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eka(えか)のブログ一覧

2026年09月20日 イイね!

「鏡の中の鏡」Vol.2

「鏡の中の鏡」Vol.2第二話 最初の質問

その学生を最初に覚えたのは、質問の内容ではなく、質問の向きだった。

秋の、まだ暑さの残る講義室だった。僕はその日、リルケを読んでいた。若い詩人への手紙。答えを性急に求めず、問いそのものを生きよ、という有名な一節を、板書して、解説していた。

前から三列目の窓際に、その学生は座っていた。ノートをほとんど取らない学生だった。かわりに、こちらの手元をよく見ていた。正確には、僕が開いている本の、綴じ目のあたりを。

講義の終わりに、その学生が手を挙げた。

「先生、その本、なぜそんなに開くんですか」

質問の意味が、すぐには飲み込めなかった。僕は、リルケの内容についての質問だと思って身構えていた。詩人の言葉について、解釈について。けれどその学生が訊いていたのは、僕が手にしている本そのものの、物理的なことだった。

見ると、僕の持っていた原書は、長年使ったせいで、背が柔らかくなり、どの頁でも手を離してもぱたりと閉じずに開いたままになっていた。

「よく開くのは、糸で綴じてあるからです」と、その学生は自分で答えを続けた。僕が答える前に。

「糊で固めた本は、こうは開きません。読むための本ではなく、しまうための本になってしまう。先生のその本は、何度も開かれて、開くための本になったんですね」

講義室に、少しの沈黙があった。

僕は、その学生の言ったことが、正しいのか間違っているのか、判断がつかなかった。文学部の講義で、二十年近く教えてきて、本の「開き方」について学生から指摘されたのは、初めてだった。

けれど、妙に忘れられなかった。

読むための本ではなく、開くための本。

その区別を、僕はそれまで考えたことがなかった。本とは、中身を運ぶための入れ物で、器のことは意識の外にあった。透明な、なくてもいいもの。ワインを飲むときにグラスを見ないのと同じように、僕は本を読むとき、紙や糸や綴じ目を見ていなかった。

その学生は、見ていた。
中身と同じ重さで、あるいは中身よりも先に、器を見ていた。

あとで知ったことだが、その学生は、講義で扱う作品を、内容だけでなく「どの版で読むか」で選んでいた。同じ小説でも、この文庫は活字が詰まりすぎている、この単行本は余白の取り方がいい、と。

作品の価値と、本の価値を、別々に測っていた。そして、その二つが一致したときにだけ、心から良い本だと言った。

僕は当時、それを少し変わった感受性として面白がっていた。

文学を学ぶ学生が、文学の中身ではなく、その周りばかり見ている。若い頃にありがちな、本質から目を逸らす照れのようなものだと。

いま思えば、逆だった。

その学生は、本質から目を逸らしていたのではない。僕が本質だと思っていたものの、もう一つの本質を見ていた。

言葉は、必ず何かに乗って運ばれる。声に乗り、紙に乗り、綴じられた束に乗って。乗り物のことを考えずに、乗っているものだけを論じるのは、片方しか見ていないのだ、と。

その最初の質問から、その学生との、長い会話が始まった。

会話、と呼ぶには、いつも少し奇妙な会話だった。

僕が中身の話をすると、その学生は器の話で返してくる。
僕がリルケの思想を語ると、その学生はリルケの詩集の、どの装丁がいちばんその思想にふさわしいかを語る。
噛み合っているような、いないような。けれど、続いた。何年も。

いま、机の上には、名前のない活版の詩集が立っている。
文字が、窪みとして返ってくる本。

あの秋の講義室の質問が、二十年かけて、この一冊にたどり着いたのだと思う。

「なぜそんなに開くんですか」と訊いた学生は、やがて、自分で開く本を作る人になった。

僕はあのとき、答えられなかった。
本がなぜ開くのか、僕は知らなかった。ただ、開く本を使っていただけだった。

その学生は、知りたかったのだ。
そして、知るだけでは足りずに、自分の手で作る側へ行った。

問いを持っていたのは、いつも、あちらのほうだった。
Posted at 2026/09/20 07:37:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年09月19日 イイね!

