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老人ギタリストもどきのブログ一覧

2022年06月30日 イイね!

山口県防府市「大平山山頂駐車場」でアマチュア無線移動運用

山口県防府市「大平山山頂駐車場」でアマチュア無線移動運用2022年6月25日~26日(土曜日〜日曜日)に掛けては、近くに住む長男家族が遊びに来たので、いつもよりも賑やかになって活発に交信が行われると予想される土日に移動して、アマチュア無線に勤しむ事は叶いませんでしたが、翌日の6月27日(月曜日)は、何度目かの「防府天満宮」に参拝がてらアマチュア無線の移動運用して来る事が出来ました。

以前、山口県熊毛郡平生町の「大星山」と熊毛郡上関町にある「上盛山」、それと、防府市にある「大平山」を一日で行こうとしていた時、大平山を最初の目的地に設定したものでした。と言うのは、都合の良いルート的には高速道路で一気に防府市を攻めて、帰り道のルートで熊毛郡にある二つのポイントに行くと言うプランが最適と判断していたからでした。

しかし、例によって熊毛郡平生町の大星山へのルートが狭路であると言う口コミを見た事で、最適のルートと考えていた大平山→大星山→上盛山と言う選択をを捨てて、熊毛郡の二つのポイントの次に向かった先は、防府市の大平山では無く、途中の看板で見つけた「周南市」の文字から、かつて好んで行っていた「太華山」にしたのでした。

前日に確認した大平山は、Googleで見る限り、特に三角点辺りは、アマチュア無線的には、ロケーション(眺望)が素晴らしく期待度が爆上がりました。月曜日の朝の4時半に起床して6時前に出発した私達は、西広島バイパスを経由して廿日市インターから高速道路に乗りました。その時は、車のナビでは無くGoogle mapに直接、「大平山山頂駐車場」と入力して進んでいた事で、その後、降りるインターを間違えてしまいます。

どうも大平山に行くには防府東インターでは行き過ぎだった様で、インターから降りて戻る羽目に陥りましたね。大平山の看板が見えた時に大平山と思しき方向を見上げたところ、山頂付近は霧が掛かっていました。その後、私達は山頂駐車場を目指しましたが、麓で見た通りでどんどんと霧が深くなります。そして、山頂駐車場に到着した頃には山頂駐車場は濃霧が立ち込めていました。

これでは、周辺の状況が判らないものの、少なくともGoogleで見たロケーションの場所では無いようでした。取り敢えずは、周辺の状況を把握する為に、車から降りて散策する事にしました。すると一番奥まった場所に案内図を見つけます。案内図の横にはゲートがあり、ゲートの先は濃霧の遊歩道に続いていました。私は、そこに記してあったトイレの位置を確認して、車に戻って家内を促して、先ずは案内図にあったトイレを目指す事にしました。

トイレまでの遊歩道は整備されてましたが、濃霧の為、目の前にある道だけに集中して歩いて行きました。遊歩道の下に見える濃霧の中にある樹木を見て、これは濃霧の中で摩周湖を見た時に酷似してるなと感じたものでしたね。そのまま遊歩道を進んでいると、遂に右側にトイレを見つけました。トイレで用を足した後は、濃霧の中をウロウロするのも不味いので、来た道を引き返して車に戻りました。

車内に入った家内を見た私は、一瞬思案したものの、今度は先程と逆の登って来た道の方向に進もうと思い立ちました。濃霧の中を下って行くと、濃霧の中に白いアルファードハイブリッドが止まっている事に気付きます。しかも、私が近づくと何故か動き出したのでした。それを追いかけるではありませんが、後追いの形となった私は、50m程下った場所でアルファードハイブリッドに追いつきました。その車は一般車両侵入禁止の坂道の前に停車させて、運転されていた男性は車止めのチェーンを外していました。

私はこの坂道の先がGoogleで見たロケーションが良い場所と判断して、チェーンを外していた男性に「この道は入っちゃ駄目なんですよね?」と尋ねたのでした。その男性は「そうですね。一般車両は侵入禁止ですね。私は放送局関係の者なので入れますが・・・。でも遊歩道からは、この坂道と同じ場所に行けますよ!」と仰るので、「車で行きたいんですよね。アマチュア無線をしたいので」と言うと、「ああ、なるほど~!」と言われたのでした。

この会話により、アマチュア無線的にロケーションの良い場所には絶対行けない事が決定してしまった私は、車に戻って家内に仔細を告げた後、車を駐車場の中央に移動しました。濃霧は車体に膜が出来る様な水分を含んだものでしたが、水分を嫌うアンテナには悪影響とは思ったものの、霧が晴れるのを待つのもキツイので思い切って無線の準備に入りました。

そして、期待度を込めて無線機のスイッチを入れて、29FMに合わせたところ、いきなり「7エリア=青森市」の局の交信音声が飛び込んで来ました。Eスポ(季節的に電波が異常に飛ぶ現象)が開けている様でした。青森市の局と交信した後は、埼玉県上尾市の局と交信しましたが、3局目に交信した方は、比叡山で26年振りに交信した大阪府高槻市のhQSLカードの局でした。

私はこの近畿エリア=3エリアとの交信が「近距離Eスポ=稀に発生する、通常は交信出来ない地域とのEスポ」であるのか判断が付かないまま挨拶のみで終わりました。その後も関東エリアだったり、北海道エリア、東北エリアと順調に交信を重ね、富山県の局と交信した直後に、急な生理現象が襲って来た事で、またしてもトイレに行く事にしたのでした。

しかし、アンテナや無線機をそのままにして行くのも不用心だったので、家内には車に残ってもらい、私は来た直後に向かった遊歩道を進んで行きました。すると、来たばかりの時は濃霧で全く見えなかった周辺の状況が判明したのでした。遊歩道の下には遊具のエリアが存在し、進行方向にはロープウェイの駅と大きな看板がありました。一方、山側を見上げると頂上にはテレビのアンテナ群が聳え立ち、傾斜部に植えられたツツジの手入れをされる作業員の姿も確認する事が出来ました。

