
会社の近くに
おかず横丁なるところがありまして、自転車でちょくちょく通っていたのですが、今日 ふと上を見ると 見た事のない電柱札(番号札)を見つけました。

横丁東入り口際の右側電柱 (上画像 赤丸矢印)

鉄(ホーロー)で「三筋 175号柱 鳥越町1丁目」とあります。こんな電柱札は初めてです。
現住所は 鳥越、鳥越町とは いつ頃の住所でしょうか?
古いものたくさんありますねぇ〜。
下の別札には「三筋 17 56-7 14M」とあります。このあたりの電柱は西暦表記なので 56-7とは 1956年7月という意味、なんと昭和31年から立っているということです。私の生まれるずっと前、100円玉硬貨も世の中になかった頃からしっかり仕事を、、 脱帽です。

横丁西側途中(左脇)まで 17 16 15 14 13 12と6本 1956年組が並び残っています。
上画像の左脇(赤丸矢印)が 「三筋 12」1956年組の頭(カシラ)ですね。

今の電柱では 見る事のないコンクリートの小砂利が表面に露出、恐らくコン柱(コンクリート電柱)の製法は 変わっていないと思うので、技術の未熟を感じます。

まさかの直径方向のパーティングライン
また、おかず横丁の近辺には60'の三筋の札がたくさん残ってます。
今の白っぽい電柱に比べ やはり黒っぽく小砂利の露出が多いです。

東電 ピカちゃん稲妻マーク時代の札なのに、テプコマークが右上についているのが謎です。

貼り紙防止の凸凹シートがめくられてピカちゃん出現、市外局番が3桁です
以前、高輪警察(消防署)の坂で昭和37年製を見つけた時以上のビックリ発見です。
おまけですが、またまた近所の三筋町に戦前の電柱(木柱)を発見。

こらは昭和20年3月10日の 米軍機B-29の東京大空襲の際、焼け残った電柱を保存してあるそうです。
Posted at 2014/10/28 22:05:04 | |
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