大きなクルマのことを考えながら、小さなクルマで帰ってきた。

大きなクルマのことを考えながら、小さなクルマで帰ってきた。岐阜の家に帰って、AQUA GR SPORTをカーポートの下に停めた。

エンジンを切ると、あたりは急に静かになった。

空は高く、家はいつもの場所にあり、白いクルマだけが少し得意そうな顔をしている。

911はすごかった。
PRELUDEもよくできている。
BMW 220iにも惹かれる。

世の中には、理由のあるクルマがたくさんある。
もっと速く。
もっと大きく。
もっと太いタイヤを。

そういう「もっと」は、たいてい正しい。

でも、正しいものが、いつも自分に必要とは限らない。

今回、妻がAQUA GR SPORTに乗って、まず言った。

「内装が黒いから、高級感があるね」

そして少し走ったあと、

「なんかBMWみたい」

と言った。

もちろんBMWではない。

1.5Lのハイブリッドで、車重は1.1t台。17インチを履いた、小さなAQUAだ。
でも、その一言が妙にうれしかった。

確かに、このGR SPORTの動きには独特のものがある。
速さというより、身のこなしなのだ。

少しパルクールに似ている。
大きな力で障害物を押し切るのではなく、軽さと重心移動を使って、ひとつの動作から次の動作へ間を置かずにつないでいく。

AQUA GR SPORTも、カーブを「力で曲がる」というより、次の場所へ身体を移すように向きを変える。
スッと入って、クルッと回る。
その軽さが気持ちいい。

昔、250馬力のランエボⅠに15インチで乗っていた。
あの頃は、それで世界は十分に速かった。

今のAQUA GR SPORTは17インチ。

細い道でも気を遣わず、高速道路では十分に走り、カーブが来れば軽い身体で次のカーブへ飛び移っていく。

たぶん世界の方が、いつの間にか大きくなりすぎたのだ。

911は欲しい。
たぶん、これからも欲しい。
でも、欲しいことと、必要なことは少し違う。
カーポートの下の白いAQUAを見ながら、その違いを考える。

妻にはBMWのように感じられたらしい。
僕には、パルクールをする小さなアスリートに見えた。
そして今のところ、それで十分なのだと思う。

答えはいつも、思っていたより少し小さい(笑)。
Posted at 2026/09/19 08:47:02 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年09月18日 イイね!

1,695mmという余白――911に乗って気づいたこと

1,695mmという余白――911に乗って気づいたこと前回、アクアGR SPORTの軽さについて書いた。

でも、恵那山を走ったときの、あの妙に自由な感覚には、もうひとつ理由があったらしい。

AQUAGRスポーツは全幅1,695mm。

先日試乗した992.2 GTS は全幅1,852mm。

その差は157mm。

911は低い。
速い。
そして、曲がる。

ステアリングを入れた瞬間の正確さも、コーナーの奥でまだ余裕が残っている感覚も、アクアとは比較するようなものではない。

あれは、本物のスポーツカーだった。

ただ、恵那山下りをアクアGR SPORTで走りながら、ふと思った。

道幅は、どちらに乗っても同じなのだ。

たとえば高速道路の、右へ深く回り込むタイトなコーナー。

進入で左側に同じ安全マージンを残したとしても、車体が157mm細いアクアには、片側で約8cmの余白が残る。

外側から入り、ステアリングを切る。
ノーズが内側へ向く。

そしてコーナー中央では、まだ車線の中に少しだけ線を選べる場所が残っている。

出口が見えれば、そこから再び外へほどいていく。

もちろん、すべて一本の車線の中での話だ。

たった8cm。

駐車場なら、ほとんど気にしない数字かもしれない。

でも、コーナーの中では、その8cmが妙に大きく感じられる。

911なら、もっと速く曲がれる。

235のフロントタイヤと295のリアタイヤ、低い重心、強力なブレーキ。旋回限界そのものを比べる意味はない。


それでも、日本の道路で同じ一本の車線を使うとき、アクアには別の種類の自由がある。

クルマが小さいぶん、道路が少し広くなる。

正確には、道路は何も変わっていない。
こちら側に余白が残るだけだ。

1,160kgの軽さ。
1,695mmの幅。

そしてGR SPORT専用シャシー。

恵那山で感じた「オン・ザ・レール」の正体は、軽さだけではなかったのかもしれない。

911を降りたとき、圧倒された。

アクアGR SPORTを降りたときは、少し違った。

AQUAで、ここまで気持ちよく曲がれるのか。

0–100km/hなら、911には到底かなわない。

限界速度でもかなわない。

でも、公道の一本の車線には、馬力とは別の物差しがある。

どれだけ速く走れるかではなく、
どれだけ余白を残したまま、自分の線を選べるか。

911に乗ったからこそ、1,695mmの意味が少しわかった。

大きな性能は、数字に表れる。

小さな性能は、ときどき、
道路の端に残った数センチの中にある。

高橋 涼介にようやく近づいてきた(笑)。
Posted at 2026/09/18 21:08:28 | コメント(3) | トラックバック(0)
2026年09月17日 イイね!

