• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

ジムニー魂のブログ一覧

2011年04月14日 イイね!

激論!古代史の謎

激論!古代史の謎『歴史人』
~2011年5月号~




[第1部]卑弥呼の謎はここまで解明した!
     ・箸墓古墳は果たして卑弥呼の墓か?
     ・謎多き女王・卑弥呼の正体に迫る
    
[第2部]最新真実続々公開! 九州説vs畿内説 
      邪馬台国論争に決着!
     ・『魏志』倭人伝と「邪馬台国=九州説」を読み解く
     ・「邪馬台国=畿内説」を裏付ける巨大古墳群の存在
     ・初期「ヤマト政権」誕生の真実
     ・世界最大の墳墓・大仙陵はいかにして造られたのか?
     ・古代王墓の副葬品と埴輪の謎

[第3部]聖徳太子の謎を解剖する
     ・『聖徳太子絵伝』で50年の生涯を読み解く
     ・聖徳太子不在説の根拠を徹底検証する
     ・聖徳太子、偉業の真偽は?
     ・聖徳太子が即位しなかった理由と推古天皇誕生の謎

[第4部]大化の改新の謎を解く
     ・飛鳥最大の政変”大化の改新”
     ・飛鳥の最高権力者・蘇我一族の本当の姿とは?
     ・仏教を取り込んだ蘇我氏の策謀
     ・「乙巳の変」の黒幕は誰だ?
…ほか


買いましたよ~(^O^)/
Posted at 2011/04/14 00:12:00 | トラックバック(0) | 古代史の本 | 日記
2011年02月20日 イイね!

天照大御神は卑弥呼である!?

天照大御神は卑弥呼である!?『天照大御神は卑弥呼である』
-真説・卑弥呼と邪馬台国-
安本 美典 (著)

畿内説を打ち負かす!! 安本史学の集大成!!
決定版!!古代史最大の謎が解き明かされる!! 古代史研究の第一人者が、内容分析学・数理文献学など情報科学の手法を駆使して、単なる推測ではない「邪馬台国=九州」、「卑弥呼=天照大御神」を論証する。古代史ファンならずとも読まずにいられない決定的な一冊です(笑)
吉野ケ里遺跡や平塚川添遺跡を含む最新の情報・データ、あらゆる古文献・発掘資料などを分析整理し、天照大御神と卑弥呼の活躍する時代を特定。天照大御神は卑弥呼の神話化した姿だったことを明らかにする。

あの古田武彦先生とは相互に激しい批判を行ってる…安本美典氏ですが、ともに九州説です。
…今の風潮である畿内説には断固反対のお二人でもある訳で、今こそ・・・
『邪馬台国=九州』の真実を世に認めさせましょう!!
Posted at 2011/02/22 16:45:48 | トラックバック(0) | 古代史の本 | 日記
2011年01月31日 イイね!

『九州王朝』は確実にあったのです…!!??

『九州王朝』は確実にあったのです…!!??『聖徳太子はいなかった 』
谷沢 永一 (著)
すべては伝説にすぎない―。日本書紀、三経義疏、法隆寺金堂釈迦三尊像の銘など、実在の根拠とされる文献や遺物のどこにどのような問題があるのか。誰がなぜこのフィクションを必要としたのか。その背景には何があったのか。江戸時代の考証から最新の歴史学の成果までを踏まえ、書誌学の厳しい目でスリリングに検証する。禁忌の扉を開き、実在論を完膚なきまでに粉砕した衝撃の一冊。

しかし、残念な事に「聖徳太子はいなかった」論ですが、この谷沢永一氏ではなく…
大山誠一さんという古代史学者が震源地です。
『〈聖徳太子〉の誕生』でこの説を出して、大きな反響を招きました。『東アジアの古代文化』という雑誌で、何度か特集を組み、そこに発表された主要な論文は梅原猛他『聖徳太子の実像と幻像』にまとめられています。大山さんはさらに、『聖徳太子と日本人』で自説を補強しました。今年になって、大山さんと彼に賛同する研究者による論集、大山誠一編『聖徳太子の真実』(平凡社、2004)がでて、かなり幅広くこの問題を扱っています。

