
最近の雑誌で目にしたが、日産マーチの販売(国内販売)が終了してしまうようです。その記事を
雑誌driver(ドライバー)から「2022年はマーチが登場してから40年の節目の年。だが、日産のディーラーによれば、残念ながらマーチは2022年夏で国内での販売が終了になるという・・・・。」のような記事が掲載あり。さらには当時の開発主査「伊藤修令(いとうながのり)さん」のインタビュー記事も交えて、40年前の開発当時のことを振り返っていただいた記事がありました。
画像)1982年1月に発表発売の初期型の日産マーチ(K10型),トヨタのサイト「
Gazoo.com」から引用。
日産マーチについては、発売当時の頃、今でも記憶に新しいです。私的には1982年は日産系の学校に入学した時だったので、学校構内はもちろん、工場見学で日産の事業場に行く先々で、広告が見られたので印象深い。『マッチ(近藤真彦)のマーチがやって来た・・・・』みたいなコピーで、特に「サニー」以来で10数年ぶりに車名を一般公募した結果、ちなみに1位は「ポニー」だったらしいが、すでに韓国で同一車名あり、仕方なく次選(164位)で決まったらしい。
当時の開発(クルマ造り)のことについては、雑誌の記事で伊藤修令さんも振り返っているので興味深い。日産のFF系車両と言えば、すでにチエリー(F10型)から、その後継車パルサー(N10型)が出たばかりの頃だったが、同一パーツを多くは使わず、デザインも海外(イタルデザイン社ジウジアーロ氏のデザイン)に発注して、エンジンやトランスミッションの主要な部品もほぼ新作・新設計、さらには生産設備も新作で旧プリンス自動車の設計(荻窪)&生産(村山)の布陣でした。 生産設備の一部は自分も村山工場見学で見ていて、重量作業のフロントウインドウやバッテリー取り付けでロボットが導入され「人にも優しい」みたいな立派な物が見られて斬新だった印象です。
その後、初代(K10型)は約10年1992年まで生産、2代目(K11型)がさらに10年2002年まで生産、3代目が約8年2010年まで生産、最後の4代目がタイ生産に切り替わり、とうとう今年(2022年)で日本への輸入が終了するらしいです。東南アジアや新興国向けではまだ生産が続くのかも知れないが、いずれにしても日本や欧米には新しいBEVに切り替わってしまうでしょうか?
長い間(40年間)日産の屋台骨を支えたマーチ。その派生車にターボ車、スーパーチャージャー+ターボ車(ラリー向けに排気量見直し)、Be-1はじめパイクカーとしてのベース車にもなったので、その役割は大きかったですね。個人的にもパイクカーやマーチR(1988年)の頃には関わったので、詳しいお話は生きていればまたどこかで・・・・笑。
↓雑誌ドライバー(八重洲出版)7月号
Posted at 2022/06/04 00:40:57 | |
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