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猛走峠のブログ一覧

2010年08月24日 イイね!

「var」

「僕は何年も前から、こうした(北朝鮮の核武装に関する)危険性について新聞やテレビで強く警告してきた。北朝鮮が原子炉を手に入れた時点で「彼らは核爆弾をつくるはずだ」とわかっていたし、現に北朝鮮はそういう国家だった。ところが、小泉首相は最近まで「話し合いで・・・」と言い続けてきた。
「北朝鮮に断固たる措置を」
小沢一郎『剛腕維新』2006年角川書店

「この本が形成した価値観」に従うなら、
小沢さんは、超強行派・武闘派・愛国戦士にならなければならなくなる。
2010年時点での氏の言動は、
小沢一郎『剛腕維新』2006年角川書店
で強調された方向性とは齟齬を来たしている、
と見えよう。「読者の目線」からは。
(「読者の目線」からは、「2006年の『剛腕維新』の通りにやってくださいな♪」
ということになるでしょうが、「この種の本」は、結果として、
「立派なのは、本だけ。内容の方はことごとく裏切られるから」というのが、常識。)


「今日も全く、疲れたので、おしゃべりはまた後で」
と昨日付けの記事に書きましたが、
ブログこと日記・・・しかも、このページに日記というよりも、
「世界観構築コーナー」みたいなものなので、以下のような特質があります。

書いていく、書いていく、
なるべく多くの、「走り」に関係するかな?と思われる物事について書いていく、
書いた記事が溜まる、
様々なページで見方・判断をしている。

類似事例にゆきあたる、
過去に書いた内容に照らして、再観察する、
・・・そうすると、
一定の構造性・方向性・価値観を示さざるをえません。

いまのところ、「マヌーバ」のブログタイトルに違わぬよう、
大いに、ブログの言説を暴れまわらせているんですが、
このままでは、
このブログが形成する価値観に従うなら、
私は、「特攻(暴走族が使う意味)」しなければならなくなります。笑。


ただ、
今日の記事で言いたいのは、コレ以下。

書いていく、書いていく、
なるべく多くの、「走り」に関係するかな?と思われる物事について書いていく、
書いた記事が溜まる、
様々なページで見方・判断をしている。


こんなふうに「積み重ね式」で書いていった結果としての
構造性・方向性・価値観は、
往々にして、
書き手当人の価値観や感性とは、
大きくかけ離れている、
ということが実態でありまして。

すでに、
それは生じていて・・・、

先日までのブログに書いた、
「クルマのUFO化」に関する話では、
クルマに対して、
「飛ぶな!地を這い続けろ!クルマよ、走りつづけろ!」
と言っています。

しかし、書き手の私は、実は、そんなことは思っていないのです。
「30年後かぁ。空は飛んでてほしいなぁ。空中に浮かべば振動とか来ないし,見晴らしもよさそう。
自動操縦もできるし手動操作もできて自由に飛べる。道が無いっていうのが良いね。」

という「多数説」に立脚している上、
新技術に関する探究・思索も好きで仕方なかったりする。

しかし、それは、
「直情」と「気分的なはなし」。

一方で、

「俺の魂は、走り屋だ!」

といって、
様々な話・ものの見方を積み上げてゆくと、
そこからは、
私の直情・気分・感性・思想・信条?・好みなどとは、正反対の展開と結論が為されるという。

だが、世の中、そんなもんかもしれない。
「好きなもの」と「合っているもの」は全く違ったりする。

それらは常に、
環境(経済学の言葉では「与件」、論理学などでは「仮設」かな?)に常に影響されるものでもあるだろうし、
「入力した条件」に対して「出力」されるものであろうから、
「環境」「条件」が変われば、当然、そういうことも、あるだろう。

おそらく、私の世代なんて特に、私を含めて、
これから、特に「日本人」は、
「自分の好みとは正反対の価値観」
に立たなければならないことが、往々にしてあるのではないかな?

と最近思ったりしている。




例えば・・・、

私は、
「福祉」(特に「子育て支援」系)に関して、
社会政策としては絶対必要であるし、
仁義や連帯の立場からも、思想信条の上でも、これに賛成な立場である。

しかし、未来では、
日本における福祉政策の類(特に、子育て支援系のもの)を、
徹底的に否定することになるんではないかな?

