2017年01月11日
こんにちは。
すっかり寒くなってしまいましたね。
私は風邪をひいてしまって、随分と周りに迷惑を
かけてしまいましたが、今はなんとか戻りつつある
状態です。
皆さまに於かれましても、くれぐれも体調崩さぬ様
ご用心くださいませ。
さて、色々と記事が出て来るのですが根本的な所で
実際に体験した話の方が、より興味深いのではないか
と思いましたので、数年前の記事ですがとても分かり易い
話だと思いましたので全文を紹介します。
読んでもらえれば分かりますが、要するに洗脳されて
いるので思考が偏ってしまうということを痛感するかと
思います。
事実、洗脳が解けた韓国人は黙って居られなくなり
ついうっかり親日的発言をしてしまい、国内で大変な
目に遭われて居ります。
こういう事から、先ずは間違いだと気付かぬうちは
いつまで経っても日韓の溝などは埋まる訳はありません。
それと、彼らと私たちで一番大きな違いは事実関係と
妄言が合致しなくても平気であるというところですね。
本当の真実よりも「こうあって欲しい」妄想の方が、真実
よりも上になってしまうのですから、いつまで経っても
お互いを認めあえる訳などある筈も無く。
ま、そんなところです。
ではでは、転載して終わります。
2015年12月27日
韓国「反日」の現実
目の当たりにした反日教育の徹底ぶり
韓国自転車&テント旅1200キロ (6回目)
高野凌 (定年バックパッカー)
9月13日 盈徳(ヨンドク)市付近の小さな漁村“オボリ”の東屋で寝袋を敷いて9時前に就寝。
暖かかったこともあり降雨の心配もなかったのでテントを設営せず東屋の床に直接寝袋を
広げた。
熟睡していると突然男の大きな声で起こされた。すわ強盗かと飛び起きた。
時計を見ると10時過ぎである。
日本語で「こんなところでなんで寝ているんだ」と中年の男が言っている。
どうも強盗ではないようなので安堵。
夕刻近隣の老人たちから許可を得ている旨を説明。
その老人の一人がこの男の母親であったらしい。
外国人が東屋に泊まっているが日本人かアメリカ人らしいと男に言ったそうである。
寝ぼけ眼で起き上がると男は矢継ぎ早に質問してくる。
日本から自転車で韓国一周のテント旅をしているという趣旨を告げると
「日本人が一人で旅行するのは危険だ。そもそも日本人はそんな変なことをしないですよ」
とかなり流暢な日本語でしゃべりまくる。
住居はどこかと問われ「東京」と回答すると「東京のどこか」と聞くので
「実際には川崎市の北のほう」と答えると
「川崎は“川向う”で裕仁は皇居を守るために多摩川の南側、すなわち神奈川県で
連合軍を防ぐ考えだった。だから沖縄と同様に川崎の住民は裕仁の犠牲にされる
ところだった。裕仁はそうした人間だ」
と異様な論法で天皇批判を始める。
確かに多摩川の二子玉川の架橋は陸軍の戦車部隊が聖都防衛のため迅速に通過
できるように橋脚が設計されていたと郷土資料館で読んだことがある。
その男、K氏は韓国の商社(どうも財閥系商社のS社ではないかと推測)の元東京駐在員
で日本に7年住んでいたという。
現在ソウル在住の51歳。偶々故郷の母親に会いに来て私に遭遇したわけである。
日本語は相当な水準であり語彙も豊富である。
日本のひと昔の猛烈サラリーマンを彷彿とさせるタイプだ。
私が退職して何の後ろ盾もなく一人で個人旅行しているので気兼ねなく対日批判が
できると思ったのか、K氏が長年にわたって培ってきたと思われる反日歴史観を滔々と披瀝する。
眠いのでなんとか穏便に引き取ってもらおうと、なるべくK氏を刺激しないように曖昧に
答えようと心がけるが、K氏は巧妙に逃げ場を塞ぎながら私から“日本人の歴史認識”を
引き出そうとする。
韓国の田舎の漁村の深夜の暗闇という“完全アウェイ”のグランドではゴール際に引いて
守り一辺倒にならざるを得ない。
例えば
「最近の安倍の言動をどう思うか」
と聞かれて
「あまりニュースに関心がないので」
と逃げようとすると
「あなたほどの知識人がニュースを見ていないわけがない。新聞くらい読んでいるでしょう?
産経新聞ですか?」
と畳み込んでくる。
産経新聞は韓国では右翼の代表と見なされているので地雷を踏まないように
「いやいや読売ですよ」
とうっかり答えてしまった。
K氏は大喜びで「読売新聞とは貴方はやはり相当右寄りですね」
と攻めてくる。
そもそも一国の天皇や宰相を「裕仁」「安倍」と呼び捨てにすることに不快感を覚えるが
我慢していると「日本人の悪いところは問題を直視しないことですよ」と説教してくる。
「大日本帝国官憲が朝鮮民衆を虐殺したという歴史的事実を誰も問題視しない。
天皇陛下は神様ですべて正しい。
その命令で行った官憲の行為も正しいと鵜呑みにする。
これは日本が島国でありお互いが慣れ合いで誤魔化しあって権力者や政治家を批判しない
という体質に由来するものですよ」と高飛車に断定する。
ここで生半可に反論すると敵の罠に嵌まり込む恐れがある。
こみあげてくる愛国心をじっと抑えて逃げ道を探すが適当な事例が浮かばない。
当方が言いよどんでいると自分の論理に当方が降参したと思い込んで次から次へと
一方的に論じたてる。
「本当は日本人も慰安婦問題なんて破廉恥な国家的犯罪を恥ずかしいと思っている
んでしょう。日本政府が謝罪して賠償金を払えば韓国政府も韓国民衆も日本軍が
行った世界史に例を見ない破廉恥な大罪を赦すと言っているんですよ。
こんな寛大な提案を理解しようとしないのは安倍が狂信的軍国主義者で旧日本軍の
間違いを認めたら大日本帝国軍隊を復活させる大儀がなくなると心配しているからです」
「例えば100億円くらい補償金を日本政府が出せばそれで赦されるんですよ。
ナチスと同じように日本の軍隊が歴史的人道的犯罪を犯したのにたった100億円も
出せば問題が解決できるんですよ。
ドイツが戦後どれだけいろいろな名目で巨額の賠償金を支払ったことか。
それに比べれば安いものですよ」
K氏の話しぶりから韓国の反日教育がいかに詳細にわたり徹底的に行われてきたか
推し量られた。
荒唐無稽な事例かつ無茶苦茶な論法であるが残念ながら反日歴史観を徹底的に
学習している韓国人と議論するほどの確実な知識を持ち合わせていない。
「日本人は可哀想な民族ですね。歴史上常に近隣諸国に迷惑をかけてきたのに何も
反省せずに自分たちだけが正しいと思い込んでいる。
ドイツ人は少なくともキリスト教という宗教や哲学を持っているから客観的に歴史を
反省できるのですよ。
日本人は秀吉がキリスト教徒を大量処刑したくらいですからそもそも宗教心がないん
ですね。」
とK氏の歴史講和はエンドレス。
私が「キリスト教徒弾圧は徳川家光の時代からです」と指摘するとK氏は一瞬考えたが
「まあ同じことですよ。」とにべもない。
私が黙って聞くだけで反論しないので張り合いをなくしたのか
「貴方は疲れているようですから明日の朝は私の家に来てシャワーを浴びて、それから
朝食を食べて下さい」と提案してきた。
これで深夜の拷問から解放されると俄か喜びしてオファーを受諾。
時刻は零時半を過ぎていた。
9月14日 なんとも寝苦しい夜を過ごして5時半に目覚める。
K氏の母親の家まで自転車で5分ほど走り急坂を登る。
シャワーを浴びてから老婆が用意した漬物、小魚の佃煮、ごはん、味噌汁(?)の粗末な
朝飯を食べる。老婆は黙って息子と私を見ているが何も語らない。
食後に庭のベンチでネスカフェを啜っているとK氏は慰安婦問題を蒸し返して
「少しのお金で日本は国際的な信用を得られるんですよ」
と迫ってくる。
深夜の暗闇ではないので当方も多少は精神的に余裕が出てきた。
一方的かつ誤謬だらけの歴史認識を深夜に説教されて、ここで沈黙したまま帰ることは
日本人としての誇りを汚されたままで引き下がることになる。
自分の名誉のためにも率直に疑問点を質してみようと思った。
「賠償責任を議論する前に歴史的事実を日韓両国の専門家同士で確認することが必要だ
と思います。
私は慰安婦問題についてあまり知識はありませんが二つだけ確実な歴史的事実があると
理解しています。
一つは韓国人の従軍慰安婦よりも日本人の従軍慰安婦のほうが多かったということ。
日本も当時は貧しく貧乏な家の娘はお金を稼ぐために従軍慰安婦になったという事情が
あります。
二つめは韓国人の慰安婦も日本人の慰安婦も売春業者から報酬を受け取っていたと
いうことです。
無償の強制奴隷ではないということです。
これは従軍慰安婦が当時アジア各地から郵便為替で朝鮮や日本の故郷の家に送金した
郵便為替取扱の記録が残っています。
この二つの事実関係についてどのように認識していますか?」
K氏は
「二つとも初めて聞きました」
と正直にすこしポカンとした表情で言った。
K氏ほどの知識人でも慰安婦問題の根本的な事実関係や日韓両国の争点を知らない
というのは韓国の反日歴史教育とマスコミ報道のお粗末さを示しているようで暗澹たる
気持ちになった。
最近日本政府は海外の外交官が現地語で慰安婦問題などの複雑な問題をTVの
公開討論番組で議論できる水準の語学力を身に着けさせるというプログラムを発表
したが、今まで海外で特に韓国や中国や欧米等で敏感な政治問題について政府関係者
はどれだけ有効な対外発信をやっていたのであろうか。
それとも私が挙げた従軍慰安婦に関する二つの論点を韓国政府は理解した上で、
それでも韓国政府は日本に対して謝罪と賠償を要求しているのであろうか。
K氏と別れてから釜山上陸以来の出来事を振り返ってみた。
「韓国は政治的には反日だが一般の人々は実は親日」
というような解釈はどうも一面的で楽観的過ぎるように思った。
確かに私が出会った人達はK氏を除けば非常に親切であったし日本に対して悪い感情は
持っていなかったようだ。
それどころか仰天するような“おもてなし”を何度も経験した。
それゆえ私は韓国の普通の人々は意外に親日的であると楽観していた部分があった。
しかし、田舎町の食堂で店員になぜだか理由は不明であるが“よそよそしい対応”を
されたことが二度あったことを思い出した。
そもそも私が日本人と認識して積極的にアプローチしてきたり、親切に相手をしてくれる人は
元から親日的な一部の韓国人だけではないか。
日本人に対して警戒心や悪感情を持っている普通の韓国人は片言のハングルを
しゃべっている外国人(中国人の個人旅行者はまずいないので日本人と容易に判別できる)は
日本人であろうと判断して遠巻きに冷ややかに見ているのではないか。
そう考えると見えない反日の壁が私を取り囲んでいるように感じた。
Posted at 2017/01/11 13:13:46 |
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