
前回、医療現場に立つ者としてのリスクマネジメントの話(偉そうなカタカナで語る程の内容でもありませんが)をちょっと紹介しました。
リスクマネジメントに関して最も先進的でかつ神経質なのは航空業界でしょう。
パイロットの訓練など航空業界の安全管理体制のノウハウは我々の業界も大いに参考にさせていただいております。
原子力発電も、リスクマネジメントをシビアに行なわなければならない分野の一つです。原発を建設するにあたって現地の住民の理解を得るために
「絶対に安全です」と言わざるを得ない政治的な事情は理解できますが、リスクマネジメントに関わる仕事をしている人であれば「絶対に安全」というのはあり得ないという事を知っています。
「絶対に安全」と断言されれば
「絶対にヤバい」と思ってしまいます
原子炉の構造等については、福島の事故があるまでほとんどの人が何も知らなかったのではないかと思います。
福島第一原発などに採用されている沸騰水型軽水炉の模式図をwikipediaから拝借したgif画像が冒頭画像です。
当時「一体何があったんだろう?」ということで自分も俄勉強しましたが、基本的には蒸気機関車と同じ「外燃機関」です。
燃料が石炭から核燃料に変わり、蒸気機関車では外部に排出していた水蒸気を再冷却して「減速材」と「一次冷却水」として再循環させているだけです。
原発において、前回私が言及した
「死守すべき最終ディフェンスライン」は
「放射性物質(放射能)を外部に漏らさない事」になるでしょうか?
福島の事故の前まで、原発で異状が発生した時には
1.燃料の制御棒を入れて核分裂反応を止め、原子炉を緊急停止させる
2.「燃料ペレット」「燃料被覆管」「圧力容器」「格納容器」「原子炉建屋」という「五重の壁」が「放射能」漏れを「絶対に阻止」する
と説明されてきました。
実際には原子炉を緊急停止させた後も燃料棒の冷却を続けないとメルトダウンに至り、「五重の壁」は呆気なく崩壊してしまう事になる…という事を知っていた国民は極少数でしょう。
福島ではそれが起きてしまいました。
本来死守しなければならなかった「冷却機能の維持」を死守出来ませんでした。
水冷エンジンでは、クーラントの量が維持され、ウォーターポンプが健全に機能し、クーラントの汚れ等に起因する水路の狭窄や閉塞がなく、ラジエーターがファンを含め適切に機能していればエンジンの冷却性能は維持されます。どれかに異常を来せばオーバーヒートの原因になります。
原発の場合でも一次冷却水の量と循環を維持するポンプ、そして二次冷却水への熱交換や二次冷却系統の機能が維持されれば冷却には問題が起こらないはずです。制御棒が挿入され、核分裂反応が止められたのであれば冷却系にも余裕があるはずですし、ポンプ故障や配管からの冷却水漏れ等の事態に備えて複数系統の冷却設備は備えられていたでしょう。
あの時は停電により冷却水の循環ポンプや原子炉内部の状況を示すモニターが停止し、一次冷却水が沸騰して水位が下がって燃料棒が露出してメルトダウンに至ったと記憶しています。
結論としては、「冷却系の維持」を死守するためには冷却水の水量の維持の他に
電力の確保か
電力に依存しない冷却システムの装備が必要でした。
地震により東北電力から供給されていた商用電源が送電線の鉄塔の倒壊により停電という事態がまず発生しました。ここで非常用のディーゼル発電機が稼働し敷地内の電力は確保されましたが、そこに津波が襲ってディーゼル発電機が全て水没し、「全館停電」に至ったのは皆様ご存知の通りです。
しかし地震の揺れによって原子炉や配管類が損傷して冷却水漏れを起こした訳ではありませんでした。「電力の確保」か「電力に依存しない冷却システムの装備」があれば防げた事故だったと言えます。
当時「非常用復水器」といった電力に依存しない冷却システムが一応装備されていた旨報道されていました。
建屋内部の照明も失われモニターも稼働しない中、その操作を適切に行なえなかったのか、それともその「非常用復水器」だけで冷却機能を維持するだけの能力がそもそもなかったのかはわかりません。
複数あったディーゼル発電機が原子炉建屋よりも海側の低い所に設置され、津波により全滅してしまったというのもお粗末な話ですが、「全館停電」という状況をそもそも想定していなかったというのもお粗末な話です。
現場の人達は個人の自動車のバッテリーを持ち寄って繋ぐといった作業まで行ない電力確保に努めましたが奏功しませんでした。
当時現場で文字通り「命懸け」の作業をしていた人達を責めるつもりはありませんし、国民の大多数もそう思っているでしょう。
ただ「絶対に安全」と豪語していた割には呆気なくその前提が崩壊し、重大事故に繋がってしまったということで、発電所の設計や管理をしていた人達の責任は重大です。
現在の医療現場では数多くの医療機器に依存した診療が行なわれています。医療機関には停電に備えて非常用発電設備が設置されていますが、そのような設備も故障したり燃料を切らしたりして機能しないということもあります(経験談)。
そういう事態になった時に、どうすれば患者さんの命を守れるか…?あらゆる事態を想定して訓練しておくというのは不可能です。
前回
「想像出来ない事も現実」という話をしました。しかしながら
「想定外という言い訳は通用しない」というのは原子力発電所も同じです。
上から教えられる事だけでなく、自分自身でも常に考えながら行動し、問題点や疑問点があれば職場の上下関係とは無関係に議論し続ける必要があります。学会という場でそれを行なっても良いでしょう。
その上で設備や物品、職員の教育、職場内のルールに不備・不足があると思われるなら改善を試み、それでもまだ問題が残っていないか検討し続けます。
このような作業を繰り返しておくことによって、「想定外」の場面に出会った時にどう知恵を絞って対応すべきなのかを判断する能力が養われます。
規制やガイドライン、ルールに則っていれば良い…という事で思考停止してしまっては、想定外の事案に対応できません。
対応マニュアルというのは完成された完璧なものではなく、常に検証され改定され続けなければならない物です。
果たして当時の福島第一原子力発電所の職員達の意識がどうだったのか?
「絶対に安全」
という建前から思考停止して誰も問題意識を持っていなかったのではないか?
一連の事故の経過を見ていて疑問に感じざるを得ませんでした。
事故を受けて様々な対策が練られたものと思いますが、本当にそれで大丈夫なのか?
岸田政権が原発再稼働に向けて動き出した今、電力会社の職員や規制・監視する行政、そしてそれらを監視し続けていかなければならない政治家や国民が常に関心を持って注視していかなければいけません。
日本の原発で再び重大事故が発生した場合、色々な意味で国家存亡の危機になります。その覚悟は出来ているでしょうか?
ちょっとまだ議論が甘いように感じます。