
今回のブログはフィクションです。
実在の人物・団体などとは一切の関係がありませんので、ご承知置きください。
「私から闘いを取ったら何が残るといえよう。勝負師である限り、命が尽きるまで勝負に明け暮れるのが棋士のさだめだ」
by 加藤一二三
仕事を終えた、とある弁護士は、FD3S-RX-7に乗り込んだ。エンジンを始動すると、大径マフラーから野太い排気音が発生する。FDを発進させ、山あいの道に向かった。
俺はファイターだった。
近年まで俺はファイターだった。
生粋のファイターだった。
それは職業としても「ファイター」と呼ばれていたし、
当然に走り屋としても「ストリートファイター」と呼ばれていた。
ファイターには善悪も存在理由も関係ない。
目の前に敵が現れる。
それは俺の存在なり、地位なりに覆いかぶさるような振る舞いをする。
だから、そいつをコテンパンにやっつける。
それだけのことだ。
それだけのことで地位を上げていくのが、「ファイター」だ。
俺の職業は弁護士だが、最近まで自分自身のことを「法律家」などと思ったことはなかった。せいぜいが、「法律屋」と思っていた。
法的主張や論法を駆使して相手の主張をやり込める。
場合によっては、依頼人に「狂人」の烙印を押すことによって、相手が主張する刑罰の類を無力化する。
「勝訴」「勝ち」という目的が、神聖にして絶対なのであって、そのためならばどのような嘘や偽りも正当化された。それが「ファイター」と呼ばれた俺の信念であった。
それだけであった。
「依頼人の主張を、100%本当のこととして弁護すべし」
依頼人など、本当はどうでもよかったのだ。捕まった奴が無実を主張していたとしても、所詮がそんなもの、嘘・偽りだろう。
国家権力の、警察だの検察だのが間違いをすることなんて、あり得ないのだ。
冤罪なんてありえない。
ファイターとしての俺にとって、そういう刑事事件で大切なのは、有利な判決を勝ち取ること。だから、事実なんてどうでもいい。日本には刑法39条があるから、その被告人を「キチガイ」だということにすれば、刑罰が免除されるのだ。
ファイターとしての俺にとって、これほどにいい武器は無かった。
事実などどうでもいい、大切なのは、俺の名声を上げる結果。
しかし最近、その信念に揺らぎが出てきていた。
存在理由を考え出した。
俺が今ここにいる理由、
俺が活動する理由。
最近、考え方が変わってしまった。
何故、被告人の立場に立って弁護しなければならないのか?
それは警察や検察が全くの事実誤認をしていることがあり得るからだ。
そういうときのために、「被告人の人権保障」という、被害者からすれば害毒以外の何者でもない、と思わせるような制度の存在理由があったのだ。
「ファイター」と呼ばれていた時期の俺は、被告人のクズの人権などどうでもよかった。検察の睨みに間違いはないのだから、被告人のことを「キチガイ扱い」すれば、それで刑が免除される。そうすることで、俺の「腕前」も評価されて、「ファイター」としての俺の名声も上がってきたのだった。
しかし最近、その信念に揺らぎが出てきていた。
存在理由を考え始めた。
そうすると、今までの自分のお粗末さに赤面するようになった。
迷いも生じた。
結果、「ファイター」としての俺がダメになっていった。
そして、その傾向は、出身大学で後進の指導にあたるようになってから尚更強まってしまった。ファイターとしてダメになり、ファイター弁護士から、ただの「学校の先生」になってしまうのか・・・。ファイターとしての俺が不本意に思っていた。
そしてその影響は、走り屋としての俺、「ストリートファイター」としての俺にも如実に現れていた。
以前は、
目の前やバックミラーに、速く走ろうとする奴が現れる。
それは俺の存在なり、地位なりに覆いかぶさるような振る舞いをする奴だ。
だから、そいつをぶち抜く、
あるいはプライドがズタズタになるほどにチギる。
それだけのことだ。
それだけのことだから、道路交通法も共同危険行為も、他の車の奴がどうなろうと、関係なかった。
ひたすら、最速・最強を我が物にする「ファイター」だった。
峠、首都高、街中、どこであろうが、自由にエンジンのパワーを開放し、誰よりも速く走ろうとすることができた。それに対する背徳感などなかったし、一度も取り締まられたことはなかった。
だが、
最近はどうしてだろう。
他者に対する気遣いが生じてしまう。
対向車が来るの来ないの、
そこで飛ばすべきか否か、
そのステージが俺を求めているかどうか、とか。
ファイターとしては、余計な雑念だろう。
あろうことか、
「法の社会的効力」などと言って、「無人島の中で道路交通法は不要だが、首都高では必要だ。つまり、真っ暗で他車のいない峠道では飛ばしても問題はないが、首都高バトルは許容されない」など、
・・・頭の中が秩序と社会性を重んじる法律家になってきてしまってきている。
「ストリートファイター」として、もう、戦えなくなってきてしまっている。
この傾向は、出身大学で後進の指導にあたるようになってから尚更強まってしまった。おそらく、「学校の先生」になってしまったのだろうか・・・。
ファイターとしての俺が不本意に思っていた。
ただ、大学は東京西部にあるから、峠のエリアに繰り出す回数だけは増えていた。
もはや首都高とは絶縁状態だったが、夜の峠道とは濃密な関係が築かれていった。
国道412号半原を曲がって宮が瀬愛川線へ。
坂を上る。二車線で、ここから飛ばせる。
今日は車が少ない。
今の時間帯は北岸は閉鎖されている。
南岸の宮が瀬愛川線が唯一の道路といえるから、交通量が多くなってしまうが、今日は車がほとんどいない。
高架とトンネル主体の高速セクション。
100km/h~180km/hのリミッターにあたるくらいで走行。
リミッターカットはしていない。
俺らしくないが、このFDに乗ってからずっとそうだ。
やまびこ大橋の交差点。信号は青。これを直進。
そのままのペースで走りトンネルを抜け、緩いカーブをそのままのペースで走る。
対向車が来る。
この時間帯だと回送のバスだろう。
その通り。
土山峠を下ったところでUターン。
ちょうどこのタイミングだと、いまさっきすれ違ったバスにやまびこ大橋の交差点で追いつく。
バスは半原方面に直進する。
俺は虹の大橋方面に左折しよう。
来た道を戻る。
前走車はあのバスだけなのがわかりきっているから、ペースをあげよう。
凄く気持ちよく走れる日だ。
これほど走りに専念できる日は、あまりない。
「ファイター」だったときでは、他者のことばかり睨みつけていて、自分の走りを評価する暇など、なかったのかもしれない。
予想通り、やまびこ大橋交差点でバスに追いつく。
赤信号が青に変わってバスが直進。
俺は左折してやまびこ大橋を渡る。
このとき、バックミラーに後ろの車のヘッドライトが映った。
やまびこ大橋の交差点を、半原方面から曲がってきたのだ。
橋の上で全開にしたのか、こちらに一気に追いついてくる。
後ろに付いた。
ワゴン形状だろう。
ライトの形状から言って三菱のコンパクトクラスの車だな。
こちらの様子を伺っているらしい。