次回は『聖徳太子の真実』をご紹介しますわ(*^^)v

あの有名な…隋の煬帝に送った
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」は聖徳太子が送った国書ではない!!
俀(タイ)国(倭国)と呼ばれ中国と通好していたのは・・・、
卑弥呼以降も連綿と続いた『九州王朝』だったのです。
600年と607年に遣隋使を遣わしたタイ国の王は、姓をアメ、字をタリシホコ、王の妻はキミと号し、
王子はワカミタフリと為すと記録されていています。
詳細な論証を読む限り、聖徳太子説に可能性はありません。俀国は倭国とは別らしい??ですが、
大和の国ではないのです。



『吉野ヶ里の秘密』解明された「倭人伝」の世界
古田武彦/著
言わずと知れた…我が師匠の書物でありますが。。。。。。

筑後川北岸中心説、筑後川流域中枢説を、熱心に批判攻撃し、「邪馬壱国=博多湾岸中心説」を主張してやまなかった古田氏ですが・・・(;一_一)
“九州説の中でも、島原説(宮崎康平氏)、筑後山門説(星野恒・橋本進吉氏等)、筑後川北岸中心説(安本美典・奥野健男氏等)、宇佐説(富来隆氏等)、京都郡・田川郡説(重松明久・坂田隆氏等)など…”
筑後川北岸、筑後川流域である吉野ヶ里から壮大な遺跡が発掘された訳ですから。。。
安本美典氏に相当に叩かれてます。

自分も今まで、2度“吉野ヶ里遺跡”にお邪魔して色々と勉強させて頂きました。。。
実際に発見された当時の衝撃は凄まじくて、連日訪れる見学者で長蛇の列。展示物を見るのに2時間待ちは当たり前の盛況ぶりでした。
この人達の群れは…正に日本の古代に対しての好奇心と探求心だったのでしょう。

とにかく…邪馬壹(台)国は…
九州にあった事は間違いなし!!(笑)




Posted at 2011/02/01 16:07:41 | トラックバック(0) | 古代史の本 | 日記
2011年01月19日 イイね!

古代史の師匠…『古田武彦』先生!!

古代史の師匠…『古田武彦』先生!!『まぼろしの祝詞誕生』
―古代史の実像を追う
古田武彦 (著), 古田武彦と古代史を研究する会 (編集)

祝詞「大祓の詞」は、国ゆずりにより出雲王朝から政権を奪取した九州王朝が宣したものでることを克明に分析。併せて、かつて京都新聞紙上で行われた三木太郎氏との邪馬「台」国論争ほかを収録。

常に師・古田先生の書物を持ち歩き…何度も何度も読み返しています。
日々…追い掛けてますわ!!
『邪馬壹国』
『倭王朝・九州王朝』
Posted at 2011/01/22 16:41:29 | トラックバック(0) | 古代史の本 | 日記
2011年01月13日 イイね!

「君が代」

「君が代」奪われた国歌『君が代』
古田 武彦 (著)


「君が代」は、本当に天皇を讃えた歌なのか?数奇な運命を辿った「国歌」成立の過程が、隠された「邪馬壱国」「九州王朝」をあぶり出す。独創的異説が絶対的な説得力をもって「定説」を凌駕する。

日本の国歌
『君が代』
まァ・・平易に言えば…
「私の敬愛する人よ、千年も八千年も、小さな石が巨岩となって、さらにその表面を苔が覆うようになるまでの永い歳月を、どうか繁栄しますように」…ですかねぇ~(^.^)













「君が代」の意味は、自分の敬愛する人に対して願う歌であり、非常に日本人的な、
道徳観のある歌です。

失われゆく日本人の良さ…
日本人である認識を心底持ち、日本の国の将来を真剣に考えなけらば…
この歴史ある美しい国・日本は、今後も属国扱いが更に進むと思われます。
今こそ日本再生です!!

日本人として生まれ日本人である 誇りを
忘れたくないのです。

Posted at 2011/01/14 19:14:32 | トラックバック(0) | 古代史の本 | 日記

プロフィール

「お疲れ様」
何シテル?   02/01 15:40
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2025/8 >>

     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      

リンク・クリップ

スーパースージー ジムニー誕生40周年記念 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2021/01/21 23:59:54
次の次は…コレを交換予定です。 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2019/07/26 00:48:49
城戸賞で、過去一番いい点数をとった脚本!! 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2017/01/25 17:43:26

愛車一覧

ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation