
その昔。珍しく夕方に事務所で仕事をしていた時の事です。
「カタログを欲しいと言ってるお客さんが来ています」と、事務所の入り口で呼ぶ声が聞こえました。周りを見ると誰も居ません。と言うことは俺か、と思い応対をしたときのお話です。
お客さんは自分よりも少々年上か?という感じのお姉さんでした。聞けば、ED(勃起不全の何とかやらの事ではない)のカタログが欲しいとのこと。
「ああ、そういうお話ですね。ややこしくて申し訳ないんですが、トヨタは5系列のお店があって、それぞれのお店でしか売っていない専売車種というものがあるんです。せっかくお越しいただいて申し訳ないのですが、トヨペットではカリーナEDは販売していません。エンジンやボディ、その他は同じなんですが、顔とお尻のデザインが違うコロナエクシヴというお車を販売させてもらってます。せっかくお越しいただいたので、もしよろしかったらカタログをお持ちください。カリーナEDは、このお店の前の通りを北方向に2~300mほど行って貰うと見えてきます。静岡トヨタという看板が掛かっていますのでお判りになると思います。」とか何とか。
他愛もない話を何分かしていたのですが、その中で話に出たのは「雑誌で紅いEDを見て、それがいいなあ、と思って。それにしようかと思って....。」というくだりです。個人的には「いい色だ」と思っていましたから、それについては「赤ですか。あれはいい色ですねえ。」と共感しておきました。
で、話が一通り済んだ後事務所に戻るといやな顔が。所長ですねえ。全く何処に潜んでいたのやら。
で、開口一番「買ってもらったか?」私的には既にこの時点でうんざりしてます。仕方なく「いいえ」と私。
すかさず所長が「どんな話だった?」という遣り取りへ続きます。
もちろん、「候補車はEDの赤で、そのカタログが欲しくてウチに来た」と言うしかありません。ですが、この人との嫌な話はこの先も続きます。先ず直ぐに言われたのは
「ウチにだってエクシヴがあるじゃあないか。エクシヴを買って貰えばいい。」
ハイハイ。この辺でこれ以上所長と話をしたくもないのですが、上司対部下の関係である以上仕方ありません。次に言われたのは
所長「赤なんかダメだ。直ぐに飽きる。在庫も無いだろう。在庫は調べたのか?」
私 「調べてません」
所長「じゃあ直ぐに調べろ」
私「はい。..........、緑はありますが赤はありません。」
所長「いいか。赤みたいな色は、色は派手で印象もいいかもしれないが、それだけに直ぐに飽きがくる色だ。長く大事に乗るには緑のような一般的な色がいいんだ。そういう事をアドバイスするのもセールスの役割の1つだ。家はどこか聞いたか。」
私「アンケートは書いてもらいましたので、自宅の住所と電話番号と勤め先は聞いてあります。」
所長「じゃあ、直ぐに課長に一緒に行ってもらえ」
私「はい(だからEDが欲しいって言ってるって言ったろ。この人は人の話し聞いてねえなあ)」
下手げにディーラーなんぞでアンケートなんかを書いてしまうと、裏の事務所ではこんな遣り取りが交わされている事もあるんですねえ。お気をつけください。
もっとも、ウチの兄貴のように、休みのたんびにあちこちの試乗会やら何やらに出かけて、そのたびに書いてくるアンケート用紙の連絡先には私の家の方の電話番号を書いてくるなどというツワモノもいるのでどっちもどっちですけど。
まあ、結果的にはエクシヴは買って貰えませんでした。でも可哀想な事にそのお姉さん、当初頭の中にあった「紅いED」ではなく、実際に納まったのは「緑のED」でした。もう10年以上も前の話です。あの頃トヨタ車によくあった、ちょいと暗めのグリーンメタリック。
当時トヨタは「白の次のメインストリーム」を作ろうとして、白羽の矢を立てたのが緑だった訳です。まあ、結果は御存知の通りですけど。
で、結論が出るまでの途中、何度か、そのお姉さんとの遣り取りがありました。
話を聞いているとなんだか可哀想な気もしてきましたが、トヨタ店でもウチの所長と同じ事を言われたようです。つまり「赤は飽きますよ」、と。ちなみにオジサンセールスだったようです。
だから「飽きの来ない一般的な色(=つまりは、私的にはどうでもいい色、という事でもあるのですが)」の方がいいだろうし、
納期も早いから今月中に納まる(クルマ屋的にはこの辺が大事なところ)ので、この辺(つまりは緑のどノーマルの在庫車)にしたら?という流れの話をされたようです。
車のプロと思しき眼前のおじさんにそう言われれば、お姉さんに反論の根拠などあるはずもありません。何となくそんな気になってしまった、という経緯も耳にしました。
しかし。
本当に飽きますかね?
好きな色であればこそ愛せると信じて止まない私としては、仮にクルマは好きだったとしても、それが本意でない色のクルマであった場合はすぐに飽きると思うんですけど。
しかもクルマは実用ばかりではなく、嗜好品でもあります。結果的に気に入ってもらえるようになったクルマを選んでもらえたのなら、それは良しとしましょう。でも、買ってもらう側の「これを買って欲しい」という都合で、「こういう風に買ってください」と歪んじゃった場合はどうなんでしょうかね。
確かに営業的には、そういう方向に自然と持っていけるのも才能の1つなんでしょう。まあ、それはそれとして、でも私的にはそれには加担したくないんですよね。さらに満足感をアップさせる方向であったりとか、こういう選択肢もあるんじゃあないですか?的な方向性の提示ならばともかく。
どうせならいいお買い物をして頂きたいし、それをお手伝いさせていただく役割になら喜んで参加させていただきます、というスタンスでしょうか。でもそれを実現させる為には、どこかのひも付きに所属しているようではダメなんですよね。
少なくとも私の見知っているセールスの中にはどう考えても「お客の顔を財布としてしか見ていない」としか思えない人もいました。毎回毎回ローンを組んでクルマを買って貰い、前回のローン残額も新たに次の車のローンに組み込んで、しかもそれを3ヶ月とか半年のサイクルで代替させていく、という販売手法。
お客さんは少々知的障害者っぽい人で、でも親の残した財産は多少はあった様で。そんな方に割賦保証さえ通れば問題無しとしてそのセールスは次から次へと2~3年の間に5~6台は持って行ったのでは?という記憶があります。
結果的にこの人の割賦残高は数百万(1千万は行かなかったと思うけど、6~7百万円くらいにはなった様なヒソヒソ話は耳にしました)になり。
いい加減にしろ、ということで本部長命令で「この人に新車を売るのは止めろ」という異例の命令が下りたことで幕は引かれました。このお客さんも流石に親族の人に「禁治産者」指定された、なんて話も聞きましたっけ。
やり手のセールスは「お客さんの側」にとってのいいセールスであるとは必ずしも言い切れませんから皆さんも気をつけてくださいね。
という事で皆さん、クルマの色は人の言う事なんぞ聞かずに自分の好きな色を選びましょう。得てして人の意見なんぞは存外役に立たないことが多いもんです。
という事でインプは青がいいなあ。結局これが言いたかっただけなんですけどね。