トイレを済ませたあと、2015年に廃止された大平山ロープウェイの駅に入り、眼下の景色を撮影したりした後は、遊歩道を通って車に戻って家内と交代しました。家内を待っている間、時間も午前11時を回っていたので、そろそろ、昼食を兼ねて防府天満宮に参拝するには丁度良い時間と判断して、すぐさま撤収に入りましたね。

撤収が終了して、遊歩道のゲート際でエンジンを掛けて家内の帰りを待っていると、家内が戻って来て開口一番「もう無線はせんの?」と言ったので、「今度は山口市の山でやるつもり。それより、そろそろ昼が近いし、昼食と防府天満宮に参拝しようや!」と言うと、そうしよう!となって大平山の駐車場を後にしました。山を下っていると1人テニスの壁打ちをしてる人や自転車に乗ってる人、散歩してる人とかにも遭遇した事で、大平山が如何に市民に愛される山であるかを知る事になりましたね。
Posted at 2022/06/30 12:16:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2022年06月24日 イイね!

血天井の「源光庵」と待ち疲れた「姫路城」の刻々と変化する勇姿

血天井の「源光庵」と待ち疲れた「姫路城」の刻々と変化する勇姿以前、大雪の朝に、長男と2人で静原町からの山越えルートで、大原にある三千院の雪景色を撮影に行った事がありました。その時は、三千院を始めとして、抹茶と茶菓子が出る、伏見城が落城した際、武将が自決した時の血飛沫を吸った床板を供養の為に天井板に敷き変えた「血天井」のある宝泉院とかを訪れたものでしたが、丁度、コスプレだったのか、本当の舞妓さんだったのか、今となっては判りませんが、着物を纏った舞妓さん風の一行がカメラマンを従えて、写真撮影をしていました。一頻り、雪の大原の撮影に興じた後、次に向かったのは、京都市北区鷹峯にある「源光庵」でした。

最終日である2022年6月20日(月曜日)は、その源光庵からのスタートとなりました。源光庵本堂には「悟りの窓」と名付けられた丸窓と「迷いの窓」という名の角窓があります。悟りの窓の円型は「禅と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現しています。迷いの窓の角型は「人間の生涯」を象徴し、生老病死の四苦八苦を表しているそうです。前回訪れた際には、大雪の朝であったせいで寒さも半端なく、短時間の拝観で終わったイメージもありましたが、今回の参拝と撮影は家内と長男に任せる事にして、私は車で惰眠を貪りながら待つ事にしました。

駐車場で待つ事を決めた私は、閑静な地域にエンジン音を響かせるのも失礼と考えて、車の窓を全開にして、先ずは仮眠を摂ろうと試みたものの、暑さもあって、睡魔が襲って来る気配も無かったので、車の中から、駐車場ウォッチングをする事にしました。駐車場は無料でしたが、それを逆手にとって車を駐車させた後、源光庵には入らずに何処かに消えた夫婦もいたり、タクシーで乗り付けて運転手によるガイド付きで入る人もいたりと様々でした。他府県の車ばかりでしたが、平日にも関わらず、続々と訪れる源光庵は人気のスポットだと感じましたね。

源光庵を後にしてからは一路、姫路城を目指しました。名神高速に入り土産を買いたいと言う家内の要請により、桂パーキングエリアに立ち寄ります。トイレを済ませた後、土産を買う家内と長男と別れて車に戻っていた私でしたが、長男から昼食を桂パーキングで摂るとお母さんが言っているとLINEが来たので、車を出てフードコーナーに向かいました。メニューは色々と目に入りましたが、その中でも一際目立つ「唐揚げ10個入り」の定食を注文します。唐揚げが10個も付いているにも関わらず破格の1080円だったのには驚きました。昼食後はナビを「姫路城」に合わせて向かいました。到着予定時間は14時半と表示されていましたね。

割と順調に飛ばしたお陰で、14時ちょい過ぎに姫路城に到着した私達でしたが、以前のイメージで姫路城の真前にあると思っていた青空駐車場が見つからず戸惑う内に、左手に地下駐車場を見つけます。この駐車場?と思ったものの、後続車に急かされる気がして、そのまま、地下駐車場にハンドルを切っていました。地下駐車場は平日でもあり、かなり空いていました。駐車スペースの一画に駐車した私でしたが、その時点では、16時には閉まる姫路城でしたから、1時間半後には帰って来るだろうと高を括って、ここでも私は姫路城の観光は辞めて、車で待つ事を選びました。

地下駐車場では、当然としてエンジンを掛けて待つ訳にも行かず、かと言って窓を全開して、換気の悪い状態で排気ガスを吸うのも本意では無かったので、窓は僅かに開けて、アマチュア無線用として購入していた、充電式の扇風機を後部座席のポケットから取り出して、運転席上部のバイザーに取り付けました。3段階ある風量ボタンをMAXにして、ダウンロードしていたAmazon prime videoの視聴をしながら待つ事にしました。しかし、16時を過ぎても一向に戻って来る気配がありません。私はこんなに時間が掛かるなら青空駐車場を見つけて、アマチュア無線をしとけば良かったと真剣に思いましたね。

17時を過ぎた頃、ようやく戻って来た2人から信じられない言葉を聞く事になります。それによると、これから出庫して姫路城の裏手に回り込み、更に撮影すると言うではありませんか!えええーっ!おいおい勘弁してくれよ!とは思いましたが、家内もノリノリで滅多に来れない場所だから後悔がない様にトコトン撮ろう!とか言ってます。それを聞いた私は遂に諦めて、言われるまま、誘導されるままに、地下駐車場を出て姫路城の裏手の青空駐車場に入庫したのでした。地下駐車場の料金は1200円でした。青空駐車場は3時間までは600円でしたが、まさか、3時間も帰って来ない事はないだろうと思いながら、2人を送り出したのでした。

