2011年10月21日
最近思いついた幾つかの不審車の、その行動の理由。
とにかく右側車線を占有する。
そのくせ、遅いんですよね。追い越し車線を走っているくせに。
この為、何故か右側車線が普通走行車線となり、左側車線が追い越し車線になっている事がよくある光景です。
でもありがちなことに、生真面目にゆっくりと規制速度以下で走っている左側車線走行車も居たりするので結果、2車線あっても交通の流れがスムーズになる事はありえず、一定量以下の交通量にならない限り行動時間の短縮を実現する事はなかなかに難しい現実となっているようです。
で、何気にその行く先を目で追っていると、非常に高確率で「いつかは右に曲がっていく」ことが多い事に気が付きました。
もっともその「いつか」とは、かなりの高確率で数百メートルというよりも数キロ先である事が珍しくありません。ここがおそらく癌だな、と。
理由を察するに、おそらく彼らは自身の運転技量が思わしくない、という事を何とはなしに察している可能性が高いような気がします。つまり車線変更を苦手に思っているのでしょう、多分。
そうなると直前で車線変更をする精神的負担に耐え切れず、初めから「追越し車線」たる右側車線を選択し、そこで始めて安心してハンドルを握っていられる精神状態になるのだろうなあ、と。
こちらからしたら、ものすごく迷惑なんですが。
かっ飛ぶ軽(もしくはコンパクトカー)が妙に多い
たまに道路が空いていたりすると目立つのがこの手のクルマです。昨晩も妙にがんばって走るタントらしき車になかなか追いつきませんでした。いやいや、相手がなかなかスピードを落さなかった、という表現の方が正しいのかな?私的には普通+α程度で走っていたつもりなんですが。
そういうクルマに遭遇すると「おお、あいつがんばって踏むなあ」と感心してしまうわけです。「軽のくせに」とか言っちゃって。
私も今までいろんな車に乗ってきました。その経験を踏まえ。今までの傾向を鑑みるにとある一つの法則がある事にたどり着きました。
単純に低排気量車は加速が悪い事が多いです。この為アクセルをガンガン踏んでしまいます。ついでに景気づけにアクセルを吹かしてしまうことも少なくありません。
同時にノンターボ車である事も多く、イコール割と乱暴にアクセルを踏んでも燃費の悪化はそれほど気にならず、そのため常にフルスロットル状態である車が少なくありません。
こうした傾向は1000ccヴィッツやマニュアル・セルボ君、アクティトラックなどに乗っている時に顕著でした。思い切りアクセル踏み抜くことがこんなに楽しいものだとは、という感じでしょうか。それでも運転者にとっての加速感はたいしたことが無いので、それを当たり前と思ってしまいます。
もちろん絶対的な加速はたいしたことないのですが、運転手にとってもそう感じられる所がミソです。音だけはうるさいし。
どういうことかというと、やはり車の重さに対して排気量が少なすぎ、しかも多気筒過ぎるのでトルク感が演出できていないのだろうなあ、と。
そうなると常に習性としてがんばっちゃうので、周囲の人間からすると「軽のくせに、よくあんなにがんばるもんだ」と感心しちゃうほどアクセルを開け続ける車が多くなるのだろうなあ、と。アルトバンなんかでもそうですけど、割合遭遇比率が高いのがジムニーかなあ?
iターボはRRの習性もあるのでしょうけど、フル加速は半端なく早いので踏み切るほどの勇気は私にはありません。燃費も悪いだろうしと思えば、そこでフッとアクセルは抜いてしまいます。根性無しな私です。
正直1000ccヴィッツだとちょっとつらいのですが、でもイスト1500ccともなると充分な排気量になります。1.5倍ですからね。だからあんまりイストでがんばってアクセルを踏む気にはなりません。普通に走れば静かな車ですから余計にそう。
ちなみに先日ふと気になってサクシードバンの車両重量を見てみたら1060キロなんですよね。そういうボディに充分なホイールベース(旧190系コロナと3cmしか変わらない)とトレッド。で、そこに1500ccのエンジンです。そりゃあ走るわけだよなあ、と。
車重に対してのトルク感がほどほどにあるので、だからサクシードもあんまりがんばって走る気にもならず、結果燃費も割とよくなる。今現在普通乗りで15km/ℓ前後というところでしょうか。多分、小排気量エンジンの設定のあるプロボックスの方が結果的にはあまり燃費に差が出ない、という事もありそうな気がします。
総量としての燃費を引き上げ、二酸化炭素排出量を減らしたいという国是で行くのであれば、やたらと小さな排気量でがんばらせるのではなく多少なりとも余裕の有るエンジン出力を与えた方が良いんじゃないでしょうか?とは思います。結果的に走らせ方が穏やかになるような気がするんですが。
やたらとヘッドライトの眩しいクルマの増殖
先日もこのことについては採り上げました。ヘッドライトの色温度が高すぎても却って夜間は見難い事が多く、対向車が眩しいと感じる程よりはそうしたヘッドライトバルブ装着車の運転者の視界は開けていないのでは?という話でした。
特に近頃のキセノンバルブ装着車は「オートレベライザー」が標準装着されている事も珍しくないですから、余計に光軸が下げられている可能性も否定しきれません。で、更に「こうすればもっと良く見えるのでは?」と更に青白い、色温度の高いバルブに手を出す悪循環があるような気はしています。
もっとも、それ以外にも「キセノンバルブ」と「バラスト」の価格下落がそれに拍車を掛けているような気もします。まあイコールメイド・イン・チャイナという話なんですが。
まあそれらはともかくとして、妙に眩しい車が通常のハロゲンライトでも多いような気がします。もちろん、警察自身がハイビームを推奨し始めたということもあるにせよ、それでも何か眩しいなあ、と。
そこでふと気が付いたのが、ポリカレンズ(プラレンズ)の劣化がそれに拍車をかけているのかなあ、という疑いです。
近頃ちらほらと出始めているのがプラレンズ製の年式の古い車で、車検の検査ラインが一度では通らない車です。
原因はレンズの白濁により、光軸は問題なくてもヘッドライトの光量そのものが足りなくなってしまうことです。プラが曇ってしまっている事自体に加え、ガサガサに劣化してしまった表面がそこで光を散らせてしまうので、対象物にまで想定していた光が届いていないわけです。
対策としてはプラレンズを磨いて市販のレンズクリーナーを塗る。同時にレンズがそこまで劣化しているとバルブそのものの経年劣化も同時にある程度は進んでいるので、一緒にバルブも交換してしまう、という手法が一般的なようです。まあ、それはそれとして。
私が眩しい原因として疑っているのは、このカバーレンズ表面の劣化です。
つまりランタンのマントルのように表面の曇りとガサガサ部分で光が散ってしまい、対向車にとっては眩しいが運転者にとってはよく見えない、という事がここでも発生しているのではないか?という疑いです。
考えてみると、ランプが眩しいクルマって、光軸がこっちを向いているのではなく、レンズそのものが真っ白く光っている事が多いような気がします。だから眩しい。
さっさとメーカーはプラレンズの採用を止め、レンズカバーのプラを単体で部品供給する体制に切り替えて頂きたいものです。初代ビッツでレンズの曇っている個体が少ない(特に商品車として並んでいる車)のは、おそらくそれが理由でしょうし、それだけで随分見栄えが違いますしね。
ちなみにマークXもレンズカバーが単体で部品供給されているそうです。
ついでがあって聞いてきたんですが、ちなみに30のエスティマではヘッドライトアッセンブリーで5~6万円だそうです。カバー単体での部品供給はありませんでした。バルブやバラスト込みのユニット価格は12万円とかいう見慣れない金額が出ていました。
また、こんな気が付いた事があったら書いてみたいと思います。
Posted at 2011/10/21 12:47:26 | |
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