『神隠し』と言う言葉がある・・・・。
人間がある日忽然と消えうせる現象。神域である山や森で、人が行方不明になったり、街や里からなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業としてとらえた概念。古来用いられていたが、現代でも唐突な失踪のことをこの名称で呼ぶことがある。天狗隠しとも言う。
~Wikipediaより~
しかし、神の仕業とは誰も思わないだろう…
そこには、何らかの悪意な『人』の行為があったに違いない。
まだ小さい子供を連れ去る…
『謎』
(ミッシング・チャイルド)とは何だったのか…??
ご両親のお気持ちを考えると、余りにも痛ましく胸に迫る思いがあります。
決して、風化させてはイケない!!。
…そう思い、この事件をもう一度、皆さんに思い出して欲しいのです。
徳島県男児行方不明事件(1989年)
『松岡伸矢君行方不明事件』 (徳島県)
1989年3月7日朝、茨城県牛久町の会社員の長男、松岡伸矢君(4歳)が祖母の葬式で訪れた徳島県貞光町(現・つるぎ町)平石で行方不明になった。
伸矢君は前日の6日に、徳島県小松市に住む母方の祖母が再婚先で亡くなったため、葬式に出席するため、茨城県から両親、姉(7歳)、弟(2歳)の家族5人で現場となった徳島県まで来た。小松市内の葬儀に参加したあと、車で1時間の距離にある貞光町の母の親類の家に貞光町に向かった。このさい、親類の運転する2台の車に家族は分乗し、1台目に両親と弟、2台目に伸矢君と姉が乗った。車のなかで弟が突然「伸矢」と叫んだことが両親にはその後を暗示していたようにみえてならないという。
7日午前8時過ぎ、父に連れられてきょうだい2人と親戚の子供5人で朝食前の散歩に出かけた。10分ほどぶらぶらして戻ってきた。町道から親戚宅までは石段を登らなければならない。10メートルほどの石段を登り、親戚宅の玄関前についた。伸矢君はまだ遊びたそうだったので、まず父親は抱いていた弟を母に渡した。すぐに伸矢君のほうに目をやったがすでに姿が見えなくなっていた。目を話したのは20秒ほどだという。親戚宅は標高500メートルの山の中腹にあり、周囲に民家はなく雑木と茅が茂っている。周辺を探し、親戚や地元の消防団も協力したが見つからず、午前10時に警察に届けた。
その後はのべ1400人が捜索にあたった。機動隊は互いが手をふれるくらいの間隔で横一列で探したが遺留品すら見つからなかった。
伸矢君は1984年4月13日生まれ、やせ型で左利き。鉄道好きで電車の名前を良く知っている。左眉の上に米粒大の傷跡がある。 捜索活動を始めた松岡さん一家は親戚の家に宿泊。身代金目的の誘拐の可能性も考えて電話にテープレコーダーを付けたが、15日夜に奇妙な電話が録音された。
電話は父親がとり、徳島弁の女性の声で「奥さんはいますか」といったため、母親に受話器を渡した。電話口の女性は「ナカハラマリコの母親」と名乗り、伸矢君が通っている幼稚園の保護者を名乗り、「幼稚園で見舞金を集めたのですが、どちらに送ればいいんでしょうか?もう帰ってくるのですか」と聞いてきた。母親は「明日帰ります」と伝えたが、その後連絡はなかった。後日幼稚園に聞くとナカハラマリコという子供もいないことや見舞金を集めたこともなかったという。
このときのテープは警察が当初「何もはいっていない」として貸し出しを拒否。貸し出しが認められたときは相手の女性の声だけが削除されていた。
警察が「事件性なし」と判断するなど非協力的な点が問題解決の障壁となっているという…
《2000年に放送した番組~YouTubeより》
数多くのテレビ出演で情報提供を求め、自宅の電話番号も公表した。目撃証言は多くよせられ、信憑性の高いものもあった。それらは全国津々浦々で目撃されていた。
・91年頃の目撃情報「四国霊場88ヶ所の第21番目の『太竜寺』で白装束に身を包んだ5~6歳の少年を連れた親子連れを目撃した。子供に付き添っていた男女は普通の身なりで、子供の両親にしては年が離れすぎていた」 圭子さんがこの証言を聞いて、87、8番目の寺でその3人の姿を待ちつづけたが、とうとう現れなかった。
