
地元八王子の知られざるエンスースポット
「日野21世紀センター 日野オートプラザ」が開館30周年という事で記念イベントが開催された

何といっても最大の目玉はあの「日野コンテッサ900スプリント」の走行実演!
これほどのビッグニュースでありながらSNS界隈ではまるで何もなかったように
某メーカーが放出したブガッティの話題で持ち切り・・・
日野コンテッサスプリントについてはあまり予備知識もなく
「日野のオートプラザに飾ってある小さくてカッコいいコンセプトカー」ぐらいのもの
今回、エンジンと足回りのレストアが完了して走り出すとなれば話は別だ
古いオールドタイマーの記事や

日野コンテッサや日野自動車のモータースポーツ活動を実に詳細にわたって綴ったHPを読んでお勉強 ますます興味がわいてきた
https://hinosamurai.org/
戦後、大型バス・トラックメーカーとして再出発した日野自動車が乗用車市場への参入を目指し、ルノー4CⅤのノックダウン生産を経て独自に設計されたのがコンテッサ900であり、後に1クラス上の市場を狙って開発したのがコンテッサ1300である
1300の設計に当たっては国際市場への参入を視野に入れイタリア人デザイナージョバンニミケロッティ氏を起用、その交流の中で生まれたのが試作車スプリント900だった
ここで改めてミケロッティの手がけた作品を並べてみたがスプリント900は繊細かつキュートで個人的にはトップクラスの出来だと思う
デザインだけではない、エンジンはエンリコナルディがチューニング、ブレーキもベースのコンテッサ900が4輪ドラムなのに対してナルディの手によるディスクブレーキが奢られている
パワーもノーマルの35PSから45psに大幅にパワーアップ、最高速度も理論上145キロが可能だったらしい
1962年トリノ、ジュネーブ、ニューヨークとそれぞれの国際ショーに巡回出品されたスプリント900は各地で人気を集め、翌63年の東京モーターショーに凱旋、日本でも大評判を呼んだ

まだトヨタ2000GTもコスモスポーツも初代シルビアも、トヨタS800世に出る前の話だ
量産化にあたってはイタリアで組み立て、日本へ逆輸入したうえで販売される予定だったようだがイタリアでは大メーカーの反対にあい(フィアット?)現地生産はとん挫、日本では水面下で進んでいたトヨタとの業務提携話の過程で乗用車部門そのものも段階的に消滅してしまった
確かに360CCの軽自動車がファミリーカーの時代(わが家がまさしくそう)
イタリアのカロッツェリアの少量生産による超高級クーペを受け入れる市場が日本にあっただろうか
しかし現場では最後まで市販化の夢は捨てきれなかったようでなんとアルピーヌのエンジニアリングによる「1300スプリント」が計画されていたのである
件のオールドタイマーの記事は当時の試作車が発掘された記事
ということでますます期待は膨らむ
さて当日は真夏とはいえ旧車にやさしい曇り空

告知次第では日本中のエンスーが集結したであろう会場は数人のエンスーおじさんをのぞき大半は子供連れ

4CⅤとともに静かにたたずむ900スプリント

おかげでギャラリーが少ないためディテールチェックもじっくり
全長3830㎜に収まっているとは信じられない伸びやかなフォルム

body by G.Michelottti の文字が

左側ヘッドライトにはSIEMの刻印 エンブレムの日本語で表記された「ヒノ」が誇らしい

典型的なイタリアンGTの公式よろしく革で仕上げられたインテリア
当時のままが信じられない程状態が良好だった

ステアリングはもちろんNardi メーター類はHinoの表示もみられるがVegria製

人差し指ほどの太さしかないウインドウレギュレータハンドル

サイドシルにはHINO-MICHELOTTIの刻印が

唯一残念だったのがノーマルのコンテッサ900のものと思われるエンジン
エンジンルームが低すぎるためかエアクリーナーもついていない
本来であればWEBERのDCOE?×2+Nardiチューンによるスペシャルエンジンが載っていたはずだが何処へ

ドアノブもご覧のような繊細さ

ARMAN製ワイパー

トランクルームもステッチで仕上げられた内張りで飾られる

ホイールキャップからかすかにのぞく赤いNardi製?キャリパー
そしていよいよ実走開始
敷地内の走行ゆえ2速に入るのがやっとだったが 走る姿は上下に薄いボディ、意外に高い地上高、そして細身のタイヤがあいまってバンビというかフィギュアスケーターのような儚さを感じた
将来はオリジナルのエンジンに積み替えて本来の姿を是非披露していただきたい
今回、ブログの制作に当たり江澤智氏によるヒノ・サムライ研のHPを参考にさせていただきました この場を借りて感謝申し上げます