
南の島の国王からの派遣で、某伝統的大企業で6ヶ月間研修生として過ごしたヒル・アン・ドーン氏が日本について書いた興味深いレポートを入手しました。
以下、一部抜粋です。なお、原文にできるだけ忠実に訳したため、一部単語の発音が誤っている可能性があることを予めご了承下さい。
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はじめに
東の大きな島国「はぽん」は、単一民族の国と言われるが、実は三種類の種族から成り立っていることが分かった。「さらりーまん」、「おーえる」と「そのーた」である。
「はぽん」の経済成長を理解するうえで、「さらりーまん」をしっかりと理解することがカギを握る。私は、国王の命を受け「さらりーまん」一族の研究に乗り出した。
外見
「さらりーまん」の外見には、誰が見ても一目で分かる程の明確な特徴がある。それは、"取り立てて特徴がない"という特徴である。それぞれの「さらりーまん」は身につけるものを各自工夫しているようなのだが、5人以上集まるとどれがどれだか見分けがつかなくなる。その証拠に、会合などではまず最初に「めいち」という名札をお互い交換して混乱を防ぐ工夫が一般化している。面白い事に、1対1の会合でも「めいち」が取り交わされる。多分どっちが自分で、どっちが相手か分からなくなるのだろう。我が国のように、顔に色を塗ったり、鼻に輪っかを通せば分かりやすい、と提案したが受け入れてもらえなかった。(ところがある日、「しぷや」という大きな村に行ったら、顔に色を塗って輪っかをいっぱい付けた若い女性ばかりで、故郷のポコタン村を思い出してホームシックになってしまった。) ちなみに、「さらりーまん」の装束は「おすつ」と呼ばれ、「ぼんくらしょう おーへいきょく」というエラい役所で印刷されているため、みな同じ外見になってしまう。なお、目立たず周囲に溶け込む彼らの能力は、かの有名な「にんぢゃ」の時代から数百年ものあいだ受け継がれてきた伝統芸能として、「かぷき」と並び称されている。
部族構成
「さらりーまん」には、我が国と同じように酋長をはじめとする明確な上下関係がある。我が国と違うのは、「さらりーまん」の間ではエラくなるほど仕事をしなくてもよい点である。我々の酋長が勇者として戦さの先頭に立ち、多くの敵を倒すのとはずいぶん違う。「さらりーまん」の酋長は「しゃちょー」と呼ばれるが、彼らは子分が運転する「くりま」(牛が無くても走る牛車のこと)で「かいちゃ」にやってきて、細かい字がいっぱい書いてある大きな紙の束「ちんぷん」を読み、お茶を飲み、「とりしめやく」と週末の芝刈りの話をしながら御飯を食べ、「かいき」の時には考えているフリをしながらしっかり睡眠を取る。おもしろいことに、「しゃちょー」をはじめとする部族の年寄りは昼間は働かないのだが、もう一つの仕事場を持っており、夕方になるといそいそと「きんざ」への「とーはん」出勤に備えるのが常である。さらに不思議な事に、夜になると突然「しゃちょー」の数が増殖する。これは「きんざ」だけではなく、「しんぱし」や「しんちゅく」などでも共通に見られる現象であり、ここだけのハナシだが私も数回「しゃちょー」になってしまったことがある。しかし注意が必要である。夜に「しゃちょーさん!」と呼ばれて気やすく就任してしまうと、給料がもらえない代わりに、目が回るような金額を「まましゃん」などと呼ばれるハデ好きの集金係のおばさんに寄付しないといけない場合が多いのだ。
昼の生態
昼間の「さらりーまん」たちの生活は以下のようである。彼らの一日はまず、健康的なスポーツから始まる。「ちゅーきん」と呼ばれるのだが、我が国の国技である棒倒しにちょっと似た競技で、「ちゅーきんでんちゃ」のドア目がけて皆が殺到する。ドアの中には倒すべき棒がないのに、あれだけ真剣にプレイできるのは不思議としか言いようがない。また、かれらは極めてポーカーフェイスに、この格闘技系スポーツを当たり前の如く行う。さすが「にんぢゃ」の末裔、大変よく訓練されたアスリートである。ごく一部、競技の最中に「さらりーまん」から「さわりーまん」に変身してしまう不届き者がいるようだが、市中引き回しのうえ島流しの刑を受けるため、最近は絶滅危惧種になるつつあると聞く。