年賀状がお済みですか?kazunariです。
今日はクリスマス…お正月も近づいて年の瀬何となく気ぜわしくなっていくときの高揚感ってあると思います。自分も今日はクリスマスなんでちょっと心が華やいでいます…(汗)みなさんはどうですか?(笑)
1991年と言ったら僕はちょうど二十歳でした。『ジュリアナ東京』がオープンし、突然やってくるラブストーリーにSay Yesしていた時代…『ジュリアナ東京』って言葉を聞くだけでバブル全盛期って感じがします。“タクシーを止めるのに万札を見せびらかす”とか当時のギロッポンの金曜日の夜は賑やかだったとか赤坂プリンスホテルで高級ディナーに彼女にバラの花束持って夜はスイートルームでSEXと言う合体したり、シャンパンは飲んだことないけど、ドンペリニヨン・ロゼ…通称ピン・ドンなんて…これってユーミンの曲の世界やったり、わたせせいぞう『ハードカクテル』の世界ですよね。まさに映画『バブルでGO!』そのものですわな~
今の中国の富裕層がこの頃をもっとスケールアップさせた感じがするけど、この頃の日本は本当にイケイケでみんな何も考えずに舞い上がってたというかブイブイ調子こいてまいたよ。僕は当時大学生やったんでバブルの恩恵は少なかったと思うけど、大学が近所でバイト先も多かったから当時は大学行かずにバイトばっかりしてたら一年で軽く100万以上稼ぐことができて、それで海外に行ったりクルマ買ったり出来て女の子にドヤ顔でカッコエエ所を見せてキャンパスライフを謳歌してたと思います。
今の若い人から見たらジュリアナ東京でTバックに扇子でお立ち台で踊ったり味音痴なくせして見栄を張ってブランド店を予約したり、クリスマスイブにはやたらと大きなバラの花束を持って彼女に会いに行ったり…文章にすると滑稽で今では考えられないことばかりやけど、当時はこれが当たり前やったんです…(笑)ホンマにバブルを振り返ると広告代理店の戦略にいいように振り回されてたように見えますね。しかし、今よりもある部分ではみんなに夢があっていい時代やったと思いますよ。
バブル世代の人って軽薄でお調子者で遊び人も多いけど、それ故に機を見るに敏で遊びから人脈広げたりして商売を大きくされてる人も多いと思うんです。僕もバブル世代の人って派手にお金使うことに対する影響も知ってるし、やればやっただけ成功がついてくるというのをリアルに体験してるからか事業失敗しても『コケてもまたやったるでぇ~』的なホンマにパワフルな人多いと思います…最近実感するのはアタマが良くて四角四面なエリートよりも、どこかお調子者でパワフルな人の方が社会で通用するんじゃないかと思うことありますよ。今の学生さんを見てて僕の世代まではまだバブルの残像があってハッタリで世の中渡っていけたけど、今はキャリアを積んで3回生から就活しないと会社には入れないとかで、見識広げたりバカやれる時間が少ないのが、見てて可哀想になってきます…遊びやら文化と言った傍から見るとくだらない事から得られるモノって意外と多い気がするんです。
Excite Bitからの引用です…
年の瀬も迫ってくるとやはり少し心が華やいできますね。今年は大変な一年でしたが、それでも新しい年を迎える高揚感というのはやはりいいものです。でも思えば大変だったのは今年だけではなく、バブル崩壊以後の「失われた20年」、私たち日本人はずっと頑張ってきました。
では「失われる」前の日本のクリスマスはどんなものだったのでしょうか? わからないなら聞いてみよう! ということで調査をしてみました。
20年前の1991年。『ジュリアナ東京』がオープンし、突然やってくるラブストーリーにSay Yesしていた時代。そしてバブルが弾け私たちの苦悩の日々の幕が上がった年のクリスマスはどういう感じだったのでしょうか。
まずは確かめてみたいのは「タクシーを止めるのに万札を見せびらかすことをしていたか? 」というバブルの都市伝説。それに対してあっさりと「ああ、やってましたね」と答えてくださったのは、当時20代で六本木にある映画会社に勤めていたA子さん。景気がよかったんですねぇ。じゃあクリスマスイブの日なんかはさぞかし街にも人が溢れかえっていたんでしょう。
ところがそうでもなかったと証言してくださったのはやはり当時20代で青山の広告会社に勤めていたBさん。
「8時、9時くらいは街に人があまりいないんだよね。ちょうどワールドカップの時みたいにみんな店の中に入っちゃってるから」
そのクリスマスディナーに挙げられるお店の名前もマキシムドパリやサバティーニなど超高級店ばかり。一人2万円、3万円のディナーが当たり前だったとか。
「あの時代はみんなと同じというのがいいとされていたので、そういうブランド店に集中したんですよね」(A子さん)
みんなと同じといえばホテル。バブルのクリスマスの話といってお二人が口を揃えて真っ先に挙げたのが『赤坂プリンスホテル』。ご存知赤坂見附にあった高級ホテル、バブルクリスマスの象徴。
「1年前から予約を入れている人もいましたね。
25日の朝にはチェックアウトカウンターに長蛇の列ができて恥ずかしい思いをした友だちもいました」(A子さん)
やれやれ。さらにクリスマスイブにはやたらと大きなバラの花束を持った人が街を行き来してたり、1日20〜30万円でフェラーリを貸し出すレンタカー屋があったりとまさに狂乱状態。
でもそこまで行くと羨ましいを通り越して少し滑稽なのでは?
「ほんと、バッカみたいでしたよね」(A子さん)、「もうハリボテって感じ、薄っぺらだったんだよね」(Bさん)。意外にもバブル世代のど真ん中のお二人はバブルを肯定するわけでもなさそう。
「今の若いコの方がよっぽどきちんとしていて、よく『もっときちんとしてくださいよ』って怒られるんですよ。ホントごめんなさいって感じです」(A子さん)
でもお話を伺っているとお二人とも妙にパワフルな気がする。
「私たちの世代はみんな『なんとかなるか』って思う性質なんですよね。私からみて相当厳しい状況におかれている友だちでも『なんとかなるでしょ』って思っていて全然くじけていないんですよ」
バブル経済がいいものであったかどうかはさておき、それを体験した人に前向きな人は多いよう。
今、日本全体が大変な状態に置かれてがんばっていかなければいけない状態。「失われた20年」の中で私たちが何よりも取り戻さなければいけないのは、景気でもなければ株価でもなく、くじけない前向きな気持ちなのかもしれませんね。
(鶴賀太郎)
Posted at 2011/12/25 11:32:41 | |
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