
「作曲する時はリミッターをかけて、危険な方向にいかないようにしている」(by坂本龍一)
「台本のない音楽会」NHKテレビ番組『爆笑問題のニッポンの教養』2009年
NHKテレビ番組『爆笑問題のニッポンの教養』で、坂本龍一「教授」を訪ねていった回のこと。テレビ内で対話の末尾は、「リミッター論」となった。
(この話に関する、このブログの感想を書き忘れていたので、書きます)
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音楽が世界を変えるということが言われるけれど
音楽がそんなことをして良いのか?という疑問なの。
反対の方向にもいっちゃうことがあるからね。ナチスがものすごく効果的に持っていちゃったんですよね。
僕らが信じていることが100%正しいとは限らない。
太田:じゃあ、そこがそれでジレンマを感じたりするんですか?
教授:それがあるんですよ。
太田:いいじゃないですか、世界がそれで滅びようもと、辞めないで下さいよ。
教授:悪魔の囁きだよ、それ
田中:もしリミッターをかけずにやったときの音楽はそれはエクスタシーですよね
教授:そうだね
文面: http://yaplog.jp/danke-moon-s0/archive/2006 より引用。
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この対談、「リミッター」について、「爆笑問題」の二人は、
「スピードリミッター」、
あるいはまた、
「レブリミッター」の「レブ縛り」(注)みたいな話として捉えてるけれど、
「教授」が仰りたいことは、ぜんぜん違うと思う。
(注 「レブ縛り」・・・『頭文字D』のプロジェクトDにおいて、V-tec搭載型のシビックを相手にしたとき、プロジェクトD司令官・高橋涼介が、ハチロクのドライバー藤原拓海に命じた作戦。本来、このハチロクのエンジンは10000回転以上の高回転型だが、あえてその高回転域を隠し、シビックと同じMax9000回転くらいまでの走りしか相手に見せないことで、もつれた勝負を決着させる最後の切り札とした)
だから、「リミッター」の話に関して、
爆笑問題の二人は、「本気出さない」「本気を押さえ込む」とか、そういう風に解釈したらしいけれども、「教授」が仰りたいことは、ぜんぜん違うと思う。
そんな「やる気」とか「根性」とかに関わるような話じゃない。
もっと物理的・技術的なことに関する話だろう。
たぶん・・・坂本教授は、言いたいのは、こういうことだ。
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ヤバい副音声の類・・・、
サブリミナルとか、
モスキート音とか、
低周波とか、高周波とか、
もう・・・、
使いたくて使いたくて、仕方がない。
(だから、モスキート音とか、911とか、ナチスがとか言ってたんでしょうに)
だけれども、
サブリミナルめいたものは、放送倫理に反するし、
それこそ、まさに、「業界自主規制」の「対象」そのものだ、
でも、
使いたくて使いたくて、仕方ないんだけれども、
それに手を染めると、音楽業界人として、もはや、なりふり構わない姿となる。
(だって、可聴域じゃないんだし)
でもやっぱり、もう・・・、
使いたくて使いたくて、毎日、ガマンするのに精一杯であり、うっぷんが溜まっている、と。
たぶん・・・「坂本教授」が、
音楽が世界を変えるということが言われるけれど
音楽がそんなことをして良いのか?という疑問をもち、
ジレンマを感じたりすることは、「それ」だろう。
(ちがうかもしれないので、ファンの方々は、あしからず)
つまり、「坂本教授」にとっての「リミッター」は、いわゆる「禁じ手」をつかわない、という意味だろう。
・・・まあ、「坂本教授」が正直で助かりましたね。笑。
今後、「教授」の作る曲に、
私が異常に共感したら、
「あ、コレは使ったな」と。笑。
にしても、
今日は、参議院選挙の投票日だから、新たな、大規模宣伝活動は、終わりなんでしょうがね。
選挙広告とか、政見放送とかって、サブリミナルとかのオンパレードだったんだろうか?
どうなんでしょ? (みんカラにも、民主、自民の広告が出てましたね)
あーーーー、
にしても、腹立たしいのが、
普通に住宅街なのに、我が家の近辺には街宣車が一台も来なかった!!
ほんっと一台も来なかった!!
家族一同、話し合ったが、やっぱり来てない!!
どこの党も、一台も来てない!!
いや・・・来たら来たで「うるせーーーー」ってカンジはあるんだけれども、
「一台も来ない」ってのは、
ざっくり言って、ぜーーーーーんぜん、相手にされてないってことだからなーーー怒。
さて、
今日の画像は、『ハイブリッドバトル―プリウスvsインサイト』
CR-X vs ハチロク の回想シーン。
この場面は、まるで『ナニワトモアレ』(阪神高速環状線部隊の戦い)に出てきそうな場面だ。
「環状」を強調せず、「湾岸」を強調しているところが、走り屋をテーマにした文学作品として、最大の難点である。
この作品は、「惜しい」のだ。
「環状」のみを強調して、湾岸にも、峠にも触れなければ、
映像的には中々みどころがあった。
映像が、首都高「環状」をテーマにするなら、なかなかイイ感じなのだ。
(ま、ハチロクなら、合成でいいので、ドリフトしてC1環状を曲がる「絵」が欲しいところだが)
それだけに、『ハイブリッドバトル―プリウスvsインサイト』、
この作品は惜しいのだ。
まあ、
「ストリート」において、「環状」といったら、
「環状線走行」ということなのだけれども、
その「走り方」は東京と大阪では、ずいぶん違うといわれている。
「一般車が多い時間帯でも、バトル、編み抜け、バンバンやります!」
東京圏で、こんなことをしようモンなら、
「そんなことをする輩は走り屋じゃねぇ!!」と、「業界自主規制」の立場からの非難が轟々と襲い掛かってきてしまう可能性が高いという。
一方、大阪では、
「編んで、編んで編みまくる!これぞ大阪環状名物、編み抜けじゃーい」(出典『ナニワトモアレ』)
ということらしい。
また、「一般車が多い時間帯でも、バトル、編み抜け、バンバンやります!」
コレを、単に、「早環」(はやかん)というらしい。
また、『ナニワトモアレ』には、
「リヤのオーバーハングが殆んど無い、ハッチバック形状のシビックは、すり抜けのような機動に適していた」という旨の記述があり、
「シビック」それ自体が、「早環」に適していたものであると思われる。
たしか、南勝久先生によるものだと思うけれども、
「クルマが殆んどいない、深夜の時間帯は、もっと上のクラスのハイパワーカーの時間帯だった」
という旨の記述があったはずだ。
だが、
東京圏で、こんなことをしようモンなら、
「そんなことをする輩は走り屋じゃねぇ!!」と、「業界自主規制」の立場からの非難が轟々と襲い掛かってきてしまう可能性が高いという。
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この説・考え方については、「2000年代の考え方・業界自主規制だよ」という指摘を受けないでもない。
(現に、文芸作品に限定しても、『首都高最速トライアル』作中に、「編みぬけ」のシーンが見られる)