・97年OLの「横浜の地下鉄で見た」という目撃情報 この証言によれば、帰宅途中のOLが、電車の横に坐った少年が「鳥肌のたつほど、正伸さんに似ていた」と言い、少年については「苦労しているようで、身なりも良くなく、手首に巻いてある包帯から傷が見えたので気になった」という。心配になったOLは少年に声をかけ「おじさんにいじめられる」という話を聞いている。OLは「困ったことがあったら、お姉さんに電話して」と電話番号を渡し、その後1度だけ電話があったが、手がかりにはならなかった。
・98年中国地方にあるレンタルビデオ店店員の証言 「手首に傷のある男の子で、現在の伸矢くんの想像写真にそっくりの少年が、『タイタニック』のポスターを買っていった。少年は店の出入り口付近で、まるで監視しているかのように立っているヤクザ風の男に『タイタニック』のポストカードを見せ、これでいいの?といった感じで確認した後、レジに来た」応対した店員はすぐに店長に報告、店長は表通りに2人の姿を捜しに走って行ったが、すでにその姿はなく、警察に通報したという。その後の手がかりはなし。
・また平成元年4月の終わりか5月の終わりに徳島県海部郡日和佐町の弁天浜の岸壁で伸也君によく似た子供を抱いて海を見ていた不審な男性を目撃したという情報もあった。目撃者は徳島育ちで、伸矢くんが行方不明になっていたことを当時から知っていたので、男の子の顔を覗き込んで確認しようとすると、男は子供を隠すように姿勢を変え、その場から白い乗用車に乗って立ち去ったと言う。日和佐は北朝鮮の船が来航する港の一つ。
伸矢君の捜索番組は数多くありました。自分も何度も見た記憶があります。
4歳だった伸矢君は、2011年の現在27歳になっています。
今でも、ご両親のお気持ちを考えると…胸が 詰まる思いで一杯です。
何か手掛かりがあればと思い記事にしました。
しかし、“ナカハラマリコ”の母親と名乗った女性は一体何者で、
何が目的だったのか!?
タイミングから考えても不自然な電話ですよね。
伸矢君の失踪に関係してると思えてならないのです。
どうしてお姉さんの幼稚園の名前や、親戚の家の電話番号も知っていたのでしょう…??
一家の住まいの茨城県と徳島県とを結ぶ何か鍵があるのでしょうか…
とにかくこの電話の用件は、いつ茨城へ帰るのかということを聞き出したかったようにも思えます。
でも、どういう意図があって聞き出したかったのかが疑問です。
(悪戯電話の可能性も高いですが・・・)
自分は思うのですが…
石垣の上にいた、伸矢くんを誰かが捕まえてから階段を下るのは不可能だと思います。
もしかして…散歩の帰り道、階段の下までは5人で帰って来たのだが、伸矢くんは階段を上がらなかった。お父さんは子供を抱き階段を上っているので注意はそちらの方にある。女の子らは順番に階段を登って来ているものだと思い込んでいたんのでは…??
少なくとも再現フィルムでは階段の上でお父さんは伸矢くんを見たとは言ってません。
再現フィルムでは、階段の上で伸矢くんを目撃した証言をしていたのは従兄の子だけです。
だとすれば、『20秒+階段の登りの時間が空白』の時間が生まれます。
●生年月日:昭和59年4月13日
●行方不明当時:4歳
●現在の年齢:27歳歳(平成23年現在)
●行方不明時の場所:徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)
●身体的特徴:左利き・左眉の上に米粒大の傷跡有
情報などございましたら、
徳島県警察までお願いします。
サイトURL⇒http://www.police.pref.tokushima.jp/
上記徳島県警のサイトTopページより、情報提供のお願い⇒
『松岡伸矢君をさがして下さい』をクリックでご覧下さい。
徳島県つるぎ警察署:Tel 0883-62-3110
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