
ネオバについては、残念ながら、新品での評価ではない。
ただでさえ、前作の「07」であるのに加え、
製造年は、2005年であった。
だから、相当、ゴムが硬化した状態でのレビューであることをお許し願いたい。
いずれ、予算が潤沢化した暁には、ネオバの新品をレビューしたいところではある。
さて、
最速記録の構築のためには、ブレーキングという要素が必要不可欠だった。
それは、わが国、鉄道界での「東海道における最速にかける戦い」の歴史においても同じことだった。
200km/hオーバーの速域から減速する。
鉄道の車輪の粘着力は極めて低い。
このことが鉄道の高高速走行の理論値を444km/hに頭打ちにしていたが、
実際論としてこのことは、鉄道の高高速を有利にしていた。
だが、ブレーキングにおいては極めて不利だった。
車輪の粘着力を、ブレーキングにおける場面で評するなら、それは氷の上を夏用タイヤで走行するに等しいものだといわれている。
それほどの低μな世界なのである。
もちろん、今では、電磁回生ブレーキの類が発達しているし、摩擦ブレーキにしても、車のものとは比べ物にならないほどの、高度なABSが装備されている。
しかし、かつては、新幹線運転士には、超人級のブレーキング技術が要求されたといわれている。
特に、「一分でも速く」という実験的な「記録樹立運転」のときは勿論そうであるし、究極のブレーキング自体は、営業運転時でも要求されるものだった。
車輪をロックさせない、ギリギリの範囲でブレーキハンドルを締め付けていく。
耐熱性の特殊材によって組成されたブレーキは初期製動力の立ち上がりは遅い。
200km/h超の回転力によってローターが熱せられていく、
車両底部では、ディスクローターがオレンジになり、ついには電球色になって輝きを放つ。
そうなったとき、
ローター摩擦面の温度が1,000℃以上に上昇したとき、
この種のブレーキは最大限に効き始め、
車輪から回転力を奪っていく。
こうしたブレーキングによって、カーブが要求する安全・確実な速度まで落とす、
これを確実に、速く行うようにしていったわけである。
しかも、当然のことながら、鉄道では、速さが求められるなかでも、急制動は原則として禁止されている。
特に旅客列車では、「乗り心地の良さ」も追求されたわけであるから、こうしたブレーキングを行うことが出来る、超人的な技術が要求されていたのだ。
それは、我々、「走り屋の世界」でも、似たり寄ったりで、
「速さを求める」ためには、
最終的にはブレーキングで「タイムを詰める」ということなのであって、
つまり、「究極のブレーキング」ができるようにならなければ、
「速さ」は求めることができない状況が、なお続いていた。
だが、どうだろう?
カーブを、全力加速状態で抜けることが出来るようになったのなら、どうだ?
そうした「トレーニング」、ひいては、レーサー含めた走りを生業とする者、あるいは志す者全てが不要となってしまうではないか。
当時の未熟な俺は、そう感じたのだった。
故に、2007年のN700系の登場は、相当にインパクトがあった。
走り屋を志していた、当時の私にも。
また、2009年の東京モーターショーのコンセプトカーの技術も、
さらにこの兆候に拍車を掛けるものであるように感じもしていた。
しかし、それらは、誤解だった。
まったくもって誤解だった。
速さを、
特に、闘争行為としての速さを求める場合、
全力加速状態でカーブを駆け抜けることが、
大変に好都合な場面が存在した。
それが、環八。
もっと具体的にいうところ、この先の井荻JCT・練馬トンネルなのだ。
つまり、「振り子」は、俺にとっての「武器」だったのであって、
決して、俺を消滅させるものではなかったのである。
ただ、この「武器」が、100%有効に作用するとは思っていない。
今回は、「敵」・「相手」がいるため、
ラインにブロックをかけてくる可能性もあるからだ。
だからといって、
「第一段階の武器」がブロックによって100%効果を発揮できなかったとしても、
その時点でこちらが負けるということにはならない。
「振り子」を、100%活用することができなかったとしても、
その後の立ち上がり性能が全く異なる。
むしろ、
ストリートファイターとしての、この先のことを考えると、
「第一段階のの武器」をフルに見せつけながら、こちらの速さを誇示することは得策ではないかもしれない。
「奴」が「奴ら」の「使徒」であった場合に、こちらの機械的戦闘能力が露呈することになるかもしれないし、もしそうなら、その点を強調して「報告」して欲しくない。
それに、
できれば、
奴のドライバーの、ブレーキング技術とブロッキング技術を見てやりたい気もしているのだ。
当然、
こちらには、「第二段階の武器」が存在するわけである。