自分の思想信条とは、全く、正反対の立場を取らざるを得ないのではなかろうか?
(まあ、もうコレだけ書いただけでわかる人は、わかるでしょう。
キーワードは、
「与件に常に影響される」「「入力した条件」に対して「出力」されるもの」
「日本人」「移民」「構成員の入れ替わり」
決め台詞的には、
「福祉政策や人口増加策には思想上は大賛成だが、
それがもはや、日本人構成員の入れ替えを促進するだけ、となってしまっているから、
現時点では、大反対である」と。
このへんの話は、明日以降)
Posted at 2010/08/24 08:00:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 463 | 日記
2010年08月23日 イイね!

「クルマ」(←カタカナ表記に意味がないことを祈るよ・・・汗)

この記事は、30年後って…について書いています。

今日も全く、疲れたので、おしゃべりはまた後で。

で・・・疲労回復したので、
とりあえず整理しますと・・・、

「このブログを書いてる奴は、何で、『30年後のクルマ社会を予想しよう』とかいう設問に対して、ブチキレてるのか?意味不明ーぇ」

というのが、おおかたの人の感想だと思うので、
整理します。

まず、
「このブログでの私」は、

「科学技術は、我々が認識しているところからは、ずーーーーーーーーーっと進んだ場所にあり」、
「その現時点の科学技術は、隠蔽されている」
「特に、アメリカだの、ソ連(ロシア)だの、(最近は中国まで???)軍事大国、
あるいは軍事大国の背後に潜む組織によって隠蔽されている」
という見方をしており、常にムカついてるわけですね。

で、
「クローン技術は、すでに、100年前には開発されてたんだよ!それを隠蔽してきただけなんだよ!」
とか言い出す始末なわけです。

こういう認識に立つと、
あたりまえながら、「UFO実在説」になるんです。
「UFOは実在する。あんなふうに、重力を免れ、自在に機動するのが、現在の技術水準」
という話になるんです。

でも、
それは、「隠蔽されてる」っていう認識です。
隠蔽するために、
「宇宙人が~」とか、
「宇宙人がやって来て、拉致られて、インプラントされて~」とか、
こういう説がばら撒かれているのだろう、と。

だから、
(鳩山幸さんとか)拉致られて、インプラントなんてのも、
「アメリカだか、ソ連だか、ほんっと、ナメたことしてくれるよなー」
とか認識して、怒ってるわけですね。
(当の「拉致被害者」は、「インプラントの効果???」なのか、もとから見透かされてたのか、「UFOに乗って~♪金星に行きました~♪」と、のたまう。結果として、「真実隠蔽」の一部分となっている)

当然、
「隠蔽」するには、
世の中を、その「現実」「現状」から目をそらすための「欺瞞」「デコイ(囮)」が必要となるわけですね。
「UFO宇宙人説」(←おそらく、ちまたの、通説)なんてのは、たぶん、コレですわ。

で、で、
「UFOは実在する。あんなふうに、重力を免れ、自在に機動するのが、現在の技術水準」
ならば、
当然、
「クルマの雛形」も、「浮いてる」わけでしょ?
フィーン、フィーンって 笑。
「走ってる」んじゃないんでしょ?
「浮かんでる」んでしょ?
現時点で、「その水準」なんでしょ?
それが隠されてるだけなんでしょ?

でもって・・・、
コレでブチキレる決定的理由。

このブログで、私は、自分の魂をなんて言ってるか?って・・・・

「俺の魂は、走り屋だ!」
(もっと、厳密な言い方をすれば、
「俺たち、日本人(の走り屋たち)こそ、世界に君臨する、究極の走り屋だ」)

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、ダメじゃーーーーん。
もう、「走り」じゃねーーーーーーじゃーーーーーーーん。

コレを、「精神面」とか、「集団の正統性」とか、「理論的支柱」とかいうのは、

「走ること」
大地を蹴って、前に突き進むこと。
「走ること」
それは、
人類普遍の共通価値観であって、
人類普遍の歴史と共感性・正統性の拠り所である。
少なくとも、古代~現在に至るまでは・・・。

この切り口での話は、また今度。

もっと、「物理的な切り口」で、
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、ダメじゃーーーーん。
もう、「走り」じゃねーーーーーーじゃーーーーーーーん。
ってのを、
「何がダメか?」っていえば、

「ほぼ全てのドライビング技術が、クソの役にも立たなくなる!」
はい。
この「既得権の問題」が一番大きいっすよ。ええ。

それと、
「走り」じゃなくて、「飛び」になった時点で、
「走り屋」なるものは、
キレーーーーーーーーーーーーーーいに、
抹消されるしかない!