私の頭の中には、2人が夕暮れの姫路城の姿を撮るにしても、曇空にある現在の状況では大して粘る事も叶わず、今度こそは早く帰って来るだろうとの思い込みがありました。従って、青空駐車場に移動したからと、いそいそとアマチュア無線の運用準備に入ったところで、帰って来たら全てが無駄になると考えて、Amazon prime videoの続きを見る事にしたのでした。しかし、ここでも一向に戻って来る気配が無く、結局、辺りが薄暗くなってから戻って来たのでした。私が曇空だから直ぐに戻って来ると思ってたのに。と恨み節気味に言うと、2人も途中まではそのつもりだったと言うのでした。

2人が言うには、夕暮れの姫路城を撮ろうとして思い付くままに、色々と動き回っていたけど、その時、別のアマチュア写真家の方々が、「昨日は最高だったけど、今日は最悪だな」と言いながら帰り支度を始めたのを見て、「今日は諦めて帰るしかないね」と歩き始めた時、遽に空が求めていた色合いに変化し出した事で長期戦になってしまったと2人は言い訳していました。時間は既に19時半過ぎていました。私はナビに改めて広島の長男宅の住所を入力して、姫路城を後にしたのでした。途中で龍野西サービスエリアで夕食を摂り、その後はノンストップで頑張って帰りましたね。長男宅に立ち寄ってから自宅に帰り着いたのは、24時を越えていました。
Posted at 2022/06/24 16:27:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2022年06月23日 イイね!

アマチュア無線「比叡山山頂移動運用」と「昼の鞍馬寺」&「夜の貴船神社」

アマチュア無線「比叡山山頂移動運用」と「昼の鞍馬寺」&「夜の貴船神社」022年6月19日(日曜日)は予定していた比叡山山頂駐車場での4回目となるアマチュア無線移動運用の日でした。しかし、事前の週間天気予報では常に雨の予報だったので、家内の実家では、Amazon prime videoを視聴して過ごそうと、しっかりとダウンロードを完了させていました。それが、日を追うごとに目まぐるしく変化して直近の予報では曇りの予報に変わっていました。前日の就寝間際に長男から今年のGWに末娘が京都貴船神社で挙式した際、着物を着た長男嫁に代わって息子達の世話をしていたので、せっかくの貴船神社を撮影する事が出来なかった為、今回はゆっくりと夕暮れの貴船神社を三脚で撮影したいと言われた事で、それを受けたカタチで、家内から比叡山の出発間際に「そこそこの時間には帰って来てよ!」と釘を刺された次第です。

家内が早く帰れと言うのには理由がありました。これまで、移動運用には必ず同行している家内でしたが、この比叡山山頂でのアマチュア無線運用だけは、私が単独で行動する事を許されていたからでした。と言うのは、家内は、離れに義姉も居るのですが、実家では高齢の実母に代わって、食事の支度を含めて、あらゆる用事を率先して熟す為、アマチュア無線の運用には同行しないパターンが定着しているのですね。家内に見送られながら実家を出発した私は、近隣のコンビニに立ち寄って、昼食用の菓子パンや調理パンと共にアースジェット殺虫スプレーを買い求めました。その後、勝手知ったる白川通りを通って、途中で左折して比叡山へ向かいました。国際会館駅の近くで仰ぎ見た山頂付近は濃霧に隠れて見えませんでしたね。そして、比叡山ドライブウェイを快適に走行して山頂駐車場に到着しました。

山頂駐車場に留めてある車は時間が早い事もあって僅かでしたね。しかも、比叡山の山頂駐車場は、麓で見た通りで霧で煙っていました。私はトイレで用を足してから車に戻り、いつも比叡山での無線運用で利用する場所に向かいました。その場所はトイレと反対方向にある駐車スペースで、近隣にはバスの待機場がある所でした。しかも前進駐車ではあるのですが、私はいつもバックで駐車していました。先ずはフェンスから少しスペースを開けて駐車し、4つのドアの窓をフルオープンさせてエンジンを止めました。私はハッチバックから虫除けの蚊帳を取り出して4つのドアに被せてから、車内の無線機関係の準備と車外のアンテナの設置に入りました。そして、最後にハッチバックの開口部を覆う蚊帳をクリップで挟みながら設置して、コンビニで買い求めたアースジェット殺虫スプレーを車内に噴射したのでした。それは設置途中で侵入した蚊を含めた害虫を駆除する為でした。

殺虫スプレーの嫌な臭いが消えた段階で運転席に乗り込んだ私でしたが、先ずは、いつも通りで、アンテナを設置した車の外観や、車を含めた周囲の景色を撮るのが優先と考えたものの、取り敢えずは現在の電波状況を知りたい欲求が優って、無線機のスイッチを入れたのでした。これが大きな間違いでした。29FMに合わせた状態で電源を切っていた様で、いきなり29FMのサブ周波数に移った北海道の局が聞こえて来たのでした。多分、休日である事も相まってコンディションが開けている様でした。これが、もしもコンディションが低調な場合には、CQ ham radio誌の付録にあった「50/144/430MHzの魅力再発見!!」を参考にして、VHF帯やUHF帯の運用デビューも良いかも?と考えてもいました。このEスポ(季節的に電波が異常に伝播する現象)によって北海道の局が聞こえて来たことで、「撮影を優先する」と言う考えは頭の中から飛んで行ったのでした。

