの不良動作問題もあったものの、ナガラのデュアルバンド八木アンテナを使用して運用すると決めていた事もあり、その後は、粛々と運用準備に没頭しました。

前回の移動運用で、簡易ローテーターが急に動かなくなったのは、単純に、集魚灯の電池ボックス内の、3本のリチウムイオン電池の総充電量が、簡易ローテーターの動作下限である9ボルトを、下回ったからに違いないと考えてもいたので、自宅に持ち帰って、リチウムイオン専用の充電器で、充電すれば問題解決と考えていました。しかし、自宅で充電しようとしても、一向に満充電にする事は叶いませんでした。
Posted at 2025/06/06 12:29:39 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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「広電の新広島駅に来ています。10時からは、Minamoaで食事してから、電車で帰宅する予定です。(行きはタクシー利用)」
何シテル?   08/30 09:43
★老人ギタリストもどきです。どうぞ、宜しくお願いします!! どうせ老い先短い身の上ならば、素人でも楽しまなくちゃ!!とyoutubeデビューしました。...
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