はい。
だから、
このブログで、私は、自分の魂をなんて言ってるか?って・・・・

「俺の魂は、走り屋だ!」

キレーーーーーーーーーいに、抹消されたいですか?

だから、
「飛ぶな!地を這い続けろ!クルマよ、走りつづけろ!」
って話になるんです。

そういうことだから、
「『30年後のクルマ社会を予想しよう』とかいう設問に対して、ブチキレる」
って話になるんですよ。

でも、おおかたの人は、
「コイツー。いい加減なことを」
「アンタのしてる話は、UFOの話。車の話じゃありません!」
「そうそう。車ってのは、4つタイヤがあって」
「そうだ!だからコイツが言ってるモノは、車なんかじゃない!」
「コイツは、UFOの話をして、人からかって、面白がってやがる!」
そんなふうに見ることでしょうね。

まあ・・・なきにしもあらずですがね・・・、
しかし、
一言、指摘しておきます。

『30年後のクルマ社会を予想しよう』

よくお読み下さい。
よーーーーーーーーーーーーーく、お読み下さい。

『30年後の車社会を予想しよう』

とは書いてないでしょ? 「クルマ」って、カタカナ書き。
私、コレ、すんごく気になってるんですよ。

最近の「クルマ」っていう表記、コレ、意味あるんじゃないか? って。
ポロッと、「真実」が出ちゃってるんじゃないの? って。

(たぶん、自動車メーカーなどの人の、
「30年後かぁ。空は飛んでてほしいなぁ。空中に浮かべば振動とか来ないし,見晴らしもよさそう。
自動操縦もできるし手動操作もできて自由に飛べる。道が無いっていうのが良いね。」
という趣旨の「願望」が具現化したものだとは思うけれども・・・。
「希望的見越し」ってやつ?)
Posted at 2010/08/23 21:44:06 | コメント(1) | トラックバック(0) | 463 | 日記
2010年08月22日 イイね!

HOVER(←あってたまるか!消えうせろ・・・でも、あるんだろうな)

この記事は、30年後のクルマについて書いています。


「走ること」
大地を蹴って、前に突き進むこと。
「走ること」
それは、
人類普遍の共通価値観であって、
人類普遍の歴史と共感性・正統性の拠り所である。
少なくとも、古代~現在に至るまでは・・・。



『シルシルミシル』で、スーパーボールを300km/hで、壁面に当てていて、
そりゃもう、一瞬、液体へと変形している、という現象を伝えてましたが、
タイヤについても、コレと全く同じ現象が、言えるわけであって。

高高速域で走るってことは、
はい、
タイヤも、もはや、一瞬一瞬、液体の如く変形しているわけですから。
(厳密には、高高速域でなくとも、そうである、というが)

突き詰めていえば、
高高速域を志す移動体にとって、
「車輪」特に「タイヤ」というのは、存在することそれ自体が、非効率極まりないのであって、
はい、
つまりですねぇ、
「究極の走り」、
少なくともそれが、「高高速域を志す」というのなら、
タイヤが、車輪が、
無いほうが、浮いている方がいいわけですねぇ。

そうすると、
「30年後のクルマはどうなっているか?」
という問いかけに対しては、
「・・・・飛んでるんじゃねーの?」
という回答が必然的に発生するわけで・・・。

しかし・・・私は、
「走り屋魂」が全ての中心にある私は、
コレに「大反対!!!!!!」である!

何故って?
ほぼ全てのドライビング技術が、クソの役にも立たなくなる!

ってゆーか、
「走り」じゃなくて、「飛び」になった時点で、
「走り屋」なるものは、
キレーーーーーーーーーーーーーーいに、
抹消されるしかない!

