
6月14日に観てきたので。普段は感想を前置きにしてそれから書く形ですが、長くなったので先に車種を取り上げます(ていうかそっちが本題だったら本来その構成が正しいんだろうなあ)。
東出昌大さん演じるエンジニア・檜山篤洋と、新田真剣佑さん演じるドライバーで篤洋の弟・直純が所属するスピカレーシングが国内トップカテゴリーであるSEIKOカップラリーシリーズ(以下SCRS。なお、競技自体は架空ですが設定はしっかり突き詰められていることに加え、本当に
セイコーホールディングスが作品に協賛しているのが面白いです)の参戦マシンとして登場するのはトヨタ・ヤリスSCRSです。

劇中に於いてはカーナンバー5、直純がドライバー、佐藤貢三さん演じる片岡怜がコドライバー(ナビゲーターとも。助手席でドライバーにすぐ先のコース情報を伝える役割。なお劇中では言及されていませんがドライバーが何らかの事情で運転不能に陥り代わりにハンドルを握る場合があるため基本はドライバー同様のモータースポーツライセンス所持が求められます)を務め、ターマック(舗装路)・グラベル(未舗装路)・ウォータースプラッシュ(水溜まり)・峠道・世界遺産(劇中では白川郷)を駆け(横向いてることもありますがあれぐらいの角度は多分そこまで珍しくないと思われます)、時には岸壁にぶつかってフロントスポイラーが損傷したり、第12戦ではブレーキが利かず木に突っ込み応急処置でサービスパークに戻るもエンジンを開ければレギュレーション違反となることから修理できずリタイヤを強いられる事態に陥りました。
最終戦では直純の想いを知り何としても勝ちに行こうと決意した篤洋の案でターボチャージャー(試作段階であることから一か八かの挑戦となりますが、片岡さんがリスク承知で案を受け入れたことで前進しました)を搭載したことで善戦するもクラッシュ車両との接触後にマシンが池に落ちて水没し万事休すに陥りますが、その日のうちに引き上げ、時間超過によるペナルティ覚悟でパーツのほぼ全部を取り換え修復に臨んだ末に復活し、そして最後はシリーズチャンピオンを獲得し、直純はFIA世界ラリー選手権(以下WRC)にステップアップすることができたのでした(因みにWRC2015年第3戦メキシコでも
DAY2で6号車が湖に落ちるもよくいつまでに修復を済ませ走行可能に持ち込んだ例がありましたがそちらはすぐに故障してリタイヤしています。またラリー競技ではないですが、2018年ニュルブルクリンク24時間レースに於いて
90号車がラスト1時間でエンジントラブルに陥り万事休すとなるも何とか修復を間に合わせて復活させた末にクラス優勝に至った例もあります)。

マシン自体は南アフリカ国内選手権に参戦していたトヨタ・ヤリスS2000のXP130系前期型を
TOYOTA GAZOO Racing(因みに
こちらでは同作の特集が組まれています)が輸入し、これをベースにSCRS仕様に改造して撮影に用いています。

フロントはその際に中期型のものに交換したようです(なお、中期型を輸入したと推測している方を見かけたことがありますが、テールランプの造形を見るに前期型を輸入して中期型顔に変えたと考えるのが妥当です)。
尚、劇中設定では実際の車両同様四輪駆動が採用されていますが、エンジンは実際の車両の2リッター自然吸気ではなく1.6リッターターボとなっています。また車両カテゴリーも、実際の車両がスーパー2000規定なのに対して劇中設定ではR5規定をベースに作中架空のSCR-1規定とされています。
尚、現実世界に於いては
実際に撮影に用いられたマシンが2018年6月8日~10日に群馬県嬬恋村を中心に開催されたモントレー2018にクスコラリーチームの下で参戦して優勝を遂げています。また併催の全日本ラリー選手権には、カースタントを担当した勝田範彦選手と
奴田原文雄選手も出場していました。