その後の私は、トイレも我慢気味で、ようやく昼過ぎにトイレ休憩と食事タイムの時間を設けたものの、昨日の南港での無線運用玉砕の鬱憤を晴らすではありませんが、ひたすら交信に没頭したものでしたね。しかも、3局目に交信した局からは「貴局とは1996年に交信しました」と広島市安佐北区の荒谷山での運用で神奈川県藤沢市の局からも言われた嬉しくも懐かしい言葉が聞かれました。その局とは、その後、QSLカードの交換の話になった際、その局の弁によると現在もJARL会員でQSLカードの転送は可能ですが、紙QSLカードは発行して無いので、今回は無料のデジタル交信記録簿であるターボハムログの副産物である「hQSLカード」で送りますと言われたのですが、如何せん、その設定が済んでいない私は、結局はノーカード(交換無し)としました。hQSLカードは通信設定さえ済めば発行は可能とは解っていたのですが未だ設定が完了していないのでした。

この「hQSLカード」とは、メール形式のQSLカードで、ハムログのユーザーであるなら、殆どの局が利用しているシステムでした。しかし、その後、どんな方法かは不明でしたが、この局からは私のメールアドレス宛にhQSLカードが送られて来ました。そこには、「どんどんhQSLユーザーが増えています。通信設定だけ完了すれば直ぐにも利用出来るので挑戦して下さい」と綴られていましたね。他にはこんなエピソードもありました。複数の局に同時に呼ばれた際にはFMモード特有の現象で、お互いに電波を潰し合うと言う状態になるのですが、その中に微かに4エリアの局のコールを聞き取った私は「各局さん!コール有難うございました!4エリアの方は居られますか?再度、コール宜しくお願いします!」と送ると、何故かコールバックが無くシーンしていました。私は「あれれ?4エリアの局長さんはいらっしゃいませんでしたか!失礼しました!」と送り直すと、ようやく、遠慮気味に声を出された方は「HL4」の方でした。

つまり、その曲は韓国の局(済州島)だったのでした。その方は流暢な日本語を話す局でしたが、このDX(遠距離通信の意味ですが、済州島はかなり近いですね)交信は、今年の2月に再開局して最初となる海外局との音声による交信となりました。以前に開局していた時には、ヨーロッパの局を含めて30カ国程度のDX交信をラバースタンプ(判で押したような決まり文句の稚拙な交信です)QSOで乗り切った事もありました。その後も、順調に交信を重ねて、奈良県の宇陀市の標高700mから交信して頂いたYL局(女性の局)の次に繋がった方が、昨日の南港北での運用でも、切に交信を待ち望んでいた「29FMの主」の局でした。その局とは昔話を含めて小1時間に渡って交信しましたが、その局の弁によると、これまで何度も私のコールサインを聞く場面に遭遇したけど、悉くタイミングを逸して来たとの事でした。

それは私と北海道の局との交信でコールサインを聞いたり、以前に3度実施した比叡山で運用の時も声を掛けようとしたら消えていたとか、昨日の南港北でも声は聞こえていたけど、大阪堺の局が私を呼んだものの、私からのコールバックが無かったので、何か理由があるのかな?と躊躇したとの事でしたね。一方、私の方は大阪堺の局からのコールバックは近隣のノイズに掻き消されて聞こえませんでした。こう言った事情もあって生活ノイズの無い山に登る理由としているのですね。それから、私がブログに書き込んだ件もご存知だった様で、返信はしてないけど読んでましたよ。との事でしたね。(読んでいるなら返信が欲しかったですね。笑)それから当時アクティブに海外から29FMで運用されていた局の話も聞く事が出来ました。その方は私と同じ「J◯3」のコールサインで実際にお会いした事もありましたが、残念な事にサイレントキー(亡くなられた事の意味です)になられていました。そんな事からも、30年と言う月日を感じてしまいましたね。

しかも、近畿エリアで、私が開局した当時から29FMを運用されている方は、26年振りの2回目の交信となった「hQSLカード」の局と、「29FMの主」である局と、あともう1局程度になってしまったとの話で、現在は、それ以降に29FMに興味を持って移って来たり、開局してから29FMを運用する様になった局が殆どと言う話でした。アマチュア無線人口も3分の1になっている現状を考えた場合、とても頷ける話でしたね。その後、懐かしい「29FMの主」局との交信が終了後、再度、CQを出したものの応答が返って来なかった為、これまでトイレも我慢して頑張って運用して来たので、大して粘る事もせずに撤収する事にしました。撤収中も移動運用のヤラセ写真を撮る事は頭に無く、結局、帰りの比叡山ドライブウェイで思い出したものの、既に後の祭り状態でした。

それでも料金所では、せめてもの証として比叡山ドライブウェイの領収書の写真を撮りました。その後、家内の実家に「そこそこの時間」に帰ったところ、肝心の家内と長男は京福電車で鞍馬寺に出掛けていました。待ちきれなかったのか?とも考えましたが、これは鞍馬は自力で行って、貴船神社は車で連れて行って欲しいと言うパターンだな。理解しましたね。その後、応接間のテーブルにノートパソコンを広げて交信記録の整理していると、17時前になって家内と長男が帰って来ました。貴船神社には夕暮れに出掛けるプランでいたので、早目に夕食を摂る段取りになっていました。すると、夕食前に来た義母の知り合いから、前日に貴船神社に「ブラタモリ」が来た事を教えてくれましたね。この日の夕食のおかずは、大好物の餃子の王将の「餃子」でした。その後、19時過ぎに長男と家内を車に乗せて貴船神社に向かった私は、貴船神社前の鳥居を過ぎてから、貴船神社にもうひとつ存在する裏手の参道下の駐車場に入庫しました。撮影の為に車を降りた2人を見送った後、窓を開けてエンジンを停めてボーっと道ゆく観光客を見ていました。

結構な時間が経過後、ようやく戻って来た2人と合流した後の帰り道で、家内が突然声を上げました。その理由は、川に「蛍」を見たと言うのでした。長男も同様に見たようで、とにかく停めて降ろして欲しいと言われたものの、たださえ狭い貴船の道の上、後続車も迫っていたので、貴船神社と鞍馬寺の分岐となる三叉路まで戻る羽目に陥りました。家内は、めちゃくちゃ遠いとボヤきながら車を降りましたが、ここでも再び、待機となりましたね。私は音楽を聴きながら待っていましたが、またしてもかなりの時間が経過した後、蛍に興奮気味にあった2人を乗せて家内の実家に戻りました。家内には、あまりに長い貴船神社参拝を心配した義母から心配する電話があったそうでした。本当に懲りない親子ですね。笑
Posted at 2022/06/23 10:38:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2022年06月22日 イイね!

