
比叡山運用5日目の2025年5月4日は、これまでに運用して来た場所から、大きく外れた場所を、選択する事にしました。その場所とは、ガーデンミュージアムとは反対側の、いつものエリアには違いがありませんでしたが、その中でも、駐車場の区画がある一番端の場所を選択したのでした。駐車場の区画としては、山肌に接したエリアにもありましたが、通常は、その場所にはバスが駐車していたので、その区画を除いた場所では、一番端に位置していました。
一番端の駐車場区画を選択するからには、V型ダイポールアンテナは、バスの旋回に邪魔になると考えて、それ以外のアンテナで運用する事にしました。その選んだ場所は、これまでの比叡山運用でも、割と近い場所ではQRVした事があり、その際には、高槻市方向にパスが良い事が分かっていました。その意味で、この日のQRVには、LINEでもリアルに繋がり、29FMで親交のある、高槻市のJE3局と繋がりたいと言う事情も内在していました。
そんな中、先ずは、29FMにセットしたRHM12アンテナを、ルーフにマグネットマウントして、AH-705チューナーを使用して、IC-705でオートチューン。サブの周波数を確保して、メイン周波数でCQを出すと、7時52分に長野県木曽郡にある王滝村に移動していた、JG φ / φ局からコールバックがありました。続いて、8時11分には、奈良県橿原市のJN3局からもコールバックを頂きました。その後は、コールバックが途絶えたので、結局は高槻市のJE3局とは縁がありませんでした。
続いて、50MHz-FMにQSYする事にしました。QSYするに際しては、アンテナの変更が必要でした。使用するアンテナは、29〜430MHz帯まで使用可能なCR8900アンテナでした。RHM12アンテナでも、1.8〜430MHz帯までQRV可能でしたが、50MHz以上の周波数を運用する場合には、アンテナ形状の変更作業が伴うので、アンテナを取り替えるだけでQRV可能なCR8900アンテナを、重宝して多用する傾向にありました。
50MHz-FMでサブの周波数を確保して、メイン周波数でCQを出すと、8時43分に大阪府大東市のJK3局からコールバックがあり、暫しの楽しい交信となりました。しかし、JK3局の後が続かなかったので、430MHz-FMにQSYしようと考えて、アンテナとチューナーを変更しました。すると、私のCQに対して、9時58分にコールバックしてくれたのは、滋賀県野洲市の希望ヶ丘公園のJA3局でしたが、何故か、それ以降は、返って来ませんでした。
その後、何度も呼び掛けたものの、返事が返ってくる事は無かったので、「また、回復したらお声掛け下さい」と送ってファイナルとしました。次にコールバックがあったのは、9時21分からの交信となった大阪府吹田市のJL3局でしたが、この局とは前日に続いて2回目となる交信でした。JL3局からは、JA3局への対応を絶賛されたので、無線機の前で赤面してしまいました。9時39分には、某SNSで交流のある、大阪府枚方市のJG3/3局と繋がりました。
9時52分には、奈良県御所市の移動局JI3/3局と繋がった後、いきなり、滋賀県野洲市の希望ヶ丘のJA3局からお声掛けがあり、9時58分より2回目の交信となりました。10時4分には、京都府宇治市のJJ3局と交信しました。10時15分には、前日の5月3日に、和歌山県紀の川市にあるハイランドパーク粉河で、車中泊するかも知れないと言っていたJQ3/3局との、2nd QSOとなりました。10時26分には、滋賀県野洲市を走行中のJP3/3局と繋がりました。
10時38分には、滋賀県大津市のJM3局と繋がり、10時57分には、前日に繋がった宝塚市のJG3局と、同じ町内のJL3局と交信しました。JL3局からは、同じ団地ではあるものの、JG3局のロケーションの方が良いとの追加情報まで頂きました。その日に、JG3局から送られて来た、誰でもQSLの画像では、宝塚駅と思われる素晴らしい絵がアップされていたので、次回の交信では、その辺りの事を、お尋ねするつもりにしています。
その後は、コールバックが途絶えたので、トイレ休憩と昼食タイムを取る事にします。再び、再開したのは、昼食中にワッチしていた144MHzのSSBモードからでした。144.204MHzでCQを出していた、兵庫県養父市の移動局であるJJ3/3局と、11時57分から交信した後、12時15分には、奈良県吉野郡野迫川村に移動していたJH4/3局と、144.170MHzで交信となりました。その後は、再び、430MHz-FMにQSYして、サブの周波数を確保。メイン周波数でCQを発出しました。
すると、12時44分に兵庫県西宮市の移動局であるJI3/3局と繋がりましたが、その後が無かったので、一旦、周波数をクリアして、大阪府茨木市の鉢伏山に移動して、CQを発出していたJP3/3局にコールを送り、12時53分から交信がスタートしました。13時10分には、奈良県周辺の山を、歩きで縦走して生駒駅を目指していたJS3/3局と繋がり、13時30分には京都府宇治市のJS3局に続きました。13時42分には、京都市西京区のJA3局と交信しました。
14時3分には、自宅が滋賀県大津市にあるにも関わらず、私と交信する為だけに、実家がある福井県小浜市の、久須が夜岳(約600m)からコールしてくれたJH9/9局との交信となりました。JH9/9局は、前日の私の交信をワッチされていた様で、是非とも交信したいと、実家にも立ち寄らず、久須が夜岳に登られていた様でした。交信中の会話で、翌日には、改めて息子を連れて、里帰りされると仰っていました。14時37分には、京都市右京区のJO3局と繋がりました。
14時50分には、大阪市十三にある淀川河川敷でバーベキューをされていた、JF3/3局からコールバックがありました。このJF3/3局のサフィックスが、D-STARの興部430レピーターで行われている、ロールコールのキー局のひとりと同じだった事もあり、余計に親近感が湧いてしまいました。JF3/3局からは、「まさか、この淀川河川敷から比叡山と繋がるとは思ってもいませんでした」と言われました。この日は、この局を最後にして、撤収する事にしました。
以下のエピソードは、2025年5月4日の交信中に、起こった出来事ですので、敢えて時系列は無視した内容となっています。時系列を交信途中に戻して、この話を続けさせて頂きます。あるタイミングに、大比叡の方向から下りて来たハイカーの方が、運転席の近くに来られて、ルーフのアンテナを指差しながら「何をされているのですか?」と質問されました。私が「アマチュア無線です」と答えると、「ああ、そうだったんですね」と、笑顔でお礼を言って去って行かれました。
この出来事が布石としてありました。この日の比叡山山頂駐車場には、今まで見た事が無かったくらいに混雑していて、ガーデンミュージアムやバス停、トイレを擁するエリアの駐車場は、特に過密状態で、私がいる反対側の駐車場にも、3分の2近くの車で埋まっていて、私の運用場所まで肉薄していました。そんな中、私の車の右横にブラックカラーのベンツが滑り込んで来ました。そして、運転手の方が降りて来られて、私の方を見ながら微笑まれたのでした。
私は、このベンツの運転手も、「何をされているのですか?」と質問されるのかと身構えて、その笑顔に対しては、ポーカーフェイスでやり過ごして、交信に没頭していました。そんな中、ふと横手を確認すると、ブラックのベンツの姿はありませんでした。私は諦めて帰られたのだと考えて、引き続き、交信に没頭していました。そして、淀川河川敷でバーベキューをされていたJF3/3局を最後として、撤収作業に入る為に車外に出た時、再び、ベンツが滑り込んで来ました。
ベンツの運転手は、笑顔で私に軽く会釈をしながら近付いて来られて、「私は4月30日に交信して頂きました、京都府向日市の移動局JQ3/3です」と仰られたのでした。急いで、交信ノートを遡って確認すると、12時37分から交信がスタートした、JQ3/3局だと判明したのでした。私は持参していたQSLカードを名刺がわりに手渡してから、歓談を進めました。JQ3/3局からは「今日はV型ダイポールがありませんね?」と言われたので、パスの旋回時に邪魔になるからと答えたのでした。
その後も、一頻り、無線談義に花が咲き、JQ3/3局と別れてからは、アイボールにより遅れ気味になっていた撤収作業を急ぎました。とは言え、V型ダイポールアンテナが無い分、その作業は割と単純で、余裕を持って撤収作業を完遂する事が出来ました。撤収作業が完了してからは、いつに無く、沢山の車が駐車している、山頂駐車場の中をゆっくりと車を走らせて、比叡山ドライブウェイに入ってからは、一気に山を下って、家内の実家を目指しました。
Posted at 2025/06/23 17:07:40 | |
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