あとそういう人はみんカラじゃ少ないでしょうし外観で分かる気がしますが、念のために「ヤリスって何のこっちゃ」という人の為に説明すれば
ヴィッツのことです(5・6枚目がそれ。何れも後期型)。尤も、日本国外ではすべて「ヤリス」の名称ですが。また、日本国外では劇中に登場するような3ドア仕様が販売されていますが日本国内だと3ドアは限定車(5枚目画像のヴィッツGRMNは150台限定)だけで量産販売されているのは5枚目画像のような5ドアの方のみです(なお、5ドアの方は水没から引き上げる際に用いられています。よく見るとボディ後方のサイドウィンドウの造形が3ドアではなく5ドアのそれなのでそこで判別がつきます)。さらにフロントのバッジも5枚目画像にあるようにネッツ店独自のエンブレムとなっています(但し一部モデルは6枚目画像のようにヤリス同様トヨタのエンブレムです)。
とはいえ、「ヴィッツ」の方も様々な競技に参戦しておりモータースポーツとの縁は決して浅いものではないでしょう。
(2021年2月7日追記)
今更ですが、日本国内仕様が2020年2月にフルモデルチェンジした際に「ヤリス」に改名しています。

ライバルであるシグマレーシングがカーナンバー1でSCRS参戦に用いるマシンとして登場するのはシトロエン・DS3 SCRSです。
劇中に於いてはヤリスと比べると登場頻度は少ないものの、ライバル車両であることから他のマシンと比べれば多いです。
第12戦では投入したパーツの調子が最初こそ良くなかったことからスピカレーシングの方が有利と思われましたが、その後は徐々に馴染んでいき対照的にスピカレーシングの方はヤリスのクラッシュ→リタイヤとなったことから今度はシグマレーシングの方が有利に働くこととなりました。
マシン自体はDS3レーシング(シトロエン・レーシングがWRC参戦車両のノウハウをつぎ込んだ車両。世界全体だと3000台限定で販売され、うち日本への導入分は35台)をベースに
YMワークスがワイドボディキット、大型ウィング等を追加してそれっぽい仕様にカスタマイズしたものが撮影に用いられています。なお作中では左ハンドルとなっていますが、撮影車両は右ハンドルなので左ハンドル用インパネのダミーを装着して撮影が行われたものと思われます。

参戦チームの一つであるトップランク・レーシングがカーナンバー2でSCRS参戦に用いるマシンとしてミニクロスオーバーSCRSが登場しますが、殆どモブの形です。
マシン自体は2016年に
全日本ラリー選手権に実際に参戦していたR60型BMW・ミニクロスオーバージョンクーパーワークス(8枚目写真はノーマル車両)をベースとした車両で、外見の変更は殆どなされていないそうです。


他の参戦車両として4代目フォード・フィエスタZetec 1.0Tをベースとして外見をフィエスタSTの物に換装し、リアウイングを装着、サスペンションをビルシュタイン製車高調節式サスペンションに変更、更にコンピューター、吸排気系の改造によりノーマルから50馬力のパワーアップがYMワークスの手によって行われた車両(9枚目画像はフィエスタSTのノーマル仕様。説明はWikipediaの項目より)や、XP130系トヨタ・ヴィッツGRMNターボの参戦車両(10枚目画像はノーマル仕様。なお、実車は200台限定で販売されました)等が登場します。

展示車両としてはST205系トヨタ・セリカGT-FOURなどが展示されていましたがそちらは正味把握しきれてないので割愛します。
ていうか合ってる自信がないです。すみません。

篤洋が自転車修理を行っているガレージには4代目三菱・ミラージュハッチバックのラリー仕様車両が登場しています。
12枚目の画像の個体が撮影で用いられたものと思われますがあまりメディアで取り上げられず情報が少ないこともあって実際のところは不明です。なお、制作したのは
こちらのようで、チーム初の競技車両だそうです。

シグマレーシングがその親会社の工場への表敬訪問などに用いていたのはH30W型トヨタ・ヴェルファイアでした。
大型ミニバンってこういうのでよく使われるなと思います。

本題は以上ですが、ここから作品の感想について。
何と言うか、良くも悪くも熱い作品だなと思いましたし、この熱さは自分は好きです。
羽住監督自身がモータースポーツ好きという事もあり、そこのところの描写はほぼ妥協しておらず(妥協すれば魅力が上手く伝わらない旨が監督から言及されており、個人的にはその点について大賛成です)自分としては満足に観られました。あと最終戦のくだりは、映画本編から脱線してしまいますがふと先述した2018年ニュルブルクリンク24時間レースの例をつい思い出してしまいました(アレは中継観てた身としてはかなり冷や冷やしましたし、エンジンが生き返った際に大きく安堵したことが忘れられません)。
それと、直純ないしは真剣佑さんの上半身裸のシーンが地味に少なくなかった感がありますが、ここは女性に向けたちょっとしたサービスと大目に観るのが吉でしょう。アレも普通に一種の見どころだと感じますし悪い気はしないので(なお、細マッチョに仕上げるよう言われて鍛えたらストイックにガチガチになるまでやってきたそうです)。
作品の出来不出来とは別に、細部のアイテムの類が凝ってたりするのも個人的には好感ですし(マシンに貼られているスポンサーロゴも一部例外はあるもののほぼ実在企業ですし)、ラリーを取り上げた作品だとほとんどがドライバーの方にピントが当てられがちなのに対して同作ではドライバーだけでなくメカニックの方にもピントが当てられているのがいいことだと自分は感じます。