「日常のカーブが、少し楽しくなる。」

「日常のカーブが、少し楽しくなる。」AQUAの実用性と低燃費をそのままに、ステアリングの正確さ、ボディ剛性、回頭性をしっかり磨き上げた一台です。

パワートレーン自体は通常のAQUAと大きく変わりませんが、カーブに入った瞬間の軽快さと、狙ったラインを素直にトレースしていく感覚は明確に違います。特にワインディングでは、曲がること自体が楽しく感じられます。

一方で、日常では普通のコンパクトカーとして使え、燃費も良く、取り回しにも困らない。この「普段使いと走る楽しさの両立」がAQUA GR SPORT最大の魅力だと思います。

速さそのものを競うクルマではありません。
でも、日常の交差点やカーブまで少し楽しくしてくれる。そこにこのクルマの価値があります。
Posted at 2026/09/17 19:20:42 | コメント(0) | クルマレビュー
2026年09月17日 イイね!

軽さという、目に見えない性能

軽さという、目に見えない性能


中央道恵那山トンネルを抜けて、道がゆるやかに曲がり始めた。

アクアGR SPORTは、そのカーブをまるで最初から知っていたように曲がっていく。ステアリングを切る。すると、ほとんど間を置かずにノーズが向きを変える。

車体が軽いぶん、旋回時の慣性モーメントも小さい。数字で書けばそれだけの話だけれど、運転席で感じるものは、もう少し感覚的だ。

レールの上を走っているような、あの感じ。
いわゆる「オン・ザ・レール」である。

余分な重さに引っぱられず、こちらが思った線を静かになぞっていく。速さを誇示するのではなく、軽さが仕事をしている。そんな走りだった。

後ろには2025年モデルのアクアGがいた。しばらく同じ流れについてきていたが、カーブが続くにつれて、ミラーの中の姿は少しずつ小さくなった。

その後ろから、BMW 320dのF型が近づいてきた。

もちろん、競争をしたわけではない。公道だから、車間と速度を守りながら淡々と走る。ただ、いくつかのカーブを抜けたあとでミラーを見ると、先ほどより距離が開いていた。

馬力だけで説明できる世界ではないのだと思う。

軽さ。
足まわり。
車体のまとまり。

そして、ドライバーの操作に遅れず応えてくれること。

アクアGR SPORTには、それらが小さな車体の中に、きれいに収まっている。

恵那峡PAに入ろうとしたとき、向こうのBMWがハザードをつけた。短い合図だったが、そこには走り終えた者同士にしかわからない、静かなやり取りがあった。

目的地に着いてエンジンを止めると、あたりは急に静かになった。それでも手のひらには、さっきまでステアリングから伝わっていた感触が、まだわずかに残っていた。

そのとき、後ろを走っていたアクアGが、なぜアクアGだとわかったのかを思い出した。フロントに、GR SPORTのような直線的なライトがなかったからだ。走りの印象だけでなく、前から見た表情にも、それぞれの個性が表れている。

軽さは、数字だけでは語れない。
そしてクルマの違いは、走り出す前から、フロントの一線に現れている。

驚いたのは、この走りがスポーツタイヤではなく、ブリヂストンのECOPIA EP150であることだ。タイヤの力で無理に路面へ張りついていたわけではない。約1,160kgの軽さと、GR SPORT専用シャシーのまとまりが、あの素直な旋回感を生んでいた。それができたのは、前のアクアZでエコピアの限界をわかっていたからかもしれない。
Posted at 2026/09/17 12:57:02 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「「鏡の中の鏡」Vol.2 http://cvw.jp/b/3743672/49315208/
何シテル?   09/20 07:37
大学の教員('ω')ノです。 車歴(すべて新車); EvoⅠ→Golf GTI→ BMW MINI Cooper→BMW(E46)330i→BMW(E92...
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