時間調整で立ち寄った「住吉大社」とミスチルライブ前の様子。無線が叶わず玉砕した南港の風景

時間調整で立ち寄った「住吉大社」とミスチルライブ前の様子。無線が叶わず玉砕した南港の風景2022年6月18日はミスチルのライブが、大阪市東住吉区にあるヤンマースタジアム長居で開催されると言うので、家内と長男を送り届けるアッシー役として、朝の5時に起床し準備して出発したのが7時過ぎでした。先ずは同じ広島市内に住んでいる長男を同乗させる為に、長男宅に立ち寄りました。そして、改めて、ヤンマースタジアム長居に向けて出発したのが、7時半頃でしたね。

ドラマ「若者のすべて」で流れていた「Tomorrow never knows」を聴いて、これって誰が歌ってるの?から始まり、それが洒落たネーミングの「Mr.Children」だと知った事で、一気にファンになった私でしたが、ミスチルを含めた様々な楽曲のレンタルCDをカセットテープに録音して、流すようになってからは、子供達も自然と音楽に触れるようになって行きました。

その中でも特にミスチルを好んで聴いていた事で、洗脳?された長男がミスチルファンになるのに時間は掛かりませんでした。小学6年生の時に義弟から齎されたノートパソコン「ThinkPad230CS」は、長男にとってもインパクトがあったものだった事でしょう。その後、中学生になった長男は、当時、オフィシャルサイトを持ってなかったミスチルのファンサイトを作り、それが結構クールだった事もあり、Yahooに登録されてからは、一気に270万人が訪れました。

そんな長男を見て、下の弟や妹も感化された事でしょう。いつしか、家内も含めた全員の「推しバンド」となっていました。しかし、家族が熱くなるのに反比例して私のミスチル離れは加速して行く事になります。現在、仙台に住む次男は、今回のライブツアーのひとつ前のライブに参加していて、何でも、その際、「終わりなき旅」が演奏されなかった事を悔しがっていたそうです。

長男の弁によると、同曲はライブではテンションが上がる最たるものらしく、この曲が「ある」と「無い」とではライブの質が違うとの話でした。終わりなき旅は、ドラマ「殴る女」の主題歌でしたが、突然の休止宣言から休養を経て、改めて復帰する曲として選ばれ、ドラマとのタイアップも成功してミリオンセラーとなりました。

家内と言えば、最初の頃は、私が録音したカセットテープから流れてくるミスチルを聴くだけの立場でしたが、途中から長男がチケットを購入してくれる様になってからは、棚ぼた参加の身分でありながら、既にライブ参加は30回に及んでいます。一方、私と言えば高校時代に、友人が女性歌手のコンサートのチケットを購入して、好きだった女友達を誘おうとしたものの、見事に失敗した事がありました。

友人はその無駄になったチケットを私に回してくれて、棚ぼたで参加したのが「浅田美代子」のコンサートでしたね。しかし、このコンサートが現在までの私の人生においては最初で最後のコンサート参加となっています。当時の浅田美代子さんは、ドラマで知名度を挙げて人気も沸騰していましたが、私と言えば当時の「推し」は南沙織でした。当時は髪の長い女性が好きだったからでした。

しかし、元々座って観ていた観客が、何のきっかけかは忘れましたが、舞台の端まで押し寄せて一斉に握手を求める事態になった時、その集団の中に私と友人も居ました。しかし、その瞬間、舞台の袖に待機していたガードマンが飛び出して舞台に差し出した手を薙ぎ倒していた情景は今も鮮明に覚えていますね。私は至近距離で「浅田美代子さん」を直視して握手までして貰った事で、その可愛らしさの虜になりました。

話を戻して、長男を乗せて出発した私達は、取り敢えず、岡山県の吉備サービスエリアまでノンストップで走りました。元々は、京都の家内の実家に帰る時とかは、3人家族であった長男家族も同乗して一緒に移動していました。特に前車のアルファード・ハイブリッドの時は、8人乗りだった事もあって長男は後部座席で横になって寝ていたものでした。日産エクストレイルに乗り換えてからも、丁度、3人家族と私達夫婦の合計5人乗車で、多少窮屈感はありましたが、辛うじて大丈夫でした。

しかし、長男に7歳違いの次男が生まれた事で、5人乗りの私の車での移動が不可能になり、必然的に長男家族は新幹線移動となり、私達は2人乗車で車移動するのが常態化して行きました。しかも、2人乗車になった事で、最近、任意保険の運転手の項目を35歳の特約条項を取っ払って、私だけの運転に変更したばかりだった事で、今回の移動は私の単独運転になってしまったのでした。

吉備サービスエリアでは昼食には早い時間帯だった事もあって、トイレと給油だけして出発しました。その後、順調に走行が進み、あと少しでヤンマースタジアム長居に到着するタイミングで、今回のドライブで最大の修羅場と言うか反省すべき事態に遭遇する事になりました。それは、ガッツリ樹木が生い茂る中央分離帯がある道路で、私は側道から右折する状況にありました。私の前にはトラックがいて、これから侵入する道路が見えませんでした。これが大前提です。(単なる言い訳です)