気になることとしては、最終的にシリーズチャンピオンを修めた末に直純が世界ラリー選手権にステップアップするのですが、DAY3からのそこの所の過程が色々ダイジェスト的にすっ飛ばされてる感がしたので個人的にはもうちょっと相手方であるシグマレーシングの動きとか描いてほしかったです。
あとパーティ会場で「負け犬」と罵る人がいたのはどうなのよ…と思いました。喧嘩を買う直純も問題ですがそもそも売ってくる側もどっこいどっこいのような…。
直純のギラギラぶりは多少盛ってるところがあるにしてもそういう性格なのでしょうし、「攻めなきゃ勝てねえから!」はレーシングドライバーの性もあるのでつい全開で行きたくなるのも致しかねないでしょうから突っ込むのは野暮なことなのでしょうが、メカニックや相手チームに対してあそこまでギラついてる例って現実では少なくとも近年だとなかなかそういう例はきかないですし、北村匠海さん演じるシグマレーシングのドライバーである新海彰の方が大人の対応してたりするので自分は好感が持てました。直純と比べて新海のドライビングがつまらないと作中で述べられていたこともありましたが、「エンジンをいたわらず無理して壊してリタイヤとなっては元も子もないし無茶すればいいってものではないんだから」と自分は思ってました。でもまあ、気にしない方がいいです。
森川葵さん演じるスポーツマネージメント会社社員・遠藤ひかるに関して言えば、ラリーに関して初心者の設定に据えることで一部のラリーに疎い観客の方々を代弁していると思うのでその意味では個人的にはアリです。ただ、「やりたい仕事と現実に目の前にある仕事の葛藤」に関して言えば町田啓太さん演じるデザイン志望の新米メカニック・増田順平の存在だけで事足りるような感はしました。あと実戦の作業の最中に邪魔になる位置にいたりするので「ちょっと状況考えようぜ」と思ってました。
あとは少年時代に下り坂をマウンテンバイクで競走する回想は1~2回でいいようなとか、「エンドロールで撮影裏映すのはもういいだろ」とかぐらいでしょう(後者に関しては恒例と化してる位なのでそれを楽しみにしてる方もいるのは重々承知してるつもりではありますが、それでも自分の場合は「雰囲気ぶち壊しになるので別のところでやろうぜ」の方が強いので。ていうか劇場版『MOZU』の時はそういうのやってなかったような記憶があるだけになおのことそう感じてしまいます)。

何かマイナス要素が多い気がするのですが、それをプラス要素が自分の場合カバーしてるので総合的には好きです。
個人的にはこれでラリーに関心を持つ人が増えたらいいなと思いますが…難しいでしょうね。そこが主題なので御座なりにはしないでもらいたいところですが楽しみ方なんて十人十色ですし無理に押し付けるものでもないので。

なお、ラリーを題材とした映画としては東本昌平先生の漫画を原作として哀川翔さんを主演に2008年に公開された『SS エスエス』があります(因みに同作の原作9巻全部とDVDを持ってます)が、そちらはかつてラリードライバーの道を失った中年や峠を攻める走り屋が主となっています。個人的にはあれはあれで嫌いではないですが、登場人物の風貌がいろいろ異なっていたり、道交法の縛りもあってか峠を攻めるシーンでは迫力を欠いていた感があり、世間的にもあまり評判が芳しくなかった感があります。しかも出演していた酒井法子さんが翌年に引き起こした覚せい剤取締法違反の件もありその余波がこちらにも押し寄せていた感はあります。そういうわけなので、「観てほしいけど本当に『お暇ならどうぞ』の類だよなあ」と感じないでもないです。
時間があれば取り上げてみたいところですが記事の量の関係もあるのでそれはまた後日で。