「30年後のクルマはどうなっているか?」
「・・・・飛んでるんじゃねーの?」
普通なら、
「・・・・飛んでるんじゃねーの?」
は、
希望的な言い方で語られる。

しかし、私は、コレに大反対だ。
クルマが車でなくなったとき、
「走り」は、「飛び」になってしまう。
必然的に、「走り屋」は消滅するしかない。

それだけじゃない。
間違いなく、
人類の歴史と価値観が、変わってしまう。

まあ、そういう人文科学的な話以前に・・・、

タイヤ無しで・・・浮く?
浮く・・・クルマ・・・。
浮くには・・・Gディフューザー機構(反重力あるいは、それに近いもの)・・・、
コレって・・・世に言う「UFO」・・・汗。

で、
「30年後には、クルマは、Gディフューザー機構を備え、今でいうUFOになっている」
のであれば、
逆算すると、
「UFOは、技術的に存在しており、それが隠蔽されている」
という話に行き当たる。


冗談じゃない!



まとめると、こうだ。

「30年後のクルマはどうなっているか?」
(最も、前衛的とされる答え)「・・・・飛んでるんじゃねーの?UFOってやつ?」

「飛んでいる、UFO化」について、
おおかたの多数意見は、たぶん、「いいんじゃない。飛んだって、クルマはクルマ」

「飛ぶ」ということについて、
おおかた近現代人の感覚は、「いけ!いいぞ!飛べ!」

しかし、
「私の魂」は、「走り屋」なので、
クルマに飛ばれてしまっては、「走り屋滅亡!」

だから、全力で、こう言わざるを得ない。

「飛ぶな!地を這い続けろ!クルマよ、走りつづけろ!」

言い方を変えれば、
「UFOは・・・きっと、あるだろう。既にあるのに、隠蔽されているのだろう。
・・・あってたまるか!
UFOなんてあってたまるか!
フイーンフィーンフィーンうぜーんだょ!!」
Posted at 2010/08/22 14:07:04 | コメント(1) | トラックバック(0) | 463 | 日記
2010年08月20日 イイね!

「目的地に到達するためにあらかじめ仕組まれた理論」に関する危惧心

今、凄く、毎日のように思っていること。
それは、


「目的地」

「目的地に到達するためにあらかじめ仕組まれた理論」

世の中は、コレに満ち溢れているのではないか?

ということ。


例えば、8月15日のブログで、


・・・65年前の今日までに、
大日本帝國は、「絶対国防圏」を打ち破られ、
(アメリカは新型爆弾をも用い、無辜の民をしきりに虐殺)

大日本帝國は、解体。アメリカ・ソ連・その他によって、解体。
1945年8月15日を過ぎても、それは何ら、終わらなかった。

かつての大日本帝國の中心、「日本」の首都圏は、米軍の制圧下。そのまま・・・今に至る。

そして、「グローバル化」と称して、
「絶対国防圏」が破綻して、その「防衛線」が、今、65年以上経って、どこまで「後退」しているか?

それは、家の、
壁の内側と外側、
薄いガラスの内外、という場所まで後退している。


こういう「歴史認識」を、私は記しているが、
「こちら側からみた」この現象を、
「あちら側(連合国)からみた」とき、
「どこを目的地にして計画を立てたか?」ということが気になるところで・・・、

このブログでの私の「見立て」としては、
↓ココ。
「それは、家の、
壁の内側と外側、
薄いガラスの内外、という場所まで後退している」

日本の人民が、ココへと至る、この状況(ばあいによっては、人口入れ替えも含めて、もっともっと)まで持っていこう、という「目的地」が厳然として存在していたのではないかな、と、今、感じている。

これは、「攻撃側の目線」から見た話。

まあ、8月15日のブログに纏わる話なら、そりゃそうでしょう。

現在の世界情勢なんて、
「やるか、やられるか」というレベルであって、
決して「平和を希求する国際社会」ではない。少なくとも、東アジアは。

その中で、「戦いません。戦力も持ちません」というなら、
世界一の諜報機関でもつくって、
常に、どこよりも早く情報収集して、
日本に対する攻撃の予兆・運動がチラっと出た時点で、闇に消してゆく、工作部の作戦が不可欠といえる。

ただ、それもないわけだから、
現に、8月15日近辺で、「不戦」に纏わる話をすると、
すぐ、
「僕は、目の前で、妻や子供が殺されたとしても、不戦を守る。平和を選ぶ」
という「極端な話」をする人がテレビに出てくる。