信号が青になって大きく広い道に侵入したところ、正面の同じ車線に対向車がいるではありませんか。私は急停止したものの、事態を飲み込めず躊躇していたところ、相対する車がパッシングした事で「逆走」の状態にある事を悟りました。しかし、直ぐにはバックして退避する事が叶いませんでした。と言うのは、私の後にも後続車がいたからでした。後続車も私のバックライトを見て慌てている様でした。しかし、後続車は素早い対応でゼブラゾーンの深部に退避してくれました。

私もそれに続いてゼブラゾーンの後続車ギリギリの場所に逃げ込む事が出来たので、信号が変わって、それまで相対していた車が、私の車のバンパーギリギリで通過するものの、正面衝突と言う最悪な状態からは脱出できました。その後、車の流れが途切れた瞬間を見計って、2台の車は樹木の生い茂った中央分離帯から反対車線に移動する事が出来たのでした。その後、後続車のドライバーとは軽い会釈を交わして別れました。昨今、高齢ドライバーの逆走が取り沙汰されていますが、正にそれだった訳です。

ヤンマースタジアム長居は目の前でしたが、時間はまだ昼前だった事もあって、まだまだタップリ時間があると言う事で、地図上でヒットした「住吉大社」に参拝する事にします。その時、ついで、その近辺で昼食も摂るプランも入れました。ヤンマースタジアム長居から住吉大社までの道程は、目の前の距離にも関わらず、渋滞の上に踏切もある道で時間が掛かりましたね。

住吉大社の駐車場に車を入れてから、先ずはトイレを済ませてから境内の散策に入りました。一通り境内を散策した後は、住吉鳥居を渡ったところにあったレストランに入り、昼食を摂ってから車に戻りました。それでも、まだまだ時間があると言う事で、ヤンマースタジアム長居に向かう時間の16時までは、全員で車内で昼寝タイムと相成りました。16時と決めた事にも理由がありました。それは住吉大社までの往路で渋滞に巻き込まれたからでした。

16時になり、住吉大社の駐車場から出庫させた私でしたが、ヤンマースタジアム長居には意外と早く着きました。2人を降ろしてからは、住吉大社の駐車場に戻って、アマチュア無線をする事を一瞬考えたものの、どうせなら海に近い方が山手に住んでいる局と交信出来るかもしれない気がして、阪神高速の松原線に乗って天保山方面を目指しました。そして、南港北にある海岸線に一番近い有料駐車場に車を留めて、無線の準備に入ったのでした。

駐車場は釣り人の為のベース駐車場らしく、これから釣りに行く人、釣り場から戻って来た人で車の出入りが活発でした。私が出来たら交信したいと考えていた局は、29FMでDX(海外局)の局と交信する事を最優先されていた局で、以前の免許期間では、かなり頻繁に交信していた局でした。何故、その局が、アマチュア無線を辞めずに今も現役でいる事を知っているのかと言いますと、最近、その方のブログを発見して、返信はまだありませんが、最近、再開局した事をコメントした事があるからでした。

その局は宝塚の高台に住居があったので、社有車で近畿エリアを通る際には、宝塚近辺では、必ず、コールサインを指定して呼び掛けたものでしたね。しかも、かなりの頻度でコールバックがあった事も良い記憶として残っていました。無線運用の準備が整ってからは、早速メイン周波数でCQ(不特定多数の局に交信を呼び掛ける符号です)を出して、自らが指定したサブの周波数に移ります。そして、再度、CQを出してみたものの、聞こえて来るのはザーザー音(雑音)ばかりでした。

大きい落胆を感じながらも、めげずにCQを出し続け、それは徒労に終わりました。長男から、ミスチルのライブは3時間と聞いていたので、Googleで調べたところ、ヤンマースタジアム長居まで、一般道で約30分掛かると表示されていたので、往路に高速道路を使ったのは何故?と疑問は残ったものの、遅くても19時過ぎには南港北を出発する必要がありました。だとすると撤収時間を考えてリミットは18時半と決めて、ひたすら呼び掛けたものの、29FMの応答がありませんでした。

何も無いでは帰れないとばかりに21MHz帯を聞いてみると、東南アジアの強い局が入感していたものの、DXの気分では無かったので、再び29FMに戻ってメイン周波数で待機していました。そして、無為に時間が経過してタイムリミットが近づいて来ました。最後のチャンスとばかりに18時過ぎに再びCQを出したものの、やはりコールバックが無いままに南港北エリアで運用は終了したのでした。その後、撤収が終了して、これからボチボチ移動を始めようとした時、丁度、真っ赤な夕陽が落ちる寸前だった為、最後にその情景を撮影して、駐車場を後にしました。

駐車場を出てからも、近隣の高層ビルをバックに撮影に勤しみながら、21時前にヤンマースタジアム長居の近くに到達しました。しかし、正面の道路はごった返しており、警備員が出待ちの車を排除する為に、何人も路側帯に立っていました。そんな中、私はJRの長居駅前のスペースに待機場所を確保して、LINEで家内と長男に位置情報を送ったのでした。終わっても、退場ルールに沿う為に、結構時間が掛かるのだろうな?と考えながら待っていましたが、思っていたよりも早いタイミングで家内と長男が戻って来たのでした。

2人は口々に最高のライブだった!終わりなき旅もやってくれた!と興奮気味に話していましたね。参加前に終わりなく旅が、あるか無いかでライブの質が違うと主張していた長男はとても嬉しそうでした。しかも、うっかり最後まで残ると退場する順番が決められてしまい、その所為で時間が半端なく掛かる為、終わる寸前で出て来た様でしたね。流石のライブ慣れした対応でした。その後は、名神高速の吹田サービスエリアで遅めの晩飯を摂って、22時半過ぎに京都の家内の実家に辿り着きました。
Posted at 2022/06/22 23:19:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2022年06月16日 イイね!

三次市「高谷山」と広島市安佐北区の「荒谷山」移動運用で30年振りの交信に感激!

三次市「高谷山」と広島市安佐北区の「荒谷山」移動運用で30年振りの交信に感激!6月13日(月曜日)は、今週の天気予報が雨模様である事も多少はありましたが、基本的には家内が同伴しない移動運用は禁止されており、今週から来週の頭までは家内の予定が既に確定していたので、移動運用に行くなら月曜日しかない!と言う事で、以前に車で登れる山としてピックアップしていた広島県三次市の「高谷山(たかたにやま)」と、広島市安佐北区にある「荒谷山(あらたにさん)」にアマチュア無線の移動運用をして来ました。広島市安佐北区の「荒谷山」は6月3日に出雲大社の帰り道で立ち寄った「神乃倉山」から道を隔てた真横に位置する山で、神乃倉山と同じくハングライダーやパラグライダーの離陸場もありました。
 
家内は、週の多くの時間を趣味であるボウリングの練習やクラブの試合に充てており、水曜日には仕事が入っているものの、土曜日は、長男と一緒に大阪のヤンマースタジアム長居で開催されるミスチルのライブへの参加も予定しています。ミスチルは元々は私が好きになったバンドで、CDをレンタルしてはカセット・テープに吹き込んで流していましたが、いつしか、家族共通の「推しバンド」となっていて、娘に至っては赴任していたインドからわざわざライブの為に一時帰国したと言う筋金入りだったりします。未だに長男も次男もライブには必ず参加してますね。大阪へは車で行くのですが私は単なるドライバーと言う位置付けです。(ミスチルには既に興味が無いので・・・。)
 
ミスチルのライブが終わったら、途中で食事を摂りながら京都の家内の実家に帰省する予定です。日曜日は、それぞれがゆっくり過ごして月曜日に広島に帰るプランです。私は日曜日には、アマチュア無線としては、4度目となる比叡山移動運用に行く予定でいましたが、天気が悪い予報なので行けるかどうかは微妙なところですね。6月12日(日曜日)に長男家族が来た際、長男から京都からの帰り道では、途中で姫路城に立ち寄って欲しいとリクエストがありました。そのリクエストを聞いて、長男が結婚する前は私と家内と長男の3人で、気ままに日帰り旅行した日々を思い出した次第です。(その頃は次男と長女は就職して県外にいました)
 
話を戻して、家内の同伴なくして無線の移動運用が叶わないと言う現在の状況は、裏を返せば、初めて開局した当時を含めた約15年間は、それこそ家庭を顧みない程にのめり込んでいたと言う事実と共に、常に単独で移動運用を実施して家内を心配させて来たからでした。アマチュア無線の資格を取得したのは大阪府箕面市の借上げ社宅(マンション)に住んでいた時でした。171号線で仕事場のある兵庫県西宮市に車通勤してました。当時の仕事は3交代だったので、夕方からのシフトの時は、深夜に仕事が終わると、決まって甲山経由で六甲山の芦有道路の途中にあった「芦有展望駐車場」に陣取って、早朝から出勤途中のアマチュア無線局と交信する事を楽しみにしていたものでした。
 
6月13日(月曜日)は、朝の5時前に起床して、毎朝のルーティンとしている地元の氏神様「旭山神社」に道中の安全を加えて参拝しました。その後、改めて高谷山に向けて出発したのは6時過ぎでした。中広道路から広島高速4号線のトンネルを通って五日市インターにアクセスします。五日市インターから山陽自動車道に乗り、更に分岐して中国自動車道で、三次の手前の高田インターで高速道路を下りて、高谷山の「霧の海展望台」の駐車場に到着したのは8時前でしたね。高谷山は「雲海」を見る事が出来る山として、結構、有名な雲海スポットですが、駐車場から霧の海展望台に向かう坂道(石段もあります)から既に一般車両通行禁止となっていたので、アマチュア無線的には、霧の海展望台広場からはかなり下に位置する駐車場でしか運用出来ないと言うシチュエーションは流石に辛いものがありましたね。
 
しかし、トイレも完備されていたので、トイレの無い展望台や頂上も多い中、その点は大いに安心できました。無線運用的にはバッドな環境ゆえに、高谷山では無線運用と言うよりも、先日購入した「車用の蚊帳」を実践配置してみよう!と言う趣旨に切り替えました。とは言え、取り敢えずは霧の海展望台に行ってみようと言う話になり、石段を登って山頂広場に行ってみたのでした。展望台から見る眺望は素晴らしいものがありましたが、この場所で無線運用出来たら良かったな・・・。と言う気持ちが再燃したものの、Eスポ(季節的に電波が異常に飛ぶ現象)が出たらロケーションは関係ないし・・・。と、小声で自分に言い訳する私がいましたね。笑
 
展望台からの眺望を堪能した私は、家内に先行して駐車場に戻りました。ハッチバックから購入したサイドドア用の蚊帳を取り出して、前側のドアから被せてみましたが、良い感じで蚊帳を被せる事が出来ました。サイズ的には割と余裕を感じる大きさであった事も功を奏しました。最初に製品が届いたタイミングで、自宅近くの駐車場で試しに装着した際、後部の蚊帳のタイプがスライドドア用だったので、後部のドアをカバーするだけのサイズではありませんでした。その時、試しに前部用の蚊帳を後部ドアに被せて見たところ、サイズ的にもドアの全体をカバー出来たので、スライドドア用の蚊帳を返品して、新規に後部ドア用の蚊帳を追加注文しました。但し、自己都合の返品だった為、500円差し引かれましたね。
 
後部ドアに前部ドア用の蚊帳を被せた結果としては、多少、格好悪くはなりましたが、実用レベルにあって安心しました。一方、後部のハッチバック用の蚊帳は、私の車以上に幅が広目でしたが、蚊帳の中心にあるファスナーの上部をクリップで固定し、ハッチバックのダンパーにマジックテープで巻き付けて固定した後に、余った部分を引っ張って調整する事で、見栄え良く固定する事が出来ました。上部以外は、ハッチバックの枠のゴム部分に蚊帳をクリップで固定して、最後にアンテナチューナーのアース線とルーフトップからの同軸ケーブルを引き込んだ後、ファスナーを降ろして、ケーブルとアース線の真横にも蚊帳をクリップで固定しました。付属のクリップも充分に数が揃っていたので助かりましたね。助手席の日除けバイザーにはコードレスの扇風機を取り付け、無線機であるIC-705の背面ドックには、常に設置してある6cm角のUSBファンにプラスして、今回追加購入した2連タイプのUSBファンも配置しました。
 
そんな時、周辺をiPhone13の広角レンズを多用して撮影に興じていた家内が戻って来て助手席に乗り込みました。家内はメッシュの蚊帳を見て「これって風が通る?」と言いましたが、一通りの準備が終わった私も運転席に座って風の通りを体感したところ、必要十分に風が通り事が判って安心しました。それから、満を持して無線機のスイッチを入れて29FM(29MHz帯のFMモード)を覗いたところ、コンディションが開ける前兆である抑揚のあるノイズがあるものの、Eスポは開けてはいませんでした。そこで、追加購入した2連のUSBファンの効果を試すために、FMモードで連続でCQ(不特定多数の相手に交信を要請する符号です)を連発して、わざとヒートアップさせて見ました。運良く直接波(高い場所から低い場所にいる局と直接交信する方式)で繋がっても良いと言うイメージもありました。すると、それまでは、ややもするとレッドゾーンに飛び込む勢いであった無線機の温度計がギリギリの線で踏み留まる結果となって安心しましたが、暑さのピーク時での検証は先に持ち越す事になりました。
 
結局、私のCQに対して直接波での応答はありませんでした。一方、扇風機の方は朝でもあり、山でもあったので気温も低いレベルにあったので、作動させる事はありませんでした。その後、21MHz帯にシフトして交信したり、また、29FMに戻ってみたりの繰り返しで11時近くまで待機しましたが、コンディションが開ける気配が無かったので、高谷山は諦めて次の目的地である広島市安佐北区にある「荒谷山」に向かう為に高谷山を後にしました。結局、待機時間が長い割に、交信が出来たのは21MHz帯での3局だけでした。麓の道路に戻ってからは、高速道路を離れて一般道を走行して荒谷山を目指しました。その後、荒谷山に登る直前にあったコンビニの駐車場で昼食を摂り、荒谷山のハングライダーやパラグライダーの離陸場のある「荒谷山テイクオフポイント」を目指しました。
 
荒谷山テイクオフポイントに到着して、チェーンのギリギリにバック駐車してからは、朝ドラの「ちむどんどん」の午後の放映を待つ家内を車内に残して、粛々と無線の準備に入りました。無線の準備が完了してからは、テイクオフポイントの周辺の散策を兼ねて撮影タイムに入りましたが、近くにあった綺麗なトイレは施錠してありましたね。ハングライダーやパラグライダーのイベント開催時以外はオープンではない様でしたね。テイクオフポイントはチェーンをしており、当然として車両の乗り入れは禁止で下が、私有地である事も明記されておりました。しかし、不謹慎な私は、折角だからとチェーンを乗り越えて撮影に興じたのでした。(所有者様!申し訳ないです)その後、車に戻って無線機のスイッチを入れて29FMからチェックしたものの、相変わらずでコンディションは開けてない様でした。とは言え、平日の事でしたからコンディションが開けていても、肝心の無線局が声を出していない限りは開けていても判らないと言う側面もありました。
 
私の開局時の様なアマチュア無線人口が100万人を超えていた時代と違って、3分の1にも減少した現在では、平日に声を出す局は少ないだろうな?とも思うものの、確実にアマチュア無線局の年齢層も上がり、既にリタイヤして、暇になった無線局もいるだろうからとか、色々と考えを張り巡らせながらも試しにCQを出してみたのでした。すると、いきなり4エリア(中国地方)の局に呼ばれたのでした。その局は地元の移動局でしたが仕事の途中で応答してくれた方でした。その方は私のコールサインに冠する「3エリア=近畿地方」から近距離のEスポが開けたのかと思ったそうでしたが、コールサインの後に付記する「 /  =ポータブル」から安佐北区の山に上がった局と理解してくれました。その方からは4エリアの29FMのアクティビティーが上がるから、どんどん移動運用して下さい!とエールを頂きました。
 
その後、15時半過ぎまで、単発的に開けるEスポの恩恵に与りながら21MHz帯と29FMとを交互に運用していた私でしたが、6月3日に出雲大社の帰り道で立ち寄った、「神乃倉山」の帰り道で嵌った渋滞のトラウマから、そろそろ帰り支度を始めないとヤバイ事になるかもとの焦燥感から急いで撤収に入ります。荒谷山でのアマチュア無線としての成果としては、最初に29FMで交信した地元局以降も、29FMのコンディションは低調だった事で、多くの時間を21MHz帯の交信に費やしました。ところが、帰り時間が近づくと29FMのコンディションが上がってくると言う最悪の展開で、後ろ髪を引かれながら最後に29FMで2局と交信して終わりにしました。しかし、最後に交信した神奈川県藤沢市の局が、開口一番「お久し振りですね!お元気でしたか?」と言われて驚きました。その方が仰るには、私と1992年7月に29FMで交信した事があるらしく、正にアマチュア無線を続けていたからこその奇跡と言うか、更に言うなら、開局して15年経った段階で、一旦、コールサインを返納して廃局してから以降、別の方が使用していたコールサインでしたが、2014年頃に縁あって戻って来たコールサインがあったからこその奇跡でしたね。本当に感激しましたね。
Posted at 2022/06/16 09:12:56 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記

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