「しゃちょー」と同様、「さらりーまん」も「かいき」ではしっかり睡眠を取ろうとする。「かいき」の参加人数が少ないと眠りが浅くなるようで、できるだけ大勢を集めようとするのはそれが理由である。それ以外のときには、忍法「なりすまし」の練習と実践である。つまり”いかにして仕事をしているように見せかけるか”の勝負で、これによって「しゃちょー」や「とりしめやく」になれるかどうかが決まる。昼ごはんもアスリートらしく競技になっていて、立ったままで「ためきうとん」をどれだけ短時間で食べ終われるのか、日々勝負が行われている。しかし不思議な事に誰が優勝したのか、「すぽーつちんぷん」に書いてあるのを見たことがない。(これは「ちゅーきん」競技でも同じである)
夕方~夜の生態
「さらりーまん」がその本当の凄さを見せつけるのは夕方からである。彼らは「しゃちょー」と比べて「きんざ」に行く頻度は低いのだが、「ぽかちょうちん」という第二の勤務先に行くことで、一気に経営能力が高まる。私も何回か同行したことがあるのだが、”いかに自分の「かいちゃ」がダメなのか” ”今の「しゃちょー」達の問題は何か” ”そもそも「げんぱ」の問題を解決するには何が必要なのか” ”今の「ぢょーし」のどこをどう変えるべきか”といった重要な経営課題につき、極めて高い視点からとうとうと議論を行い、とどまるところを知らない。まさに、「のーあるとらはへそをかくす」である。場合によっては、”「はぽん」という国のあるべき姿” ”「はぽん」の政治が抱える問題点” ”近頃の若いもんへの提言”をはじめとした天下国家の課題にも明快な答えが出るため、つぎのつぎの「そうじだいじん」はここから生まれることは間違いない。「ぽかちょうちん」で貴重な経営論の勉強ができるのは素晴らしいのだが、翌日「はつかよい」の激しい頭痛のため出勤が難しくなるリスクは覚悟しなければならない。しかし、ここでも「さらりーまん」が凄いのは、どれだけ頭痛に悩まされようとも「ちゅーきん」競技をいつも通りこなし、遅刻せずに「かいちゃ」に来ていることで、我が国では考えられない。ただ、こういう日の「さらりーまん」は99%精神力だけでたどり着いているので、昼間は目を開けたまま気絶している。そして夕方になると復活してまた「ぽかちょうちん」に出撃するのだ。さすがは「にんぢゃ」の末裔である。また、「とくめーかかりちょー」や「きんたろー」と呼ばれる一族の英雄がおり、かれらの活躍は夜になると「てれぴ」という明かりのつく箱で見れる仕組みで、一族の士気を高めている。「とくめーかかりちょー」と「きんたろー」は、うりふたつの一卵性ソーセージである。凄いソーセージである。
我が国にとっての学び
これだけ凄い「さらりーまん」であるが、率直な意見として我が国が輸入や模倣をするのは残念ながら難しい。これは、「かいちゃ」の仕組みがちがうということではなく、「きんざ」や「ぽかちょうちん」が我が国に存在せず、彼らの真の力を発揮させるのが難しいためである。今のところ、変なアブラが地面を掘ればたくさん湧いて出るのを「はぽん」の「さらりーまん」が来て高い値段で買ってくれるので、我が国は当面その程度の付き合いで我慢するしかない、というのが結論である。
なお、「おーえる」というもう一つの重要種族については、私の6カ月の滞在では十分理解することができなかったことは誠に遺憾としか言いようがない。正確な理解のためには、今回のように「ごーこん」と呼ばれるグループインタビューを週に2~3回する程度では不十分であり、より深いお付き合いをする必要がある。次の「おーえる」研究者として我が国成人男子の68%が名乗りをあげていると聞いたが、今回の知見を持つ私以外に適任者が無いことは、いくら強調してもし過ぎではないと考える。
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Posted at 2009/12/09 18:28:42 | |
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