「ふざけた言い方」だ。
そういうのは、当人は、ふざけて言っているらしいが、
しかし、あながち「ふざけた話」でもないようだ。

・・・65年前の今日までに、
大日本帝國は、「絶対国防圏」を打ち破られ、

↓65年

「それは、家の、
壁の内側と外側、
薄いガラスの内外、という場所まで後退している」
というところまでいったわけだから、
「僕は、目の前で、妻や子供が殺されたとしても、不戦を守る。平和を選ぶ」
っていう言葉も、甚だ大袈裟というものでもないのだろう。

だって・・・「侵略側」というのは、
「敵」に対して、
「それは、家の、
壁の内側と外側、
薄いガラスの内外、という場所まで(防衛線が)後退している」

ということを常に望むわけだから。

つまり、8月15日のブログに纏わる話でも、
「目的地」
・・・「(日本人の)家の、壁の内側と外側、薄いガラスの内外、という場所まで(防衛線が)後退する(たぶん、もっと。「真の目的地」は「家畜化」と思われる)」

「目的地に到達するためにあらかじめ仕組まれた理論」
・・・「現況と異なる世界情勢からの立論」「一切の防御装置の否定」などなど・・・。


コレが、歴史・政治・経済・人文科学などに留まっているうちは、
(不謹慎な言い回しであるが、)せいぜい、
中国人が、
「あんたたち日本人は、中国を侵略したんだ!だから、私らの言いなりになりなさい!」として日本の経済を攻撃したり、
アメリカ人が、
「あんたたち日本は、放っておくと、侵略戦争始めるとんでもない奴らだから、アメリカの属国となってるのがいいんだよ!」
として日本を占領したりするのに、
都合のイイ「口実」に過ぎないだろう。

だが、
これが、「理科的な話」にまで及ぶとなると、
もう、
「族」「集団」「日本」とか、そんな話ではなくなってくる。

「走りの魂」を追求している「私の魂」そのものが、
「価値あるものか、無価値なものか」という究極の分岐点に差し掛かる。
つまり・・・ひとことでいえば、

実際には、「走り」というのは、もはや「過去の遺物」となっており、
現在・未来は「飛び」ということが普遍の移動手段である、
というのならば、
私が、
我々が、
「人類普遍の究極の正統性」を感じて、
「走り」を志すことが、
単なる「古典講読」に類する行為ということになってしまう。

まあ・・・ヘンな言い回しなので、
99%の人には理解不能だと思うんで、この話は、また、何回も、言い方を変えて書きますよ。

とにかく、
今、凄く、毎日のように思っていること。
それは、


「目的地」

「目的地に到達するためにあらかじめ仕組まれた理論」

世の中は、コレに満ち溢れているのではないか?

ということ。


「目的地に到達するためにあらかじめ仕組まれた理論」
・・・コイツには、ウソが多いのではないか?
「理科的なウソ」「現状の隠蔽」「デコイ(囮)」「間違った方向への意図的な誘導」
に満ち溢れているのではないか?

ということ。
Posted at 2010/08/22 09:30:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | 463 | 日記
2010年08月19日 イイね!

「月征服」に関する話

この記事は、暇だったのでアチコチ覗いていたら。。について書いています。

昨日までに、場合によっちゃUFOに関する話も含めて、いろいろ言いました。
が、言いたいのは、
[現在周知の航空機技術 <<<< 未確認飛行物体に使われている技術]
ということ。本質的には、この一点だけでした。

いろいろなこと言いますが、結局、このブログは、「クルマの走り」をテーマにしたものなので、実のところは、ただ、一つの問いかけがしたいだけなんです。

「クルマは、車であるか?」と。

まあ・・・この問いかけをいきなり「ポン!」と書いても、
わかる人にしか伝わらないんで、またごちゃごちゃと、続けますよ。


今日、以下で話すことは「アポロ」がメインなんですが、話のポイントは、

A説:「アームストロング船長が月に降り立ったとき、既に、月には基地が構築されていた」説。
B説:「月に行ってないアームストロング船長が、腹立って、捨て台詞を言った」説。
C説(通説):「アメリカ政府の発表通り。アポロは人類で始めて月に行き、アームストロング飛行士は、人類で始めて月に降り立った」



