
特に、「自分の好みのパーツを・・・とか、これを求めている・・・とか、この方向性で、とか」こうした意識を介在させると、
メンテナンスに金と時間を食うようになる傾向に拍車がかかるわけで。
これを、チューナーの人にクルマとメモを預けて、
「こういう方向性で願います」
「この方向性でやっておいて下さい」
とか言って預けておくのが、
つまり、技術面以外の意思決定・セレクトについても「委任」するのが、常道であるとは思いますし、そういう「委任」をするのが、時間的にもよいわけでしょう。
しかし、この手の「委任」には、一体どれほどの資金が必要になるのか・・・?
ただ、本来、チューンドカーを目指すには、それくらいの資金を頻繁に使えるようでなくてはならないのかもしれません。
「消耗品を逐一入れ替えていって~いずれ完成」、という現在の自分のやり方では、時間がいくらあっても足りません。
はっきり言って、走りに注げる時間・エネルギーがなくなるわけであって・・・。
そろそろ、
「走りを志す→チューンド志向をやめてノーマルでトレーニング」
か
「走りを諦める→チューンド志向を“趣味”として大人しくしているか」
選択の時が近づいている気がするのは確かです。
そして、後者を選択することが、
「カーライフにおいて大人しくなること≒大人になること」
ということだという説もあるが、
現在のブログ主には、それが「魂の餓え」、「魂の飢餓」と感じてしまうのはなぜだろう。
それはひょっとすると、今、語られている、環八におけるR伝説の「彼」の幼少期とも関係があるのかもしれない。
さて、
けっきょく、児童館にあったミニ四駆は全て、引っ張り出してみた。
そのなかのどれも、僕のマシンには追いつかなかった。
追いつかないどころか、すぐに相手を周回遅れにしてしまい、たちまちのうちに、後ろから追い立てた。
ただでさえ、いろいろな部品に交換してあった僕のミニ四駆は、
昨日、友達から200円で購入した車体とそこについてきた「赤と黒のあやしいモーター」によって、凄い速さで走るようになっているようだった。
特に、「赤と黒のあやしいモーター」は、「ヤバいモーター」だった。
この日がきっかけとなり、僕は児童館の常連となっていた。
コースの常連である。
そのヤバいモーターは、
僕を、一気にそのコースのエースにしたのだった。
赤と黒のあやしい、ヤバいモーターのイカした効能は、僕にだけ起こったわけではなかった。
「エース」というからには、そこに「戦闘集団」が発生したわけだ。
そのヤバいモーターとそれを搭載したマシンが発する、イカした波動は、
そこにいた少年たちに、
そこに既に、有り余る程に存在していたノーマルマシンたちに、
多大な影響を与えたのだった。
そこには、「暇つぶしのオモチャ」として、
各々の、
あるいはもう卒業した先輩たち家から持ち込んだ、
その児童館の少年たちの人数の、倍くらいのミニ四駆があったのである。
ノーマル車だった。
それ以前は「単なるオモチャ」だった。
しかし、それらは、あの日を境に、
「ファイター」へと生まれ変わっていた。
「単なるオモチャ」、
埃の被った単なるオモチャは、ことごとくオモチャ箱から引っ張り出され、コースの周囲に、車種毎に陳列された。
不思議なことに、それぞれの少年たちの好みが重複することはなかった。
それぞれ、自然に、担当のマシンが決まっていったのである。
恐らくあのマシンたちは、児童館のオモチャ箱の中で、「ファイター」へと生まれ変わる機会を、
自らを「ファイター」へと生まれ変わらせる「主人」を、
傍らにいた「主人」が覚醒するのを、待ち続けていたのではなかろうか。
毎日のようにタイムが計られ、マシンたちは「ファイター」になっていた。
こうなるとフルチューンの仕様に変貌するまでに、そうは年月は掛からなかった。
いつのまにか、ここには「レーシング集団」が出来上がっていた。
そして、必然的に「外の集団」との対決が待ち構えていたのである。
Posted at 2009/11/17 23:48:22 | |
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環八(環状) | 日記