で、(少し漏らしましたが、)
正直に吐露すると、最近の私は、
「アームストロング船長と同じ心境(注)」になっていたりする。

(注)
「アポロ計画として、大変な苦労をして月に行ったところ、とっくのとうに月までの飛行などできており、もっと進んだ形のシップ、月の基地が存在していた。
我々は、とんでもない道化を演じさせられていたのだ!何時代も前のボロブネで、大変な苦労をして、月に行った。既に本当の技術水準は、ずーーーーーーーーーーっと先に行っているのだ!単に、我々の開示されていないだけ!」

こう書いている間にも、「アームストロング船長」の名が、すっ飛んでしまっていた。ひょっとすると、私の脳内まで、とっくのとうに見透かされているのかもしれない。
(思考パターンは、とっとくとうにバレバレだと思うが・・・汗)
(また、この場合の「アームストロング船長」は、「A説」を前提としている)

だが、そんな私の精神内部の錯乱なんて、どうだっていい。

肝心なのは、
我々が目にしている科学が、本物なのか?ということ。
最近、私は、歴史や宗教は勿論のこと、科学を疑っている。

先に進んでいる科学技術、開発中の科学技術があって、これらが「隠蔽されている」、「秘密にされている」
即ち、「今、我々が知っている科学は、かなり前のもの」・・・コレは、あると思う。

だから、コレを、極端な言い方をすると、
「既に、アポロ計画のとき、月飛行などわけもないほどに進化しており、アポロ計画自体が、ダミーであった」とかいう話。
(ただ、現実には、「アポロ宇宙船は既に旧型」説よりも、「アポロは月へ行ってない♪」説の方が有力だろう。月面歩行出来ず、終生芝居することを義務づけられたアームストロング船長が、憤りのあまりに吐き捨てたセリフなのかもしれない)


先に進んでいる科学技術、開発中の科学技術があって、これらが「隠蔽されている」、「秘密にされている」
即ち、「今、我々が知っている科学は、かなり前のもの」・・・コレは、あると思う。
多少は、それは、許せる。
しかし、私の感性で、いや、誰だって、
コレは絶対許せないだろう。

とっくのとうに、インチキだった、間違いだった、
と証明されたものが、
意図的に野放しにされ、
意図的に間違った知識が刷り込まれていること。

正直、現代世界は、そういうことで溢れているのではないか?

「結果」がわかっていて、あえて、間違った説を流布する、
言い方を換えれば、
「結果」が先に設定され、
その「結果」へと導くべく、間違った説も刷り込まれるのではないのか?

・・・なぜそう思ったか、って・・・、
このブログ自体が、
「言いたいポイント」を最初に設定し、そこに向けて、紆余曲折して書いていく傾向があるから。慧眼なる方々は、もう気づいているかと思います。
はい。
「帰納法」と言ってるんですが、
確かに、それをモットーとしているんですが、
実際には、「演繹法」になるんですよ。
「言いたいポイント」を最初に設定し、そこに向けて、書いていく。

と・・・。
それにしても、
ただ、「アームストロング船長と同じ心境」と言っても、
厳密には、アレ・・・、
「アームストロング船長の捨て台詞」だと思う。
だって・・・月・・・行ってないんでしょ? 笑・・・。
(いや、笑ってる場合じゃなくて・・・、)
月、行ってないから、腹立って、
「月には、既に、人類は行っていて!月面基地だってあるんだよ!」
って行ってるんですよね?

え?
ひねくれてるって?

ええ。すんませんねー。
ブログテーマは、「マヌーバ」なんでねぇ。


A説:「アームストロング船長が月に降り立ったとき、既に、月には基地が構築されていた」説。

B説:「月に行ってないアームストロング船長が、腹立って、捨て台詞を言った」説。

いずれにしても、ひねくれた説ですね。
ただ、このブログの今のスタンスは、どちらかと言えば、A説です。
アポロの月面遠征について、私が、どっちの説、あるいは「通説」のどれをとるか?
って?
それは、どうでもいいことなんで、・・・言いません。

え?
C説(通説):「アメリカ政府の発表通り」
はないのかって?

まあ・・・私は、少なくとも、このブログ上では、「C説」は、なしです。
Posted at 2010/08/19 02:01:06 | コメント(0) | トラックバック(1) | 463 | 日記

プロフィール

「omnes viae Romam ducunt」
何シテル?   09/26 04:50
今を、近未来を、速く!上手く!美しく!走りたい。どこの歴史上の、どこの伝説の誰よりも。 「数の世界」を愛する者のひとりとして、いつの日にか「私」が「最速」の象...
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